ジェシー・アイゼンバーグが監督・脚本を務めたロードムービー
兄弟のように育った従兄弟同士のデヴィッドとベンジー。成長し、疎遠になっていた2人は、祖母の遺言でポーランドでのツアー旅行に参加します。
誰をも魅了するけれど、問題も起こすベンジーと、周りとうまく馴染めず、ベンジーに振り回されるデヴィッド。
正反対の性格の2人が、自身のルーツであり、祖母が離れた祖国を旅するなかでそれぞれの痛み、言葉にできない感情に向き合っていきます。
『僕らの世界が交わるまで』(2024)で監督デビューを果たしたジェシー・アイゼンバーグが、監督・脚本・出演を務めます。ジェシー・アイゼンバーグがデヴィッドを演じ、その従兄弟・ベンジーを演じたのは『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』(2010)のキーラン・カルキン。
『僕らの世界が交わるまで』に続いてエマ・ストーンが製作に携わりました。
映画『リアル・ペイン 心の旅』の作品情報
【日本公開】
2025年(アメリカ映画)
【監督、脚本】
ジェシー・アイゼンバーグ
【原題】
A Real Pain
【キャスト】
ジェシー・アイゼンバーグ、キーラン・カルキン、ウィル・シャープ、ジェニファー・グレイ、カート・エジアイアワン、ライザ・サドビ、ダニエル・オレスケス
【作品概要】
『僕らの世界が交わるまで』(2024)で監督デビューを果たしたジェシー・アイゼンバーグが、監督・脚本・出演を務め、第97回アカデミー賞で脚本賞と助演男優賞にノミネートされました。
『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』(2010)のキーラン・カルキンがベンジーを演じたほか、『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』(2022)で監督としても活躍するウィル・シャープや『フェリスはある朝突然に』(1987)のジェニファー・グレイが出演。
映画『リアル・ペイン 心の旅』のあらすじとネタバレ
かつては兄弟のように育った従兄弟同士のデヴィッドとベンジー。今は疎遠になりつつある2人は、祖母の遺言でポーランドの史跡ツアーに参加します。
ポーランドで生まれ育ったユダヤ人の祖母は、強制収容所を生き延びて祖国を離れアメリカに渡ります。デヴィッドとベンジーはユダヤ移民の3世にあたります。
強制収容所をはじめとしたユダヤ人の悲劇の歴史や、かつて栄えていたユダヤ人街を辿るツアーに参加した2人は、そこで祖母のルーツを辿り、祖母が住んでいた家を訪れる計画を立てていました。
空港に向かう途中、デヴィッドはベンジーに電話をかけますが、ベンジーは電話に出ません。メッセージをいくつも残し、空港に辿り着いたデヴィッド。すると既に空港に着いていたベンジーが現れます。
久しぶりの再会を喜び、飛行機に乗った2人。ポーランドのホテルに着くと、既にツアー客は集合していました。ツアーガイドのベンジーが先立って自己紹介をします。
ジェームズはユダヤ人ではなくイギリス人ですが、ポーランドとユダヤの歴史に興味を持ち、大学で学んだ後、ツアーガイドの仕事をしていると言います。
次に自己紹介をしたのは、離婚しニューヨークで生活を始めたというマーシャ。強制収容所を生き延びた母親への敬意を込めツアーに参加したと話します。
そして今度はルワンダ出身のエロージュが自己紹介をします。ルワンダでの虐殺を生き延び、逃れたカナダの地でユダヤ人コミュニティと出会ったと言います。そこでユダヤ人の歴史に共鳴を受け、10年ほど前にユダヤ教に改宗したと言います。
エロージュの後に自己紹介することになったベンジーは「やりにくいな」と冗談を言って皆を笑わせます。そして自分とデヴィッドが従兄弟同士であること、祖母の遺言でこのツアーに参加することを話しますが、祖母の死に触れて感傷的になり、言葉を詰まらせます。
そんなベンジーに変わってデヴィッドが祖母について話します。
最後に自己紹介をしたのは、マークとダイアン夫妻です。マークは、家族がポーランドのルブリン出身で、定年後このツアーに参加することを決めたと言います。
自己紹介を終え、一行はワルシャワでゲットーの英雄記念碑やワルシャワ蜂起記念碑を訪れます。ワルシャワ蜂起記念碑の前でベンジーは、兵士の真似をして撮影をすると言い出します。デヴィッドも誘われますが、不謹慎ではないかと断ります。
ベンジーはお構いなくエロージュやマーシャを巻き込んでポーズをとり始めます。いつしか皆が記念碑の前でポーズをとり、皆の携帯でデヴィッド1人がカメラを撮り続けることになってしまいます。
あっという間にツアー客と親しく話し始めるベンジーに驚きつつも、なかなかうまく輪に入れないデヴィッドは複雑な表情を浮かべています。
映画『リアル・ペイン 心の旅』の感想と評価
祖母が亡くなり、うつ状態になっているベンジーの痛みを癒すためにツアーへの参加を提案したデヴィッド。
しかし、デヴィッドにとっては、祖母を亡くした悲しみではなく、ベンジーという“A Real Pain=厄介な”従兄弟と向き合う旅でした。
デヴィッドにとって祖母を失った悲しみや、日常で抱えている悲しみは、“大したもの”ではありません。だからこそデヴィッドは、ベンジーが睡眠薬を過剰摂取したことが理解できず、許せないとすら思っているのです。
同時にベンジーを失いたくないという自身の強い思いに気づかされたのです。デヴィッドにとってそれは、祖母を失った悲しみよりも大きな痛みであると言えます。
デヴィッドはベンジーに対して愛増の感情を抱いていました。誰をも魅了し、傷つけるベンジー。ベンジーのようになりたいと憧れを抱くも、自分はベンジーではなく、ベンジーになれるわけでもありません。
その思いによってデヴィッドは自分を縛り付けています。他人に迷惑をかけないように、ベンジーが何かしたらフォローをするように……そのような思いが強迫症にもつながっているのかもしれません。
そんなデヴィッドに対し、ベンジーはどう思っていたのでしょうか。旅を終えた2人は別れのハグをします。その時ベンジーは、自分は大丈夫だとデヴィッドに伝えます。
ベンジーは、心配し不安になっているデヴィッドを安心させたかったのではないでしょうか。ベンジーは、ジェームズのガイドに対して意見を言う場面で、デヴィッドが制止しようとすると「妻とメールしていろ」と言っています。
ジェームズの知識ばかりのガイドだけでなく、目の前のものに向き合おうとせす、スマホを見ているデヴィッドに対しても思うところがあったのかもしれません。
それだけでなく、昔はもっと感情的だったと言っている場面もあります。デヴィッドは、他人に迷惑をかけないようにと周りを気にしすぎていつの間にか自分に足枷をしていたのではないでしょうか。ベンジーは彼なりの方法で、デヴィッドの足枷や肩の荷を下ろそうとしていたのです。
自分の感情のままに行動している側面もありますが、ベンジーはそうやって感情を制御しよう、“普通のまともな大人”であろうとするデヴィッドにもっと感情を出していいと自分の感情を出してデヴィッドを巻き込んでいたのかもしれません。
デヴィッドがそのように自身の感情を制御し、まともな大人であろうとする姿勢は、現代を生きている私たちの姿とも重なります。忙しない日常で、自分に足枷をかけていることに気づかないまま息苦しさを漠然と抱えてはいないでしょうか。
そんな自分を解き放ってくれる機会が旅行であるという人もいるでしょう。デヴィッドはベンジーの痛みを和らげたい、ベンジーの面倒を見ようと気にかけている様子がうかがえますが、ベンジーもベンジーで息苦しい日々を送るデヴィッドに息抜きしてもらおうとしていたのかもしれません。
まとめ
ジェシー・アイゼンバーグが実際にホロコーストを訪れた体験などを元に本作の脚本が書かれ、デヴィッドはまさにジェシー・アイゼンバーグ自身が投影されたキャラクターであるといえます。
ジェシー・アイゼンバーグが役者として演じてきたキャラクターはどこか冴えない人物であったり、早口で話すオタクのような人であったりと、いわゆる“マッチョ”とは違うキャラクターを演じてきました。
そんなジェシー・アイゼンバーグは、マッチョな男性間における友情やノリに対し、のれなさを感じていたのではないでしょうか。
ジェシー・アイゼンバーグ演じるデヴィッドに対し、ベンジーは戯れてきたりしますが、デヴィッドはそのような接触に対し、慣れていない様子がうかがえます。
何気ないハイタッチなど同性間におけるノリに対してどう対処すれば分からないという思いを、デヴィッドはずっと抱えてきたのではないでしょうか。それでもマジョリティの中に迎合しようと務めてきたのでしょう。
人目を気にせずに感情を露わにするベンジーに対して愛増心を抱いていた背景は、そこにも繋がってきます。男性が泣くこと=女々しいとする風潮は、依然としてあり、ホモソーシャルな関係性に染まれないデヴィッドは、そのような“男らしくない”とされてしまう行為により慎重になっていたと推測できます。
デヴィッド自身の性格によるものと、世間に迎合するために、デヴィッドは自分で自分を縛りつけていたのです。