部落出身であることを隠して生きる瀬川丑松の葛藤と苦しみ、理不尽な差別を描く
島崎藤村の不朽の名作『破戒』は、1948年に木下恵介監督、1962年に市川崑監督によって映画化。
60年の歳月を経て、2022年の令和の世に、間宮祥太朗を主演に迎え、新たにスクリーンに登場しました。
奇しくも、2022年は全国水平社創立100周年を迎える年でもあります。
東映京都撮影所が制作を担当し、明治時代後期を再現し、明暗を活かした美しい映像美で間宮祥太朗演じる主人公・瀬川丑松の苦しみや葛藤の表情を映し出します。
また、島崎藤村の原作小説に新たな要素を加え、現代を生きる私たちにとってわかりやすく、感情移入しやすいドラマに仕上がっています。
100年余り昔の明治時代の部落差別の問題を描き、改めて現代の私たちに問いかけ、未来へと希望を託すようなメッセージが感じられます。
映画『破戒』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
島崎藤村
【監督】
前田和男
【脚本】
加藤正人、木田紀生
【キャスト】
間宮祥太朗、石井杏奈、矢本悠馬、高橋和也、小林綾子、七瀬公、ウーイェイよしたか(スマイル)、大東駿介、竹中直人、本田博太郎、田中要次、石橋蓮司、眞島秀和
【作品概要】
『殺さない彼と死なない彼女』(2019)や『東京リベンジャーズ』(2021)、ドラマ『ナンバMG5』(2021)など、主演から助演まで幅広く活躍する間宮祥太朗が、主人公の瀬川丑松を演じました。
志保役には、『砕け散るところを見せてあげる』(2021)の演技が印象的であった石井杏奈。丑松の同僚役には、『賭ケグルイ 絶体絶命ロシアンルーレット』(2021)などに出演し、間宮祥太朗とも何度も共演経験のある矢本悠馬。
監督を務めたのは、『発熱天使』(1999)の前田和男。脚本を担当したのは、『クライマーズ・ハイ』(2009)、映画『凪待ち』(2019)などの脚本を担当し、日本アカデミー賞優秀脚本賞受賞経験もある加藤正人。
映画『破戒』のあらすじとネタバレ
瀬川丑松(間宮祥太朗)は部落出身であることを隠し、小学校の教員として働いています。
子供の頃、村を離れる際に、丑松は父から誰も信じてはいけない、絶対にこの村のことは隠し通せと言われ、丑松は、父の戒めを守ってきました。
ある日、下宿先の宿屋でおかみさんに、部落出身であることを隠して宿泊していた客がいたと言われます。世間体もあり、全ての部屋の畳を変えるから部屋を片してほしいと言われます。
丑松が、外に出て人々が騒いでいる方を見ると、身なりのいい老人が人力車に乗ろうとしているところでした。人々は罵倒し、出ていけと叫んでいます。一人が石を投げ、老人の頭にあたり老人は頭から血を流していました。
その様子を見た丑松は引っ越しを決意し、下宿も兼ねている蓮華寺に引っ越すことを決めます。
丑松は、部落出身であることを公言している作家であり、活動家の猪子蓮太郎(眞島秀和)の著作を読み、猪子蓮太郎の新たな思想、理不尽な差別に対して声を上げる姿勢に感銘を受けます。
丑松の小学校の同僚であり、師範学校からの知り合いの銀之助(矢本悠馬)は、猪子蓮太郎に傾倒していく丑松の様子を心配しています。
また、丑松らが務める学校の校長は保守的で猪子蓮太郎などの新たな思想を嫌っていました。そのこともあり、校長には猪子蓮太郎を読んでいることを知られないほうがいいと忠告します。
校長は丑松や銀之助をあまりよく思っていません。更に、郡視学(郡が行政単位の一つであった時の、地方教育行政官)の甥である若き教員文平が新しく赴任したことで、文平を重宝し始めます。
そんな中、年配の同僚・敬之進は体調がよくなく、やむなく遅刻などを繰り返していましたが、とうとう退職することになります。あと数ヶ月働けば恩給がもらえる敬之進のことを慮って丑松は校長にこれまでの働きに免じて恩給を出してはもらえないだろうかと相談します。
しかし、規則は規則だ校長は相手にしません。その夜、敬之進と酒を交わした丑松は、蓮華寺にいる娘・志保(石井杏奈)が実は敬之進の娘であることを知ります。
前妻の娘である志保は、金銭的な理由でやむなく蓮華寺に養子として出し、長男は日露戦争に従軍していると言います。長男が帰って来れば家計も助かると敬之進は言います。
映画『破戒』の感想と評価
次の世代への希望
島崎藤村の小説『破戒』をベースにしながらも新たな要素を加えて再構築した映画『破戒』。
大きな原作との違いは、子供たちと丑松の物語に重きをおいていることでしょう。原作で丑松が教えていたのは高等4年生であり、年齢は14歳くらいの現代では、中学生にあたる年代の子でした。
しかし、本作では小学生くらいの子供たちに教えています。更に原作にも登場する部落出身の生徒と丑松の関係性や生徒の設定も少し変わっています。
部落出身の生徒を丑松は気にかけ、部落出身だからと諦めず、教育をしっかりと受けることが大事だと伝えます。また、差別をする生徒らに対し、大人がしているからといって差別するのはおかしいと説きます。
体の不調によって退職をせざる得なくなった同僚・敬之進の息子・省吾のことも、丑松は気にかけていました。省吾は父親の様子を見て、自分は奉公に出されるから勉強したところで上の学校にはいけないと諦めています。
そんな省吾に対しても、丑松は繰り返し勉強は大切だと説きます。教育の大切さを訴え続ける丑松の心の内には、今の丑松があるのはひとえに教育を受けられたおかげだという思いがあるからでしょう。
教育は未来への架け橋なのです。教育の大切さは明治の世だけに限らず現代にも言えることです。
そして差別をなくして新たな思想を持って未来を切り開いていってほしいという思いを丑松は教え子に託します。
教え子に託した未来への希望は、映画を見ている観客に対してのメッセージでもあります。
映画のラストで、教師をやめ、東京へと向かう丑松と志保を見送りに生徒らが駆けつけます。文平が学校に帰るよう叱っても、見送りたいという強い意志を口にした生徒らの姿は、丑松の教えがきちんと生徒らに伝わっていると感じられ、胸が熱くなります。
一方で、いつか部落差別がなくなったとしても、新たな差別が始まる。人は弱いから差別をする、そう猪子蓮太郎は丑松に言いました。その言葉に観客はハッとさせられます。
近年Black Lives Matterやアジア人ヘイトなど、差別に対する抗議の運動が世界的な広まりを見せています。その背景には、時代が変われど、今なおなくなることのない差別の問題について考えさせられるのです。
まとめ
島崎藤村の普及の名作を映画化した映画『破戒』。
60年ぶりに映画化された本作は、原作のメッセージ性や明治の世情を描きながらも、現代にも通じる問題を浮き彫りにしています。
更に未来への世代へと希望を託す丑松の思いを描き、現代を生きる私たちもその希望を受け取り、未来へと託していかないといけないと考えさせられます。
また、多彩な役をこなしてきた間宮祥太朗が内面で苦悩を抱え、幾度も全て打ち明けたい思いに駆られながら葛藤する姿を台詞ではなく表情で見事に表現しています。
丑松とは対照的で明るく屈託のない同僚であり、親友の銀之助を演じたのは、実際に間宮祥太朗と交友の深い矢本悠馬。
『トリガール!』(2017)など多くの作品で共演してきた間宮祥太朗と矢本悠馬ならではの安定感のある演技も見どころの一つです。