連載コラム『いま届けたい難民映画祭2024』第5回
難民映画祭は、難民をテーマとした映画を通じて、日本社会で共感と支援の輪を広げていくことを目的とした映画祭で、世界各地で今まさに起きている難民問題、1人ひとりの物語を届けています。
第19回難民映画祭では、困難を生き抜く難民の力強さに光をあてた作品をオンラインと劇場で公開します。公開される6作品をCinemarcheのシネマダイバー・菅浪瑛子が紹介します。
今回紹介するのは、定住先のカナダでチョコレートの店を開いたシリア難民のサクセスストーリーを描く映画『ピース・バイ・チョコレート』(2021)。
難民映画祭は2024年11月7日(木)〜30日(土)までオンラインにて開催されます。
内戦によりシリアを逃れ、難民となったテレクと家族は、移住先のカナダで家業であったチョコレート工場をはじめ成功します。
移住先で立ちはだかる問題や地域の皆に支えられ奮闘する一家を実話を元に描くサクセスストーリー。
【連載コラム】『いま届けたい難民映画祭2024』一覧はこちら
『ピース・バイ・チョコレート』の作品情報
【日本上映】
2024年(カナダ)
【監督】
ジョナサン・カイザー
【原題】
Peace by Chocolate
【キャスト】
アイハム・アブ・アンマー、ハテム・アリ、マーク・カマチョ
【作品概要】
監督を務めたジョナサン・カイザーは、カナダ、ノバスコシア州出身です。地元で起きた感動的な実話をもとに映画化したのが、映画『ピース・バイ・チョコレート』です。他の作品にドキュメンタリー映画『ベートーヴェンならどうする?』(2016)があります。
イッサム役を演じたハテム・アリは、映画監督、作家、俳優として幅広く活躍していましたが、2020年に心臓発作で亡くなり、本作が遺作となりました。
映画『ピース・バイ・チョコレート』のあらすじ
シリアの内戦により、国を逃れ難民となったテレクと家族。
一家は、カナダのアンティゴニッシュに移住することになります。内戦によって宙ぶらりんになった医学部を卒業するために、大学の編入を考えています。
フランクは何かと一家を気遣い、サポートしてくれますが、英語が話せない両親はテレクを頼りにしています。
父のイッサムは家業のチョコレートを作り始め、そのチョコレートを食べたフランクは、販売に向け協力してくれます。シリア移民が作ったチョコレートは町の話題となり、広まっていきます。
そんな中、テレクは編入先がなかなか決まらず焦りを感じていました。そして、チョコレートの方でも問題が起き始め……。
映画『ピース・バイ・チョコレート』の感想と評価
家族で助け合うこと
映画『ピース・バイ・チョコレート』は、他の5作とは異なり、ドキュメンタリーではなく、実話を元にした劇映画になっています。
シリアの内戦により、ダマスカスから逃れ、レバノンの難民キャンプに身を寄せていたテレクと一家。申請が通り、カナダに渡ることになりましたが、妹の配偶者が行方不明で、ビザが降りないと言われてしまいます。
妹は遅れてカナダにきますが、カナダに来ることができたのは、パートナーの死が確認されたからでした。紛争下のなか、行方不明の人を探すのは、どれほど困難か、また亡くなっていたとしても、身元が判明し、きちんと家族に連絡が取れるとも限りません。
テレクと一家は、カナダに渡ることができましたが、同じような状況で渡ることができず、難民キャンプで先の見えない生活を送っている人もいるでしょう。
一家がやってきたのはカナダのアンティゴニッシュという小さな町です。都市部のロッテルダムからはかなり離れたところにあります。
内戦により宙ぶらりんになっていた医学部を卒業し、人の役に立つ仕事をしたいと考えていたテレクは、仲介役のピエールに他の都市に変更できないかと頼みます。
しかし、「折角ビザが下りたのに台無しにするのか」と言われます。難民申請が通り、ビザが下りること自体恵まれているということなのです。
テレクは地元の大学に編入申請をしますが、在籍していたという証明書もなく、紹介されたアラブ系の医者に推薦を書いてもらいますが、編入は見送られてしまいます。
英語を話せない両親はテレクに頼り、テレクはそのことを重荷に感じていました。これがロッテルダムなどの都市部だったら、知り合いやアラブ系の移民が他にもいて両親がつながることができるコミュニティがあったかもしれません。
なかなか編入先が決まらず、宙ぶらりんの状態であることもテレクの焦りを強くします。
全てを失い難民になったからこそ、自分は社会にとって必要な人材だとアピールして、受け入れてもらわなければならないという思いもあったのかもしれません。
一方で、父・イッサムは、家族皆で助け合い新たな地で一から始めようと考えてしました。困った時は個のしたいことではなぬ、家族のために働く、それがイッサムの考えでした。
だからこそ、イッサムはテレクの負担や焦りに対してきちんと対話して互いに向き合おうとしていたかったかもしれません。
当然だ、分かってくれるという思いはあったのではないでしょうか。
互いが互いを思い合ってはいるけれど、すれ違い、テレクは1人で焦って先走ってしまいます。そして向き合うことから逃げ、2人を支えてくれるフランクに全てを押し付けようとすらしていました。
何よりテレクは、家業であるチョコレート職人の仕事をリスペクトせず、父が作ったチョコレートも頑なに食べようとしませんでした。
反発もあったのでしょうが、医者は人の役に立つ立派な仕事で、チョコレート職人はそうではないというのは、差別的で偏った考え方です。
そんなテレクが家族と向き合い、助け合っていく姿を描く本作は、テレクの成長物語でもあります。
地域との交流
テレクと家族を温かく受け入れ、サポートしてくれたフランクのように皆が皆最初から有効的であった訳ではありません。
そんな一家と町の人々を繋げてくれたのはフランクでした。イッサムが作ったチョコレートの美味しさに感動したフランクはすぐさま教会で売ることを提案し、見事成功します。
イスラム教徒である一家とキリスト教の教会という組み合わせは相容れないものではと思う人もいるかもしれませんが、そのような垣根を超えてしまうのがチョコレートの魔法かもしれません。
しかし、そのチョコレートは一つの衝突にも繋がってしまいます。町で唯一チョコレートを売っているケリーは、お客さんを取られそうになり、イッサムとテレクに一緒にやらないかと持ちかけますが、イッサムはケリーのチョコレート作りを認めておらず、断ります。
その結果ケリーは何かと口出して横やりを入れるようになります。そんなケリーにフランクは「共存する道はあるはず」と言いますが、フランク自身共存のためにケリーに対し、何か働きかけをするわけではありません。
全てを失って難民となったテレクと家族と、ケリーの状況は同じではありません。しかし、同じチョコレートを売る店として、同じ町の住民として、歩み寄っていないのはケリーだけではないはずです。テレクは、仕事を奪いにきたのではなく、雇用を生み出していると発言しています。
葛藤や困難を乗り越え、地域に認められるようになったテレクと一家や平和を届けるチョコレートには、同じ境遇にある人々にとって希望にもなったでしょう。
また、テレクと家族を通して、難民のことやシリアの状況について知ろうとするきっかけにもなったのではないでしょうか。
知ろうとすることは、支援の一歩なのです。
まとめ
シリア難民の実話を元にした映画『ピース・バイ・チョコレート』。様々な問題を乗り越え、チョコレート工場を成功させた一家ですが、皆が皆、難民や移民として移住した先で成功できるとは限りません。
むしろ仕事に就けず、コミュニティともうまく繋がれず、大変な思いをしている人の方が多いかもしれません。
『ピース・バイ・チョコレート』の中でも、地域住民との摩擦が描かれていました。しかし、一家にはフランクをはじめとした支援者の存在がありました。
難民や移民が孤立してしまうこと、地域コミュニティとの橋渡しをする存在がいないことが現代社会において問題になっています。日本の現状を考えてみてください。
日本においても、移民の人は少しずつ増えています。その現状を私たちはどれほど知っているでしょうか。無関係だ、知らないではなく、まずは知ろうとすること、その一歩の大切さを感じさせる映画です。
難民映画祭は2024年11月7日(木)〜30日(土)までオンラインにて開催されます。
【連載コラム】『いま届けたい難民映画祭2024』一覧はこちら