連載コラム『いま届けたい難民映画祭2024』第1回
難民映画祭は、難民をテーマとした映画を通じて、日本社会で共感と支援の輪を広げていくことを目的とした映画祭で、世界各地で今まさに起きている難民問題、1人ひとりの物語を届けています。
第19回難民映画祭では、困難を生き抜く難民の力強さに光をあてた作品をオンラインと劇場で公開します。公開される6作品をCinemarcheのシネマダイバー菅浪瑛子が紹介します。
最初に紹介するのは、アマルという人形を通して、シリア難民の少女の葛藤を映し出す『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』(2023)です。
アマルと呼ばれる高さ3.5メートルの人形が、親や親戚など保護者となるべき存在がいない難民の子供たちの苦境を伝えるため、人形師と共にシリアからヨーロッパへと旅をします。
そんなアマルの心の声をシリア難民であり、トルコにいる少女が表現します。アマルが旅で感じた驚きと恐怖、そして難民として孤独と故郷への複雑な思いを抱えた少女の内面が突き刺さるドキュメンタリーです。
難民映画祭は2024年11月7日(木)〜30日(土)までオンラインにて開催され、『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』は、11月7日(木)のオープニング上映イベントとして、TOHOシネマズ 六本木ヒルズにて1回だけ上映されます。
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CONTENTS
『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』の作品情報
【日本上映】
2024年(イギリス映画)
【原題】
The Walk
【監督】
タマラ・コテフスカ
【作品概要】
監督を務めたのは、『ハニーランド 永遠の谷』(2020)でリューボ・ステファノフと共同監督を務めたタマラ・コテフスカ。
ドキュメンタリー映画『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』は、ニューヨーク・ドキュメンタリー映画祭やコペンハーゲン国際ドキュメンタリー映画祭に出品されました。
映画『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』のあらすじ
アマルと呼ばれる高さ3.5メートルの人形。
同伴者のいない難民の子どもの苦境を伝えるために、アマルと人形師はシリアからヨーロッパを横断する旅にでます。
道中でアマルは、歓迎される一方で、デモ隊にも遭遇します。アマルが感じる希望と恐れを実在のシリア難民の少女が声で表現。様々な感情に葛藤する少女の声と余る人形が共鳴していきます。
また、アマルのプロジェクトに参加した人形師の中には難民出身の人もおり、それぞれの葛藤が語られていきます。
映画『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』の感想と評価
シリア難民の背景
2011年に「アラブの春」と呼ばれる民主化運動の波が起こり、シリアにも波及しました。
しかし、民主化運動を展開した反体制派に対し、政府が強硬な姿勢に出たため武力衝突が起きました。そしてシリア内戦が起きたのです。
政府軍はアレッポを包囲し、2016年までアレッポでは反体制派や市民に対し政府軍はロシアなどの支援を受けて空爆など武力行為を続けました。
包囲の中に置かれた現状を世界に伝えるため、『アレッポ 最後の男たち』(2019/第12回UNHCR難民映画祭(2017)・第13回UNHCR難民映画祭(2018)上映作品)や『娘は戦場で生まれた』(2020)など様々なドキュメンタリーが制作されました。
シリア内戦から10年余り経っても反体制派の多い地域などでは空爆が続き、破壊された街が広がっています。国外に避難した難民だけでなく、国内で避難し難民となる人も多いのが現状です。
そんなシリアから逃れ、トルコの児童施設にいる少女が、アマルの声を担当し、親など同伴者もなく1人逃れてきた子供の現状を映し出したのがアマルのプロジェクトであり、本ドキュメンタリーです。
シリア難民の多くを受け入れているのが、国境を接するトルコ、レバノン、ヨルダン、イラク、更に隣接地域であるエジプトです。
更に、ヨーロッパでもドイツとスウェーデンでは10万人を超えるシリア難民を受け入れ、他のヨーロッパ諸国でも受け入れています。
アマルが伝えるもの
シリアだけでなく、世界の様々な地域で、紛争や宗教を背景に弾圧を受けるなど、様々な事情で故郷を捨て難民になる人々が増えています。
その難民の大多数をしめているのが子供だと言われています。家族で避難したが、道中で生き別れてしまった、亡くなってしまったなど様々な理由で同伴者もなく逃れてきた子供の難民がいます。
その1人であり、アマル人形の声を担った少女は、冒頭、「親戚を探すけれど、見つかる可能性は限りなく低い」と施設の職員に言われます。さらに、施設にいる子供たちが、「イスラム教徒だからヨーロッパに行けない」という会話をしているところも映し出されます。
そんな現実に「なぜ?」と問いかけるようにアマル人形は、ヨーロッパを旅しながら出会う人々を見つめます。華やかなパレードをして迎えてくれることもあれば、ギリシャではデモ隊に石を投げられたりします。
更には、生き別れた母に似た肖像画を見つけて、故郷のことを思い出す場面も。故郷を離れ戻ることもできない、そして爆撃によって美しかった故郷は破壊されてしまいました。
故郷を失い難民となった人々が求めるのは、安心して暮らすことのできる居場所です。しかし、受け入れることに反対している人もいるし、歓迎してくれていても、難民と認められてパスポートを発行されるまで何年かかるかもわからず、自由にどこかに行くことも難しい状況に置かれています。
そんな不安な状況の中、頼る大人もいない子供たちの現状、少女の切なる叫びが突き刺さるドキュメンタリーです。
まとめ
世界各地で今まさに起きている難民問題、1人ひとりの物語を届け続けている難民映画祭。
アマルと呼ばれる高さ3.5メートルの人形が、親や親戚など保護者となるべき存在がいない難民の子供たちの苦境を伝えるため、人形師と共にシリアからヨーロッパへと旅をプロジェクトを追ったドキュメンタリー映画『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』。
本作では、アマルが旅を通して出会った人々、そしてアマルが感じた感動や恐怖、様々な感情を実在する少女の声を通して語られます。
アマルの旅は、ヨーロッパの人々と出会うだけでなく、同じように旅をして安住の地を求め続ける難民の声も代弁しています。
イギリスへ向かう前、アマルは難民の人々が海を渡る前に過ごしていた小屋に向かい、壁に書かれた難民らの声を感じ取ります。恐怖、悲しみ……壁に書かれた幾多の難民の声が危険を承知で安住の地を求めようとする難民の苦境がありありと伝わってきます。
彼らが乗るボートは決して丈夫なボートではありません。泳げなくても乗るしかない、無事に辿り着けるかも分からない。不安と恐怖の中やっとのことで新たな地へ辿り着くのです。中には無事に辿り着けなかった人もいるでしょう。
新たな地に辿り着き、命を狙われる危険からは逃れられたかもしれません。しかし、新たな地に辿り着いたからといって安心できるわけではありません。申請が通らなければ強制送還される可能性もあるのです。
安心して過ごせる居場所を見つけられるまでどのくらいの年月がかかるのでしょうか。忘れてはいけないのは、彼らは決して捨てたくて故郷を捨てたわけではないということです。
人形師の1人は、両親の顔を忘れつつある恐怖を口にします。故郷を離れたことで、故郷への記憶も薄れていってしまう悲しさ。命からがら逃げてきた人々は、財産も失った人が殆どでしょう。
アマル人形は、シリア難民である1人の少女の象徴であり、難民子供達、更には難民全てを象徴する存在でもあります。先の見えない世界で、アマルの旅はこれからも続いていくでしょう。
難民映画祭は2024年11月7日(木)〜30日(土)までオンラインにて開催され、『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』は、11月7日(木)のオープニング上映イベントとして、TOHOシネマズ 六本木ヒルズにて1回だけ上映されます。
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