Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2024/10/20
Update

『ザ・ウォーク 少女アマル、8000キロの旅』あらすじ感想評価。シリア難民の少女の葛藤を描く注目おすすめ映画祭第1弾|いま届けたい難民映画祭2024・1

  • Writer :
  • 菅浪瑛子

連載コラム『いま届けたい難民映画祭2024』第1回

難民映画祭は、難民をテーマとした映画を通じて、日本社会で共感と支援の輪を広げていくことを目的とした映画祭で、世界各地で今まさに起きている難民問題、1人ひとりの物語を届けています

第19回難民映画祭では、困難を生き抜く難民の力強さに光をあてた作品をオンラインと劇場で公開します。公開される6作品をCinemarcheのシネマダイバー菅浪瑛子が紹介します。

最初に紹介するのは、アマルという人形を通して、シリア難民の少女の葛藤を映し出す『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』(2023)です。

アマルと呼ばれる高さ3.5メートルの人形が、親や親戚など保護者となるべき存在がいない難民の子供たちの苦境を伝えるため、人形師と共にシリアからヨーロッパへと旅をします。

そんなアマルの心の声をシリア難民であり、トルコにいる少女が表現します。アマルが旅で感じた驚きと恐怖、そして難民として孤独と故郷への複雑な思いを抱えた少女の内面が突き刺さるドキュメンタリーです。

難民映画祭は2024年11月7日(木)〜30日(土)までオンラインにて開催され、『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』は、11月7日(木)のオープニング上映イベントとして、TOHOシネマズ 六本木ヒルズにて1回だけ上映されます。

【連載コラム】『いま届けたい難民映画祭2024』一覧はこちら

『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』の作品情報

【日本上映】
2024年(イギリス映画)

【原題】
The Walk

【監督】
タマラ・コテフスカ

【作品概要】
監督を務めたのは、『ハニーランド 永遠の谷』(2020)でリューボ・ステファノフと共同監督を務めたタマラ・コテフスカ。

ドキュメンタリー映画『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』は、ニューヨーク・ドキュメンタリー映画祭やコペンハーゲン国際ドキュメンタリー映画祭に出品されました。

映画『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』のあらすじ

アマルと呼ばれる高さ3.5メートルの人形。

同伴者のいない難民の子どもの苦境を伝えるために、アマルと人形師はシリアからヨーロッパを横断する旅にでます。

道中でアマルは、歓迎される一方で、デモ隊にも遭遇します。アマルが感じる希望と恐れを実在のシリア難民の少女が声で表現。様々な感情に葛藤する少女の声と余る人形が共鳴していきます。

また、アマルのプロジェクトに参加した人形師の中には難民出身の人もおり、それぞれの葛藤が語られていきます。

映画『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』の感想と評価

シリア難民の背景

2011年に「アラブの春」と呼ばれる民主化運動の波が起こり、シリアにも波及しました。

しかし、民主化運動を展開した反体制派に対し、政府が強硬な姿勢に出たため武力衝突が起きました。そしてシリア内戦が起きたのです。

政府軍はアレッポを包囲し、2016年までアレッポでは反体制派や市民に対し政府軍はロシアなどの支援を受けて空爆など武力行為を続けました

包囲の中に置かれた現状を世界に伝えるため、『アレッポ 最後の男たち』(2019/第12回UNHCR難民映画祭(2017)・第13回UNHCR難民映画祭(2018)上映作品)や『娘は戦場で生まれた』(2020)など様々なドキュメンタリーが制作されました。

シリア内戦から10年余り経っても反体制派の多い地域などでは空爆が続き、破壊された街が広がっています。国外に避難した難民だけでなく、国内で避難し難民となる人も多いのが現状です。

そんなシリアから逃れ、トルコの児童施設にいる少女が、アマルの声を担当し、親など同伴者もなく1人逃れてきた子供の現状を映し出したのがアマルのプロジェクトであり、本ドキュメンタリーです

シリア難民の多くを受け入れているのが、国境を接するトルコ、レバノン、ヨルダン、イラク、更に隣接地域であるエジプトです。

更に、ヨーロッパでもドイツとスウェーデンでは10万人を超えるシリア難民を受け入れ、他のヨーロッパ諸国でも受け入れています。

アマルが伝えるもの

シリアだけでなく、世界の様々な地域で、紛争や宗教を背景に弾圧を受けるなど、様々な事情で故郷を捨て難民になる人々が増えています。

その難民の大多数をしめているのが子供だと言われています。家族で避難したが、道中で生き別れてしまった、亡くなってしまったなど様々な理由で同伴者もなく逃れてきた子供の難民がいます。

その1人であり、アマル人形の声を担った少女は、冒頭、「親戚を探すけれど、見つかる可能性は限りなく低い」と施設の職員に言われます。さらに、施設にいる子供たちが、「イスラム教徒だからヨーロッパに行けない」という会話をしているところも映し出されます。

そんな現実に「なぜ?」と問いかけるようにアマル人形は、ヨーロッパを旅しながら出会う人々を見つめます。華やかなパレードをして迎えてくれることもあれば、ギリシャではデモ隊に石を投げられたりします。

更には、生き別れた母に似た肖像画を見つけて、故郷のことを思い出す場面も。故郷を離れ戻ることもできない、そして爆撃によって美しかった故郷は破壊されてしまいました。

故郷を失い難民となった人々が求めるのは、安心して暮らすことのできる居場所です。しかし、受け入れることに反対している人もいるし、歓迎してくれていても、難民と認められてパスポートを発行されるまで何年かかるかもわからず、自由にどこかに行くことも難しい状況に置かれています。

そんな不安な状況の中、頼る大人もいない子供たちの現状、少女の切なる叫びが突き刺さるドキュメンタリーです。

まとめ

世界各地で今まさに起きている難民問題、1人ひとりの物語を届け続けている難民映画祭。

アマルと呼ばれる高さ3.5メートルの人形が、親や親戚など保護者となるべき存在がいない難民の子供たちの苦境を伝えるため、人形師と共にシリアからヨーロッパへと旅をプロジェクトを追ったドキュメンタリー映画『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』。

本作では、アマルが旅を通して出会った人々、そしてアマルが感じた感動や恐怖、様々な感情を実在する少女の声を通して語られます。

アマルの旅は、ヨーロッパの人々と出会うだけでなく、同じように旅をして安住の地を求め続ける難民の声も代弁しています

イギリスへ向かう前、アマルは難民の人々が海を渡る前に過ごしていた小屋に向かい、壁に書かれた難民らの声を感じ取ります。恐怖、悲しみ……壁に書かれた幾多の難民の声が危険を承知で安住の地を求めようとする難民の苦境がありありと伝わってきます

彼らが乗るボートは決して丈夫なボートではありません。泳げなくても乗るしかない、無事に辿り着けるかも分からない。不安と恐怖の中やっとのことで新たな地へ辿り着くのです。中には無事に辿り着けなかった人もいるでしょう。

新たな地に辿り着き、命を狙われる危険からは逃れられたかもしれません。しかし、新たな地に辿り着いたからといって安心できるわけではありません。申請が通らなければ強制送還される可能性もあるのです。

安心して過ごせる居場所を見つけられるまでどのくらいの年月がかかるのでしょうか。忘れてはいけないのは、彼らは決して捨てたくて故郷を捨てたわけではないということです。

人形師の1人は、両親の顔を忘れつつある恐怖を口にします。故郷を離れたことで、故郷への記憶も薄れていってしまう悲しさ。命からがら逃げてきた人々は、財産も失った人が殆どでしょう。

アマル人形は、シリア難民である1人の少女の象徴であり、難民子供達、更には難民全てを象徴する存在でもあります。先の見えない世界で、アマルの旅はこれからも続いていくでしょう。

難民映画祭は2024年11月7日(木)〜30日(土)までオンラインにて開催され、『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』は、11月7日(木)のオープニング上映イベントとして、TOHOシネマズ 六本木ヒルズにて1回だけ上映されます。

難民映画祭詳細はHPにて

【連載コラム】『いま届けたい難民映画祭2024』一覧はこちら






関連記事

連載コラム

映画『シュヴァルの理想宮』レティシア・カスタとニルス・タベルニエ監督へのインタビュー【作ることで詩は訪れる】FILMINK-vol.30

FILMINK-vol.30「The Ideal Palace: Build It and They Will Come」 オーストラリアの映画サイト「FILMINK」が配信したコンテンツから「Cin …

連載コラム

【ネタバレ感想】ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ南北英雄|チウ・マンチェク演じる武術家ウォン・フェイホン(黄飛鴻)が復活!|未体験ゾーンの映画たち2019見破録31

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第31回 今年もヒューマントラストシネマ渋谷で開催中の“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」。様々な58本の映画が公開中ですが、今回はカ …

連載コラム

【大阪アジアン映画祭インタビュー】暉峻創三プログラミング・ディレクターに聴くアジア作品の現在|OAFF大阪アジアン映画祭2019見聞録7 

連載コラム『大阪アジアン映画祭2019見聞録』第7回 いよいよ開幕した第14回大阪アジアン映画祭。 2019年はアジアの17の国と地域から51作品が集まり、プログラムにはスリランカや香港の有名監督の最 …

連載コラム

ナオミワッツ映画『ウルフアワー』ネタバレ感想と考察評価。ニューヨーク70年代の夏を描いたマインドブレイクスリラー|未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録20

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」第20回 様々な事情で日本劇場公開が危ぶまれた、個性的な映画を紹介する、劇場発の映画祭「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」。第 …

連載コラム

映画『ヤーラ』ネタバレ感想とあらすじ結末の評価解説。実話サスペンスでマルコ・トゥリオ・ジョルダーナ監督が描く少女失踪の真実|Netflix映画おすすめ70

連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第70回 行方不明になった13歳の少女の捜査に没頭するひとりの検事が、真実を突き止めるため、前代未聞の強硬手段に出る実話に基づくイタリアのノ …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学