連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第82回
今回紹介するのは、2024年4月26日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほかで緊急公開される『マリウポリの20日間』。
ロシアによるウクライナ東部の都市マリウポリへの侵攻を、AP通信取材班が命がけで撮影した映像を元に制作。第96回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞に輝いた衝撃作です。
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映画『マリウポリの20日間』の作品情報
【日本公開】
2024年(ウクライナ・アメリカ合作映画)
【原題】
20 Days in Mariupol
【製作・監督・脚本・撮影】
ミスティスラフ・チェルノフ
【共同製作】
ミッチェル・マイズナー、ラニー・アロンソン=ラス、ダール・マクラッデン
【編集】
ミッチェル・マイズナー
【音楽】
ジョーダン・ダイクストラ
【スチール撮影】
エフゲニー・マロレトカ
【作品概要】
ロシアによるウクライナ侵攻開始から、マリウポリ壊滅までの20日間を記録したドキュメンタリー。AP通信のウクライナ人記者であるミスティスラフ・チェルノフら取材班がマリウポリにて撮影を敢行し、決死の脱出劇の末に発信された記録映像をもとに制作。
2024年第96回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞、および取材を敢行したAP通信にピュリッツァー賞が授与されました。
日本では2023年にNHK BS『BS世界のドキュメンタリー』で「実録 マリウポリの20日間」のタイトルで放映され、2024年4月に劇場一般公開となりました。
映画『マリウポリの20日間』のあらすじ
2022年2月、ロシアがウクライナ東部ドネツク州の都市マリウポリへの侵攻を開始。これを察知したAP通信のウクライナ人記者ミスティスラフ・チェルノフら取材クルーは、取材のため仲間と共に現地へと向かいます。
ロシア軍の攻撃により水や食糧の供給は途絶え、通信も遮断され、またたく間に孤立していくマリウポリ。多くの海外メディアが現地から撤退するなか、チェルノフらAP通信取材班は留まり続け、現地の惨状を記録していくのでした…。
「プーチンにこの映像を見せろ」
2022年2月にロシアによる侵攻を受けたウクライナ東部にある街マリウポリ。世界の紛争や社会問題、環境危機を10年近く追ってきた、AP通信記者にしてウクライナ職業写真家協会会⻑のミスティスラフ・チェルノフは、長年の同僚エフゲニー・マロレトカと共に現地入りします。
同月22日未明に到着した取材班は、27日には榴散弾で重傷を負った4歳の少女が病院に担ぎ込まれる光景を目に。必死に延命処置を施す医師は、チェルノフが向けたカメラに叫びます。
「ロシアの連中が民間人を殺してる様子を撮影しておけ。プーチンにこれを見せろ。この子どもの目を見れるか?これが奴の大義の犠牲だ」、少女は助かりませんでした。
負傷者が出ても、電話が不通となったことで救急車は出動要請を受けられない。さらには通りを破壊されて走行不能となってしまい、病院への搬送すらできない――街には瞬く間に死者が増えていきます。
電話だけでなく、電気、水、物資供給といったライフラインを絶っていくロシア。テレビやラジオの通信塔をも破壊されてしまったことで多くのジャーナリストたちが脱出していく中、チェルノフらはなおも留まります。
戦争はX線のようなもの
2011年、中東で「アラブの春」と呼ばれる民主化運動が広がり、シリアで実権を握るアサド政権とそれを支援するロシア軍が反政府勢力の武力鎮圧を開始。現在でも続くシリア内戦では、戦時国際法で禁じられているはずの、医師や市民がいる病院への爆撃が行われました。
当コラムで取り上げた『娘は戦場で生まれた』(2020)では、そのシリアの惨状が克明に映し出されていますが、ウクライナ侵攻においても、ロシアは市内の産婦人科や小児科病院への爆撃を敢行。担架で運ばれる血まみれの妊婦の映像を、チェルノフは拙い電波を通して送信します。
それとともに、市内では略奪行為が横行。「なぜ助け合わない?自分の暮らす街で略奪をしてどうする?わざわざ混乱を生むな」とウクライナ兵は嘆き悲しみます。
チェルノフが医師から伝え聞いた言葉「戦争はまるでX線だ」、戦争は人間の本性を露わにしてしまうのか。
空爆の衝撃と振動で防犯ブザーがけたたましく鳴り響く大量の車、本来の仕事ではない遺体の埋葬に従事する市の職員、「家が吹き飛ばされて何もなくなった。でもそれが人生だ」と大きな荷物を引きながら街を歩く初老男性…あまりにも不条理な光景がマリウポリを包みます。
22年3月にマリウポリに入り撮影を敢行したドキュメンタリー監督のマンタス・クヴェダラヴィチウスは、ロシア軍に拘束され殺害されました。しかし彼が遺した映像は、『マリウポリ 7日間の記録』(2023)として全世界で公開。クヴェダラヴィチウスとほぼ同時期にマリウポリ入りしていたチェルノフも、同じく命を落としていた可能性があったのです。
「滅びゆくマリウポリを世界に見せてくれ」という有志の助けで生き延び、結果としてウクライナ映画史上初のアカデミー賞受賞監督になったチェルノフ。しかし授賞式での、「この映画は作られるべきではなかった。すべての人質、兵士、民間人が解放されることを願う。映画は記憶を形成し、記憶は歴史を形成するのだから」とスピーチするその表情に笑みはありませんでした。
22年5月20日、ロシア国防省はマリウポリが陥落しロシア統制下となったと発表。ロシア高官はチェルノフの映像を、「フェイクニュース」としています。
本作が真実を映しているのか、それとも捏造されたものなのか。その目で真偽を確かめてください。
次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。
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松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
ウェブニュースのライターとしても活動し、『fumufumu news(フムニュー)』等で執筆。Cinemarcheでは新作レビューのほか、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)