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Entry 2021/11/30
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映画『大鹿村から吹くパラム』あらすじ感想と評価解説。東京学生映画祭でグランプリを受賞した金明允(キムミョンユン)は日本で何を見たのか⁈|銀幕の月光遊戯 82

  • Writer :
  • 西川ちょり

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第82回

南アルプスに囲まれた長野県下伊那郡大鹿村。村の人々と偶然出会った韓国からの留学生・金明允(キム・ミョンユン)監督は、自然と共存して暮らす人々にカメラを向けます。古い歴史を持つこの美しい村は今、リニア中央新幹線の工事に直面していました。

日本映画大学卒業制作作品であるドキュメンタリー映画『大鹿村から吹くパラム』は、東京学生映画祭でグランプリ、日本映画テレビ技術協会青い翼大賞で撮影技術賞を受賞。

また、韓国のDMZ国際ドキュメンタリー映画祭、インディフォーラム映画祭、釜山平和映画祭で上映されたのをはじめ、マレーシア、インド、シンガポール、中国の映画祭にも選出され上映が決まっています。

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら

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映画『大鹿村から吹くパラム』の作品情報


(C)金明允

【公開】
2021年公開(日本映画)

【監督・プロデュース】
金明允

【キャスト】
サイモン・ピゴット、高崎ティム、中村カリン、中村太伝、内田ボブ、遠野ミドリ、谷口昇、中村政子、前島久美、伊波ルナ

【作品概要】
リニア工事というこれまで経験したことのない現実に直面した長野県下伊那郡大鹿村に暮らす人々の姿をとらえたドキュメンタリー映画。

プロデュース、監督を務めたのは韓国からの留学生・金明允(キム・ミョンユン)。東京学生映画祭でグランプリ、日本映画テレビ技術協会青い翼大賞で撮影技術賞を受賞。国内外の映画祭で高い評価を得ています。

映画『大鹿村から吹くパラム』のあらすじ


(C)金明允

南アルプスが美しく望める長野県下伊那郡大鹿村の釜沢。ここにはイギリスから移住してきたサイモン・ピゴットさんを中心に12人の住民が自然とのスローライフな生活を営んでいます。

その中のひとり、谷口昇さんは、ある日釜沢のシンボルである桜の木が切られているのを発見します。実は、5年前の南アルプスを貫くトンネルの起工式以降、大鹿村ではリニア中央新幹線の工事が始まっていたのです。

ダイナマイトの騒音、大雨による被害、細い道を通過する工事トラック…。村の人達が維持してきた穏やかな生活が工事により大きく変わろうとしていました。

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映画『大鹿村から吹くパラム』の解説と感想


(C)金明允

信頼関係のもとに事実を記録する

木や枝を集め、薪割りをし、薪を焚べて風呂を炊き、畑に実った野菜で料理をこしらえ、食べる。イギリスから長野県の大鹿村に移住してきたというサイモン・ビゴットさんの丁寧な暮らしぶりが、南アルプスを臨む美しい風景と共にまず心を打ちます。

この地にはビゴットさんと同様、都会の生活に違和感を覚え、新天地を求めてたどり着いたという人が少なくありません。そうした外からやってきた人々を暖かく迎え入れる土壌がここにはあるのでしょう。

それは、カメラを回す金明允監督ら映画のスタッフたちと村の人々との関係にも感じられます。映画を撮りたいという学生たちと大鹿村の現状を伝えてほしいと考える村の人々というそれぞれの思惑があるのは勿論なのですが、そうしたギブアンドテイクだけでない、暖かな関係が映画から伝わってくるのです。

澄んだ空気や水の冷たさまでが直に伝わってくるような瑞々しい村の風景をとらえた画面には、作り手の感嘆の気持ちが表れ、村の人々に向ける眼差しには親愛の情が込められています。学生ならではの素直な感性の賜物でしょう。

と、同時に、被写体となる村の人々たちも作り手に柔らかい眼差しを送っているように感じられます。学生たちを受け止めた村の人々の包容力によるものでしょう。

だからこそ、観る者もすぐにこの村とそこに暮らす人々に引きつけられます。そしてこのように美しく尊いとまで感じられる場所がどうしてリニア工事の対象となってしまったのかというやり切れなさを覚えずにはいられません。

リニア工事に関しては正直、静岡で反対運動が起こっているというくらいの認識しかなかったのですが、こうした現実を伝えるニュース的役割として、また事実の記録としても本作は大きな役割を果たしているといえます。

リニア工事に対する村の人々の心情と表現力


(C)金明允

リニア工事は、当初村の人々にとっては、生活にじかには関わりのない問題ととらえられていました。そうした説明が当局からなされていたからです。

しかし、青木地区で酪農を営んでいる青木道子さん一家のすぐ側に電気を送電する大きな鉄塔が建てられることが判明します。電磁波の問題にも不安が生じます。また長年に渡って村を守ってきた樹木までもが伐採されることになります。村を支えてきた大切なものが奪われようとしています。

ドキュメンタリーの巨匠フレデリック・ワイズマンの2020年の作品『ボストン市庁舎』では、街の一角に大麻の店を出そうとする業者側と住民たちの話し合いの場が映し出されていました。

政治家でも弁護士でもない市井の人々が、理路整然と疑問や要望を伝える様子に深い感銘を受けました。業者を敵として頭ごなしに否定するのでなく、一定の敬意を表しながら自身の思いをきちんと主張し伝える様子に驚かされたのですが、同様の感情をリニア建設に抗議する大鹿村の人々にも覚えました。

子どもたちがいつでも帰ってくることのできる場所にするのは私たちの役割だとひとりの女性が語るように、人々は村の未来に思いを馳せ、自身の思いをきちんと言葉にし、伝えようとしています。

大鹿歌舞伎の伝統があるせいでしょうか。芝居という形でリニアへの疑問を発信する姿も見られます。さらに、現場で作業をする人々や木を切りにやってくる業者に対しても「彼らだって後ろめたい思いをしてやってくるのだ」と、その心情をおもんばかります。

しかし、ボストンの業者が住民との話し合いの中で「互いが納得できるようにとことん話し合いましょう」と語るのに対してリニアの責任者はその姿すらみせません。住民の声に耳をかそうともしない態度は日本社会の冷酷な一面を象徴するものと言えるでしょう。

まとめ


(C)金明允

映画の終盤、ビゴットさんが、日本の田舎の過疎問題について触れられている場面があります。それらは日本の今後を考える上で、見過ごせない大きな問題であり、その言葉にはっとさせられます。と、同時にビゴットさんの寂しげな表情が強く印象に残りました。

『大鹿村から吹くパラム』は、ビゴットさんや谷口登さん、青木道子さんをはじめとする大鹿村に住む人々の心情を丁寧にすくい取っています。だからこそ、この地に起こっている様々な問題が、より顕著に心に響いてくるのでしょう。

<パラム>という韓国語には<願い>と<風>という2つの意味があるそうです。タイトルには大鹿村の人たちの小さな<願い>が<風>のように届いてほしいという思いが込められています。

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