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Entry 2021/03/10
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映画『ブータン 山の教室』感想評価と内容解説。初監督のドルジが“世界一幸福度の高い国”から「真の幸せ」を問う|OAFF大阪アジアン映画祭2021見聞録2

  • Writer :
  • 桂伸也

第16回大阪アジアン映画祭上映作品『ブータン 山の教室』

毎年3月に開催される大阪アジアン映画祭も今年で16回目。2021年3月05日(金)から3月14日(日)までの10日間にわたって、アジア全域から寄りすぐった多彩な作品が上映されます。

さらに本年度は「オンライン座」として、2021年2月28日(日)から3月20日(土)までの期間、過去のアジアン映画祭で上映された作品から特に好評を博した作品を中心にしたオンライン上映も開催されます。

今回はその中から、特に注視しておきたい潮流、才能を厳選してピックアップする「特別注視部門」で上映されるブータン映画『ブータン 山の教室』(2019)をご紹介します。

映画『ブータン 山の教室』は、2021年3月12日(金)の12:05よりシネ・リーブル梅田にて上映があります。また本作は岩波ホール他にて2021年4月3日(土)より公開が予定されています。

【連載コラム】『OAFF大阪アジアン映画祭2021見聞録』記事一覧はこちら

映画『ブータン 山の教室』の作品情報


(C) 2019 ALL RIGHTS RESERVED

【日本公開】
2021年(ブータン映画)

【英題】
LUNANA: A YAK IN THE CLASSROOM

【監督・脚本】
パオ・チョニン・ドルジ

【キャスト】
シェラップ・ドルジ、ウゲン・ノルブ・へンドゥップ、ケルドン・ハモ・グルン、ペム・ザム、サンゲ・ハム、チミ・デム、サンゲ・レトー、ナムゲ・ハム、ドルジ・チョデン、ドルジ・デム、ドルジ・ハデン、サンゲ・チョデン、クンザン・ワンディ、ツェリン・ドルジ、ツェリ・ゾム、ドルジ・オム、ツェリン・ザム、ソナム・タシ、タシ・デマ、タンディン・ソナム、ドルプ、ツェリン・ザム、リンチェン・ハデン、ジグメ・ティンレー、ナカ

【作品概要】
「世界一幸福度の高い国」ブータン王国の北部、標高4,800メートルの位置にあるルナナ村の学校を舞台に、赴任を命ぜられた一人の教師の姿を通して「幸福」の本質を問う人間ドラマ。

本作がデビュー作となるブータン王国出身のパオ・チョニン・ドルジが、監督と脚本を担当しました。

【パオ・チョニン・ドルジ監督プロフィール】
1983年6月23日生まれ。作家、写真家、映画監督。

映画『ザ・カップ~夢のアンテナ~』(1999年)で知られる、ケンツェ・ノルブ監督作『Vara:A Blessing』(原題、2013年)で監督助手として映画の世界でのキャリアをスタートします。

その後、同監督による『ヘマへマ:待っているときに歌を』(第12回大阪アジアン映画祭上映時タイトル、2017年)をプロデュース。同作品はロカルノ映画祭でワールドプレミアされ、国際的にも高く評価されました。『ブータン 山の教室』は、パオ・チョニン・ドルジ監督の長編デビュー作。

映画『ブータン 山の教室』のあらすじ


(C) 2019 ALL RIGHTS RESERVED

ブータン王国のティンプーに住む青年ウゲンは、教師という職を持ってはいたものの、教育組織側からもそのモチベーションを問われてしまうほどにやる気を見せません。

それもそのはず、彼はブータン王国を離れ、オーストラリアに行ってミュージシャンになりたいという夢を持っていたのです。

ところがある日、その意に反してウゲンは、ブータン王国で最も辺境の地であるルナナ村で教師として赴任するよう告げられます。

その辞令を仕方なく承諾するウゲン。交通機関もなく徒歩のみで山を越え、1週間以上かけてようやくルナナ村に到着。

当初はトイレットペーパーもなく、電気の供給すらままならない場所での生活を不安に思っていた彼でした。

しかし純真な村人たちの心に触れるに従い、彼は次第に村での生活にいとおしさを感じるようになっていきます。

映画『ブータン 山の教室』の感想と評価


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この物語はフィクションでありながらドキュメント的な側面を持っており、ある種メディアで報じられているイメージの真偽を問うような作品となっています。

「世界で最も幸福度の高い国」といわれるブータン。しかしメディアでは、単なる調査の結果として「そういった声が多く上がっている」という点のみに焦点が当てられがちで、「何故幸福なのか」「何が幸福と思わせるのか」という具体的なことは、実はあまり深く追究されていないようです。

その意味で本作は、ブータンのルナナ村という一つの地域を挙げて、メディアでは知り得ることのできないブータンの「幸福」の本質を探るとともに、人々が感じる「幸福」の実態に迫っています。

ルナナ村は交通の便もなく電気の供給も不安定で自給自足に頼る生活をし、教育もままならない中で人々は生きています。

加えて、人間関係、社会生活という観点では、離婚、飲んだくれという問題を普通に抱えた人もいます。


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それでもルナナ村の人たちはお互いの存在、そして共存するヤクの存在を認め合い、どんなに都会が魅力的に見えたとしてもこの村を離れたくないと言います。

村を訪れて「実は先生をやる気がない」というウゲンの言葉さえ受け入れ、決して批判はしません。

また実際、村の子供たちの中心人物役を務めたペム・ザムは本名で劇中に登場しましたが、彼女の家族は現実に崩壊しており、現在は祖母と暮らしているとのこと。

そんな彼女は劇中でウゲンの来村に目を輝かせながら、村を心底愛する少女の姿を生き生きとした表情で演じており、彼女を中心に村がよその人をどう受け入れるかをリアルに描いています。

一方で物語の主人公ウゲンは、ブータンに住みながらその国の実態を知りません。自身が転勤することがきまって初めて知るルナナ村という地域のことは、「不便なところ」「情報のないところ」という簡略化されたメディアの情報でのみ、知ったつもりになっています。

そして物語の最後にウゲンは、希望を叶え、かつて憧れた世界へ向かうことになります。

しかしそこでウゲンは、その「憧れた世界」言い換えれば自分がきっと幸せになるであろうと考えた世界ですら、「知ったつもり」になっていたことに気づきます。

ウゲンが最後に求めた「幸せ」の実態とはどのようなものなのか、ラストのシーンはその彼の行く末とともに実態像を大いに考えさせられるようになっています。

改めて普遍的な「幸せ」というものをどのように認識するのか、そんな問い掛けを投げかけられるような作品です。

まとめ


(C) 2019 ALL RIGHTS RESERVED

本作の主演を務めたシェラップ・ドルジらをはじめ、メインキャストにはブータンにあるレコードレーベル所属のアーティストが名を連ねています。

ルナナ村に伝わる歌を歌い継いでいく展開はとても清々しく、物語のもう一つの流れを作っているようでもあり、その流れを作り上げるにあたり、このキャスティングはまさしく適任といえるでしょう。

また印象的なのは、劇中でウゲンが登場した時です。「世界一幸福度の高い国」と呼ばれる国の子供が、よその国に憧れ飛び出していこうとする姿は、知られざるブータンという国の現在の一面を見ているようで、非常に興味深いポイントでもあります。

そしてこの場面からは「先進国」「発展途上国」などといった国へのランク付け、それに付随する国の転換方針付けのように、ある意味「勝手に押し付けられる」価値観に対して、大きな疑問を投げかけているようでもあります。

映画『ブータン 山の教室』は、2021年3月12日(金)の12:05よりシネ・リーブル梅田にて上映があります。また岩波ホール他にて2021年4月3日(土)より公開。

【連載コラム】『OAFF大阪アジアン映画祭2021見聞録』記事一覧はこちら



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