Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2021/10/01
Update

映画『ドーナツキング』感想解説と考察評価。一文無しから億万長者へ資産2000万ドル (約21億6000万円)を所有する“ドーナツ王”|だからドキュメンタリー映画は面白い64

  • Writer :
  • 松平光冬

連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第64回

今回取り上げるのは、2021年11月12日(金)より、新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開の『ドーナツキング』

『エイリアン』(1979)、『グラディエーター』(2000)のリドリー・スコット製作総指揮による、無一文でカンボジアからアメリカに渡り、全米の”ドーナツ王”となった男の、激動の人生をつづります。

【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら

スポンサーリンク

映画『ドーナツキング』の作品情報


(C)2020 – TDK Documentary, LLC. All Rights Reserved.

【日本公開】
2021年(アメリカ映画)

【原題】
The Donut King

【監督・共同脚本・製作】
アリス・グー

【製作】
トム・モラン

【製作総指揮】
リドリー・スコット

【脚本・編集】
キャロル・マルトリ

【音楽監修】
ライザ・リチャードソン、ダン・ウィルコックス

【キャスト】
テッド・ノイ(ブンテク)、クリスティ(スガンティニ)、チェト・ノイ、サヴィ・ノイ、クリス・ノイ、チュオン・リー、メイリー・タオ、スーザン・ワヒド、アマンダ・タン、アダム・ヴォーン、チャイブン・ノイ、グウェンドリン・ラオ、ブンタオ、ジェームス・ヴァー二ー、ボブ・ローゼンバーグ

【作品概要】
アメリカ人が愛してやまないドーナツ店の経営で、誰もがうらやむアメリカンドリームを掴んだカンボジア人、テッド・ノイにスポットを当てたドキュメンタリー。

彼がいかにしてアメリカに渡り、いかにして現在も脈々と継がれるドーナツ店経営に至ったのか、その数奇な人生に迫ります。

監督は、ヴェルナー・ヘルツォーク、ステイシー・ペラルタ、ロリー・ケネディらの作品で撮影監督としての経験を積み、本作が長編映画デビューとなるアリス・グー。

リドリー・スコットが製作総指揮を担当した本作は、2020年の米サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)映画祭で審査員特別賞を受賞し、米映画批評サイトRotten Tomatoesで満足度97%を獲得しています。

映画『ドーナツキング』のあらすじ

(C)2020 – TDK Documentary, LLC. All Rights Reserved.

無一文でカンボジアからアメリカへ渡り、ドーナツ店の経営で資産2000万ドルを所有する“ドーナツ王”となったテッド・ノイ。

誰もがうらやむアメリカンドリームを掴んだ彼は、なぜアメリカに渡り、いかにしてドーナツ店経営に至ったのか?

カンボジア内戦や難民問題、大手チェーン店と個人経営店が対立する最新ドーナツ事情、そして自身が起こした過ちなど、数々の苦難を乗り越えてきた甘くて苦い人生をひも解きます。

スポンサーリンク

円(えん)もゆかりもあるアメリカとドーナツの関係

(C)2020 – TDK Documentary, LLC. All Rights Reserved.

アメリカのテレビ番組や映画では、とかくドーナツを目にします。

『ローマの休日』(1954)の元ネタとなった『或る夜の出来事』(1934)で、新聞記者が富豪令嬢にドーナツをコーヒーに浸ける食べ方”ダンキング”(「ダンキンドーナツ」の社名はここから)を教えれば、長寿テレビアニメシリーズ「シンプソンズ」(1987~)では、ドーナツをこよなく愛するシンプソン家の大黒柱のホーマーが、その愛ゆえに悪魔に魂を売り渡します。

カルト的人気を博したテレビドラマシリーズ「ツイン・ピークス」(1990~91、2017)でもFBI捜査官のクーパーが会議時のテーブルにドーナツを大量に並べ、マーベルヒーローのアイアンマンも、『アイアンマン2』(2010)で早朝にランディーズドーナツ(LAを拠点とするチェーン店)の巨大看板の上でドーナツをほお張っていました。

年間ドーナツ消費量が約100億個ならば、2万5,000以上ものドーナツ店が存在。店舗も、ただ存在するだけでなく、北東部はダンキンドーナツ、西側はウィンチェルドーナツと、地方ごとにチェーン店の勢力が分かれるほど(ダンキン、ウィンチェルいずれも日本進出歴あり)。

「ドーナツの起源は新石器時代から」、「アメリカのドーナツはオランダ系やフランス系移民が広めた」など、その歴史については諸説ありすぎるので細かくは触れませんが、とにかく現代アメリカとドーナツが円(えん)もゆかりもある関係なのは確かでしょう。

本作『ドーナツキング』は、そんなドーナツ大国アメリカで、“ドーナツ王”に君臨した男の半生にスポットを当てます。

『ツイン・ピークス The Return』(2017)

難民から王になった男

(C)2020 – TDK Documentary, LLC. All Rights Reserved.

ドーナツ大国だけあって、アメリカではどんな小さな町にも必ず1つはドーナツ店があるといいます。

中でもカリフォルニア州は、同州に本社があるウィンチェルの約300店以外に、約5,000もの個人経営店が軒を連ねる激戦区ですが、そこを拠点に“ドーナツ王”になった人物こそ、テッド・ノイです。

1941年にカンボジアで生まれた彼は、70年に首都プノンペンに陸軍少佐として勤務。混乱極める内戦状態の中、妻クリスティや子供たちと共にタイへ異動します。

ところが75年、過激な共産主義勢力クメール・ルージュがプノンペンを制圧。国号は民主カンプチアに改められ、農本主義を理想とする指導者ポル・ポトは国民に過酷な農作業労働を強いるとともに、知識人たちを粛清します(カンボジアの内戦および大虐殺については『キリング・フィールド』、『FUNAN フナン』などに詳しい)。

帰る国を失い難民となったテッドは軍職の伝手で米軍機に乗り、一家でアメリカのカリフォルニアに脱出。そこで、甘い香りに誘われるがまま入った店で売られていたドーナツの美味しさに、衝撃を受けます。

ドーナツに魅せられるあまり、ウィンチェルでの研修を経て店舗責任者となり、それと並行して妻の名前を冠した自店を開業しますが、彼のビジネスセンスが開花するのはここからでした。

(C)2020 – TDK Documentary, LLC. All Rights Reserved.

大手チェーンを相手にテリトリー争いが激しいカリフォルニアのドーナツ競争で、いかにして彼は勝ち組となったのか?本作ではそのビジネスの極意を、本人の証言を元に解き明かしていきます。

そのどれもがユニークに富んでいるその極意については、是非ともスクリーンで確認してもらいたいのですが、それに付随する事実をここでひとつ明かすと、カリフォルニアの個人経営店の約90%を、カンボジア系アメリカ人が経営しています。

つまりこれは、テッドが自分の店で同胞のカンボジア難民たちを雇い、彼らにドーナツ製造のノウハウを教えて自活できるように手助けした成果でした。

“暴君王”ポル・ポトが生んだ難民を、元難民の“ドーナツ王”テッド・ノイが救う――本作はアメリカのドーナツ史でありながら、知られざるカンボジア史でもあります。

スポンサーリンク

ドーナツに不可能はない

(C)2020 – TDK Documentary, LLC. All Rights Reserved.

まさにアメリカンドリームを実現した人物として大統領からも表彰されるテッドですが、好事魔多し。ドーナツとは別の甘い誘惑に負け、彼の歯車は一気に狂うことになります。

本作の製作総指揮を務めるリドリー・スコットといえば、『エイリアン』や『ブレードランナー』(1982)のイメージから“SF映画の巨匠”と称されがちですが、『ゲティ家の身代金』(2017)、最新作の『ハウス・オブ・グッチ』(2022)など、富や権力を成した人物の確執・転落を描いた作品も手がけています。

また、難民から富豪となったテッドは、『エクソダス:神と王』(2015)での奴隷から民の指導者となるモーゼと重なることからも、もしかしたらリドリーは、元々はテッドを主人公としたドラマ映画を製作するつもりだったのかもしれません。

そのままドラマ映画にしても十分見応えがあったと思われる、波乱万丈な人生を歩んできたテッド。

ですが本作では、現在も生き残りが激しいアメリカのドーナツビジネスにおいて、脈々と受け継がれる彼の功績も描いています。

「ドーナツに不可能はない」とは「シンプソンズ」のホーマーの言葉ですが、テッドもまた、新規参入しても不可能とも思えるドーナツビジネスに着手し、見事にアメリカンドリームを可能にしました。

常に目新しさが求められるアメリカのドーナツ事情。その尽きない可能性が盛り込まれた本作を観て目を円くした方なら、間違いなくドーナツが食べたくなるはずです。

次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。

【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら

関連記事

連載コラム

映画『アンノウン・ボディーズ』あらすじネタバレと感想。原作者ジェフ・ヒーラールツの生みだした刑事物語|未体験ゾーンの映画たち2019見破録38

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第38回 今年もヒューマントラストシネマ渋谷で開催中の“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」。 今回はヨーロピアン・ミステリー映画をご紹 …

連載コラム

広島尾道にて深田晃司監督が若手監督を前に語る。特別講演「現代映画の動向」にて邦画の“いま”を斬る【SHINPA Vol.12前編】シネマ尾道の名もなき映画イベント1

第4回尾道映画祭中止なるも、ファンの要望に応え一部開催 新型コロナウイルス感染拡大防止のあおりをうけ、2020年2月28日~3月1日にかけて開催予定となっていた第4回尾道映画祭は中止することが決定。 …

連載コラム

映画『漂うがごとく』感想と内容解説レビュー。ベトナムの官能を体感する珠玉の作品| アジアン電影影戯3

連載コラム「アジアン電影影戯」第3回 今回は、2019年3月23日(土)より新宿K’s cinemaにて公開されるベトナム映画『漂うがごとく』を取りあげます。 急速な経済発展を背景に年々製作本数が増え …

連載コラム

映画『セカイイチオイシイ水~マロンパティの涙』あらすじと感想レビュー。少女アミーという存在|銀幕の月光遊戯 44

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第44回 映画『セカイイチオイシイ水~マロンパティの涙~』が現在ユーロスペース、全国イオンシネマ他にて絶賛公開中! 9年もの歳月を経て完成した「フィリピン水道建設プロジェク …

連載コラム

『サバイバー2024』ネタバレあらすじ感想と結末の解説評価。SFサバイバルアクション映画おすすめ“人類の希望は1人の男に託された!”|B級映画 ザ・虎の穴ロードショー75

連載コラム「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第75回 深夜テレビの放送や、レンタルビデオ店で目にする機会があったB級映画たち。現在では、新作・旧作含めたB級映画の数々を、動画配信U-NEXTで鑑賞す …

U-NEXT
タキザワレオの映画ぶった切り評伝『2000年の狂人』
山田あゆみの『あしたも映画日和』
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
【連載コラム】光の国からシンは来る?
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【KREVAインタビュー】映画『461個のおべんとう』井ノ原快彦の“自然体”の意味と歌詞を紡ぎ続ける“漁師”の話
【玉城ティナ インタビュー】ドラマ『そして、ユリコは一人になった』女優として“自己の表現”への正解を探し続ける
【ビー・ガン監督インタビュー】映画『ロングデイズ・ジャーニー』芸術が追い求める“永遠なるもの”を表現するために
オリヴィエ・アサイヤス監督インタビュー|映画『冬時間のパリ』『HHH候孝賢』“立ち位置”を問われる現代だからこそ“映画”を撮り続ける
【べーナズ・ジャファリ インタビュー】映画『ある女優の不在』イランにおける女性の現実の中でも“希望”を絶やさない
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
アーロン・クォックインタビュー|映画最新作『プロジェクト・グーテンベルク』『ファストフード店の住人たち』では“見たことのないアーロン”を演じる
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
【平田満インタビュー】映画『五億円のじんせい』名バイプレイヤーが語る「嘘と役者」についての事柄
【白石和彌監督インタビュー】香取慎吾だからこそ『凪待ち』という被災者へのレクイエムを託せた
【Cinemarche独占・多部未華子インタビュー】映画『多十郎殉愛記』のヒロイン役や舞台俳優としても活躍する女優の素顔に迫る
日本映画大学