連載コラム『のび編集長のモヒカン・シニン考察録』第3回
「Cinemarche」編集長、映画配給レーベル「Cinemago」宣伝、そしてモヒカン詩人(シニン)な河合のびが、映画・ドラマ・アニメ・漫画あらゆるエンタメ作品を飛躍・妄想まみれで考察・解説する連載コラム『のび編集長のモヒカン・シニン考察録』。
第3回は、『時をかける少女』『サマーウォーズ』の細田守監督が手がけた長編オリジナル・アニメーション映画第2作『おおかみこどもの雨と雪』です。
本記事では映画『おおかみこどもの雨と雪』のネタバレ言及を交えながら、本作に見受けられる「主人公・花の笑顔が《気持ち悪い》」という感想の原因・意味を考察・解説。
花の心中に秘められた母親であろうとする使命感がもたらす《笑顔》と、彼女の心を解放した「居場所を確かめ合える家族」という関係性を探っていきます。
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CONTENTS
映画『おおかみこどもの雨と雪』の作品情報

(C)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
【日本公開】
2012年(日本映画)
【原作・監督】
細田守
【脚本】
奥寺佐渡子、細田守
【キャラクターデザイン】
貞本義行
【音楽】
高木正勝
【声のキャスト】
宮﨑あおい、大沢たかお、黒木華、西井幸人、大野百花、加部亜門、林原めぐみ、中村正、大木民夫、片岡富枝、平岡拓真、染谷将太、谷村美月、麻生久美子、菅原文太
【作品概要】
細田守監督が「母と子」をテーマに、人間と狼の2つの顔を持ち、自らの生きる道を見つけようとする《おおかみこども》の姉弟、2人を育て見守る母の13年間の物語を描き出した長編アニメーション映画。
細田守監督作『時をかける少女』『サマーウォーズ』に引き続き、脚本を『八日目の蝉』の奥寺佐渡子、キャラクターデザインを「ヱヴァンゲリヲン 新劇場版」シリーズの貞本義行が担当。
主人公・花役を宮﨑あおい、花が出会う《おおかみおとこ》の“彼”役を大沢たかおが演じるほか、多くの豪華キャスト陣が出演。本作は第36回日本アカデミー賞で最優秀アニメーション映画賞を受賞した。
映画『おおかみこどもの雨と雪』のあらすじ

(C)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
大学生の花は“彼”と出会い、恋に落ちる。やがて“彼”は自らが人間の姿で暮らす《おおかみおとこ》であると明かすが、花の気持ちが変わることはなかった。
共に暮らし始めた2人の間には、子どもが生まれた。雪の日に生まれた姉は「雪」、雨の日に生まれた弟は「雨」と名づけられたが、姉弟は人間と狼の両方の姿を持つ《おおかみこども》だった。
都会の片隅で慎ましくも幸せな日々を送っていた一家だったが、父親として家族を守ろうとした“彼”の死によって一変する。遺された花は、悲しみに打ちひしがれながらも姉弟を育てようとするが、都会での生活に限界を感じるのに時間はかからなかった。
「子どもたちが将来、人間として生きるか、狼として生きるか、どちらでも選べるようにしたい」……花は都会を離れ、厳しくも豊かな自然に囲まれた田舎町に移り住むことを決意する。
花が「気持ち悪い」と言われる理由を考察・解説

(C)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
父を2度失い、母を知らない花の《笑顔》
「《おおかみおとこ》と出会い、恋に落ち、新たな命を授かった女性が、夫に先立たれながらも人間と狼の両方の性質を持つ《おおかみこども》の姉弟を懸命に育てていく」という一見ファンタジーな設定ながらも、多くの人々が共感し得る《母と子》の物語を描き出した『おおかみこどもの雨と雪』。
本作の一部の感想の中には「どれだけ過酷な現実であろうと笑顔で立ち向かおうとする花の姿は、シングルマザーの現実としてリアリティがない」「韮崎にも笑顔のことを指摘されているが、それでも笑顔を絶やさないのには違和感がある」といった理由から、花が《気持ち悪い》と感じる評価が見受けられました。
「《母の理想像》を押し付けられているように感じる」とまで評した言葉も存在する「「笑顔でい続ける花が《気持ち悪い》」という感想ですが、その気持ち悪さはむしろ本作を鑑賞していれば当然の印象であり、映画終盤に訪れる花の《精神的危機》に納得できる伏線描写ともいえます。
父子家庭で育つも、高校生の時には父も病気で亡くした過去を持つ花。家族の不在という孤独を知る彼女はのちに“彼”と出会い、雪と雨の姉弟も授かったことで家族を得ましたが、“彼”の突然の死により「家族における《父》の死」を再び経験することになります。
2度の《父》の死の経験から生じた、家族を失うことへの強い恐れ。そして、父子家庭で育った経験から生じた、「《母》という存在を、自分は全く知らずに子育てをする」という強い不安。それらが混ざり合った結果、「何があっても《母》という役目を全うする」という花の決意……の域を超えて彼女の心を縛り付ける、強迫観念じみた使命感が形作られたのではないでしょうか。
花を解放した「元気で、幸せなら、それでいい」

(C)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
「育てなければいけない」「与えなくてはいけない」「守らなくてはいけない」「子どもたちを不安がらせてはいけない」「《笑顔》でなくてはいけない」……どれだけ花が自らの恐れと不安を押し殺しても、それらは使命感に姿かたちを変えて、彼女の顔を笑顔にしてきました。
そうした心の動きは、決して「《おおかみこども》という特別な性質を持つ子どもを育てる母」だけでなく、親という立場になった人間の誰もが、あるいは「自分がもし《親》になったら?」と悩んだ誰もが、想像しうるもののはずです。
映画作中で花が出産、育児、農業など様々な事柄を他者に尋ねることなく、あくまでも本から学ぼうとする姿も、自らが孤独であるのは当たり前であり「他者を頼る」という選択肢がまず存在しないという花の心中、「自分に《親》という最も親身になってくれる他者はいないから、他者からは何も学べない」という認識が生じてしまった花の半生が垣間見えます。
そして映画終盤、山中で遭難した自らを助けた後、山へ戻ろうとする狼姿の雨に「私まだ、何もしてあげられてない」と花が口にする場面。それは使命感に縛られ、どれだけ学び、どれだけ献身をしようと「自分は《母》という存在を知らない」という不安を払拭できない花の水面下にあった「自分が《母》である証の子どもたちがいなくなったら、自分は《母》でいられるのか?」という更なる不安が露わになった瞬間でした。
しかしその後、山深くに入っていった狼姿の雨の遠吠えによって、花は「たとえ離れようとも、母と子の関係性が失われることはない」「遠吠えをし合う狼たちのように、お互いの居場所、あるいは《世界》を確かめ合うだけでも、家族は家族でいられる」と気づき、雨の「人里を離れ、狼として生きる」という未来を祝福しました。
そんな花の気づきは、「元気で、幸せに生きていてくれるなら、それでいい」という、子離れを経験した親の誰もが口にするであろう、どこまでも普遍的な言葉に言い換えられます。そして花は、ようやく「子どもたちを不安がらせてはいけない」「《笑顔》でなくてはいけない」をはじめ、母であろうとする使命感の束縛から解放されたのです。
まとめ/広がった《世界》で、つながり続ける

(C)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
雨との別れの後、雪も中学校進学を機に寮に入ることになりますが、そのひと時の別れに対しても、花は不安を見せることはありませんでした。
また雪と雨の姉弟と共に暮らした12年間について語った時の花の様子を、雪は「とても満足げに、遥か遠くの峰を見るように」と表現しています。
それは山中で暮らす雨に思いを馳せているというだけでなく、花の見つめる《世界》が姉弟の子育てによって確実に広がったことも示しています。
山の中でも、中学校の寮内でも、喜びが起こることもあれば、悲しみが起こることもあります。姉弟が不幸なく幸せに暮らせるのかは、誰にも分かりません。
しかしながら、たとえ死が分かつ時が訪れたとしても、私たちは《つながっている》と思い続けることはできる……それこそが、花と“彼”の出会いなくしては生まれなかった、とある家族の物語が行き着いた結末なのです。
新たなる“モヒカン・シニン”の考察をお楽しみに……
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編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身。2019年に日本映画大学を卒業。映画評を寄稿する一方、映画配給レーベル「Cinemago」宣伝担当として、『ザ・エクソシズム』『Kfc』のキャッチコピー作成なども行う他、『獄舎Z』『トレジャー・アイランド』の字幕監修を手がける。2025年公開のタン・チュイムイ監督・主演作『野蛮人入侵(原題)』では、日本公開版タイトル『私は何度も私になる』を命名した(@youzo_kawai)。

(C)Cinemarche



































