連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第103回
今回ご紹介するNetflix映画『呪詛』は、2019年富川国際ファンタスティック映画祭に出品され、2022年3月台湾で公開されると、史上最も高い興行収入を樹立しました。
また、台北映画祭では長編映画賞と監督賞ほか7部門にノミネートされるなど、高い評価も得ています。
6年前、リー・ルオナンは恋人とその弟の祖父が住む村へ、先祖参りに行きますが、目的は他にありました。
そこで彼らは“禁忌”を破り、ルオナンは呪いをかけられます。しかし、その呪いは我が子にも影響していることを知り、あらゆる方法で必死に娘の呪いを解こうとしますが・・・。
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映画『呪詛』の作品情報
(C)2022 Netflix
【公開】
2022年(台湾映画)
【監督・脚本】
ケヴィン・コー
【原題】
Incantation
【キャスト】
ツァイ・ガンユエン、ホアン・シンティン、ガオ・インシュアン、ショーン・リン、阿Q、ホアン・シンティン
【作品概要】
映画『呪詛』は、台湾の高雄市で実際に起きた事件を元に着想され、5年の準備期間を経て制作されました。
その事件とはある6人家族が、それぞれ違う神に憑かれ、互いに攻撃し合ったり、自傷行為をするなど奇怪な行動を起こし、そのうちの1人が死亡に至った事件です。
その事件を題材にインターネットの掲示板や、YouTubeなどの動画にあげられるまことしやかな噂、裏拍手の怖い意味、チェーンメールなどの要素を盛り込みます。
ケヴィン・コー監督は学生時代に短編映画を中心に制作を重ね、『ゴーストインプリント』で注目を集め、大学卒業後『絕命派對』(2009)で長編映画デビューを果たしました。
映画『呪詛』のあらすじとネタバレ
(C)2022 Netflix
「祈り」の持つ力を信じますか?人は迷信と思いながらもあらゆる場面や行事で、無病息災や家内安全などを願います。
でも、これから起ころうとする結果は、自分自身の“意志”によって変えることもできると・・・。
リー・ルオナンはビデオカメラの前で語り始めます。6年前に恐ろしいタブーを破ってしまったこと、それに関わった者全員が不幸な目にあったこと・・・。
ルオナンはある映像を見て、導師からその話しはしないよう諭され、父親も“神様”の存在を否定すると怒鳴ります。
すると彼女らを乗せた自動車は事故に遭い、車から脱出した父は自分の名をつぶやきながら、トレーラーに轢かれてしまいます。
ルオナンは警察にビデオカメラを託すため、届けに行きますが、カメラに残された映像を観た2人の警官は、拳銃で自らの命を絶ちました。
彼女は続けます。この“呪い”は知れば知るほど、その力に影響されやすいが、娘の呪いを解くために、視聴者の力を借りたいと願い、“符号”を覚え呪文を唱えてほしいと言います。
ルオナンは施設に預けていた娘ドゥオドゥオを引き取り、新しい住まいで再出発をするため、ビデオ日記を撮り始めました。
迎えに来たソーシャル・ワーカーは、実の母親であっても審査が通らなければ、娘は引き取れないと忠告をしました。ルオナンは努力すると誓って迎えに行きます。
里親のチーミンはドゥオドゥオを“特別な子”と、特に可愛がっていてドゥオドゥオも「パパ」と呼ぶほど懐いていました。
6年前、ルオナンは精神科でカウンセリングを受けていました。医師は彼女に“絶対に入ってはいけない地下道”が、周りの人を不幸にしていると思っているかと聞きます。
医師は続けて「お腹の中にいた赤ちゃんも亡くなったの?」と聞くと、ルオナンは里子に出したと答えました。
“知れば知るほど不幸になる”、“名前を言うと死ぬ”、“地下道の映像を見ただけも危ない”と言っていたルオナンの話しが事実なら、2人が無事なのが不思議だと医師は言いました。
6年後、ようやく娘と暮せることになりました。
施設を出発したルオナンはドゥオドゥオに一生懸命に話しかけ、コミュニケーションを試みます。ぎこちない母娘の出発です。
新居で母娘はお絵描き遊びをし、しばらくしてルオナンは「あなたの本当の名前は“チェン・ラートン”よ」そう言いながら、書き方を教え2人で名前を復唱しました。
すると、子供部屋の方から何かが割れる音がして、ルオナンは見に行きます。リビングに残ったドゥオドゥオは、天井に向かって何かをみつめはじめると、左目をこすります。
音は子供部屋の窓ガラスが割れた音でした。ゴキブリが半分に割かれ死んでいます。そして、ドゥオドゥオの左目には、小さな血豆のようなものができていました。
ルオナンが娘との最初の1日を締めくくる動画を撮っていると、怪奇現象が起き始めます。照明が消え冷蔵庫の扉が少し開き、光が漏れています。
振り返ると玄関のドアが開いていて、照明が点滅していますが、玄関の外には誰もいません。
しかし、エレベーターのドアから声のような物が聞こえ、悲鳴のような声と共に扉が開きますが、中には誰もおらず、この晩からドゥオドゥオに異変が生じ始めます。
映画『呪詛』の感想と評価
(C)2022 Netflix
映画『呪詛』はケヴィン・コー監督が1990年代から2000年代初期にかけて、世界的なブームを呼んだアジアンホラー作品から、多大な影響をうけていることが伺えます。
例えば本作は日本ホラーの代表作「リング」シリーズ、『呪怨』『仄暗い水の底から』といった作品で描かれた、粘着質のある怨念や呪いの類、我が子をその呪いから守ろうとする母が犠牲になるシチュエーションなどです。
「リング」で描かれた観ると死を招く、呪いのビデオを1週間以内に別の誰かに見せることで、死が免れるというのは、1970年代に起きた“不幸の手紙”がヒントといえるでしょう。
この現象はパソコン社会になって、“チェーンメール”へと変化しながら残っていきました。そして、時代はまことしやかな噂が広まる、SNSや動画配信の時代です。
ジャパニーズホラーから探る“呪い”の連鎖
“不幸の手紙”には制限時間、送る人数、一言一句間違えのない文章という三原則が、基本形としてあります。
これが小中学生の間でブームとなり拡散され、まともに受けとった人がそれに悩み、新聞社へ相談したという経緯もあり、社会問題にもなりました。
また、途中で面白おかしく改編されたり、連鎖が止まらぬよう脅し文句が追記されたりもします。
映画『リング』は1週間以内に呪いのビデオを“ダビング”して、誰かに見せることで呪いが解け、拡散されていく怖さがありました。
我が子を助けたい母は、ダビングしたビデオを実の親に見せて命を救いました。そして、シリーズ化されていくうちにその呪いは強さを増していきます。
映画『呪怨』は怨念の源が、思い込みや誤解、偶然によるものから派生しています。加耶子が抱いた過去の異性への好意と妄想、再会による妄想の再燃そして誤解です。
この怨念の元凶となる加耶子の夫も“乏精子症”でした。自分の子ではないと思い込み、嫉妬に狂う夫は我が子を虐待し、加耶子をDVの末、殺害しました。
本作にはこういった日本の大ヒット作の要素がアレンジされています。
ただ恐怖を煽るだけではなく、人間の憎悪・・・本当に怖いのは「人間」みたいな側面と、人間の愛によって守られる救いがありました。
本作にはまだ謎が多く残されています。病院の前で倒れていたのは村にいた少女と想像されますが、どこでどう生きていたのか、彼女の出生の謎もあります。
また、ドゥオドゥオの行く末も気になるところですが、ケヴィン・コー監督はすでに続編に着手しており、シリーズ化の期待が膨らみます。
モデルは「鬼子母神」と「大黒天」?
本作に出てくる邪神「大黒仏母」は架空のもので実際には存在しません。映像に出てくる仏画や仏像に酷似している神様に、鬼子母神や大黒神がいました。
鬼子母神は200人の子供がいるため、栄養を蓄えるために人間の子を喰らった鬼神でしたが、釈迦の導きで改心し子育て・安産の守護神になりました。
鬼子母神の仏画、仏像には赤子を抱き、左手には“吉祥果(日本ではザクロ)”を持っています。本作ではその手に仏の首がありました。
まるで釈迦に反逆したようなイメージを持たせます。実は改心などせず逆恨みし、呪う邪神となった設定なのでしょうか?
また、日本で大黒天というと、福々しい容姿に打ち出の小づちを持って、富を生む神様のイメージがありますが、大黒天の起源は破壊神シヴァの化身です。
密教上の大黒天はシヴァ神同様に4本の腕があり、三叉戟、棒、輪、索の“持物”を持ってます。本作に出てくる「大黒仏母」にも同じように複数の腕がありました。
大黒天はいろいろな側面を持つ神で、インドでは厨房や食堂の神でもあり、日本でも台所の神棚に祀られていますが、作中で冷蔵庫の扉が開いていたのは、そういう意味だったのでしょう。
「大黒仏母」のアイデアは“鬼子母神”と“大黒天”の神が合体したものなのだと、想像させることができました。
まとめ
(C)2022 Netflix
映画『呪詛』が台湾で大ヒットしたのは、先にNetflixで配信されたシリーズ『返校』の人気から、台湾ホラーのヒットにも繋がっていると推察できます。
また、ファウンド・フッテージからのドキュメンタリー仕立ては、動画サイトを視聴する世代にうけたことが、要因の1つともいえました。
本作には、欧米にはないアジアならではの宗教観や因習が、アジア人には嫌悪にも似た恐怖、欧米人にはミステリアスな恐怖を与えるでしょう。
また、欧米では父親や夫が妻や子、彼氏が彼女を助けるホラーが多くあるイメージですが、アジアンホラーでは母親の子を思う愛によって、救う作品が多いように感じます。
まさにその王道をいったのが『呪詛』でした。しかし、それがシリーズ化されていくところに、アジアにおける呪いの根深さも強調していて、“末代までも呪う”おぞましさも描かれています。
つまりむやみやたらに聖域に踏み入り、荒らす行為はしないよう“警告”している作品でもありました。
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