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Entry 2020/03/05
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映画『ひとくず』感想評価とレビュー解説。監督・主演の上西雄大が描く虐待する側が抱える問題と守るということ|銀幕の月光遊戯 56

  • Writer :
  • 西川ちょり

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第56回

ミラノ国際映画祭で作品賞と主演男優賞(外国語映画)を受賞するなど、国内外の映画祭で高い評価を得た映画『ひとくず』

劇団10ANTS(テンアンツ)代表の上西雄大が、熱い想いを胸に、プロデユーサー、脚本、監督、編集、主演の5役をこなし制作した渾身の一作です!

新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、公開が延期されていましたが、2020年10月16日(金)よりテアトル梅田、京都みなみ会館にて公開が再開されました!以降、全国順次公開が予定されています。

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら

映画『ひとくず』の作品情報


(C)上西雄大

【公開】
2020年公開(日本映画)

【監督・脚本・編集・プロデュース】
上西雄大

【キャスト】
上西雄大、小南希良梨、古川藍、徳武未夏、城明男、税所篤彦、川合敏之、椿鮒子、空田浩志、中里ひろみ、谷しげる、星川桂、中谷昌代、上村ゆきえ、西川莉子、美咲、工藤俊作、堀田眞三、飯島大介、田中要次、木下ほうか

【作品概要】
上西雄大監督が、虐待に苦しんでいる子どもに手を差し伸べたいという強い思いから制作したヒューマンドラマ。オール関西で撮影され、上西雄大監督がプロデユーサー、脚本、編集、主演も務めた。上西監督が主宰する劇団員のほか、田中要次、木下ほうか、工藤俊作、谷しげる、堀田眞三、城明男、飯島大介などベテラン俳優が参加。ミラノ国際映画祭、ロンドン国際映画祭など海外の映画祭に招待され、多数の賞を受賞している。

映画『ひとくず』のあらすじ


(C)上西雄大

母親が男と旅行に出かけ、家にひとり置き去りにされた少女・鞠。電気もガスも止められ、食べるものも残っていません。

その部屋に窃盗を重ねる破綻者の男・金田が空巣に入ります。金田は物陰で震えている鞠をみつけ、部屋の様子からすぐに彼女が育児放棄されていることを悟ります。

金田もまた、幼い頃から虐待を受けて育った忌まわしい過去を持っていました。鞠と自分を重ねた金田は、一端部屋から出ていくと再び戻り、買ってきたサンドイッチやおにぎりを鞠に食べさせるのでした。

金田は女友だちを呼び出し、鞠に新しい服を買いそろえると、銭湯に連れていきます。しかし、女友だちが鞠の服を脱がせようとすると、鞠は拒否します。彼女の胸元にはアイロンを押し当てられた生々しいやけどのあとが見えました。

鞠がひとりで部屋にいると、母親の凛が恋人を連れて帰ってきました。恋人は母親に暴力を振るい、アイロンを持つと、鞠の方へ近づいていきました。恐怖に悲鳴をあげる鞠。

窓から入ってきた金田をみて、凛とその恋人は驚きます。金田が男を殴ると、男も反撃を加えてきました。金田はキッチンの包丁を手にすると男の脇腹を何度も刺し、殺害してしまいます。

金田は凛に手伝わせ、男の死体を山に埋めて処分すると、その帰りにコンビニにより、鞠と凛にアイスクリームを買い、「これを食べている時だけはいやなことを忘れられるんだ」というのでした。

翌日、金田は鞠を養うために民家に忍び込み金目のものを盗み出します。其の頃、鞠が虐待されていると確信した鞠の担任教諭は、児童相談所職員を連れてやって来ますが、鞠は母の元を離れようとしませんでした。鞠は虐待されていても母親のことが恋しくてならないのです。

凜もまた、虐待の過去を持ち、子供の愛し方が分からずにいました。そんな3人が不器用ながらも共に暮らし、「家族」の暖かさを感じいていくのですが…。

映画『ひとくず』の感想と評価


(C)上西雄大

苦しんでいる子どもたちに手を差し伸べたい

この映画は、上西雄大監督が、30年以上児童相談所で勤務されている医師の楠部知子先生から児童虐待の現状を聞いたことから始まりました。

楠部先生からの「眼を向けてあげてください。救われる命があります」という言葉を受け、上西監督は、虐待に苦しんでいる子どもたちに手を差し伸べたい、そのために今、何ができるのかという思いに駆られ、一晩で脚本を書きあげました。

映画は母親が愛人と旅行に行ってしまい、少女がひとり部屋に置き去りにされているというシーンから始まります。水道も電気も止められた部屋は外から厳重に鍵がかけられており、食べるものもありません。そんな少女を救ったのは、空き巣にはいった一人の男でした。

彼がガラスを破って家にはいらなければ少女の虐待に気付く人は果たしていたのでしょうか? 生真面目な担任の先生が児童相談所の職員を連れて、家を訪れますが、家庭の実情は簡単には把握できず、また強引に子どもを保護できないところに、行政の力の限界と問題の複雑さが現れています。

子どもの虐待に気付き少女を救おうと考えたのが空き巣だったという映画としてのユニークな設定が、「子どもの虐待」というものがどれほど外から見えにくいものなのかという隠喩になっているともいえます。

虐待する側が抱える問題


(C)上西雄大

上西監督は、楠部知子先生から児童虐待の話を聞いたとき、「虐待する大人もまた傷ついている」と聞かされたそうです。

こうした大人の事情は虐待される子供以上に可視化されず、理解が深まりにくい問題です。

『ひとくず』では、上西監督が演じる金田もまた、幼い頃、ひどい虐待を受けていたことが語られますし、少女の母親も親から虐待され、母親として娘にどのように接したらよいのかわからず途方にくれています。

金田もこの母親も自分はまともに生きてはいけない人間なのだといわんばかりに、自身を傷つけるような生き方しかできません。映画はそうした大人たちの姿をリアルに描き出しています。

また、無頼派の人間が、そのみかけとは不釣り合いな優しさを見せるというのは、映画が長い歴史で描いてきた1つのカタルシスの形でもあります。本作はそうした豊かな映画的感性の部分でも注目に値するでしょう。

さらにこれほど深刻な題材を扱いながらも、絶妙なユーモアセンスを持ち合わせているところにこの映画の非凡さが現れています。

“守る”ということ


(C)上西雄大

『ひとくず』と同じように、児童虐待をテーマにしたものに、韓国映画『虐待の証明』(2018/イ・ジゥオン)という作品があります。母親から虐待を受けて育ち、自身を鞭打つように追い込んで生きている女性(ハン・ジミン)が、明らかに虐待を受けている幼い少女を見かけ、救おうとする物語です。

その中で、女性は少女に「あなたを守る」と言葉をかけますが、それに対して少女は「私もあなたを守る」と応えています。

大人が一方的に子どもを守るのではなく、大人もまた子どもに守られているのではないでしょうか? このやり取りにはそんなヒントが隠されています。

『ひとくず』では少女の存在が金田を変えていきます。子どもというのはなんと大きな力を持っているものなのかと思わされます。

映画は、金田のように問題を抱えて、社会に順応できずに生きて来た人を受け止めてくれる場所があることにも触れています。小さな会社の経営者を演じる田中要次がいい味を出しています。

わずかな暖かさでも、触れることで少しずつ何かが好転するかもしれない、映画はそんな可能性を探っているのです。

まとめ


(C)上西雄大

上西監督は1964年生まれ。劇団10ANTS(テンアンツ)の代表を務め、関西の舞台を中心に活動を始めました。 他劇団からの脚本依頼を受けたことをきっかけに脚本家としても活動するようになります。

さらに、映画製作を開始し、二作目の『姉妹』で、第5回ミラノ国際フィルムメイカー映画祭・外国語短編部門でグランプリを受賞。続く「恋する」では、第4回賢島映画祭・準グランプリと主演男優賞(上西雄大)に輝きました。

本作も、2019年ミラノ国際映画祭でベストフィルム賞(グランプリ)、主演男優賞(上西雄大)に輝いたほか、ニース国際映画祭、賢島映画祭、熱海映画祭、マドリード国際映画祭など多くの映画祭で高く評価されてきました。2020年2月にはロンドン国際映画際で、グランプリと主演男優賞を受賞しています。

今こそ子どもの虐待について、一人ひとりに考えてもらいたいという映画に込められた強い想いが多くの人々の心に響いている証拠でしょう。

映画『ひとくず』は、2020年10月16日(金)よりテアトル梅田、京都みなみ会館、10月30日(金)より池袋シネ・リーブル、11月13日(金)より別府ブルーバード劇場、11月14日(土)より名古屋シネマスコーレ、11月20日(金)より長野千石劇場、12月12日(土)より元町映画館ほかにて全国順次公開。

次回の銀幕の月光遊戯は…


(C)2018 Nightingale Films Holdings Pty Ltd, Screen Australia, Screen Tasmania.

2020年3月20日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷他にて全国公開されるジェニファー・ケント監督の映画『ナイチンゲール』を取り上げる予定です。

お楽しみに。

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