Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2020/04/04
Update

映画『凱里ブルース』感想レビューと考察解説。過去と現実と夢が混在するビーガン監督のトリッキーな世界|銀幕の月光遊戯 58

  • Writer :
  • 西川ちょり

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第58回

映画『凱里ブルース』は2020年6月6日(土)より、シアター・イメージフォーラムほかにて全国順次ロードショー予定!

『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』で注目を浴びた中国の新世代監督ビー・ガンが2015年に発表した初長編監督作品『凱里ブルース』。

『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノや、『シェイプ・オブ・ウオーター』のギレルモ・デル・トロらも絶賛した注目の作品が制作から5年の月日を経ていよいよ日本でロードショー公開されます。

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら

スポンサーリンク

映画『凱里ブルース』の作品情報


(C) Blackfin(Beijing)Culture & MediaCo.,Ltd – Heaven Pictures(Beijing)The Movie Co., – LtdEdward DING – BI Gan / ReallyLikeFilms

【日本公開】
2020年公開(中国映画)

【原題】
路邊野餐 Kaili Blues

【監督・脚本】
ビー・ガン

【キャスト】
チェン・ヨンゾン、ヅァオ・ダクィン、ルオ・フェイヤン、シエ・リクサン、ゼン・シュアイ、クィン・グァンクィアン、ユ・シシュ、グゥオ・ユエ、リュ・リンヤン、ヤン・ヅォファ

【作品概要】
『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』で注目を浴びた中国の新世代監督ビー・ガンが2015年に発表した初長編監督作品。

ロカルノ国際映画祭で最優秀初長編賞を受賞した他、第37回ナント三大陸映画祭黄金の熱気球賞[グランプリ]、第52回金馬奨最優秀新人監督賞・FIPRESCI賞受賞、第10回アジアパシフィックスクリーンアワード ヤングシネマ賞受賞など国内外の多くの映画祭で高く評価された。

映画『凱里ブルース』のあらすじ


(C) Blackfin(Beijing)Culture & MediaCo.,Ltd – Heaven Pictures(Beijing)The Movie Co., – LtdEdward DING – BI Gan / ReallyLikeFilms

凱里の小さな診療室で老齢の女医を手伝いながら暮らすシェン。

彼はあることで服役し、9年の刑期を終えてこの地に帰還したのですが、彼の帰りを待っていたはずの妻はすでにこの世に亡く、しばらくして可愛がっていた甥も弟の策略でどこかへ連れ去られてしまいます。

シェンは甥を連れ戻すために旅に出ることにします。女医は彼女の昔の恋人の写真をシェンに託し、彼のところに寄って以前借りたものを返してきてほしいと頼みます。

そして辿り着いたのは、ダンマイという名の、過去の記憶と現実と夢が混在する不思議な街でした…。

スポンサーリンク

映画『凱里ブルース』の感想と評価


(C) Blackfin(Beijing)Culture & MediaCo.,Ltd – Heaven Pictures(Beijing)The Movie Co., – LtdEdward DING – BI Gan / ReallyLikeFilms

後半40分間のワンシークエンスショットの魅力

凱里は中国南西部の貴州省にある都市で、ミャオ族の文化の中心地としても知られています。ビー・ガン監督は1989年にこの地で生まれました。『凱里ブルース』は彼が26歳の時に撮った長編デビュー作です。

彼の第2作『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』は、後半60分間の3Dワンシークエンスショットが話題を呼びましたが『凱里ブルース』にも後半40分間の魅惑的なワンシークエンスショットがあります。

それは『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』よりも荒削りでトリッキーです。時にカメラは被写体を追うのをやめて家と家の間の狭い路地を駆け下り、バイクに乗る被写体を待ち受けます。そう、ショートカットをするのです。

スクリーンの隅っこの方で作業していた名もなき人物にいきなり焦点をあわせて彼のあとについていったり、ある人物の気まぐれな遠回りともいうべき小旅行に同行したり、奔放ともいえる40分間のカメラの動きに魅きつけられずにはいられません。

地方都市に住む一人の男を追った物語はこのカメラワークによって、その男性の目には触れずに終わる世界をも見渡し、地方都市の個人の話を大きな視野の物語へと導きます。「凱里」という地方都市への執着と慕情は、世界の中のちっぽけな一部としてではなく、世界の中心へと変貌していくのです。

記憶と現実が混ざり合う場所


(C) Blackfin(Beijing)Culture & MediaCo.,Ltd – Heaven Pictures(Beijing)The Movie Co., – LtdEdward DING – BI Gan / ReallyLikeFilms

主人公のシェンが、旅の途中で訪れたダンマイという街は架空の都市で、ここでは、ある人物は未来の姿で現れ、またある人物は強く過去を思い出させるといったふうに、記憶と現実が混ざり合い、重なり合います。

この作品にはミラーボールや、風車(かざぐるま)といった様々なシンボリックなものが登場しますが、その中でも強烈な印象を与えるのは時計でしょう。

子供のウエィウエィが壁にチョークで描いた時計の針が、いつの間にか動いているというファンタスティックな描写や、車のガラスに明確に映り込む時計といったふうに、かなり意識された画面作りとなって登場してきます。

時計は時間軸がずれていることを端的に表す装置ともいえ、ジャック・フィニイの時空をテーマにした一連のファンタジー小説を思い出させもします。

ですが、その一方で、実は何もかもが、シェンが電車の中で眠気に襲われた際に夢に現れた心象風景であったという可能性があることも映画は否定しません。

記憶と現実が交錯しあう幻想的な世界は、終始特に何事もない、田舎町の日常の出来事として描かれます。

シェンは途中、街の余興で演奏している若いバンドマンに頼んで飛び入りで歌を歌います。素人のど自慢のような朴訥な歌声ですが、彼を見守る眼差しをとらえながら自由に動くカメラワークも相まって、何もかもが浄化されていくかのように牧歌的です。

そうした牧歌的な風景が、とてつもなく生命感に溢れた世界、果ては宇宙のように魅力的に輝くのです。

故郷へのラブレター


(C) Blackfin(Beijing)Culture & MediaCo.,Ltd – Heaven Pictures(Beijing)The Movie Co., – LtdEdward DING – BI Gan / ReallyLikeFilms

ビー・ガン監督は、たびたびホウ・シャオシェンやアンドレイ・タルコフスキーの影響を口にしています。

『凱里ブルース』には、水、光、霧、火といったタルコフスキー映画のモチーフがそのまま現れています。湿気の多い亜熱帯の気候の土地は、水と光に溢れ、窓の向こうには鮮やかで美しい緑がきらめいています。

山道のカーブを進む車は霧に包まれていますし、女医はテラスで何かを燃やしていて、『ノスタルジア』(1983)のように犬が唐突に登場します。

しかし、タルコフスキーの影響を大いに受けながら、ビー・ガンがビー・ガンたり得ているのは、やはりその舞台が彼の故郷・凱里だからでしょう。

タルコフスキーの『ノスタルジア』の舞台がイタリアのトスカーナ地方でなければならなかったように、ビー・ガンにとって凱里を舞台にすることは必然でした。『凱里ブルース』はビー・ガンからの故郷・凱里へのラブレターであり、筆をカメラに持ち替えた詩人による渾身の映像詩なのです。

出てくる人物たちも2名を覗いてすべてビー・ガンの友人や親族たちです。主人公のシェンを演じたチェン・ヨンゾン(陳永忠)は彼の叔父で、実際、服役していたことがあり、その孤独な佇まいがビー・ガンにとって憧れであったといいます。小さなウェイウェイを演じたビー・ガンの異父兄弟とともに、彼は『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』にも出演しています。

まとめ


(C) Blackfin(Beijing)Culture & MediaCo.,Ltd – Heaven Pictures(Beijing)The Movie Co., – LtdEdward DING – BI Gan / ReallyLikeFilms

『凱里ブルース』と『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』は非常によく似ています。

舞台が凱里であることも、長いワンシークエンスショットがあるという技巧的な点でも、現実と記憶が曖昧になっていくというテーマにおいても、ある意味まったく同じ話といってもいいかもしれません。

しかし、そのティストはまったく別のものになっていて、それぞれの作品にそれぞれの魅力があることに改めて驚かされます。

果たしてビー・ガンは今後どのような展開を見せてくれるのでしょうか。凱里と離れた別世界へと足を踏み入れていくのでしょうか? それとも凱里に踏み止まり、また新たなるバリエーションで描き続けるのでしょうか? これほど次回作が楽しみな作家もないかもしれません。

さて、2名だけプロの俳優がいたということですが、一人はダンマイの仕立て屋で働く女性ヤンヤンを演じたグゥオ・ユエ、もう一人は大人のウェンウェンを演じたユ・シシュです。この2人の関係性も、ほんの少しの描写にも関わらず、ぐっと心に残る青春映画の息吹のようなものを感じさせます。

映画『凱里ブルース』は2020年6月6日(土)より、シアター・イメージフォーラムほかにて全国順次ロードショー予定

次回の銀幕の月光遊戯は…

2020年にテアトル新宿他にて全国公開される日本映画『いつくしみふかき』を取り上げる予定です。

お楽しみに。

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら




関連記事

連載コラム

『キャノンフィルムズ爆走風雲録』感想と考察。大ヒット映画会社は何故崩壊したのか|だからドキュメンタリー映画は面白い10

連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第10回 映画制作に情熱を注いだ2人の男の、友情と確執の果てにあるものとは、一体なんだったのか? 『だからドキュメンタリー映画は面白い』第10回は、20 …

連載コラム

【シネマルNEWS】カルトな映画やドキュメンタリーの連載コラムが新スタート!海外の映画情報はFILMINKと連動リンクで発信も

2019年連載スタートの連載コラム&レビュー情報 ©️Cinemarche 2019年の新春のCinemarcheは、寒風に咲く白梅の如し。 新たな連載企画が専門的なコラムとし …

連載コラム

韓国映画『無双の鉄拳』ネタバレ感想と評価。マ・ドンソク主演の怒れる「雄牛」と狂気の誘拐犯による追走劇|サスペンスの神様の鼓動19

こんにちは、映画ライターの金田まこちゃです。 このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。 今回ご紹介する作品は、妻を誘拐され、警察からも見放された …

連載コラム

細野辰興の連載小説 戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】⑩

細野辰興の連載小説 戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】(2020年7月下旬掲載) 【細野辰興の連載小説】『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の一覧はこちら スポンサー …

連載コラム

韓国映画『コンジアム』感想と解説。廃病院402号室からYouTube世代へ向けた恐怖の真相を考察|サスペンスの神様の鼓動15

こんにちは、映画ライターの金田まこちゃです。 このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。 今回取り上げる作品は、2019年3月23日(土)より全国 …

U-NEXT
CINEMA DISCOVERIES【シネマディスカバリーズ】
架空映画館 by ReallyLikeFilms Online
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
【連載コラム】光の国からシンは来る?
映画『哀愁しんでれら』2021年2月5日(金)より全国公開
映画『写真の女』
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【KREVAインタビュー】映画『461個のおべんとう』井ノ原快彦の“自然体”の意味と歌詞を紡ぎ続ける“漁師”の話
【玉城ティナ インタビュー】ドラマ『そして、ユリコは一人になった』女優として“自己の表現”への正解を探し続ける
【ビー・ガン監督インタビュー】映画『ロングデイズ・ジャーニー』芸術が追い求める“永遠なるもの”を表現するために
オリヴィエ・アサイヤス監督インタビュー|映画『冬時間のパリ』『HHH候孝賢』“立ち位置”を問われる現代だからこそ“映画”を撮り続ける
【べーナズ・ジャファリ インタビュー】映画『ある女優の不在』イランにおける女性の現実の中でも“希望”を絶やさない
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
アーロン・クォックインタビュー|映画最新作『プロジェクト・グーテンベルク』『ファストフード店の住人たち』では“見たことのないアーロン”を演じる
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
【平田満インタビュー】映画『五億円のじんせい』名バイプレイヤーが語る「嘘と役者」についての事柄
【白石和彌監督インタビュー】香取慎吾だからこそ『凪待ち』という被災者へのレクイエムを託せた
【Cinemarche独占・多部未華子インタビュー】映画『多十郎殉愛記』のヒロイン役や舞台俳優としても活躍する女優の素顔に迫る
日本映画大学