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Entry 2022/11/19
Update

『マッドゴッド』あらすじ感想と評価解説。アニメ映画でフィル・ティペットこと“特殊効果の神”の執念が炸裂する

  • Writer :
  • 松平光冬

“特殊効果の神”が創造した比類なきディストピア!

映画『マッドゴッド』が、2022年12月2日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほか全国ロードショーとなります。

本作を監督したのは、「スター・ウォーズ」「ロボコップ」「スターシップ・トゥルーパーズ」という人気シリーズをはじめ、誰もが知る名作の特殊効果の数々を手がけてきたフィル・ティペットです。

アカデミー賞を2度受賞し、その後のSF作品に多大なる影響を与えた「特殊効果の神」として知られるフィル・ティペット。

彼が制作期間30年をかけて生み落とした、狂気と執念のストップモーション・アニメーション映画の見どころをご紹介します。

映画『マッドゴッド』の作品情報

(C)2021 Tippett Studio

【日本公開】
2022年(アメリカ映画)

【原題】
Mad God

【監督・製作】
フィル・ティペット

【製作】
ジャック・モリッシー

【撮影】
クリス・モーリー

【編集】
ケン・ロジャーソン

【作曲】
ダン・ウール

【キャスト】
アレックス・コックス、ニキータ・ローマン

【作品概要】
数々の名作の特殊効果を手がけた巨匠フィル・ティペットによるダークファンタジー・アニメ。1990年に製作開始したのちに長らくの中断を経て、ティペット・スタジオの若きクリエイターたちの熱望により企画が再始動。さらにクラウドファンディングで世界中のファンからの支援も募り、2020年に完成に至った。

2021年開催のシッチェス映画祭で上映され、「世紀の傑作」(IndieWire)、「こんな映画はかつてなかった」(LA Times)、「映画美術界へのねじ曲がった賛辞」(Film Threat)と絶賛されました。

映画『マッドゴッド』のあらすじ

(C)2021 Tippett Studio

人類最後の男に派遣され、地下深くの荒廃した暗黒世界に降りて行った孤高のアサシン。

彼は、無残な化け物たちの巣窟と化したこの世の終わりを目撃します……。

映画『マッドゴッド』の感想と評価


(C)2021 Tippett Studio

特殊効果の神が経験した挫折、そして再起

「スター・ウォーズ」「ロボコップ」「スターシップ・トゥルーパーズ」シリーズなど、誰もが知る名作の特殊効果を手がけてきたフィル・ティペット

アカデミー賞を2度受賞し、その後のSF作品に多大なる影響を与えた「特殊効果の神」は、『ロボコップ2』(1990)を制作時に本作『マッドゴッド』のアイデアを思いつき、自身が持つティペット・スタジオで制作に着手します。

1992年、ティペットは『ジュラシック・パーク』に参加するため『マッドゴッド』制作を中断。彼が得意とするストップモーション撮影で、劇中に登場する恐竜を再現する予定でした。

ところが、当初は一部シーンのみで使うはずだったCGIによる恐竜の出来に驚いた監督のスティーヴン・スピルバーグが、すべてのシーンでの採用を決定。ティペットは制作プロジェクトのメインから外されることに。

「立ち直れないほどのショックを受けた」…2015年発表のドキュメンタリー『クリーチャー・デザイナーズ ハリウッド特殊効果の魔術師たち』にて、ティペットは『ジュラシック・パーク』で味わった挫折を切々と語っています。

紆余曲折の末、ストップモーション撮影した恐竜をCGIに落とし込む、ティペットが言う「ゴー・モーション」手法も採用することで『ジュラシック・パーク』のプロジェクトに戻るも、あまりのショックの大きさから『マッドゴッド』の制作を中断してしまいます。

ちなみに、プロジェクトから一旦外された際にティペットがつぶやいたという言葉「俺の仕事は絶滅してしまった」を、スピルバーグは『ジュラシック・パーク』でアラン・グラントとイアン・マルコムの会話にそのままトレースしています。

参考映像:予告編
『クリーチャー・デザイナーズ ハリウッド特殊効果の魔術師たち』(2015)

『マッドゴッド』の制作がリスタートしたのは、それから20年後ティペット・スタジオの若きクリエイターたちが、初期の撮影に使われたオリジナルの人形やセットを偶然発見したのがきっかけでした。

長い間眠っていた映画の復活を熱望する愛弟子たちの思いを受けたティペットは再起し、制作開始から30年もの期間を経て、ようやく完成にいたりました。

無責任と羞恥心だらけの世界

©2021 Tippett Studio

冒頭、旧約聖書内のレビ記が引用された後、上空からガスマスクを着けた者=アサシンが、荒廃した地下世界に潜っていきます。地下には不気味なクリーチャーたちがせめぎ合って生息しており、ある者は労働し、ある者は拷問され、ある者は互いを貪りあい、そしてある者は駆逐されていきます。

彼らは何のために存在するのか、そしてこの地下がどういった世界なのか?『マッドゴッド』では、物語を説明する解説やナレーションもなければ、アサシンのセリフも一切ありません。何の説明もなく繰り広げられる弱肉強食のディストピアに、初めて観る方は驚き、戸惑われることと思います。

ただ、ティペットが本作で描きたかったテーマをひも解くヒントはあります。『クリーチャー・デザイナーズ ハリウッド特殊効果の魔術師たち』で、彼は当時制作中の本作についてこう語っていました。

この国の豊かさは、多くの犠牲と無責任の上に成り立っている。
そんな、アメリカの特権階級に属する羞恥心を表現したい。

この言葉をふまえると、アサシンが降り立った地下世界は、無責任と羞恥心、無秩序だらけな現代アメリカのメタファーと捉えることもできます。

冒頭のレビ記には、イスラエルの民に向けて神がモーセに告げた律法や規則が記されています。タイトルの『マッドゴッド』とは、“狂神”となって本作を生んだティペット自身を指すと思われていましたが、本作公開の際に彼が寄せたコメントを読むと、どうやら違うようです。

私はマッド・ゴッド教会の修道院長のようなもので、神が私に言うことを実行するだけなのだ。

狂神になり代わり、お告げを破った者を罰する……ティペットはモーセのように、無責任かつ階級に囚われた愚民たちを律したかったのでしょうか。

もっともこうした解釈も、もしかしたら無粋で的外れなのかもしれません。ひとつ確実に言えるのは、本作はクリーチャーに捧げるティペットの狂信的な愛に満ちているということ。

グロテスクながらもどこかユーモラスで、どこか愛嬌があるクリーチャーたち。狂神ならぬ特殊効果の神に命を吹き込まれた彼らは、現世に存在するかのように蠢き、叫び、吠えまくります。それでいて、ティペットが過去作品で創り上げてきたキャラクターがあちこちでカメオ的に登場させているあたりにも、彼の遊び心が感じられます。

まとめ


(C)2021 Tippett Studio

一度観ただけでは理解できないから、何度も観たくなる……『マッドゴッド』も、『イレイザーヘッド』(1979)や『ブレードランナー』(1982)のように、多くのリピーターを生む要因を持っています。

ある意味でアサシンは観る者の代表者。狂神ならぬ特殊効果の神による地獄めぐりの旅をしていく彼に待ち受ける終着点とは?

おぞましいディストピアを描きつつ、荘厳な展開へと突入するクライマックスに、最後の最後まで驚き、呆然となるのは必至でしょう。

もしこの記事を読んで気になって仕方がなくなったあなたも、すでにマッドゴッド教の狂信者になってしまったのかもしれません。

映画『マッドゴッド』は、2022年12月2日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほか全国ロードショー!



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