Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2023/12/27
Update

『ノクターン』映画あらすじ感想と評価解説。自閉スペクトラム症男性の生活から“音楽がつなぐ家族の愛”を描いたドキュメンタリー|広島国際映画祭2023リポート6

  • Writer :
  • 桂伸也

広島国際映画祭2023・特別招待作品『ノクターン』

2009年に開催された「ダマー映画祭inヒロシマ」を前身として誕生した「広島国際映画祭」は、世界的にも注目されている日本の都市・広島で「ポジティブな力を持つ作品を、世界から集めた映画祭。」というポリシーを掲げ毎年行われている映画祭。

「ダマー映画祭inヒロシマ」の開催から、2023年は15周年という大きな節目を迎えました。

本コラムでは、映画祭に登壇した監督・俳優・作品関係者らのトークイベントの模様を、作品情報とともにリポートしていきます。

第6回は、チョン・グァンジョ監督作品の『ノクターン』。トークイベントでは、チョン監督が登壇しました。

【連載コラム】「広島国際映画祭2023リポート」記事一覧はこちら

映画『ノクターン』の作品情報


(C)Gwanjo Jeong

【日本公開】
2023年(韓国映画)

【監督・脚本】
チョン・グァンジョ

【キャスト】
ウン・ソンホ、ウン・コンギ、ソン・ミンソ

【作品概要】
韓国のチョン・グァンジョ監督によるドキュメンタリー映画。

音楽に秀でた才能を持つ、自閉スペクトラム症(ASD)の兄と兄だけを世話する母。そして母や兄に反発する弟という家族の、葛藤と和解の光景を描きます。

チョン・グァンジョ監督プロフィール

テレビプロデューサーとしてキャリアを積み、テレビドキュメンタリーや教養番組を製作。

本作は第42回モスクワ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー映画賞、第10回ミレニアム国際ドキュメンタリー映画祭で審査委員特別賞、韓国DMZ国際ドキュメンタリー映画祭でも芸術貢献賞を受賞し、世界各地の映画祭で上映されました。

「広島国際映画祭2023」チョン・グァンジョ監督トークショー

本作は「広島国際映画祭2023」2日目である11月24日に広島・横川シネマで上映。また上映後には特別ゲストとしてチョン・グァンジョ監督が登壇し、舞台挨拶とともに撮影当時を振り返るトークショーを行いました。

チョン監督は「彼のピアノの音に、純粋性を感じました。その音は変な感情がなく、何も強要しない。私のように複雑な内面を持つ人間にはとても響くもので、私はすっかりハマってしまいました」とソンホとの出会いに関し強い関心を持ち、彼についてもっと知りたくなったと、ドキュメンタリー製作のきっかけを明かします。

一方でソンホが幼い頃から母に手をかけられてきたことが、弟コンギの人生に暗い影を落としていたことも認識しつつ「そんな彼も(これから)よくなっていくといいな、と思っていました」と、撮影を始めた初期からの想いを振り返ります。

また本作は「音楽がきっかけで家族がつながること」が重要なポイントとなり、音楽を軸としてこの作品が完成するだろうという予測を立てつつ、撮影が始まったとも明かします。

しかし撮影は大変で、撮影素材の99%はソンホと母が「演奏して食事をする」という内容の繰り返し。果てのない撮影を続ける中で「映画が完成しないかもしれない」という恐怖から、撮影を投げ出しかけたこともありながらも「何か分からない力に引っ張られて現場に戻ってきた」という出来事もあったと、撮影の苦労を語りました。

撮影期間は9~10年にも及び、その頃にコンギがソンホを理解する気持ちを見えてきたことから「撮影を終わらせてもいいのでは」という思いが芽生え、区切りをつけたと回想。

本作では、生々しくもある家族のありのままの姿が映し出されており、撮影に関しては「透明人間になること」を意識したとコメント。

「(撮影対象には)質問もインタビューもしません。質問をすると相手はこちらの意図をくみ取ってしまい『撮影対象』となってしまいますその時点でその人は、カメラの中で『その人自身』ではなくなってしまうわけです」と、ドキュメンタリー製作で培ったノウハウを駆使し、細心の注意を払って撮影に臨んでいたことを振り返りました。

映画『ノクターン』のあらすじ

母・ミンソがいないと自分で髭を剃ることもできない自閉スペクトラム症(ASD)の男性、ソンホ。ただ彼にはピアノ、バイオリン、クラリネットと音楽に優れた才能を見せていました。

ソンホの音楽に向けた情熱に対し、全てを捧げてきた母。

一方で弟コンギはそんな兄を「つまらない役立たず」だと思い、たびたび母や兄と衝突を繰り返していました。

しかし時が経つにつれソンホの音楽は注目を集め始め、コンギは兄と母との人生の中で、何かを発見していくのでした……。

まとめ

本作はドキュメンタリーでありながらドラマ性の強さが感じられる一方、その製作過程には非常に興味深いポイントがあります

筋書を描くことのできないドキュメンタリーだけに、その作業の着手時には抑えるべきポイントがある程度明確であることが必要であると考えられますが、チョン監督は撮影の動機づけや、人物の性格の把握などのイメージでこのポイントを明確にしていたことがうかがえます。

長きにわたった撮影で不安を訴えながらも監督がその道筋に戻ってこられたのは、これら最初に押さえるべきポイントの把握、ポリシーなどを上手くまとめ上げていたことが要因であるとも見られ、ドキュメンタリーというジャンルの作品として、このテーマを完成させたことは高く評価できるものといえるでしょう。

一方、物語の中でコンギがソンホに対し強い怒りを見せる場面がありますが、それはまるで誰かの生活を盗撮したような緊迫したもので、かつフィクションドラマのようなしっかりした構図で各人の撮影が行われており、ドキュメンタリー映像としては技術的にも高いものであるとも見られます。

この場面をはじめ作品全体にはチョン監督のソンホの家族に対する高い信頼、そしてドキュメンタリーとして「どう撮影するか」というプラン、手法の秀逸さが感じられるところでもあり、ドキュメンタリー製作に携わる人の目線による作品としてもおススメできる作品であるといえるでしょう。

【連載コラム】「広島国際映画祭2023リポート」記事一覧はこちら





関連記事

連載コラム

映画『許された子どもたち』感想評価と元ネタ考察。少年犯罪事件の現状に警鐘を鳴らす作品|銀幕の月光遊戯 61

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第61回 映画『許された子どもたち』は、2020年6月1日(月)より、渋谷・ユーロスペース、テアトル梅田ほかにて全国順次公開されます。 『先生を流産させる会』『ミスミソウ』 …

連載コラム

映画『シュテルン、過激な90歳』感想と考察評価。笑わないヒロインがなぜか楽しげで、名曲サマータイムを歌う場面は必見!|2020SKIPシティ映画祭6

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020「国際コンペティション部門」エントリー作品 アナトール・シュースター監督の『シュテルン、過激な90歳』がオンラインにて映画祭上映 2020年9月26日(土)~1 …

連載コラム

『ヘルボーイ』感想と評価。ギレルモ・デル・トロのアカデミー賞の原点とは|最強アメコミ番付評9

連載コラム「最強アメコミ番付評」第9回戦 こんにちは、野洲川亮です。 今回はギレルモ・デル・トロ監督の映画『ヘルボーイ』を考察していきます。 後に映画『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017)でアカデ …

連載コラム

映画『僕らをつなぐもの』ネタバレあらすじ感想と結末の評価解説。同性婚カップルのもとに“生まれた少年”の成長をユーモアたっぷりに描く理由|Netflix映画おすすめ90

連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第90回 『僕らをつなぐもの』は、Netflixで2022年3月4日から配信が始まったイタリア映画。 同性婚の2人の父親の元で育った息子レオ …

連載コラム

映画『ゴジラ対メカゴジラ(1974)』感想と評価。人気怪獣と“爆発の中野”の誕生!|邦画特撮大全26

連載コラム「邦画特撮大全」第26章 今回取り上げる作品は『ゴジラ対メカゴジラ』(1974)です。 ゴジラ誕生20周年記念作品として本作は製作されました。本作は人気怪獣メカゴジラが初登場した映画です。 …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学