野心に目覚めたスタンが迷い込んだのは、想像もつかない悪夢の小路だった
ショービズの世界で成功を夢見た男が、ある女との出会いで逆に人生を狂わせされていく悲劇を描いた、映画『ナイトメア・アリー』。
ギレルモ・デル・トロが、1946年に出版された小説「ナイトメア・アリー 悪夢小路」を原作に、ショービズ世界の闇を描いた本作は、ギレルモ・デル・トロ作品には珍しく「異形の存在」が登場しません。
ですが、目に見えて登場しないだけで「異形の存在」は確実に作中に存在しています。
ブラッドリー・クーパーとケイト・ブランシェットの「アカデミー賞俳優」の共演も見どころとなっている、本作の魅力をご紹介します。
CONTENTS
映画『ナイトメア・アリー』の作品情報
【日本公開】
2022年公開(アメリカ映画)
【原作】
ウィリアム・リンゼイ・グレシャム
【原題】
Nightmare Alley
【監督・脚本・製作】
ギレルモ・デル・トロ
【共同脚本】
キム・モーガン
【キャスト】
ブラッドリー・クーパー、ケイト・ブランシェット、トニ・コレット、ウィレム・デフォー、リチャード・ジェンキンス、ルーニー・マーラ、ロン・パールマン、メアリー・スティーンバージェン、デビッド・ストラザーン
【作品概要】『
小説「ナイトメア・アリー 悪夢小路」を原作に、ショービズの世界で野心を抱いた男スタンの悲劇を『パシフィック・リム』(2013)や『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017)の、ギレルモ・デル・トロが映画化。
主人公のスタンを『アメリカン・スナイパー』(2014)や、監督と脚本、主演を務めた『アリー/スター誕生』(2018)などで、過去に4度のアカデミー賞ノミネートを誇る、ブラッドリー・クーパーが演じています。
スタンを狂わせる魔性の女性リリスを演じるケイト・ブランシェットは、『アビエイター』(2004)『ブルージャスミン』(2013)でアカデミー賞を受賞した他、過去に5度ノミネートされている、実力派の女優です。
ウィレム・デフォー、リチャード・ジェンキンス、ルーニー・マーラなど、豪華俳優が共演しています。
映画『ナイトメア・アリー』のあらすじとネタバレ
生まれ育った実家を自ら燃やし、街に出たスタン。行く当てもなく歩いていたスタンは、街ですれ違った小柄の男が気になりました。
小柄の男を尾行したスタンは、見世物小屋に辿り着き、そこで鶏を生きたまま喰らう「獣人ショー」を目の当たりにします。
見物料金の25セントが払えないスタンは、逃げるように小屋の外へ出ていきます。しかし、そこは見世物小屋の裏側で「ここに入るな!」と注意されます。
ですが、天気が荒れ始めた為、テントの片づけ要員が必要になり、スタンは急遽1ドルで雇われます。
テントの片づけが終わり、賃金を受け取ろうとしたスタンですが、見世物小屋の小屋主クレムは、スタンが「獣人ショー」の料金を払っていないことに気付いており、75セントだけを支払います。
ですが、スタンがラジオを持っていることに気付いたクレムは、5ドルでラジオを買い取ることを提案し、渋るスタンに「次の公演先に一緒に行って、ご飯を奢る」と提案します。
クレムと一緒に次の公演先に移動し、食事をしていたスタンですが「獣人が逃げた」と伝えられ、クレムと共に獣人を探すことになります。
お化け屋敷に隠れていた獣人を発見したスタンは、獣人に「これは本当の俺じゃない」と聞かされます。
更に、獣人に抵抗され逆上したスタンは、獣人の頭部を殴り怪我をさせます。
クレムと共に獣人を運び込んだスタンは、クレムに「ここで働かないか?」と提案されます。
見世物小屋で働くことになったスタンは、主に「読心術」のショーを行うジーナのアシスタントになります。
ですが、ジーナの夫であるピートは酒に溺れており、スタンと共に「読心術」ショーのアシスタントをやるはずが、眠ってしまいます。
「読心術」ショーの続行が不可能になったジーナは、即興で「幽霊が見える」と降霊術ショーに切り替えます。
なんとか窮地を乗り切ったジーナは、降霊術を求める客に「あれは嘘だ」と説明します。
その夜、ジーナとピートの家で過ごしていたスタンは、お酒を勧められますが「絶対に飲まない」と拒否します。
代わりに余興として、スタンはピートに「読心術」を披露されます。
自分の手の中に握った腕時計を「父親の形見」「年季が入っている」と当てられたスタン。
実は、ジーナが喋る言葉がヒントになっており、ピートはそのヒントを元に「読心術」を行っていたのです。
ピートの技に魅了されたスタンは、ピートに「読心術」の技術を教わるようになります。
見世物小屋には、モリーという若い女性も所属しており、体内に電気を流す「電流ショー」を担当していました。
スタンはモリーに一目惚れをし「君はここにいては駄目だ、俺が外に連れ出す」と伝えますが、モリーに拒否されます。
ある夜、スタンはクレムに「ホルマリン漬けにした胎児」のコレクションを見せられます。
中でも、クレムのお気に入りは、お腹の中で2度暴れ母親を殺してしまった「エノク」と名付けられた胎児です。
「エノク」に見入っていたスタンですが「頭部に怪我をした、獣人の容態が急変した」と聞かされます。
スタンはクレムと共に、獣人を医者の所に連れて行きますが、クレムは獣人を放り捨てて帰ります。
そのまま、クレムと食事に行ったスタンは「獣人はどこから連れて来る?」と聞きます。
クレムは「ナイトメア・アリー(悪夢の小路)に迷い込んだ奴に、酒を与えてそのまま獣人として働かせる」と答えます。
数日後、放置した獣人が死んだことで、警察の捜査が見世物小屋に入ります。ですが、ピートから学んだ「読心術」を使い、スタンは警察を追い払います。
「読心術」の成功に気を良くしたスタンですが、ピートから「封印した」と聞かされていた、技が書かれたメモを見つけます。
スタンが読んでいると、ピートに止められ「この技を使うと嘘が真実になる、神をも欺く危険な技だ」と怒られます。
どうしても、メモの内容が知りたいスタンは、アルコール依存のピートに、本来は止められているお酒を渡します。
次の日、大量にアルコールを飲んだピートは死んでしまいます。
ピートの死に衝撃を受け、自責の念に駆られたスタンですが、モリーから「ここから抜け出す」と伝えられ、2人で見世物小屋から出ていきます。
映画『ナイトメア・アリー』感想と評価
人の心を操る「読心術」を手に入れたスタンが、野心に目覚め、人生が狂い始める悲劇を描いたサスペンススリラー『ナイトメア・アリー』。
本作は、ギレルモ・デル・トロ監督作品にしては珍しく「異形の存在」いわゆる「怪物」が登場しないことでも話題になっています。
なのですが、目に見えて「怪物」が登場しないだけで、本作では主人公のスタン、そのものが「怪物」とも言えます。
その辺りを考察していくと『ナイトメア・アリー』という映画は「悪夢のようなおとぎ話」という雰囲気を持っている作品です。
「降霊術」の力で怪物化していく主人公
本作の主人公スタンは、序盤では気さくで親しみやすい性格の、好青年として描かれています。
ただ、冒頭の場面でいきなり家を燃やして立ち去るなど、観客にはその素性が一切説明されていません。
そのスタンが、見世物小屋で出会ったピートから「読心術」を学ぶことで、全てが変わっていきます。
特に、警察官を自分の「読心術」で騙し、追い返したことで自信を付けてしまい、恋心を抱いた女性モリーと共に、見世物小屋を逃げ出します。
そして、その2年後になると「読心術」のショーで成功したスタンに、かつての面影は残っていません。
スタンは、チケットが即日完売する程人気の「読心術」ショーを行っていますが、そこにあるのは明らかな焦りです。
さらに、インチキであることを疑った心理学者のリリスの登場により、スタンは「降霊術」を行うようになります。
ピートですら止めていた「降霊術」。
見えもしない幽霊を「見える」と言い、権力者たちに近付くスタン。
ピートは「降霊術」を「この技を使うと嘘が真実になる、神をも欺く危険な技だ」と言い、使わないように警告していました。
現代の感覚だと「降霊術」は胡散臭さしかありませんが、『ナイトメア・アリー』の時代は戦時中。
どんな権力者も、戦争で家族を失った悲しみを抱えています。
作中で権力者のエズラが「金がいくらあっても、どうしようもない」と言っていますが、スタンは、権力者の心の隙をつき、取り込もうとしたのです。
スタンを信じたキンボール判事が「息子に会う為」と、夫を射殺した後に自殺する場面がありますが、スタンの「降霊術」は、徐々に取り返しがつかないことになっていきます。
「読心術」から「降霊術」を自身の武器に代え、金と権力に魅了されてしまったスタンは、まさに「怪物」ですが、実は途中から「怪物」に変わった訳ではなく、自分の父親を何のためらいもなく殺してしまう、もともと「怪物」のような人間だったことが後半で明かされます。
ですが、権力者たちはスタンの上をいく「怪物」でした。
作中ではっきりと確信に触れていませんが「亡くした妻を忘れらない」と言っているエズラは、どうも自分で妻を殺しているようです。
また、スタンが手を組んで共に街を牛耳ろうとしたリリスにも、もの凄い裏切られ方をします。
「読心術」と「降霊術」を身に着け「怪物」となったスタンが、さらに恐ろしい「怪物」達に翻弄される、これが『ナイトメア・アリー』の世界です。
タイトルは何を意味しているのか?
本作のタイトルにもなっている『ナイトメア・アリー』ですが、作中でハッキリと出て来ません。
唯一登場するのは、スタンとクレムの「獣人たちは『ナイトメア・アリー(悪夢の小路)』で見つけてきている」という会話の中だけです。
ただ、本作を最後まで見れば分かりますが「ナイトメア・アリー(悪夢の小路)」とは、場所の名前ではなく比喩表現で「道を間違えた悪夢のような人生」と解釈できます。
まさに、本作のスタンのように。
本作のラストでスタンは、獣人になる仕事を提案され「それが俺の運命だと思った」と了承します。
ショービズの世界に身を置き、権力者たちを自分に取り込もうとした瞬間から「ナイトメア・アリー(悪夢の小路)」に迷い込んだようなもので、その出口に辿り着いたのが、残りの人生を獣人として生きること。
自分の手で父親を殺し、仲間や愛する人まで裏切ったスタンは、自分の出口を予感していたんでしょうね。
胎児「エノク」は神様なのか?
『ナイトメア・アリー』で、不気味な存在感を放っているのが、ホルマリン漬けされた胎児「エノク」です。
「エノク」はクレムのホルマリン漬けされた胎児収集という、どうかしているコレクションの中でもお気に入りで「聖書から名前を取った」と語っています。
ちなみに「エノク」には「従う者」という意味があるようです。
この「エノク」の頭部には「第三の目」とも思えるような、大きなコブがあるのですが、『ナイトメア・アリー』は序盤から中盤にかけて「目の形をした何か」が、さまざまな形で現れます。
獣人を見つけたお化け屋敷のセットが「巨大な目」だったり、「読心術」ショーを行うスタンが使う目隠しに「目のデザイン」がされていたり、本作で「目の形をした何か」が現れる時、それはスタンが嘘をついている時、誰かを騙している時です。
まるで「神様は見ている」という演出ですが、この神様の象徴的な存在が「エノク」なのではないでしょうか?
スタンは「エノク」を最初に見た直後に「読心術」で警察を騙しました。この瞬間「ナイトメア・アリー(悪夢の小路)」に足を踏み入れたと言えます。
そして、ラストで何もかも失い、辿り着いた見世物小屋で「ナイトメア・アリー(悪夢の小路)」から抜け出し「エノク」と再会します。
スタンの人生が「神の導き」と言えば、あまりにも皮肉的な物語です。
本作は「異形の存在」は一切登場しませんが、それでも「怪物」「神様」の存在を感じる辺り、やはり「これは、デル・トロらしい作品である」と感じました。
まとめ
「怪物」とも呼べるスタンが「ナイトメア・アリー(悪夢の小路)」に迷い込み、あまりにも悲惨な最後を遂げる『ナイトメア・アリー』。
ブラッドリー・クーパーが、序盤と中盤、そしてラストと、さまざまな顔のスタンを見事に演じています。
対するリリス・リッター博士を演じるケイト・ブランシェットは、ブラッドリー・クーパーとは真逆で、一切の感情を見せないことで、内面が掴めないリリスを、ミステリアスに演じています。
ブラッドリー・クーパーとケイト・ブランシェット、実力も実績も申し分のない、この2人の共演だけでも、本作は一見の価値ありです。
本作は、明確に語られていないことが多い作品なので、特に「エノク」の解釈は人それぞれ違うでしょう。
観賞後に自分の解釈を、いろいろな人と話すことで、新たな発見がある作品かもしれません。