連載コラム『終わりとシンの狭間で』第13回
1995~96年に放送され社会現象を巻き起こしたテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』をリビルド(再構築)し、全4部作に渡って新たな物語と結末を描こうとした新劇場版シリーズ。
そのシリーズ最終作にしてエヴァの物語の完結編となる作品が、映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(以下、『シン・エヴァンゲリオン』)です。
本記事では、2021年6月12日(土)より配布された『シン・エヴァンゲリオン』劇場来場者プレゼント・公式謹製36P冊子『EVA-EXTRA-EXTRA』の内容を、同冊子掲載の短編漫画『EVANGELION:3.0(-120min.)』を中心に解説・考察。
「『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の前日譚」が描かれているというその全貌を、ポイントごとに探ってゆきます。
CONTENTS
映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の作品情報
【日本公開】
2021年3月8日(日本映画)
【原作・企画・脚本・総監督】
庵野秀明
【監督】
鶴巻和哉、中山勝一、前田真宏
【総作画監督】
錦織敦史
【音楽】
鷺巣詩郎
【主題歌】
宇多田ヒカル「One Last Kiss」
【作品概要】
2007年に公開された第1作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』、2009年の第2作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』、2012年の第3作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』に続く新劇場版シリーズの最終作。
庵野秀明が総監督を、鶴巻和哉・中山勝一・前田真宏が監督を担当する。なおタイトル表記は「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の文末に、楽譜で使用される反復(リピート)記号が付くのが正式。
公式謹製36P冊子『EVA-EXTRA-EXTRA』内容解説・考察
【公式】ダイジェスト:これまでの『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』
『Q』120分前の物語:『EVANGELION:3.0(-120min.)』
総監督・庵野秀明が監修を、鶴巻和哉が脚本・監督を、松原秀典と前田真宏が漫画執筆を担当した『EVA-EXTRA-EXTRA』掲載の短編漫画『EVANGELION:3.0(-120min.)』。
『『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(以下『Q』)の前日譚を描いていると予告されていた同作は、タイトル通り『Q』の物語冒頭で描かれた時間帯の120分前の物語であり、『Q』冒頭でのロケット切り離しのオペレーションの通信場面へとつながっています。
そして漫画作中では、ロケット打ち上げ直前におけるアスカとマリの会話が中心に描かれており、ネルフの手によって地球の衛星軌道上に封印されたエヴァ初号機奪還を目的とする「US作戦」にあたって、ともに封印されているシンジに対する二人の想いを垣間見ることができます。
マイティK/マイティQの元ネタは?
US作戦遂行に向けてのエヴァ改2号機β/エヴァ8号機のロケット打ち上げに際し、漫画冒頭に登場した“ヴィレ所属・シーローンチデキャップル複胴式可潜艦”こと「マイティK(キング)」と「マイティQ(クイーン)」。
「シーローンチ(Sea Launch)」とは某企業の社名であると同時に、人工衛星等を搭載したロケットの海上からの打ち上げシステムのことを指します。また「可潜艦」は作戦行動における限定された状況でのみ海中に潜航し、基本的には水上航行にて運用される潜水艦の一種とされています。つまりマイティK/マイティQは「“ロケットの海上打ち上げシステム”という作戦行動に特化した潜水艦」といえます。
マイティK/マイティQという艦名の由来。それは特撮実写ドラマ『マイティジャック』(1968)を知る方であれば、もはや一目瞭然といっても過言ではないでしょう。
打ち切りの憂き目に遭いながらも、成熟した特撮技術やその後の特撮/アニメ作品に多大なる影響を与えたメカ描写から「円谷プロの最高傑作」と称えられる同作は、総監督・庵野秀明が熱烈なファンであることも知られています。
そして作中に登場する万能戦艦マイティ号は「空中飛行・海中潜航が可能な戦艦」という可潜艦として描かれていることからも、J(ジャック)に続くQ(クイーン)/K(キング)へもじりつつ、オマージュとして艦に「マイティ」の名を付けたのでしょう。
ちなみに庵野秀明の『マイティジャック』オマージュは「エヴァ」シリーズのみならず、『ふしぎの海のナディア』(1990-1991)にて描かれる戦艦N-ノーチラス号のカラーリングデザインもマイティ号をイメージしているなど、過去作においても多々見受けられます。また『マイティジャック』に登場する悪の組織の名が「Q」である点も、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』というタイトル名の由来と少なからず関わっているのかもしれません。
和歌「ぬばたまの夜渡る月にあらませば……」
漫画作中、変わり果てた月を背中越しに見つめるアスカは和歌「ぬばたまの 夜渡る月に あらませば 家なる妹に 逢ひて来ましを(意訳:もしも私が夜空を渡ってゆく月ならば、家にいる妻に逢って来るのに)」と口にします。
万葉集に収録される読み人知らず(作者不詳)の歌の一首であるこの和歌は、新羅(しらぎ)への派遣を命じられた使者・遣新羅使の一人が詠んだとされ、故郷とそこに残してきた妻への想いを夜空に浮かぶ月を通じて偲んだ歌です。
宇宙という彼方へと行き封印されたシンジに対し、地球という「故郷」に残された側の人間であるアスカ。そんな彼女が「残した側」の人間が詠んだ歌を口ずさむという行動からは、かつて好きだったシンジに対する言い表すことのできない複雑な想いが込められているといえます。
また歌で扱われている「月」も、「エヴァ」シリーズの世界における様々な混乱のすべての元凶が黒き月/白き月という二つの「月」の存在であるのを踏まえると、郷愁と悲哀の歌であるはずのこの一首は、あまりにも皮肉めいた歌にも聞こえてきます。
なおアスカはドイツ出身であるため、「彼女はいつこの歌を知ったのか?」という疑問も浮上しますが、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』作中にて短期間ながらシンジらと同じ中学校に通っていたことからも、その際に受けた授業の中でこの歌を知り、14年の月日が経ち変わり果てた世界においても覚えていたのかもしれません。
まとめ
2012年に『Q』が劇場公開された当時、作中のシンジのみならず同作を観た誰もが困惑した「14年間の空白」。
2021年6月12日(土)より劇場来場者プレゼントとして配布された公式冊子『EVA-EXTRA-EXTRA』に掲載された短編漫画『EVANGELION:3.0(-120min.)』も、あくまで「US作戦開始直前の物語」であり、「14年間の空白」をすべて埋めてくれる物語ではありません。
しかし『Q』へと連なるアスカらの想いをわずかながらに知る中で、同作でのアスカらはその心の内で何を思っていたのか、そしてシリーズ完結作となった『シン・エヴァンゲリオン』の結末がどうしてあの形となったのかと想像する一助となるはずです。
シリーズ自体は終劇を迎えたものの、「エヴァ」シリーズの世界はどこまでも想像の余地を残してくれている。『EVA-EXTRA-EXTRA』ならびに『EVANGELION:3.0(-120min.)』はそんな単純で何よりも大切なことを、そのことをファンに伝えてくれているともいえます。
次回の『終わりとシンの狭間で』は……
次回も引き続き、2021年6月12日(土)より配布された『シン・エヴァンゲリオン』劇場来場者プレゼント・公式謹製36P冊子『EVA-EXTRA-EXTRA』の内容を、同冊子掲載の短編漫画『EVANGELION:3.0(-120min.)』を中心に解説・考察。
漫画作中でのアスカ/マリのシンジに対する想いを、「その後の物語」にあたる『Q』や『シン・エヴァンゲリオン』での描写を交えながら探ってゆきます。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。
2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。