Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2021/06/16
Update

シンエヴァンゲリオン入場者特典|内容中身ネタバレ解説。漫画作中のアスカのスーツ×マリが持つ本の意図を考察【終わりとシンの狭間で14】

  • Writer :
  • 河合のび

連載コラム『終わりとシンの狭間で』第14回

1995~96年に放送され社会現象を巻き起こしたテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』をリビルド(再構築)し、全4部作に渡って新たな物語と結末を描こうとした新劇場版シリーズ。

そのシリーズ最終作にしてエヴァの物語の完結編となる作品が、映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(以下、『シン・エヴァンゲリオン』)です。

本記事では第13回記事に引き続き、2021年6月12日(土)より配布された『シン・エヴァンゲリオン』劇場来場者プレゼント・公式謹製36P冊子『EVA-EXTRA-EXTRA』の内容を、同冊子掲載の短編漫画「EVANGELION:3.0(-120min.)」を中心に解説・考察。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の前日譚」とされる漫画から、映画へとつながってゆくアスカ/マリの想いを探ってゆきます。

【連載コラム】『終わりとシンの狭間で』記事一覧はこちら

映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の作品情報


(C)カラー

【日本公開】
2021年3月8日(日本映画)

【原作・企画・脚本・総監督】
庵野秀明

【監督】
鶴巻和哉、中山勝一、前田真宏

【総作画監督】
錦織敦史

【音楽】
鷺巣詩郎

【主題歌】
宇多田ヒカル「One Last Kiss」

【作品概要】
2007年に公開された第1作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』、2009年の第2作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』、2012年の第3作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』に続く新劇場版シリーズの最終作。

庵野秀明が総監督を、鶴巻和哉・中山勝一・前田真宏が監督を担当する。なおタイトル表記は「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の文末に、楽譜で使用される反復(リピート)記号が付くのが正式。

公式謹製36P冊子『EVA-EXTRA-EXTRA』内容解説・考察

【公式】ダイジェスト:これまでの『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』

マリと豊田有恒『あなたもSF作家になれるわけではない』

漫画「EVANGELION:3.0(-120min.)」作中でマリが手にしていた一冊の本。それは表紙に記されたタイトル/著者名などから、SF作家・豊田有恒のエッセイ『あなたもSF作家になれるわけではない』(1986)であることがわかります。

なぜこの本が登場し、なぜマリが読んでいたと描写されたのか。それは豊田有恒が日本国内の名だたるアニメーション作家・監督を輩出した虫プロダクションに所属し、「リミテッド・アニメーションの日本アニメ」を定着させる最大の要因となったテレビアニメ『鉄腕アトム』(1963〜1966)の脚本に携わっていたゆえに、庵野秀明はかつての日本アニメ界の先達たちへのリスペクトを表明した……だけではありません。

「豊田有恒とアニメ」と聞いて、「W3(ワンダースリー)事件」……かつて虫プロが『ナンバー7』(1961〜1963)のアニメ化企画を進めていた際、アニメ化での大幅な設定変更に向け新たなキャラクターを作り出したが、それによく似たキャラクターが他プロダクションが制作していたアニメ『宇宙少年ソラン』(1965〜1977)に登場したのが判明。虫プロは企画の抜本的見直しを再び行い『W3』(1965〜1966)を制作したが、手塚治虫が『W3』漫画版を連載していた当時の『週刊少年マガジン』への『ソラン』漫画版の掲載が決定されたことで、手塚が『マガジン』での連載を打ち切り『週刊少年サンデー』に連載を移行した事件を思い出す手塚ファンは少なくないはずです。

その際、『ソラン』の放映局だったTBSにも出入りしていた豊田有恒は、産業スパイとして疑われ結果的に虫プロを退職。のちにTBSの通称「漫画ルーム」に移って件の『ソラン』を含むアニメ作品の脚本を担当していましたが、後年は誤解が解消されたことで、手塚とは晩年まで公私の交流が続いたとされています。

そうした豊田有恒の「W3事件」での嫌疑と顛末には、真希波・マリ・イラストリアス……登場経緯から「スパイ」という疑惑説を常に持たれ、「イスカリオテのマリア」という世界一有名な裏切り者になぞらえた仇名さえを付けられながらも、実際は他者の想いを踏みにじる“裏切り”という行為はしていなかった彼女の姿が重なってしまいます。

つまり豊田有恒の『あなたもSF作家になれるわけではない』をマリが手にしていたのは、先達へのリスペクトのみならず、マリというキャラクターの本質……漫画版最終巻の書き下ろし作品「夏色のエデン」での彼女の過去や、『シン・エヴァンゲリオン』作中にて描かれた彼女の真の目的を暗示するためでもあったのです。

マリが「同じ格好」で思い出してもらいたい理由

Character Promotion Reel:真希波・マリ・イラストリアス

またマリは漫画作中、出撃の直前まで『破』作中でシンジと屋上で出会った際に身につけていた制服を着ていました。そしてその理由について「姫と違って一度きりしか会ってないからさ」「そのときと同じ格好じゃないと思い出してもらえないかも?って」とアスカに語ります。

シンジに自分のことを思い出してもらいたい。それは「気になる異性の男の子」に対する心情というよりも、「幼い頃に会ったきりの、身内の一人息子」に対して抱く心情に近いことは、先述の漫画「夏色のエデン」『Q』、そして『シン・エヴァンゲリオン』で描かれたマリの過去から察することができます。

ましてや「身内」がかつて自身が愛した相手であり、「一人息子」は今は亡きその人の忘れ形見であったとすれば、「忘れていてほしくない」という感情はより一層増すでしょう。だからこそマリは、『シン・エヴァンゲリオン』作中でも久方ぶりに再会したシンジに目隠しをし、あえて戯れるように、自身の本心を隠すように「だーれだ?」と尋ねたのかもしれません。

そして「思い出してもらえないかも」という言葉は「シンジとの再会」を大前提としていることからも、マリは絶望的な状況の中でもシンジの生存と彼との再会を願っていたことは明白といえます。

“大人”になったアスカにとっての「長い春」

Character Promotion Reel:式波・アスカ・ラングレー

一方のアスカは、シンジの生存と再会を願っているマリの行動や言動に対し、「この作戦の目的はあくまで初号機本体の奪還回収だけよ」「バカシンジはもういないのよ」と答えます。

それらの言葉からは、初号機奪還を目的とする「US作戦」に到るまでのアスカの14年間が、エヴァ初号機と共に封印されていたシンジとは違い“空白”の時間ではなかったこと。そしてマリ曰く「リリンたちよりずっと長い春」を過ごしてきた中で、『シン・エヴァンゲリオン』作中でも本人が言及していた通り、彼女が14年前以上にリアリストな気質を持った“大人”へと変わったことがうかがえます。

またマリが口にした「長い春」という言葉からは、作家・三島由紀夫による青春恋愛小説『永すぎた春』(1956)を連想させられます。同時期に並行して連載されていた『金閣寺』とは真逆の趣ながらも当時ベストセラーとなった同作は、タイトル名でもあり「婚約期間の長い恋人の倦怠や波乱」を意味する「永すぎた春」という言葉を流行語にしました。

そのため漫画作中で「長い春」という言葉が登場した理由には、マリとアスカの会話の文脈間での「長い青春」という意味のほかにも、“恋愛”の期間が長過ぎたがゆえに変化してしまったアスカとシンジの関係性が持つ悲哀の意も含まれているとも考えられます。

またマリは読書家であることから、小説『永すぎた春』を知っている可能性は決してゼロではありません。もしかすれば、彼女が「長い春」という言葉を用いたのもその小説の存在を知っていたから、そしてアスカとシンジの関係性とその変化を、空白の14年間の中である程度察していたからなのかもしれません。

アスカが「同じ格好」で出撃する理由

しかしシンジの生存と彼との再会を否定し続けていたアスカは、マリの言葉をきっかけに在りし日のシンジの姿を思い出した後、出撃直前にそれまで身に付けていたプラグスーツから別のスーツへと着替えます。その着替えたスーツこそ、『破』作中で身につけていたものをテープにより補修した、『Q』冒頭のUS作戦時で着ていたプラグスーツだったのです。

先述の通り、自分のことを思い出してもらいたいという想いから、出撃直前まで制服を着るという願掛けをしていたマリ。そんな彼女の願掛けをふまえると、アスカがテープで補修をしてまで『破』作中で身につけていたプラグスーツへと着替えた理由にも、「自分のことを思い出させる」という意図があったのは確かです。

その行動は、は漫画作中でも口にしていた「ぶん殴る」という言葉からも「あんな出来事をすべて忘れていたらタダじゃおかない」という当てつけかもしれません。しかし一方では、それまでシンジの生存と彼との再会を否定し続けていた彼女の心の中で、その可能性をわずかながらも願う想いが生じたためとも受け取れるのです。

まとめ


(C)カラー

マリが手にしていた本や制服、アスカのプラグスーツ、そして会話内容などの意味・意図の考察から見えてきた、『Q』の物語に到るまでの二人の心情。

過去にまつわる秘密、相手との関係性や立場など複雑な背景をお互いに抱えつつも、それでも「シンジの生存と彼との再会」を願う想いはお互いの共通項となったアスカとマリ。そのことをふまえた上で『Q』を改めて観直してみると、それまで気づくことのなかった新たな発見があるかもしれません。

『シン・エヴァンゲリオン』劇場来場者プレゼント・公式謹製36P冊子『EVA-EXTRA-EXTRA』掲載の短編漫画「EVANGELION:3.0(-120min.)」は、まさにそのきっかけとなる作品であり、「『Q』の前日譚」という名にふさわしい作品といえます。

次回の『終わりとシンの狭間で』は……

次回もまだまだ、2021年6月12日(土)より配布された『シン・エヴァンゲリオン』劇場来場者プレゼント・公式謹製36P冊子『EVA-EXTRA-EXTRA』の内容を、同冊子掲載の短編漫画『EVANGELION:3.0(-120min.)』を中心に解説・考察。

漫画終盤での描写考察はもちろん、同じく冊子内に掲載された「エヴァ」スタッフ陣の豪華寄稿イラストについても紹介してゆきます。

【連載コラム】『終わりとシンの狭間で』記事一覧はこちら









編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。

2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。


photo by 田中舘裕介

関連記事

連載コラム

『愛してるって言っておくね』ネタバレあらすじと感想。実話結末の解説でアカデミー賞最優秀短編賞受賞作が描いた“家族の愛”とは|Netflix映画おすすめ35

連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第35回 『トイ・ストーリー4』(2019)の共作者でもあった俳優ウィル・マコーマックが手掛けたNetflixオリジナル短編映画『愛してるっ …

連載コラム

シンウルトラマン続編の存在をネタバレ解説考察!ラストシーン“別れと目覚め”×デザインワークスが“始まり”を語る|光の国からシンは来る?16

連載コラム『光の国からシンは来る?』第16回 1966年に放送され、2021年現在まで人々に愛され続けてきた特撮テレビドラマ『空想特撮シリーズ ウルトラマン』(以下『ウルトラマン』)を基に描いた「空想 …

連載コラム

『ムービー・エンペラー』あらすじ感想解説。映画祭で評価される製作に奮闘するスターをシニカルに描く|TIFF東京国際映画祭2023-16

映画『ムービー・エンペラー』は第36回東京国際映画祭・ガラ・セレクション部門で上映! 香港の名優アンディ・ラウが主演を務める『ムービー・エンペラー』が、第36回東京国際映画祭ガラ・セレクション部門にて …

連載コラム

映画『かそけきサンカヨウ』のあらすじ感想と意味考察。今泉力哉監督が原作テーマを発展的に脚色した青春ドラマ|映画道シカミミ見聞録61

連載コラム「映画道シカミミ見聞録」第61回 こんにちは、森田です。 今回は、2021年10月15日(金)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー公開される映画『かそけきサンカヨウ』を紹介いたします。 サン …

連載コラム

細野辰興の連載小説 戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】14

細野辰興の連載小説 戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】(2021年4月下旬掲載) 【細野辰興の連載小説】『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の一覧はこちら 最終章『私 …

U-NEXT
【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学