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Entry 2024/11/19
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【映画ネタバレ】本心|感想解説と評価考察。原作小説×登場人物の違いで描く《アイコンを求め人格を失う時代》の不気味の谷【のび編集長の映画よりおむすびが食べたい13】

  • Writer :
  • 河合のび

「生きている人間」が素材のアイコンがもたらす《不気味の谷》とは?

マチネの終わりに』『ある男』などの小説家・平野啓一郎の同名小説を、『月』『舟を編む』の石井裕也監督が池松壮亮を主演に迎えて映画化した『本心』。

デジタル社会がさらに進行した2025年の日本で「国家の公認下で自らの死期を選択できる制度=自由死」を願っていた母の《本心》を知るべく、主人公が最先端のAI・AR技術のもとで《仮想の母》の製作を試みる姿を描きます。

本記事では、映画本編・結末のネタバレ言及を交えつつ、原作小説との設定・展開・登場人物描写の違いから本作を考察・解説

作中に登場する「リアル・アバター」という仕事にまつわるエピソードを中心に描くことで、映画『本心』が映し出そうとした《アイコン》は求められるが《人格》は求められない時代、そんな時代がもたらす不気味の谷現象を探ります。

連載コラム『のび編集長の映画よりおむすびが食べたい』記事一覧はこちら

映画『本心』の作品情報


(C)2024 映画「本心」製作委員会

【日本公開】
2024年公開(日本映画)

【原作】
平野啓一郎『本心』(文春文庫刊)

【監督・脚本】
石井裕也

【キャスト】
池松壮亮、三吉彩花、水上恒司、仲野太賀、田中泯、綾野剛、妻夫木聡、田中裕子、窪田正孝(声の出演)

映画『本心』のあらすじ

「大事な話があるの」──そう言い残して、豪雨の夜の川に飲まれて急逝した母・秋子が、国家の公認下で自らの死期を選択できる制度「自由死」を願っていたことを知った息子・朔也。

秋子を助けようとして川に飛び込んだのち、1年もの昏睡状態を経て目覚めた朔也は、デジタル化が一層進んだ世界に戸惑いながらも、自身が装着したカメラ付きゴーグルと360度カメラにより、依頼者の求める擬似体験を提供する「リアル・アバター」の仕事を始める。

やがて、故人の生前のあらゆる個人情報をAIに集約させ、仮想空間上に《人間》を再現する技術「VF(バーチャル・フィギュア)」を知った朔也は、母・秋子の《本心》を知るために開発者・野崎にVFの製作を依頼する。

また母の情報をより多く収集するためにコンタクトをとった、秋子の親友だったという職場の同僚・三好が台風被害で避難所生活を送っていると知った朔也は、三好が“ある女性”の顔に似ていたのもあり、三好に同居を提案する。

三好の協力により、ついに完成した秋子のVFに心を震わされ、涙を流す朔也。VFゴーグルを装着すればいつでも会える《仮想の母》と三好の三者での平穏な生活が続く中で、秋子のVFは次第に「息子の知らない母の一面」を語り始めていく……。

映画『本心』と原作小説の違いから考察・解説!


(C)2024 映画「本心」製作委員会

《アイコン》は求められるが《人格》は求められない時代

平野啓一郎による原作小説の映画化にあたって、登場人物の描写や物語の展開に大きく改変が行われている映画『本心』

特に、原作の後半部で明かされる「母・秋子は恋愛関係にあった同性の女性との間に子どもがほしくなり、詳細不明の男性からの精子提供を受けて息子・朔也を出産するも、相手の女性は姿を消してしまった」という朔也の出生の秘密が、映画前半部でアッサリと母のVFによって暴露され、その後も深くは触れられないという改変には、映画鑑賞前に原作を読まれた方ほど驚かれたはずです。

また朔也の出生の秘密に関する描写が大幅に改変されたことで、朔也が当初「自身の父では?」と疑ったものの、実際は朔也が保育園に通っていた頃に自身の著作の愛読者であった秋子と愛人関係にあった事実を含め、母の秘密を息子・朔也に明かす役目を果たした老作家・藤原亮治も、存在自体が映画からはカットされています。

朔也の出生の秘密、ならびに母の過去にまつわる描写を大幅にカットし、あくまで止まることを知らないデジタル化社会を時代に置き去りにされた人間=浦島太郎のように彷徨う青年・朔也が、世界の中で自らの《本心》を見失っていく様を中心に描いている映画『本心』。

その映画の改変には、原作が描いたデジタル技術がもたらす人の心の不安、そして2024年以前からすでに到来している「《アイコン》は求められるが《人格》は求められない時代」の中で、人の心はいかにして迷い、本心を見失っていくのかを最も描きたいという制作陣の意図が窺えます。

「人間扱いをしなくていい人間」のアイコン


(C)2024 映画「本心」製作委員会

「icon(英語読みでアイコン、ラテン語読みでイコン)」は「像」「肖像」「偶像」「記号」「崇拝の対象となるもの」「似姿」を意味し、西洋美術史においてはギリシア正教会(及び一部のカトリック教会)での信仰に用いられてきた聖像(宗教画)を指します。

また、コンピュータのディスプレイ上でファイル内容・プログラム機能などを分かりやすく表示した図形・記号のことも指し、SNS上で自身のアカウント名とともに表示される《顔》となる写真・絵も「アイコン画像」と呼称されています。

その他にも、Uber Eatsなどの宅配サービスアプリにおいて、GPSによる配達員の現在位置の追跡機能を使用する際に表示される「配達員のマーク」も、宅配サービスアプリというプログラム上で使用されるアイコンと言っていいでしょう。映画作中、朔也の職業であるリアル・アバターの仕事風景は、従業員らの背負っている「大きく四角いバッグ」からも、コロナ禍により広く社会に普及された宅配サービスアプリの配達員を誰もが連想したはずです。

そしてコインランドリーで遭遇した男性客が、リアル・アバターの従業員と知った途端に朔也へ罵詈雑言を浴びせたことから、リアル・アバターという職業そのものが職業差別のアイコン、あるいは「人間扱いをしなくていい人間」のアイコンとして描かれているのです。

「生きている人間」が素材のアイコンと《不気味の谷》


(C)2024 映画「本心」製作委員会

「依頼者の指示でのみ行動し、自身の五感を含む肉体と《生きている時間》そのものを他者に貸す」というリアル・アバターの仕事。自らの人格を構成する要素でもあるはずの生の肉体・生の時間を一時的に他者へ明け渡す過程を続ける中で、人々はリアル・アバターというアイコンによって規格化・記号化され、それぞれが本来持っていたはずの人格は揺らぎ、希薄になっていく……。

そして人格=「その人たらしめるもの」が揺らぎ、希薄になっていくことで生じた結果が、映画作中で描かれたリアル・アバターを利用した殺人、そして富裕層のアバターデザイナーであるイフィーが、自身の専属リアル・アバターとして雇った朔也に行わせた三好への告白でしょう。

リアル・アバターというアイコン(肖像・似姿)がもたらす不気味の谷現象というべき、朔也の生の肉体・生の時間を借りたイフィーの三好への愛の告白。そこに「告白代行」という感覚や「朔也の人格を否定している」という感覚があるのかは甚だ微妙であり、あくまで自身が気に入っている「朔也の目」という部品が、告白において良い武器になるのではと純粋に考えていた可能性すらあります。


(C)2024 映画「本心」製作委員会

生きている人間が、別の生きている人間のアバター(分身)、そしてアイコン(記号)となった時、その人間は何者になるのか。別の人間のアバターにしてアイコンとなってしまうのなら、その人の「人たらしめるもの」=人格は一体どこへいくのか……。

アイコンを求められ、人格は求められない時代……「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」という問いに対する、あまりにも歪過ぎる答えとともいえる時代。

リアル・アバターという技術がもたらした「生きている人間」そのものを素材とするアイコン、そしてバーチャル・フィギュアという「生きていた人間」の膨大な客観的情報を素材とするアイコンがもたらす不気味の谷現象……ひどく精巧なアイコンがもたらす違和感・嫌悪感・薄気味悪さが蔓延る時代を、映画『本心』は原作小説を基に映し出していきます。

また、その時代は決して遠い未来ではなく、むしろ2024年現在と限りなく近い時代であることも、原作小説における「2040年代の日本」から改変された、映画作中の「2025年〜2026年の日本」という時代設定によって描いていることも、決して無視はできません。

まとめ/歴史の教科書に載っている《近い未来》


(C)2024 映画「本心」製作委員会

デジタル技術の発展により「どんな社会的立場の人間でも、手軽にできること」の画期的システムがますます増えていくのは、同時に「個の人格を必要としない、誰でもいいこと」がこれまで以上に増えていく状況も意味しています。

誰でもいいことをする、誰でもいい人……それはリアル・アバターという技術に蝕まれ、人格が失われていく人々のみならず、英雄的行為=「多くの人々が『誰でもいいから実行してほしい』と求めていた行為」を行った朔也であることも作中では描かれます。

イフィーは朔也を「英雄」と称賛し、誠実な人間として扱います。しかし、そんな「誠実な人間」のアイコンを借りて三好への告白を試みようとする行為は、朔也を「誠実な人間」というアイコンでのみ認識した、彼の人格を一切考慮しない仕打ちでした。

過去に体験した出来事と朔也という人格を抱えるがゆえに、彼は感情を抑え切れずコインランドリーで遭遇した男性客の首を絞め、殺しかけました。そんな《本心》からの行為さえも、結局は人々によって「英雄的行為」というアイコンに変えられ、朔也という人格そのものは無視される……それはどこか、2024年10月に日本公開された『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』も思い出させます。

アイコンを求められ、人格は求められない時代。それは「2024年現在と限りなく近い時代」ですらなく、歴史の教科書のページをパラパラとめくってみたらいつでも見られる時代……どれだけ技術が発展・進歩しても変わることのない《繰り返される時代》なのかもしれません。

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編集長:河合のびプロフィール

1995年静岡県生まれの詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部として活動開始。のちに2代目編集長に昇進。

西尾孔志監督『輝け星くず』、青柳拓監督『フジヤマコットントン』、酒井善三監督『カウンセラー』などの公式映画評を寄稿。また映画配給レーベル「Cinemago」宣伝担当として『キック・ミー 怒りのカンザス』『Kfc』のキャッチコピー作成なども精力的に行う。(@youzo_kawai)。


(C)田中舘裕介/Cinemarche






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