連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」第19回
様々な事情で日本劇場公開が危ぶまれた、埋もれかけた貴重な映画を紹介する、劇場発の映画祭「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」。第19回で紹介するのは『ストレンジ・フィーリング アリスのエッチな青春白書』。
いつの時代の誰の身にも、性の目覚めは訪れるもの。2000年代始めの保守的なアメリカ中西部の、保守的なキリスト教高校に通うアリスも、何かと気になる時期を迎えます。
しかしインターネットも、まだまだ頼りにならないこの時代。友人から性に関する情報を仕入れるにも、何を信じて良いのやら。そんな騒動を描いた青春コメディの登場です。
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CONTENTS
映画『ストレンジ・フィーリング アリスのエッチな青春白書』の作品情報
【日本公開】
2020年(アメリカ映画)
【原題】
Yes, God, Yes
【監督・脚本】
カレン・メイン
【キャスト】
ナタリア・ダイアー、ティモシー・シモンズ、ウォルフガング・ノボグラッツ、フランチェスカ・リール
【作品概要】
2000年代を舞台に教会の合宿に参加した、多感な時期を迎えた女子高生が体験する騒動を描いた青春コメディ。監督・脚本のカレン・メインが、本作と同じくナタリア・ダイアーを起用して製作した短編映画『Yes, God, Yes』(2017)を、長編化した作品です。
主演は世界で人気のSFドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』(2016~)や、『ベルベット・バズソー 血塗られたギャラリー』(2019)のナタリア・ダイアー。政治ドラマ『Veep/ヴィープ』(2012~)や『君はONLY ONE』(2019)に出演のティモシー・シモンズ、『フィール・ザ・ビート』(2020)のウォルフガング・ノボグラッツらが共演しています。
映画『ストレンジ・フィーリング アリスのエッチな青春白書』のあらすじとネタバレ
「サラダ(salad)」はもちろん食卓に出るサラダの意味ですが、「サラダる(toss salad)」となると、口を使ってパートナーのアレをナニする、エッチなスラングとなります。
…良い子がその意味を知らないのも、当然です。
ここは2000年代初めの、アメリカ中西部のカトリック系の高校。生活指導のヴェダ先生は、廊下を歩く男子生徒にベルトを締めてない、女子生徒にはスカートが短すぎるだの注意しています。
そしてアリス(ナタリア・ダイアー)に、ヴェダ先生は学校で行われる宗教儀式の、従者の務めを命じました。
今日は性教育の授業です。男子の性欲はすぐ高まる電子レンジ、女子の性欲はじわじわ高まるオーブンだと解説するマーフィー神父(ティモシー・シモンズ)。
性交渉するには結婚が必要、目的はあくまで子作り。それが神の計画だと説きます。1人で良き棒を満たす行為など論外、神に反する行為だと説明します。
そんなお堅い学校で、日々を過ごすアリスですが、友人のローラ(フランチェスカ・リール)とは映画『タイタニック』の、車の中で愛し合うシーンで盛り上がった話を交わします。
帰宅したアリスは愛犬のガスに迎えられます。彼女にとってはお菓子を食べるのも、ちょっとした悪事であり、同時にささやかな楽しみでした。
お菓子をつまみつつ、古風なディスクトップのパソコンでチャットを始めるアリス。
どこの誰だか判らない相手から、欲しがってる写真を送ってあげると、ファイルが送られてきます。読み込みに時間がかかりましたが、中身は裸の男女が絡みあう写真でした。
戸惑いつつも、家に家族がいない事を確認すると、好奇心からその相手とチャットを始めるアリス。彼女の写真を要求した相手に、別人の写真をスキャンして送信します。
喜んだ相手からチャットメッセージのやり取りによる、サイバーセックスを持ちかけられ、何だかよく判らないまま応じたアリス。
相手は卑猥な言葉を並べますが、アリスにはその意味が判りません。相手に指示されるまま、自分の股間に手を入れ、こうすればイイのかと試てみました。
その最中に母が食事だと声をかけました。彼女は慌ててパソコンを切ります。
日曜は教会に行き、その後家族と共に団らんするアリス。それが彼女の日常でした。
そんなアリスを、ローラとその彼氏が車で迎えに来ます。ところがその彼から、金曜の夜ウェイドと何かあったのかと訊ねられたアリス。
一緒に飲み物を飲んで、数分ほど一緒にいただけと説明しますが、相手は信用しません。どうやらアリスは学友たちの、噂の対象になっているようです。
後日、学校のマーフィー神父の授業で、淫乱などの欲望は戒めろと教えられました。
食堂でアリスは友人たちと会話を交わします。”enema”という言葉を使った男子生徒をローラは軽蔑しますが、アリスにはその言葉の意味が判りません。
アリスはある女生徒から話しかけられます。彼女は皆が、アリスはウェイドに「サラダした」と噂している、と告げました。
否定するアリスですが、肝心の「サラダ」という言葉が、何の意味か全く理解していません。
宗教教育キャンプに参加したことを示す、キルコスと呼ばれるペンダントを見せた相手から、乱れた生活を改めるよう勧められます。
アリスは、なぜそんな事を言われたのか理解していません。はがしたデザートの蓋を舐める彼女の姿を見て、「サラダ」の噂を知る男子生徒たちは笑い出します。
キリスト教の教えに従い、清く正しく交際している男女には軽蔑の目で見られ、宗教行事ではヴェダ先生が噂を理由に不適切だとして、従者の役から外されるアリス。
扱いに困惑する彼女に、神から授かった肉体を大切にしろ、とヴェダ先生は説教します。
マーフィー神父の儀式で従者を務めた生徒を、皆は尊敬の目で眺めます。その胸にはキルコスのペンダントが下がっていました。
学校の告解の時間で、マーフィー神父に懺悔するアリス。日常で犯した小さな罪を告白しますが、あのチャットの件は打ち明けられません。
神父は告白した罪に許しを与え、戒めとして母を手伝い、神に10回許しを請う祈りを捧げるよう命じます。言葉通り10回祈りを捧げるアリス。
彼女は自分を変えようと、学校行事の宗教キャンプに参加しました。キャンプ場に向かうスクールバスの中で、アリスは液晶画面の携帯電話の、付属ゲームをプレイしていました。
キャンプにはウェイドも参加していると知り、顔をしかめるアリス。ローラはマーフィー神父の私服姿や、リーダーとして現れたクリス(ウォルフガング・ノボグラッツ)に興奮します。
クリスはアメフトの選手として学校の人気者でした。クリスらリーダー役を務める先輩たちの首には、キルコスの首飾りがかかっていました。
参加者を迎えるクリスの腕にびっしり生えた産毛から、妙に目が離せないアリス。
アリスはリーダーの1人ニーナに、割り当てられた部屋に連れて行かれます。こうして4日間のキャンプの1日目である、「自問の初日」が始まりました。
アリスはニーナから、キャンプ参加者が着るセーターを受け取ります。そして携帯と時計は預かると言われますが、少し考えてから携帯は提出せず、隠し持つことにしたアリス。
参加者はグループ毎に分けられます。アリスのグループにクリスがいました。彼はシニアリーダーとして、アリスを明るい態度で受け入れました。
指導者のマーフィー神父は友と過ごす生活を通じ、自分を知り神を道に従うことを学ぶ、とキャンプの趣旨を説明します。
神父はヴェダ先生に、生徒たちに紙を配るよう言いました。それは多くの感情を示す言葉が書かれたチェックシートでした。
生徒たちは自身に当てはまる、抱えている感情にチェックするよう指示されます。アリスも自分を振り返り、該当する項目を丸で囲んでいきます。
その中のturnedーon(ムラムラする、性的に興奮する)という言葉に、アリスは印を付けました。しかし考え直すと、消しゴムを使って消そうとするアリス。
ところが消えてくれません。回収の時間が迫り、やむなくアリスはその文字を塗り潰します。
キャンプ場の雑用を引き受けてくれる、老いたルイーズ修道女から食事を受け散るアリスの前に、クリスが現れました。
アリスにも、シスター・ルイーズにも明るく話しかけるクリス。しかしアリスの視線は、やはり彼の腕の産毛に向かいます。彼と会話でき、彼女はまんざらでもない様子です。
キャンプに参加した生徒たちは、集会所に集められニーナから告白を聞かされます。大家族で暮らし出来のいい姉を持ち、家庭に自分の居場所が無かったと、涙ながらに語るニーナ。
しかし信仰に目覚めたおかげで救われた、と言う彼女の話を、涙ぐんで聞いている者もいれば、退屈そうに落書きして時間を潰す者もいました。
その夜、与えられた個室で眠れないアリス。退屈のあまり携帯電話でゲームを始めます。
ゲームオーバーの電子音が響き、慌てた彼女はマナーモードに切り替えました。
バイブで着信を知らせる設定に切り替えますが、その振動が股間に伝わると、何だか具合良いと気付きます。壁に十字架が掛けられた部屋で、その行為にふけるアリス。
次の朝、キャンプは「涙の2日目」を迎えました。マーフィー神父は集会場に生徒を集めると、皆に輪を作らせます。
自分のお気に入りの曲だとして、ピーター・ガブリエルの「In Your Eyes」を聞かせる神父。クリスの隣に位置したアリスは、音楽にのり楽しみます。
その後、生徒たちは皆で森に入りました。アリスにローラが話しかけてきますが、彼女はクリスが気になってしかたありません。
クリスはつまづいた女の子の体を支えます。そちらばかり注目したアリスは転び、足を痛めました。彼女を気遣い駆けよってくるクリス。
歩けない彼女を、クリスは抱きかかえて医務室まで運びます。彼の胸の中で満足気なアリス。
自室に戻ったアリスは、携帯電話を手にしますが、そこに様子を見にニーナが現れます。彼女は慌てて携帯を隠しますが、運悪く鳴り出しました。
気付いたニーナは、アリスの携帯電話を取り上げ、これは神父に報告すると告げます。
マーフィー神父は生徒たちの集合写真を撮りますが、その際もアリスは「サラダ」をネタに、男子生徒からからかわれます。
撮影が終わると神父はアリスを呼びました。ニーナから報告を受けた件で、罰としてシスター・ルイーズを手伝うように指示する神父。
修道女はアリスに食堂のゴミ箱の片づけと、床掃除をするよう言いました。彼女はシスターに代わって一通りの作業を終えます。
ようやく作業が終わり、掃除道具を用具置き場に片付けたアリス。するとすぐ傍の神父の部屋の机に、パソコンがあると気付きます。
誰もおらず、シスター・ルイーズも気付いていないと知ると、アリスはパソコンの前に座りチャットルームに入ります。そして散々イジられた「サラダる」の意味を訊ねました。
当然相手は喜んで喰い付いてきます。卑猥なメッセージが並び、結局内容が理解できないアリスは人の気配に気付き、慌てて電源を落します。
掃除を終えたアリスに、ニーナが駆け寄ってきました。迷わず私たちのように正しい道を歩んで、と言われ戸惑いつつも感謝の姿勢を見せるアリス。
その夜神父は、生徒の親が子供に宛てた手紙を、皆の前で読み上げます。実の親から娘への愛情に満ちたメッセージを聞かされ、ローラは涙ぐみます。
アリスも父が手紙に記した、娘と共に教会に行くことの喜びの気持ちと、今後も正しい道を歩んで欲しいとの願いを聞かされました。
次の日の朝が来ます。キャンプは「受容の3日目」を迎えます。
映画『ストレンジ・フィーリング アリスのエッチな青春白書』の感想と評価
大いに笑えるエッチな青春お色気コメディを期待した方、ちょっと残念だったかもしれません。女子高生が主人公では、馬鹿っぷりも控え目になるものです。
冷静に考えて下さい。『アニマル・ハウス』(1978)から脈々と受け継がれる下ネタコメディは、おバカな大学生たちが乱痴気騒ぎを繰り広げる話でした。
もっとも『グローイング・アップ』(1978)や 『ポーキーズ』(1982)、『アメリカン・パイ』(1999)の1作目は高校生たちのお話、若い世代の”性春映画”も数多く存在します。
しかし日本映画『パンツの穴』(1984)が示す様に、下ネタコメディ映画の出演者が高校生、中学生と低年齢化すると、エロとは別方面の、お下品な方の下ネタに走るから要注意です。
さらに低年齢化すると、もはや『クレヨンしんちゃん』の世界になります。だから面白いんだよ、という指摘には全面的に同意します。
さて、女子高生が主人公の本作、監督のカレン・メインもまた女性。彼女がナタリア・ダイアーを主演に撮った短編映画を長編化した作品です。
短編は2000年頃のパソコンを駆使した原始的エロチャットと、エロ動画のエピソードのみで構成された11分の作品です。それを膨らまして、長編映画である本作が生まれました。
監督の青春時代の体験が反映された作品
誰もが想像する通り、本作は監督の個人的体験から生まれた作品です。監督自身はアイオワ州のカトリック系の高校に通っていました。
映画の主人公アリスの体験の80%は自分の物だが、アリスはあくまで創作した人物であり、短編の主演でもある、ナタリア・ダイアーからも影響を受けて作った人物と語っています。
高校では中絶や性感染症のビデオを見せられただけで、避妊に関する教育は無かったと振り返り、チャットでも信頼できる人と交流できず、当時は孤独を抱えていたと話す監督。
短編映画に出演した時、ナタリア・ダイアーは監督が、長編のアイデアを持っていると知っていました。短編の成功により、長編映画化が決まった時は喜び、監督と共にキャラクターをより掘り下げていったと証言しています。
とはいえ低予算映画である本作の撮影期間は16日間しかなく、撮影中は恐ろしいストレスを感じていた、と振り返る監督。
一方ナタリア・ダイアーは当時を、実にエキサイティングな、インディーズ映画の現場を体験させてもらったと振り返りました。
自分は人々が、宗教の偽善性と折り合いをつける話が好きだと言う監督。宗教は悪ではないが、非常に複雑だと考え、『ダウト あるカトリック学校で』(2008)のような映画を高く評価しています。
身近に感じられる登場人物たち
アメリカのキリスト教を信仰する白人保守層と聞くと、いわゆる宗教右派の人々、人種差別的で銃の所持を支持する、何とも頑迷な人々というイメージがあります。
しかし本作に登場する人々は、カトリック系という事もあってか、基本的には穏やかで教義に忠実で、その結果周囲から浮くような行動を控える人々として描かれました。
ちなみに宗教キャンプの名に使われた”キルコス”とは、元々はギリシャ神話の霊鳥で、キリスト教文化では霊魂を示す存在ですが、同時に”妬み”を示すものとしても使われます。
やましい事は人目を忍んで行い、周囲の人々を行動を詮索し、他人を妬みゴシップや噂話を楽しむ登場人物たちの姿は、どこの国の学校生活にも見られる風景でしょう。
それは大人たちの世界も同じで、建前を重視した日本的な”ムラ社会”に似た、狭い世界を形成しています。下ネタコメディを見るつもりが、我々自身を風刺する映画を見た感覚に陥りました。
監督自身は、故郷を飛び出すことによって、新たな世界の存在と様々な可能性があることを知りました。主人公のアリスも、きっと同じ道を歩むのでしょう。
日本に住む我々は閉塞的な社会を飛び出した後、新たな価値観と生き方を見つけられるのでしょうか。コメディを楽しむつもりが、そんな真面目な事を考えさせられました。
まとめ
嬉し恥ずかし女子高生が主人公の、”性春映画”『ストレンジ・フィーリング アリスのエッチな青春白書』。笑える下ネタコメディを期待した人には、少々物足りないかもしれません。
しかし、キリスト教の価値感を重んじる白人保守層の生態をリアルに、そして年頃の女性の目覚めをユーモアに描いた作品は、アメリカでは好意的に受け止められています。
そして日本の我々が見ても、他人事に見えない風刺が存在する映画です。女性がアノ行為を覚える描写がリアルかどうかは、男子である私には、どうにも判断しかねます。あしからず。
ところで彼女が抜け出して到着した先は、明確に宣言していませんが、見る人が見れば納得のレズビアンバーです。宗教キャンプとはエライ違いです。
宗教的価値観の縛られた「ムラ社会」から飛び出した後、思いっきり別の世界に羽ばたく人が多数存在する。これがアメリカと日本の大きな違いでしょうか。
そんな人生の目覚めのきっかけが、エッチへの関心でした。下ネタ映画だって、あなたの人生を変えることもあるんです。あっ、本作の場合は『タイタニック』(1997)でした。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」は…
次回の第20回は、連続殺人鬼が現れ停電に襲われた、あの酷暑の夏のニューヨークを舞台に描くサスペンス映画『ウルフ・アワー』を紹介いたします。お楽しみに。
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