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Entry 2019/11/05
Update

梅沢壮一映画『積むさおり』考察とレビュー解説。日常サスペンスに施した“不快感で斬新な手法|SF恐怖映画という名の観覧車74

  • Writer :
  • 糸魚川悟

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile074

「シッチェス映画祭ファンタスティック・セレクション2019」の特集を終え、独創性の高い作品群が懐かしく感じる秋。

草木が枯れ落ちる、どこかさみし気な印象を感じさせる冬が近づくこの季節に『血を吸う粘土 派生』(2019)の梅沢壮一監督による最新映画が公開されました。

今回は独特な感性を持つ梅沢壮一監督から生みだされた新感覚のホラーサスペンス『積むさおり』(2019)をご紹介させていただきます。

【連載コラム】『SF恐怖映画という名の観覧車』記事一覧はこちら

映画『積むさおり』の作品情報


(C)「積むさおり」製作委員会

【公開】
2019年(日本映画)

【監督】
梅沢壮一

【キャスト】
黒沢あすか、木村圭作

映画『積むさおり』のあらすじ


(C)「積むさおり」製作委員会

結婚5周年を目前に控えたさおりと慶介。

日々の中ですれ違う部分はありながらも慶介を想うさおりでしたが、愛犬の散歩中に見つけた不思議な「穴」を除いて以降、耳鳴りが止まらなくなり…。

斬新な演出による満足度の高い40分


(C)「積むさおり」製作委員会

『血を吸う粘土 派生』で和製ホラーと前衛芸術を融合させた新しい形のホラーを作り出した監督、梅沢壮一。

既存の枠に縛られない梅沢壮一監督が製作した最新映画『積むさおり』は、上映時間およそ40分と言う中編映画ながら、しっかりとした起承転結と斬新な手法の演出により非常に満足度の高い作品となっていました。

作中で穏やかな夫婦生活を過ごしていたさおりが突如襲われることになる「耳鳴り」。

本作では物音が聞こえにくく、また一部の音だけが切り取られ聞こえる様子を音響によって再現しており、「耳鳴り」によって狂っていくさおりの心情が痛いほど味わえるような独特な演出が続きます。

この登場人物と同じ「不快感」を味わえる演出は物語においても非常に特別な効果をもたらしていました。

「耳鳴り」と「不快感」


(C)「積むさおり」製作委員会

普段は特別なことを感じなかった他人の行動が、自身の境遇によって急に「不快」に感じ始めてしまうことは誰にでも経験があるのではないでしょうか。

劇中のさおりも元は「不快感」を覚えるような慶介の行動にも思わず微笑んでしまうような穏やかな性格であったにも関わらず、「耳鳴り」がし始めて以降、夫の慶介の行動を「不快」と思い憤り始めてしまいます。

前述したように、本作では演出によりさおりの体感する「耳鳴り」が音響で再現されているため、慶介の行動に鑑賞者までも「不快感」を抱くように作られています。

しかし、慶介の行動は確かに配慮は足りませんがそこまで逸脱した行為ではなく、「不快感」の源が「耳鳴り」を通り過ぎ「他者」へと転化していることに気づきます。

昔は受け入れられたことも、置かれた状況の変化によって受け皿としての自身の形も変わってしまい、「不快感」へと繋がる。

「不快感」を題材にしながらも、さおりが自身の中で起きている苦痛の正体に気が付いた先に待つ結末にどこかさわやかな印象を感じさせる作品でした。

たった2人の俳優たちが作り出す世界観


(C)「積むさおり」製作委員会

本作の登場人物はさおりと慶介の2人だけと言うコンパクトな世界観。

しかし、数々の作品に出演してきたベテラン俳優の2人だからこそ出来る演技によって、コンパクトながらも非常に奥深い世界が広がっています。

ホラーにもサスペンスにもヒューマンドラマにも捉えることの出来る『積むさおり』。

カメレオンのように鑑賞者によって見方が異なること間違いなしの本作の世界観を作り出した2人の俳優に再注目してみたいと思います。

さおり:黒沢あすか


(C)「積むさおり」製作委員会

本作で主演を務めるのは、園子温監督による実在の連続殺人をモチーフに製作された映画『冷たい熱帯魚』(2010)で、でんでんの演じる殺人鬼の片棒を担ぐ女性役で世界に印象付ける演技を見せつけた黒沢あすか。

近年では『血を吸う粘土 派生』や『楽園』(2019)などに出演し、方向性の異なる様々な演技を使い分ける名女優としても名高い彼女。

本作では、耳鳴りに起因する心身の疲労によって自身の幸せを見失っていくさおりの様子を演じ切っており、誰にでも訪れかねない「身近さ」が伝わってくるかのようでした。

慶介:木村圭作


(C)「積むさおり」製作委員会

テレビドラマ、映画、舞台、Vシネマと手広いジャンルで「演技」を披露する俳優、木村圭作。

さおりの夫である慶介を演じる彼の演技は驚くほど自然であり、仕事と筋トレと言う趣味に一筋であり愛妻家でもあるが、家事を一切手伝うことのない古くからの「夫像」を体現しています。

騒音を顧みず行動し、食事時のマナーも悪い、良く言えば豪胆な性格が状況の変化が訪れたことによって悪いところばかり目についてしまう。

しかし、間違いなく妻のさおりに対する愛情を持っているからゆえに憎み切れず、そのことこそがさおりの「救い」にも繋がる、自然な演技でありながら物語の核となる部分を確実に演技で表現していました。

まとめ


(C)「積むさおり」製作委員会

散歩の途中で見つけた「穴」を除いた日からさおりを襲う「耳鳴り」と「不快感」。

「穴」の正体とはいったい何なのか、「穴」を除かずとも誰にでも訪れかねない自身の中の価値観の変化と自身の本当の心の再確認の旅路が描かれた『積むさおり』。

梅沢壮一監督らしさもしっかりと用意され、斬新な演出が魅力を増している本作をぜひ音響の効いた劇場でご覧になってみてください。

『積むさおり』は東京「K’s cinema」において2019年11月2日より、ほか全国で順次公開です。

次回の「SF恐怖映画という名の観覧車」は…


(C)地獄少女プロジェクト/2019 映画「地獄少女」製作委員会

いかがでしたか。

次回のprofile075では、「呪殺」をテーマに人間社会の「闇」を描いた名作アニメの実写化映画『地獄少女』(2019)の公開を記念して、白石晃士監督や「地獄少女」について深くご紹介させていただきます。

11月13日(水)の掲載をお楽しみに!

【連載コラム】『SF恐怖映画という名の観覧車』記事一覧はこちら




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