SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2021の国内コンペティション長編部門にて優秀作品賞、観客賞をW受賞
『夜を越える旅』は、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2021の国内コンペティション長編部門にノミネートし、優秀作品賞、観客賞を受賞作品。
福岡県内でオールロケが行われた『カランデイバ』(2018)、『電気海月のインシデント』(2019)に続き、本作でも九州出身の俳優を数多く起用し、地方からの発信にこだわりを持つ萱野孝幸が監督と脚本を務めました。
佐賀を舞台にした展開の見えないロードムービー『夜を越える旅』のあらすじと作品解説をご紹介いたします。
映画『夜を越える旅』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督・脚本】
萱野孝幸
【キャスト】
高橋佳成、中村祐美子、青山貴史、AYAKA、桜木洋平、井崎藍子、荒木民雄
【作品概要】
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2021の国内コンペティション長編部門にて入選し、優秀作品賞、観客賞を受賞。
佐賀を舞台に、展開の見えないロードムービーを作ったのは、福岡を中心に映像制作を行っている萱野孝幸監督。
福岡県内でオールロケが行われた『カランデイバ』(2018)、『電気海月のインシデント』(2019)に続き、本作でも九州出身の俳優を数多く起用しています。
萱野孝幸監督作品に毎回登場するほど、監督からの信頼は厚い高橋佳成が主演の春利を務めます。物語の鍵となる小夜役には、映画、ドラマ、ラジオと幅広く活躍する中村祐美子が怪演を披露。
映画『夜を越える旅』あらすじとネタバレ
バイトをしながら漫画家を志している春利は、毎年ゼミ旅行をしていた大学時代のメンバーで、社会人になってから3年ぶりの旅行に出かけようとしていました。
持ち金がない春利は、同居中の彼女にお金を借りて家を出ようとします。
彼女にバイトを増やしたらと言われますが、漫画賞の結果待ちをしている春利は、彼女の気遣いの無さに不満を覚えます。
待ち合わせ場所の駐車場に春利とサトミ先輩、少し遅れてがツツダが集まります。
車で合流するはずだったケントは、友人と朝まで飲んでいて後部座席で寝ていました。代わりにユリが運転してやってきました。
待っていた3人でジャンケンをして、負けた春利はユリの運転を代わります。
道中にお昼ごはんを食べたり、休憩をしながら、宿泊先のバンガローに向かう5人。途中で誰が運転をするかジャンケンで決めますが、貧乏くじを引くのは春利でした。
運転をしながら、大学の頃思いを寄せていた小夜のことが頭をよぎる春利。
助手席に座っていたサトミ先輩から描いている漫画のジャンルを聞かれ、不条理ファンタジーと答えます。大学時代から書き進めてまだ未完成の漫画をサトミ先輩に見せますが、反応は今一つでした。
スピリチュアルやオカルト系の雑誌の編集をしているケントから、オンライン版に載せる作画の仕事をしないかと誘われますが、漫画賞の結果待ちをしている春利は、もし賞を取っていた場合のことを考えて断ります。
ケントがしている仕事で風水のことを、信じているのかと聞く春利。
ケントはそのことについて、実際のメカニズムより、信じることで人の行動を変えることができることを語ります。
バンガローで飲んで語って夜が更けていく仲間との様子を写真に収めていく春利。
そんな中、携帯電話に彼女からの着信がありました。渋々取ると、漫画賞の一次審査が落選していたことを伝える彼女。
春利は、せっかく旅行に来ているのに、わざわざ落ちた結果を伝える彼女の無神経さに腹立たしさを感じて電話を切ります。
自暴自棄になった春利は、バンガローの窓から持ってきた漫画のコピーを投げ捨てました。
お風呂の湯船に浸かっていると、小夜との記憶が思い起こされます。他の4人は、大学の頃の写真を見返していました。そこには、小夜の姿も。
お風呂から上がった春利は、梨を食べながらうとうとと睡魔におそわれます。突然部屋の電気が消えたかと思うと、またパッと電気がつき、玄関に小夜が立っていました。
映画『夜を越える旅』感想と評価
本作はあらすじや予告から想像する作品のジャンルを気持ちよく裏切ってくれました。
冒頭から映される社会人になった大学時代の仲間との再会、車中やごはん屋でのやりとりでは、気心知れた間柄の和やかな雰囲気が流れ、緩いロードムービーの心地よさに包まれます。
あらすじから推測した観る側は、春利が大学の頃に思いを寄せていた小夜が遅れて現れ、どんな修羅場とやらになるのだろうと想像していきます。
先回りして、仲間との間でなにやら騒ぎ?揉め事?争い?が起こっていく展開があるのだろうと待っていると、まさか夢だったことにはっとした春利のシーンから、作品のテイストがガラリと一変します。
急にゾクッと寒気が走る感覚を覚え、不意をつかれた展開だからこそ、リアルな恐怖に落とし込まれていきます。
そして、終点がわからない列車に乗せられた気分の観客は、ここから本当の夜を越える旅に誘われます。
春利の記憶の中の小夜、写真の中に収められた小夜、夢の中の小夜といった実体のないはずの小夜は強い存在感を持って現れます。
記憶の中で思いとどめている情念ほど、人を惑わすものなのでしょう。
その執着を手放しきれずにいた春利は、記憶の中で鮮明に生き続ける小夜を生み出し、狂気の沙汰に見舞われます。
漫画という世界に描き起こすことで救われた春利でしたが、漫画の中で描き止める小夜の絵が所狭しと張り巡らされたマンションの一室は、さらなる狂気を漂わせるエンディングでした。
まとめ
物語の途中からテイストが一転し不穏感に引き込まれるという巧妙な脚本に魅了される『夜を越える旅』。
登場人物の様相も些細な会話やシーンで巧みに描かれます。
目をつぶってジャンケンをする春利は、勝っているはずなのに皆より少し長く目を閉じている間にずるをされ、負けてしまうところや、玉ねぎが嫌いなのに野菜炒めや焼きそばを頼んでしまうなど、お人好しで、要領が悪いが上に貧乏くじを引くタイプであることが伺えます。
そんな間の抜けた緩さがある春利の人となりが垣間見れるからこそ、在りもしない奇妙な出来事に信憑性を帯びてきます。
そして高嶺の花である小夜が奇怪な雰囲気へと一変する様も異色を放ちます。
気心知れた仲間とのロードムービーと観ていけば、癒される風景でもあるものが、ストーリーが一転することによって、観ていた風景さえも変えてしまう面白さ。
それは自分が見ているものが、こんなにも見方によって一変するのだということを観客も映像を通して味わいます。
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2021にて萱野孝幸監督は、想像力の素晴らしさと厄介さを描いたロードムービーというメッセージを送っていますが、まさしく観客の想像力をも搔き立てられ、時間を越えた世界観に引き込めれることでしょう。