イ・ソンミンとユ・ジェミョン、演技派の名優が魅せる韓国ノワール
フランス映画『あるいは裏切りという名の犬』(2004)を『さまよう刃』(2014)のイ・ジョンホ監督が大胆に翻案した映画『ビースト』。
かつては互いを認め合い、相棒同士だったハンス(イ・ソンミン)とミンテ(ユ・ジェミョン)は昇進をかけて連続猟奇殺人犯を追っていました。しかし、2人の刑事の確執と野心がぶつかり、運命の歯車は狂い始め思いも寄らない事態へと加速していく……。
正義と悪の狭間で揺れる刑事を『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』(2019)のイ・ソンミン、ドラマ『梨泰院クラス』(2020)のユ・ジェミョンの名優が迫真の演技で魅せます。
映画『ビースト』の作品情報
【日本公開】
2021年(韓国映画)
【原題】
비스트(英題:The Beast)
【監督・脚本】
イ・ジョンホ
【キャスト】
イ・ソンミン、ユ・ジェミョン、チョン・ヘジン、チェ・ダニエル
【作品概要】
フランス映画『あるいは裏切りという名の犬』(2004)を大胆に翻案し、正義と悪の狭間で揺れる人間の業を描きだした韓国ノワール映画『ビースト』。監督を務めたのは、『さまよう刃』(2014)、『ベストセラー』(2010)のイ・ジョンホ。
事件解決のためなら手段を選ばないハンスを演じたのは、『KCIA 南山の部長たち』(2021)、『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』(2019)、『目撃者』(2019)のイ・ソンミン。
冷静沈着なミンテを演じたのは、ドラマ『梨泰院クラス』(2020)、『ブリング・ミー・ホーム 尋ね人』(2020)、『風水師 王の運命を決めた男』(2019)のユ・ジェミョン。待機作は『声もなく』(2022)。
さらに『白頭山大噴火』(2021)、『詩人の恋』(2020)のチョン・ヘジン、『悪のクロニクル』(2015)のチェ・ダニエルなどが出演。
映画『ビースト』のあらすじとネタバレ
仁川(インチョン)で行方不明になった女子高生の遺体が見つかり、猟奇殺人事件として捜査が始まります。
捜査1班を率いる事件解決のためなら手段を選ばないハンス(イ・ソンミン)と、2班を率いる冷静沈着なミンテ(ユ・ジェミョン)。かつて相棒同志であった2人は、昇進をかけて捜査に臨みます。
ハンスは女子高生が通っていた教会の助祭に犯罪歴があることから容疑者として連行しますが、ミンテは資料を読み込み冤罪を確信すると独断で釈放。捜査は振り出しに戻り、ハンスとミンテの確執は広がっていきます。
その後「情報がある」と仮出所した情報屋チュンべ(チョン・ヘジン)から呼び出されたハンスは、言われるまま車に乗り込みます。ハンスが車に乗るとチュンべは突如ハンスの車の方に向かい、ハンスの拳銃を奪いますがハンスは気づいていません。
チュンべは路地裏で車を止め、待ち伏せしていた男を射殺します。射殺したのはチュンべを陥れ、刑務所におくった麻薬の売人の男でした。
チュンべの予想外の行動により、殺人事件に関わってしまったハンス。怒りを露わにするハンスにチュンべは隠蔽工作に協力してくれたら、猟奇殺人事件の情報を提供すると言います。
チュンべと車を海に沈め、隠蔽工作に加担したハンスは猟奇殺人犯の居所の情報をチュンべから得たのでした。
猟奇殺人犯がいるアパートには麻薬密売の大物や不法滞在者など犯罪者が潜伏し、突入のタイミングをはかる機動隊、捜査1班、2班には緊張感が漂います。そこに広域捜査隊がやってきます。
広域捜査隊は長い間アパートを見張り、麻薬密売組織の捜査をしていました。上層部より撤退を命じられた捜査班はやむなく撤退の準備を始めていましたが、突如マイクを外したミンテが一人で突入してしまいます。
慌てて捜査官が押しかけ、アパートの住人らも警官がやってきたことに気づいたことで、警察、犯罪者、機動隊が入り乱れ大騒動に。ミンテやハンスらは猟奇殺人犯の部屋に押し入ります。
手錠をかけ捕まえようとした瞬間、犯人は抵抗し、一人の警官を道連れにアパートから身を投げてしまいます。
犯人の自殺により事件は解決に向かうかのように思えた矢先、ハンスが隠蔽したはずの車が海から引き上げられてしまいます。
映画『ビースト』の感想と評価
韓国映画らしい絶妙な味付け
フランス映画『あるいは裏切りという名の犬』(2004)を大胆に翻案した映画『ビースト』。
犯人を追うことに躍起になり、かつて相棒同士であった2人の確執がいつしか刑事としての“正義”と“信念”を大きく歪め、破滅へと向かっていく……。
イ・ソンミン演じるハンスは事件解決のためなら手段を選ばず、情報屋とつながっています。犯罪者はクズだから何をしてもいいとすら言います。一方、ミンテは冷静に行動し、強硬手段に出ることはありませんが、それゆえに検挙率ではハンスに遅れをとり、リーダーには向かないと思われています。
犯人を捕まえたいと思うあまりに情報屋の殺人の隠蔽に関わってしまったハンスと、ハンスのように強硬手段にでてアパートに突入した結果、容疑者が身投げをして部下を失うことになってしまったミンテ。
行きすぎた“正義”と“確執”が一線を越え、戻れないところまできてしまう……“正義”の側にいるべきはずの刑事の葛藤と一歩越えてしまったら底無し沼のように戻れず、罪を重ねてしまう様子は、韓国映画においても非常によく描かれてきました。
『アシュラ』(2017)ではチョン・ウソン演じる汚職刑事が尻拭いをしてきた市長と、刑事の弱みを握る検察に板挟みにされ破滅していく様が描かれており、イ・ソンギュン主演の『最後まで行く』(2015)もひき逃げ事故の隠蔽工作を図った刑事が窮地に追い込まれていく姿が描かれています。
また『あるいは裏切りという名の犬』(2004)ではなかった、猟奇殺人犯を追うという物語の軸も韓国映画らしさ、と言えるでしょう。
猟奇殺人犯を描いた映画といえばやはり『チェイサー』(2008)が頭に浮かぶでしょうか。容赦ないバイオレンスな描写も特徴です。
イ・ソンミンの新たな魅力と凄み
舞台俳優として活躍し、ドラマ『ミセン 未生』(2014)などで知名度をあげ、数々の映画に出演してきたイ・ソンミン。
北への潜入を命じられた韓国のスパイの命を懸けた工作活動を描いた『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』(2019)では北朝鮮の高位幹部であるリ・ミョンウンを演じ高評価を受けました。
『KCIA 南山の部長たち』(2021)では暗殺された朴正煕大統領、『目撃者』(2019)では殺人現場を目撃してしまったサラリーマンなど演じてきた役柄は幅広く多才さが窺えます。
そして本作では行きすぎた“正義”故に我が身すら破滅させてしまう刑事を鬼気迫る演技で魅せます。
ハンスは事件解決のためなら手段を選ばず、出所した男に覆面をして暴行し、悪人は二度と刑務所から出てはいけないという一歩間違えば危険な“正義”感を持った人物です。
ハンスの行きすぎた“正義”を上が目をつぶっているのは、ハンスの刑事としての能力を買っているからなのでしょう。ですが、かつて相棒であったミンスはハンスが悪人なのか善人なのか分からなくなると危険視しています。
殺人事件の隠蔽工作に関わってしまったハンスは、自分につながる証拠を隠そうと更に罪を重ねていきます。罪を重ねていくうちに疑心暗鬼になり、やつれ、目だけがぎらついた恐ろしい形相になっていくハンス。
「自分が解決する」そう言い聞かせるかのように何度も呟き、なんとかしようと奔走する姿は人間の業の深さを思わせるような恐ろしさがあります。
薬を打たれ、身動きが取れなくなっていくなか、妻の身に起こったことを知ったハンスの慟哭、執念に突き動かされ、犯人を追い詰める姿はまさに「ビースト(獣)」のようです。イ・ソンミンの役者としての凄みを感じさせる映画でした。
まとめ
フランス映画『あるいは裏切りという名の犬』(2004)を猟奇殺人犯や課長というポストを狙う刑事たちの確執など韓国映画らしい味付けで描き上げた映画『ビースト』。
イ・ソンミン、ユ・ジェミョンの演技派の名優が対照的な刑事を演じ、犯人を追ううちに一線を越え戻れなくなっていく人間の業を凄みのある演技で魅せます。