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Entry 2021/09/04
Update

映画『DAU退行』ネタバレ結末感想とラスト考察。ナターシャ続編は共産主義が生み出す腐敗と狂気をさらにあぶり出す

  • Writer :
  • 菅浪瑛子

ソ連の全体主義を再現した『DAU』プロジェクト第二弾は『DAU. 退行』

前作『DAU. ナターシャ』は序章に過ぎなかった……。

映画史上初の試みともいえる異次元レベルの構想で、ソ連の全体主義を再現した『DAU』プロジェクト。第一弾となる『DAU. ナターシャ』は2021年2月27日にシアター・イメージフォーラムほかで劇場公開されました。

第二弾となる『DAU. 退行』は前作から10年以上経過した1960年代後半を舞台に、研究所内の内部の人間構造をダンテの『神曲』になぞらえ描き出す前代未聞の全9章6時間9分です。

DAU. ナターシャ』は第70回ベルリン映画祭コンペティション部門で上映され、『DAU. 退行』は別部門で上映されました。

そして第一弾『DAU. ナターシャ』が日本全国45館で拡大公開するヒットを記録したのを受け、第二弾『DAU. 退行』がついに世界での劇場初公開を迎えました。

映画『DAU. 退行』の作品情報


(C)PHENOMEN FILMS

【日本公開】
2021年(ドイツ・ウクライナ・イギリス・ロシア合作映画)

【原題】
DAU. Degeneration

【監督・脚本】
イリヤ・フルジャノフスキー、イリヤ・ペルミャコフ

【キャスト】
ウラジーミル・アジッポ、ドミートリー・カレージン、オリガ・シカバルニャ、アレクセイ・ブリノフ、マキシム・マルツィンケヴィチ

【作品概要】
イリヤ・フルジャノフスキー監督は『4』(2005)で長編デビューした後、2006年から『DAU』プロジェクトに取り掛かります。2007年に撮影が始まり、当初は長編作を作るはずが壮大なプロジェクトに変化。1952年・ソビエト連邦のとある秘密研究所内の食堂のメイドであるナターシャの視点で描いた『DAU. ナターシャ』に対し、『DAU. 退行』は前作から10年以上経った1960年代後半を描きます。

前作『DAU. ナターシャ』ではエカテリーナ・エルテリと共同監督を務めたイリヤ・フルジャノフスキー監督ですが、『DAU. 退行』ではイリヤ・ペルミャコフと共同監督を務めています。

イリヤ・ペルミャコフは、ロシア出身のオーディオ・ビジュアル・アートディレクターであり、哲学者としてキャリアをスタート。2008年にはビデオアート作品「Gazing」で、第30回モスクワ国際映画祭のIXメディアフォーラムのグランプリを受賞。2012年にプロジェクトへ参加し、共同監督・共同脚本・共同編集を担当しています。

DAU. ナターシャ』でKGBの調査員であったウラジーミル・アジッポが物語のメインとして登場し、『DAU. 退行』ではKGBの少佐に。またアジッポと同じく前作から続き登場するのは、研究所の職員であったアレクセイ・ブリノフです。

映画『DAU. 退行』のあらすじとネタバレ


(C)PHENOMEN FILMS

1960年代後半。キューバ革命の後、フルシチョフ時代を経て、スターリンが築き上げた強固な全体主義社会の理想は崩れはじめていました。

ソヴィエトのとある秘密研究所では、年老いた天才科学者レフ・ランダウのもとで、科学者たちによる「超人」を作る奇妙な実験が行われていました。

ある日、科学者たちの前にラビや牧師が招かれ、宗教や神について講義をします。レフ・ランダウは老衰のため、車椅子で介護がないと日常生活をおくれず、会議に出るのも一苦労です。また、科学者の中の一部は居眠りをしています。

研究所内では、人事部長は食堂の喫煙所で酔い潰れ、研究所所長は秘書と肉体関係を持ち、人々の風紀は乱れ腐敗していました。そこに科学を学ぶ学生がやってきます。

研究員や食堂の職員らと飲んでダンスをし、馬鹿騒ぎをする若者たちの堕落を上層部は許すわけなく、KGBのウラジミール・アジッポが派遣されます。アジッポは所長を呼ぶと、「昔なら黙って銃を渡したが幸い時代が違う。いますぐ辞表を書くがいい」と言います。

所長を辞任させ、アジッポは自ら新所長に就任します。そして副所長らを呼ぶと、自分は所長という立場であるため若者たちには親のように接しなければならない。自分に代わって若者たちの風紀を改善するように努めてほしいと言います。

宿舎で騒いでいた若者たちのところに所長自ら出向き、夜も遅いから騒ぐのをやめて寝なさいと言います。そして秘書にその場にいた若者の名前をメモさせます。そして後日副所長らに一人一人呼び出させては脅し、何をしていたのか厳しく問い詰めさせます。

最初は抵抗していた若者たちでしたが、容赦無く殴られ、抵抗しても意味がないと悟り言うことを聞くようになります。

男性には長い髪を無理矢理きり丸坊主にさせ、今後当局に恥じるような行動はしないと宣告書を書かされる若者たち。しばらくして若者たちは研究所を去って行きました。

代わりにやってきたのは、「超人」の実験の被験者となる屈強な若者たちでした。アジッポは被験者たちを集めると、この研究所の人々は腐敗し、アルコール依存症になっていると言い、被験者たちに腐敗を正すよう行動してほしいと言います。

ただし、所長である自身に苦情がこないようにうまく行動してほしいとも言います。議論し、腐敗した考えを正すよう努め、アルコールを飲まないようにさせろと言うのです。

被験者たちはマキシム・マルツィンケヴィチを中心に、内部から侵食していくよう試み始めます。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『DAU. 退行』ネタバレ・結末の記載がございます。『DAU. 退行』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

マキシム・マルツィンケヴィチを中心とした被験者たちは、研究所内の科学者や食堂の人々を見下し、議論を持ちかけては、自分たちは優生であり、アルコール依存症など堕落した人間は子孫を残さない方が良いといった偏った人類優生論を唱えます。またユダヤ人などに対しても差別的な発言をします。

研究所にアメリカ人の心理学者が招かれ、被験者たちに実験をし、行動心理を観察します。しかし被験者たちはアメリカ人の心理学者を、外見でホモセクシャルだと決めつけます。

心理学者は被験者たちの危険性を見抜き、自身の身にも危険を感じて被験者たちの誘いを断ります。心理学者の態度が気に食わない被験者たちは、心理学者が帰国する前の一人になるタイミングを見計らって襲います。

研究所で過ごすうちに、被験者たちはいつ爆発してもおかしくないほど凶暴になり、他の人々に対して威圧的な態度が酷くなります。研究所内にいる学者も被験者たちの危険性に気づきアジッポに助言しますが、アジッポは聞き入れません。

被験者たちは現代アートやダンスミュージックなども批判し、宿舎にあった現代アートの壁画を剥がします。お尻にペンキを塗ったマキシムは紙の上に座り、ふざけて「これもアートだ」と言います。

更にエスカレートした被験者たちは豚小屋から一匹の豚を宿舎に連れてくると、科学者らの前で豚に落書きし、そのまま斧で殺し、解体を始めます。豚の鳴き声が響き、女性たちは思わず耳を塞ぎ、目を背けます。

怯える人々に対し「解体しただけだ」「肉を食べよう」と横暴な被験者たち。「まるで獣だ」と科学者たちは怯えます。

子供たちが研究所の見学に来ます。レフ・ランダウの家に招待された子供たちは、「科学者の聖歌」を歌います。

「知を頼りにしていれば、道を踏み外しようもない」「科学は幸福、真実こそは理想」……腐敗した研究所に対する皮肉のような歌詞の歌を子供たちと共に歌う科学者と被験者たち……。

子供たちの歌へのお礼に、レフ・ランダウの息子は自身が作曲した曲をピアノで演奏します。演奏後、被験者たちはレフ・ランダウの息子の音楽は理解できないと話します。

ある夜、アジッポは被験者たちを集めます。研究所内の人を変えたり、色々手を尽くしたがこの研究所は腐敗している、もう手の施しようがないと言います。そして「この研究所にまつわる全てのものは消し去らねばならない」と。

全てを燃やし尽くすのは煙が出て外部に異変が知られてしまうので、火を使わず、研究資料も、機材も、そして研究所内の人間も抹殺するよう被験者たちに指示します。

被験者たちは血まみれの斧を振りかざし、研究所内を破壊していきます。そして彼らが歌っていたのは「科学者の聖歌」でした。

映画『DAU. 退行』感想と考察


(C)PHENOMEN FILMS

科学と腐敗

前作『DAU. ナターシャ』では、研究所内の食堂で働くナターシャを中心に描かれていました。本作同様飲んで騒ぐ人々の様子が描かれていましたが、外国人と関係を持っただけでナターシャはKGBに呼び出され、性的拷問を受けます。

当局の影響力が大きく、簡単に市民を抹消することができることを意味していました。しかし、本作は前作から10年以上経過した60年代後半が描かれています。

「鉄のカーテン」と呼ばれ、カーテンの向こう側である西側とは交流がなかったソ連も少しずつ雪解けが始まり、西側の文化が入ってきました。本作に出てくる科学を学ぶ学生たちがその典型です。

呼び出され、問い詰められても最初学生たちは反抗的な態度をしていますが、次第に抗えないと悟ります。長年研究所にいる科学者らは抵抗することを諦め、飲んだくれの道化となり、ただ時が過ぎて行くのに任せている様子が伺えます。

その象徴が、前作にも登場したアレクセイ・ブリノフです。彼は革命や内戦に参加することなく、流れに逆らわずに生きてきました。

飲んで全てを忘れ、やり過ごす科学者たち。しかし、食堂で働くメイドは未来もない、ろくに仕事もしない同僚に怒鳴り、飲んだくれるだけの日々に嫌気がさし思わずカフェで暴れ出し、泣き出す場面もありました。

その場面は前作のナターシャにも重なります。ナターシャも同僚のオーリャと毎日飲んで酔っ払っては喧嘩をしていました。閉塞感の中で今にも狂いそうな気持ちを、飲んだくれて何とか忘れようとしているような虚しさが、研究所の人々の中には漂っています。

共産主義という宗教

冒頭、ラビが「共産主義とは宗教」と言います。共産主義は宗教を否定しました。しかし共産主義自体がいつしか“宗教”となっていったということを本作では浮き彫りにしていきます。更にラビが宗教は崩壊し、新たなものへと変わっていくことをも示唆します。

本作では、ソ連の全体主義が崩壊していく過程を描いています。『DAU. ナターシャ』が描かれた時代はソ連の全体主義の始まりであり、成長へと向かっていく過程と同時に閉塞感で人々が飲んだくれ、それが崩壊していく……まさに「序章」というべき始まりを描いていました。

全体主義の影響力が落ち崩壊の危機を迎えつつあるところで生まれてきたのが、狂信的なマキシム・マルツィンケヴィチをはじめとした被験者たちです。

彼らは共産主義という宗教、そしてナショナリズムが生み出した獣ともいうべき存在です。

彼らはアルコール依存症や怠惰な人間の子孫は残すべきではないと考え、研究所内の人々に対して見下した言動をとります。ユダヤ人など人種差別をし、ホモフォビアである彼らはソ連の全体主義の思想とネオナチズムが結びついたような思想を持っています。

また「被験者たちの中心に立つリーダー役」として出演しているマキシム・マルツィンケヴィチは、ネオナチのグループで活動をしていたという経歴を持ち、民族的・人種的憎悪を煽った罪で有罪判決を受けたこともある人物でした。そのような人物をキャスティングした上で、現実とフィクションの境界が揺らぎ徐々に狂気を帯びていく姿は見るものをゾッとさせます。

ソ連の全体主義とは何だったのか

『DAU』プロジェクトは大掛かりなセットを作り、様々なエキストラを当時の服装で、紙幣も新聞も忠実に当時のものにすることで、ソ連の全体主義を現代に再現しようとした壮大なプロジェクトであり、『DAU』プロジェクト自体が実験のような史上初の試みでした。

『DAU. 退行』で全体像が少しずつわかってきた研究所は、「超人」研究をするだけでなく、研究所全体が大きな実験であるといえます。研究所内の人間構造はそのままソ連の社会そのものを図式化したものなのです。

腐敗していく研究所の中に新たな若い科学者を入れてみたり、海外の様々な分野の学者を呼び議論を交わしてみたり……研究所という“社会”には様々な新たな風が入ってきます。

アジッポは経済学者の将来のソ連経済の様々なシュミレーションを熱心に聞いています。ソ連の将来のために、アジッポが選んだのは共産主義が生み出した獣を野に放ち全てを無にかえすことでした。

彼らの存在はソ連の繁栄を繋ぎ止めるのではなく、かえって崩壊を早めてしまう結果を生むことになるのではないか……経済学者のシュミレーションが頭によぎります。

『DAU』プロジェクトはソ連の全体主義を再現することで、今一度ソ連の全体主義とは何であったのか、どこへ向かっていくのか、我々観客に問いかけます。『DAU』プロジェクトの向かう先はソ連の全体主義が向かう先、すなわち現代なのです。

過去を見つめ直す視点は、次第に現代に向かっていきます。その時に何が見えるのか……壮大な『DAU』プロジェクトの真髄が『DAU. 退行』といえるでしょう。

まとめ

第一弾『DAU. ナターシャ』に続き、ソ連の全体主義を現代に再現した壮大な『DAU』プロジェクトの第二弾『DAU. 退行』。研究所内の人間構造を、ダンテの『神曲』になぞらえて描いた全9章6時間9分。

DAU. ナターシャ』は序章に過ぎず、研究所という社会がソ連の社会そのものを図式化して映し出し、共産主義という“宗教”生み出した狂気を炙り出します。

『DAU』プロジェクトの真髄は、第二弾『DAU. 退行』によってついにその姿を現したのです。


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