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Entry 2021/03/25
Update

映画『DAU. ナターシャ』ネタバレあらすじと感想評価。ラスト結末でソ連の全体主義が浮き彫りになる

  • Writer :
  • 菅浪瑛子

“史上最も狂った映画撮影”と呼ばれたプロジェクトの第1作目、映画『DAU. ナターシャ』

オーディション人数約40万人、衣装4万着、欧州史上最大の1万2千平米のセット、主要キャスト400人、エキストラ1万人、撮影期間40ヶ月、35mmフィルム撮影のフッテージ700時間……。“史上最も狂った映画撮影”と呼ばれ、莫大な費用と15年もの歳月をかけた『DAU』プロジェクト。

その1作目となる『DAU. ナターシャ』は研究施設の食堂で働くメイドのナターシャを中心にソ連の全体主義の中で暮らす人々を描きます。

映画『DAU. ナターシャ』は2020年・第70回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(芸術貢献賞)を受賞。徹底した映画作り、バイオレンスでエロティックな描写が大きな話題となり、2021年2月に日本公開となりました。

映画『DAU. ナターシャ』の作品情報


(C)PHENOMEN FILMS

【日本公開】
2021年(ドイツ・ウクライナ・イギリス・ロシア合作映画)

【原題】
DAU. Natasha

【監督・脚本】
イリヤ・フルジャノフスキー、エカテリーナ・エルテリ

【キャスト】
ナターリヤ・ベレジナヤ、ウラジーミル・アジッポ、オリガ・シカバルニャ、リュック・ビジェ、アレクセイ・ブリノフ

【作品概要】
監督を務めるイリヤ・フルジャノフスキーは、『4』(2005)で長編デビューし、同作はゴールデン・カクトゥスやロッテルダム国際映画祭のタイガー賞など数多くの賞を受賞し、評価を得ました。『4』の次の製作となったのがこの『DAU』になります。

プロジェクト名の『DAU』は、1962年にノーベル物理学賞を受賞したロシアの物理学者のレフ・ランダウからとられています。本プロジェクトはレフ・ランダウの伝記映画の製作から始まり、忘れられつつあるソビエト時代の全体主義の記憶を現代によみがえらせるという壮大なプロジェクトに発展していきました。

共同監督を務めるエカテリーナ・エルテリは、メイクアップアーティストとヘアデザインの担当として本プロジェクトに携わり、当時のメイクやファッションを再現しました。共にプロジェクトを製作していく過程で、メイクアップアーティストとヘアデザインの担当だけでなく、演出にも携わるように。

KGBの長官を演じたウラジミール・アジッポは実際にKGBで働いた経験をもち、ナターシャを演じたナターリヤ・ベレジナヤは演技経験はなく、マーケットで働いていた際にスタッフの目にとまり、本プロジェクトに参加することになりました。その他のキャスト陣も演技経験の有無に関わらず、オーディション等を経て選ばれました。

スタッフ・キャストと共に当時のソビエト連邦を再現したセットの中に住み、かつてのソビエトを体験する中で撮影が行われました。映画でありながらドキュメンタリーに近く、キャスト陣は本当に役になりきり、愛し憎んだといいます。

映画『DAU. ナターシャ』のあらすじとネタバレ


(C)PHENOMEN FILMS

1952年、ソビエト連邦のとある秘密研究所。

研究所内のカフェではナターシャとオーリャの2人がウェイトレスとして働いています。カフェには毎日秘密実験について話す科学者たちで賑っています。

閉店後、ナターシャとオーリャは残りのシャンパンを飲み、軽く食べながら愛について話し合います。ナターシャはもう諦めた既婚男性への想いを諦めきれずにいます。

愛について語るナターシャはオーリャに向かってあなたはまだ愛を知らない、経験したことがないと言います。

語り合ううちに若くて美しいオーリャにナターシャは嫉妬し、床のモップがけをするよう指示し、優越感を得ようとします。

しかしオーリャは明日の朝やればいいと聞きません。どちらも引かず、次第に2人は感情的になり、取っ組み合いの喧嘩に発展してしまいます。

どんなに言い争いをし、お互いを憎んでも結局信頼関係があり、共に働く仲間として認識あっているナターシャとオーリャ。

ある日、化学の実験の成功を祝ってオーリャの家でパーティをすることになります。皆で盛大に飲んで騒ぐ中少し遅れてナターシャがオーリャの家に到着します。

以前からナターシャに好意を抱くフランス人の化学者リュックはナターシャを自分の隣に座らせ、お酒を飲ませます。

リュックはロシア語を話すことができず、ナターシャもロシア語以外話せません。少し英語を話すことのできるオーリャが間に入り、会話を繋げます。

次第に酔いが回り、ナターシャとリュックはいい雰囲気になります。そのまま2人は寝室に向かい関係を持ちます。

朝になり、帰ろうとするナターシャですが、リュックが離してくれません。オーリャに助けられ、ナターシャは家に帰ります。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『DAU. ナターシャ』ネタバレ・結末の記載がございます。『DAU. ナターシャ』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


(C)PHENOMEN FILMS

次の日もいつものように食堂に出勤したナターシャとオーリャは、閉店後お酒を飲みます。あまり飲みたがらないオーリャにナターシャは強引に飲ませます。そしてオーリャは泥酔し、嘔吐しては飲むを繰り返します。

ナターシャも泥酔していたかと思うと泣き出し、食堂の中をめちゃくちゃに破壊し始めます。混沌とした中、オーリャは泥酔したまま帰宅し、ナターシャも帰宅しました。

後日ナターシャはスパイ容疑をかけられ、突然当局に連行されしまいます。

KGBの上級役員であるウラジミール・アジッポに外国人科学者と寝たことを責め立てられ、更には食堂の食料品の窃盗の容疑までかけられます。

強気で否定していたナターシャですが、別室に連れて行かれ性的な屈辱など心理的、体力的に激しい尋問をされ打ちのめされます。

打ちのめされたナターシャは、リュックをスパイとして告発する手紙を書くよう仕向けられます。

手紙を書き終えたナターシャは解放されますが、ウラジミール・アジッポにまた会うことになるだろうと言われます。

その後、何事もなかったのように食堂で働くナターシャでしたが、以前と変わり有無を言わせない態度で、馴れ合うこともなく、オーリャに接し始めるのでした。

映画『DAU. ナターシャ』感想と考察


(C)PHENOMEN FILMS

壮大な『DAU』プロジェクトの一作目となる映画『DAU. ナターシャ』。

本プロジェクトは2009年10月から2011年11月までの間、多くのスタッフやこのプロジェクトに参加した人々がセットの中に住み、当時の服装で実際に生活するなかで撮影が行われました。

本作の主人公となるナターシャを演じたナターリヤ・ベレジナヤは演技経験はほぼありません。

しかし、本作では9割近くが、参加者たちの即興芝居によるもので成り立っています。実際に生活し、体験したからこそ生み出せる日常のリアルさ、まるで50年代のソビエト連邦にいるかのような没入感を観客が体験することができるのです。

この映画の中で非常によく伝わって来るのは、人々の“閉塞感”です。

常に誰かに監視されている、息を潜めていなくてはならない。人々はお酒を飲むことで、日常や閉塞感を忘れようとし、気が狂いそうななか何とか平常心を保とうとしている様子が伺えます。

ナターシャがオーリャの若さや美しさに対して嫉妬する背景にあるのは自分の将来に対する希望のなさ、閉塞感などの日頃の鬱憤なのかもしれません。

一方でオーリャも日常に不満を抱え、考えないようにすることで平常心を保っているような様子も見受けられます。

ナターシャとオーリャが食堂の閉店後2人で残りのお酒を飲みながら、取っ組み合いの喧嘩をしたり、お互い気が狂ったかのようにお酒を飲み泥酔したりする場面が長回しで映されるシーンが印象的です。

そこには“閉塞感”と気が狂いそうな日常の中でただ生きていくしかない馬鹿馬鹿しさが生々しいまでに描かれています。

前半で長回しを使って映し出される酔って我を忘れないとやっていけない人々の姿。

後半はそのような普通の市民であったナターシャがリュックとの情事により、スパイ容疑をかけられ尋問されるという前半とは違った生々しいシーンが展開されていきます。

服を脱がされ、性的な屈辱を与えられ、自分自身が置かれている状況、当局の前になすすべのない市民の姿がナターシャだけでなく、観客にまで突きつけられます。

その状況下でナターシャはKGBの上級官であるウラジーミル・アジッポと親密な関係になろうとする姿勢を見せます。

それはロマンスではなく、ナターシャなりの身を守ろうとする手段なのかもしれません。ナターシャという人間の生々しさ、非力な彼女の生きる術に衝撃を受けます。

ソビエト連邦の全体主義体制を再現し描くことで浮き彫りにした人々の閉塞感、生きるために失ったものは、現代の人々にとっても忘れてはならない歴史の“負の遺産”なのかもしれません。

まとめ

(C)PHENOMEN FILMS

ソビエト連邦時代の全体主義を現代に再現した壮大なプロジェクトの1作目『DAU. ナターシャ』。

セットに参加者が実際に生活し、参加者の即興で大部分が構成された本作は、観客にソビエト時代を体感しているかのような没入感を与えるとともに、リアルな人々の生々しさ、閉塞感を感じさせます

ナターシャにスポットをあてることで、日常、そしていつ自分が巻き込まれるか分からない、当局の力の前にあまりにも非力である市民の姿が描かれています。

生死でさえ当局に握られているかのような閉塞感故に酔う事で我を忘れないとやっていけない馬鹿馬鹿しさを、徹底的に長回しを使って映し出します。

その日常に孕む狂気、絶望、諦めを浮き彫りにする本作はまさに狂った、ショッキングな映画といえるでしょう。

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