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Entry 2020/07/04
Update

『アングスト/不安』考察まとめ。映画結末までヤバイほど“シリアルキラーの狂気に密着”した作品の魅力

  • Writer :
  • 増田健

映画『アングスト/不安』は2020年7月3日(金)より、シネマート新宿ほか全国にて順次公開

1980年、オーストラリアで刑務所から仮釈放中の殺人犯、ヴェルナー・クニーセクが一家を惨殺するという、衝撃的な事件が起きました。

事件から3年後、これを映画化した作品が公開されます。しかしオーストリアでは公開1週間で打ち切り。その後ヨーロッパ全土で上映禁止、イギリスとドイツではビデオの販売すら禁止されます。

日本では1988年、レンタル用のビデオとしてリリースされ、熱心な一部のファンの間で話題となりましたが、直後に起きた連続誘拐殺人事件の影響もあって、世間からスプラッター映画が糾弾される風潮と共に、闇の中へと消えていきました。

その映画が今封印を破り、ついに日本初の劇場公開が実現しました。恐るべき作品に時代が追いついたのか、それとも時代が狂気に染まったのでしょうか。

そんな恐るべき映画『アングスト/不安』が、なぜ見る者を打ちのめすのか、そして今なぜ認められたのかを、改めて分析しましょう

映画『アングスト/不安』特集記事はこちら

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映画『アングスト/不安』の作品情報


(C)1983 Gerald Kargl Ges.m.b.H. Filmproduktion

【日本公開】
2020年(オーストリア映画)

【原題】
ANGST(不安)
英題:FEAR(恐怖)/仏題:SCHIZOPHERENIA(統合失調症)

【日本VHS発売時題】
鮮血と絶叫のメロディー/引き裂かれた夜

【監督】
ジェラルド・カーグル

【出演】
アーウィン・レダー、シルヴィア・ラベンレイター、エディット・ロゼット、ルドルフ・ゲッツ

【作品概要】
1980年にオーストリアで発生した、仮釈放中の殺人犯による一家惨殺事件を元に製作された、恐るべき実録犯罪映画。ドキュメンタリー映画監督のジェラルド・カーグルが、私財を投じて製作した作品ですが、衝撃の内容ゆえに封印され、監督は大きな負債を抱えることになりました。

殺人犯K.を演じたアーウィン・レダーは、本作の撮影前に『U・ボート』(1981)に出演、戦友に”幽霊”のあだ名で呼ばれ、敵の爆雷攻撃を受け錯乱する機関兵ヨハンを演じています。『U・ボート』を見た人は、その姿を記憶しているのではないでしょうか。

印象に残る音楽を手がけたのは、シンセサイザーを駆使したテクノ音楽のパイオニアとして、世界に名高いクラウス・シュルツ。日本ではかつて「バラクーダ」のタイトルでTV放送された映画、『呪われた毒々魚 人類滅亡の危機』(1978)の音楽も担当しています。

映画『アングスト/不安』のあらすじ


(C)1983 Gerald Kargl Ges.m.b.H. Filmproduktion

かつて衝動的に老婦人を殺害し、刑務所に服役する男K.(アーウィン・レダー)。しかし彼は今だに、殺人の衝動を抱えたまま生きていました。

ある日出所が近づいたK.は、3日間の仮出所を許されます。彼にとってそれは、自らの欲望を満たす機会に過ぎなかったのです。

殺人を計画し、妄想しながら街をさまようK.。彼は一軒の民家に忍び込むと、自らの邪悪な欲望を満たそうと凶行に走ります。

そして観客は狂気に満ちた彼の行動の、一部始終を目撃させられるのです……。

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映画『アングスト/不安』の考察まとめ

参考映像『ヘンリー』(1986)

殺人の狂気と凶行を再現し、封印された映画

殺人を描いた映画は星の数ほどあります。中には殺人者の視点で描かれた作品も存在します。「13日の金曜日」「ハロウィン」シリーズなど、殺人鬼の視点で被害者を追い詰めるのは、スラッシャー映画お約束の展開です。

しかし全編を通して殺人者側の視点を持つ、その内面まで語る一人称の映画があったでしょうか。たとえ殺人者を主人公に描いたとしても、劇映画であれば被害者や、第三者の視点を交えて作られるのが通常のスタイルです。

機材の進歩した現在なら、殺人者視点のPOV映像の作品や、身近にいた者や監視カメラが撮影したかのように見せる、モキュメンタリー形式の映画製作も可能でしょう。

実際にネット上には、そんな動画も溢れています。しかしそれらの映像では、殺人者の内面を描くことは出来ません。

そう考えると殺人者の行動に密着し、凶行に至るまでと実行の瞬間や、全てが終了した後の姿を、その心情まで理解させる映画は殆どありません。

それを徹底して描いてみせた作品が『アングスト/不安』です。見る者を殺人者と同じ心境に誘い、凶行を見せつけ、終えた後の行動まで一部始終を追体験させるのです。

『テッド・バンディ』(2019)や『屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ』(2019)など、実在の殺人鬼を主人公にした映画は今も続々作られています。しかし『アングスト/不安』ほど、殺人者の行動とその内面に密着した映画はありません

これに似た映画といえば、ジョン・マクノートン監督の『ヘンリー』(1986)位しか思いつきません。しかし『ヘンリー』は殺人者の日常も描いているのに対し、『アングスト/不安』は凶行の前後に絞って描写し、その様を濃厚な密度で描いているのです。

ちなみに『ヘンリー』は、「ホラー映画のつもりで作らせたら、トンデモない映画が完成した」と判断した映画会社によってお蔵入りとなり、4年後にやっと公開されました。

その後シリアルキラー映画の名作と扱われた『ヘンリー』と比べると、『アングスト/不安』がいかに危険視され、封印されてきたかと良く判ります。

殺人者の行為と思考を追体験させる手法とは


(C)1983 Gerald Kargl Ges.m.b.H. Filmproduktion

殺人者を描いた、究極の一人称映画こそ『アングスト/不安』です。では映画はどの様にして、その姿を描いたのでしょうか。

最初に思いつくのがPOV、主人公の視点の映像で描く手法です。たしかに臨場感は生まれますが、これでは殺人者の姿は鏡でも無い限り映し出されません。

POV映像に荒々しい息づかいと恐ろし気なセリフ、これではスラッシャー映画にありがちな、マスクを付けた殺人鬼にしか見えないでしょう。

殺人者の姿を臨場感を持って理解させるには、その狂気や焦燥に満ちた表情が必要です。やはり手法としては第3者視点で、登場人物をオーソドックスに捉えた映像が相応しいといえます。

それでは実に平凡な映画になります。そこでドキュメンタリー出身のジェラルド・カーグル監督は、異様な程主人公に密着した、しかも不安定なカメラワークでそれを表現しました

そこに主人公K.の、自分の心境を語るモノローグが重なります。観客は彼の行動と思考を理解し、いつの間にか感情移入し、共に獲物を求める心境に達するのです。

そして異様に密着したカメラワークは、凶行が始まると被害者の視点にも移ります。そして加害者と被害者を捉えた第3者視点の挿入。

観客は自分が感情移入した殺人者が、被害者から見れば理不尽な暴力を振るう者に過ぎず、その姿は客観的に見ると、醜悪な光景に過ぎないと確認させられるのです

このカメラワークが、観客の心を蝕みます。最初の公開時に嘔吐した人がいたとか、金を返せと激怒した人がいたとか、確かに嘘ではないと理解させられる、将に映像による暴力です。

カメラワークで切り替わる観客の視点


(C)1983 Gerald Kargl Ges.m.b.H. Filmproduktion

『アングスト/不安』がいかに危険な作品か、お判り頂けたと思います。しかし安心して下さい、この作品は映画です。それも実に優れた映画的手法を持つ作品でした。

K.が凶行を終えると主人公に感情移入していた観客も、今やドン引きといった心境でしょう。ここでK.は犯行後の行動に移るのですが、ここからは常人に理解しかねる、実に狂気と狂騒に満ちた行動が続くことになります。

するとカメラの映像は、上空から主人公を捉える”鳥の目”、つまり”神の視点”が増えていくのです。おかげで観客は、K.の行動をより客観的に捉えられるようになります。

主人公の常人には理解できない振る舞いを、距離を置いて見ることで、観客は改めてK.が狂気に支配された人物だと確認します。この結果観客はK.という存在と、彼の犯した犯罪がいかに理不尽であったかを、改めて気付かされるでしょう。

映画が終わる時、観客は殺人者に共感し一体化した自分と、凶行のもたらした結果の恐ろしさと、空しさを味わった自分に気付かされます。将に恐るべき映画体験です

安心して下さい、これは映画です


(C)1983 Gerald Kargl Ges.m.b.H. Filmproduktion

実際の事件を基に描かれた映画『アングスト/不安』。この事件はオーストリアの司法と、刑務所制度を揺るがす事態に発展します。

ドキュメンタリー畑出身の監督は、これを自作のテーマにしようと考えます。また事件の後、制度の不備を問題視する者は多くとも、犯人の動機を追及する者はいませんでした。

そこで監督は犯人の動機にも焦点を当てた、劇映画の製作を決断します。しかし警察の資料や裁判所の記録も読ませてもらえず、犯人との面会も許されません。

そこで彼の言動をスタッフと共に検討し、映画の脚本を書き上げます。その結果、映画が描いた事件の姿は、実際の出来事と異なる内容に改変されています

映画を見て胸が悪くなった方には、申し訳ない事実ですが、犯人のヴェルナー・クニーセクが現実に起こした事件は、より長い時間をかけて被害者を苦しめた、実に凄惨なものでした。

この男、仮釈放以前の服役態度も、決して模範囚ではありません。また事件の後収監されると、計画的な脱走を試みてもいます。

映画は犯罪の衝動性に焦点を当ており、犯人は間違いなく精神を病んだ人物です。しかし同時に計画性をもって悪事を企てることも、間違いなく可能な人物でした。

本作には被害者の飼い犬が登場しており、それがある種の救いになっています。しかし実際の事件では飼い猫が係わり、全く救いの無い形で事件に巻き込まれていました。

余りにも酷い内容の犯罪であり、詳細は記しませんので…興味を持った方はお調べ下さい。これでも映画の方が、実は色々と救いがあるのです。

本作は冒頭で紹介した映画、『ヘンリー』の欧州版と言われています。『ヘンリー』の主人公、連続殺人犯のヘンリー・リー・ルーカスは、300人以上を殺害した人物です。

逮捕後収監された彼は、やがて改心すると自分の経験を生かして、犯罪捜査の協力するようになります。これが『羊たちの沈黙』(1991)に登場する、ハンニバル・レクター博士のモデルになったと言われています。

『ヘンリー』はこの彼の証言を基に映画化された作品です。しかし実は、本物のヘンリーには虚言癖がありました。何と彼は3000件もの殺人を告白、捜査する側もこれ幸いと、未解決事件を彼に押し付けたとも言われています。

彼の犯した殺人で、実際に罪が確定したのは11名のみ(充分多いですが)。真相は闇の中で、映画で描かれた、マイケル・ルーカー演じるヘンリーとは、どうやら異なる実像があるようです。

封印される程に凄惨な内容であろうが、実は映画の方が現実の事件より救いがあるものです。そして創作である映画だからこそ、観客に伝えられるメッセージがあるのです。

まとめ

観る者を不安に陥れ、その心を蝕む映画が『アングスト/不安』です。しかし映画として見た場合、優れた手法で殺人者の凶行とそのてん末を観客に体感させる、完成度の高い作品であるとお判り頂けたでしょうか。

殺人者を産む幼少時のトラウマや、彼を殺人に突き動かす衝動についての研究や理解が進んだ現在。本作が描いた殺人鬼の姿は、公開時に非難された暴力ポルノではなく、その内側に潜む狂気をリアルに描いたものである、と理解されるようになりました。

時代を先取りし過ぎて封印された本作。ようやく時代が追い付いた結果、映画のメッセージが観客に理解できる世の中がやってきたのです

それでもなお、現代の観客すら戦慄させる映画的技法。K.を演じたアーウィン・レダーの演技と共に、これを目撃した人々の、新たな狂気の姿の基準になるでしょう。

こんな作品を見逃す手はありません。映画はこれでも実際の事件よりソフトな描写、みんなが大好きなワンちゃんも無事です。さあ、安心してこの恐るべき映画をご覧下さい。

映画『アングスト/不安』は2020年7月3日(金)より、シネマート新宿ほか全国にて順次公開です。

映画『アングスト/不安』特集記事はこちら





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