映画を愛するヒロインの奇跡のおとぎ話
軽妙なセリフ劇が人気の名匠ウッディ・アレンが監督・脚本を手掛けるファンタジック・ラブストーリー。
大恐慌時代のアメリカを舞台に、映画のスクリーンから飛び出してきたスターと恋に落ちるヒロインをコミカルに切なく描きます。
主演は『ハンナとその姉妹』(1986)、『ラジオデイズ』(1987)などアレン監督作品の常連で元パートナーのミア・ファロー。
スクリーンスターのトムと、トムを演じている役者のギルの2役を、『愛と追憶の日々』(1984)のジェフ・ダニエルズが演じます。
不景気にあえぐ町で、失業した暴力夫との生活に疲れていたヒロインのセシリアは、映画の世界に魅了されることで現実の辛さから逃れていました。
そんな彼女の前に、大好きな映画の登場人物・トムがスクリーンから飛び出してきます。
セシリアとトムの夢の逃避行をユーモラスに切なく描くとともに、映画の輝きを思い出させてくれる一作です。
CONTENTS
映画『カイロの紫のバラ』の作品情報
【公開】
1986年(アメリカ映画)
【監督・脚本】
ウッディ・アレン
【編集】
スーザン・E・モース
【出演】
ミア・ファロー、ジェフ・ダニエルズ、ダニー・アイエロ、ステファニー・ファロー、アービング・メッツマン、デヴィッド・キーサーマン、カミール・サビオラ、ダイアン・ウィースト
【作品概要】
名匠ウッディ・アレンが監督・脚本を手掛けるおしゃれで小粋なファンタジック・ラブストーリー。
大恐慌時代のニュージャージーに住むヒロインが、スクリーンから飛び出してきたスターと恋に落ちるさまをユーモアとペーソスたっぷりに描きます。
主演は『ハンナとその姉妹』(1986)、『ラジオデイズ』(1987)などほぼすべてのアレン監督作品に出演するミア・ファロー。
スターのトムと、トムを演じる役者のギルの2役を、『愛と追憶の日々』(1984)のジェフ・ダニエルズが演じます。
ダニー・アイエロ、アレン作品常連のダイアン・ウィーストらが共演。
映画『カイロの紫のバラ』のあらすじとネタバレ
1930年代、大恐慌真っただ中にあったニュージャージーで失業中の暴力夫のモンクと暮らすセシリアは、ウェイトレスの仕事で家計を支えていました。
彼女の心の支えは、つらい現実を忘れさせてくれる映画だけでした。映画『カイロの紫のバラ』に魅せられたセシリアは、仕事中も思わず手を止めてしまうほど夢中になります。
ある日、帰宅したセシリアは部屋に夫が女性を引き入れているのを見て、怒って家を出ていきます。なだめようとする夫を振り切って家を飛び出すセシリア。しかし、行くあてなどあるはずもなく、結局自宅に戻ります。
翌日、いつも通り出勤したセシリアは、皿を落として割ってしまいます。これまでにも何度も皿を割ってきたセシリアは、とうとうクビになってしまいました。泣きながら、彼女は『カイロの紫のバラ』を観にいきます。
すると、映画の主人公・トムが突然セシリアに向かって話しかけてきました。そして驚いたことに、スクリーンから飛び出してきます。
トムはセシリアの手をとって映画館を飛び出しました。スクリーンの中の役者たちも映画館の観客たちも、パニックで騒然となります。
映画『カイロの紫のバラ』の感想と評価
アレン監督ならではの小粋なファンタジー
不景気にあえぐ大恐慌時代のニュージャージーで失業苦の夫と暮らすヒロイン・セシリアが、愛する映画の魔法にかかり、夢のように美しい恋に落ちるラブストーリーです。温かみある映画館で彼女が見つめていたのは、華麗な世界を映し出すモノクロ映画でした。
金をせびり、いうことを聞かないと殴るひどい夫・モンク。ケンカして飛び出したところで、セシリアには行くあてなどどこにもありません。家計を支えるためにウェイトレスの仕事を頑張ろうとするものの、夢見がちの彼女はミスを繰り返し、とうとうクビになっていまいます。
行き場を失った彼女が落ち着ける先は映画館だけでした。現実逃避したいセシリアは、どっぷりと映画の魅力にはまっていきます。
そんな彼女が、5回目に『カイロの紫のバラ』を観ていたとき、突然スクリーンからトムが飛び出してきます。彼女は驚きながらも、嬉しい気持ちを隠しきれず手をとって逃げ出しました。映画ファンなら誰しもセシリアの奇跡を羨まずにはいられない名シーンです。
このトムが本当に優しくて、とてもおしゃべりな男性なのです。アレン監督ならではの早口のセリフ劇が最高に楽しい展開となっています。
トムが飛び出していなくなってから、スクリーンの中の役者たちはまったくやる気がなくなり、座り込んだままになってしまいます。それを観ていた観客が本気で怒りだし、スクリーンの中と外で大ゲンカになってしまうのがおかしくてたまりません。威厳ある高貴な夫人役が一般人の観客を叱りつけるなど、思わず笑ってしまうユーモラスなシーンが続きます。
そんななか、トムを演じていた役者のギルが加わったことで、ますますややこしい状況に陥ります。彼もまた純粋な心で自分を手放しでほめてくれるセシリアに夢中になっていきました。
訪れた楽器店で即興音楽を奏で、心を通わせるようになっていくセシリアとギル。心地よく、生きる楽しさに満ちた素敵なシーンです。
トムとギルのふたりから愛されたセシリアでしたが、やがてすべての愛に見放されてしまうほろ苦い結末を迎えます。終わりがきちんと訪れるおとぎ話だからこそ、永遠に輝き続けることができるのでしょう。
そのことをよく知るアレン監督ならではの、味わい深いエンディングとなっています。
セシリアが教えてくれる映画の輝き
本作は男女の恋愛を描く物語ではありますが、ヒロインの持つ映画への何よりも深い愛を確かめる作品でもあります。
失業中の夫・モンクは、気に入らないことがあるとすぐに手を上げる暴力男です。最低ではありますが、彼は彼なりにセシリアを愛していました。彼女は彼を嫌っているわけではないものの、到底幸せとはいえません。
そんなセシリアの前に、スクリーンの中の憧れの存在だったトムが現れます。夢の世界の人間であるトムは偽札しか持っておらず、殴られてもまったくダメージを受けません。そんな妖精のような彼は、ほかの女の色香にまったく惑わされることなく、セシリアへの愛を貫きます。
一方、途中から現れたギルもまた、純粋なセシリアに心を奪われ駆け落ちを申し込みます。現実の世界で幸せに生きたいセシリアは、生身の男性であるギルを選びました。
しかし、残念ながら生身の男は裏切ります。現実的な幸せを求めたセシリアがトムではなくギルを選んだのと同様、トムがスクリーンに戻って夢から覚めたギルは、セシリアを置いてハリウッドに帰ってしまいました。
トムならば決してセシリアを裏切ったりはしなかったことでしょう。しかし悲しいことに、愛さえあれば幸せになれるというものではありません。ギルがいてもいなくても、結局セシリアがトムを選べなかっただろうことを思うと、純粋な愛だけで満たされない現実に悲しみを覚えずにはいられません。
夢のような恋に破れてしまったセシリアでしたが、映画館の席についてスクリーンを見た途端に、生気を取り戻します。
みるみる輝き出すセシリアの表情を通して映画が持つ偉大な力が映し出され、大きな感動に包まれる素晴らしいラストシーンとなっています。
まとめ
大不況のなかで芽生えた純粋なロマンスを、美しく切なく軽やかに描く秀作『カイロの紫のバラ』。暴力をふるう夫との生活に苦悩し、いつも頼りなさげだったヒロイン・セシリアが、スターとの夢のような出会いを通して逞しく成長していきます。
彼女をいつも支え、心に光を与えてくれていたのは、映画の中の美しい世界でした。多くの人たちの情熱と努力によって創り上げられた想像の世界が、どれほど人々の心を温め癒してくれるものかを、改めて実感させてくれる作品です。
一瞬の恋の輝き。それが指からすり抜けたときの途方もない悲しさ。それでも、セシリアは経験しなければよかったなどとは決して思わなかったことでしょう。彼女はまさに映画のような恋を味わうことができたのですから。
素晴らしい恋とは甘さと苦さがあってこそ。映画のワンシーンを思いだすかのように、セシリアはこれからもずっと美しかった時間を思い起こすことでしょう。
彼女が大事に思い出すその相手は、彼女が最後に選んだはずのギルではなく、夢の住人のトムだったに違いありません。