偽りのセレブの花・・・虚栄の果てにジャスミンがたどり着いた場所は?
ウッディ・アレン監督からの猛烈なラブコールを、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2009)、『キャロル』(2015)のケイト・ブランシェットが主演を務めた映画『ブルージャスミン』をご紹介します。
ニューヨークのセレブ生活を満喫する主人公ジャスミンですが、ある日、夫も財産も失い、サンフランシスコの妹を頼って再生をめざします。
しかし、サンフランシスコでの生活は彼女には、過酷で屈辱的なできごとばかりです。次第に精神を病んでいくジャスミン・・・彼女の過去や心の闇が次々と浮かび上がり、転落していく様を描きます。
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CONTENTS
映画『ブルージャスミン』の作品情報
Photograph by Jessica Miglio (C)2013 Gravier Productions, Inc
【公開】
2014年(アメリカ映画)
【原題】
Blue Jasmine
【監督・脚本】
ウッディ・アレン
【キャスト】
ケイト・ブランシェット、サリー・ホーキンス、アレック・ボールドウィン、ピーター・サースガード、ルイス・C・K、ボビー・カナベイル、アンドリュー・ダイス・クレイ、マイケル・スタールバーグ、タミー・ブランチャード、マックス・カセラ、オールデン・エアエンライク
【作品概要】
アカデミー賞受賞作『アニー・ホール』(1977)、『ミッドナイト・イン・パリ』(2011)のウッディ・アレン監督による作品です。
ケイト・ブランシェットがアカデミー賞主演女優賞を受賞、義妹ジンジャーを演じた「パディントン」シリーズ、『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017)のサリー・ホーキンスは本作で助演女優賞にノミネートされました。
ハル役は『恋するベーカリー』(2010)、『アリスのままで』(2014)のアレック・ボールドウィン、ドワイト役に『エスター』(2007)のピーター・サースガードが務めました。
映画『ブルージャスミン』のあらすじとネタバレ
Photograph by Jessica Miglio (C)2013 Gravier Productions, Inc
ファーストクラスの機内で華やかな美貌の女性が、隣りの席の女性に夫ハルとのなれそめ、思い出の曲“ブルームーン”、大学を中退し結婚したことからセックスの話まで、延々としゃべり続けています。
空港に到着しても、夫は9歳年上でリッチな暮らしをし、“カクテル”と呼ばれる複数の安定剤を処方されているが、“ドライマティーニ”が一番効くなど、手荷物を受け取るレーンに来てもしゃべり続けます。
到着したのはサンフランシスコ。離婚した母違いの妹ジンジャーのところに泊まると話します。その隣りの女性は自分の荷物を取ると、迎えに来ていた夫のところへそそくさと去って行きます。
夫から「知り合いか?」と聞かれますが、「隣になっただけ。話しかけられたのかと思ったら、ずっと独り言を言っていたの」とげんなりとした顔で話します。
一人残された女性は、イニシャル入りのルイ・ヴィトンのスーツケースを複数携え、ジンジャーの家に向かいます。ジンジャーは仕事で留守中の部屋に、置き鍵で入ると明るい日の射す窓に向かって、また独り言を言いだしました。
資産家だったハルの妻として、ニューヨークでセレブリティな暮らしをしていた彼女の名は“ジャスミン”。本名のジャネットがありふれていると、改名して使っていました。
ジンジャーは離婚した元夫オーギーのところへ、面会日で会わせた2人の息子を迎えにいきます。
オーギーにジャスミンが来ていることを話しますが、オーギーは彼女のせいで、人生に一度のチャンスで得た財産を奪われたことで、恨んでいました。
その上、裕福な時には自分達を避け助けてもくれなかったのに、なぜ助ける必要があるのかと怒りますが、ジンジャーはジャスミンが悪いのではなく、ハルがクズな男だったせいだと、必死に彼女を庇います。
ハルが破産し住んでいた家や別荘など、財産の全てを国に没収され、ジャスミンは宝石やブランド品を手放しますが、とうとう家賃が払えず、行く当てのない彼女はジンジャーを頼りにするしかありませんでした。
ジャスミンは精神的に追いつめられ、何をしでかすかわからないと言いますが、ジンジャーには元気そうに見えます。
しかも、全て売り払ったと言いつつ、サンフランシスコにファーストクラスで来たり、ルイヴィトンのバックは手放さない彼女に、さすがのジンジャーも呆れました。
華やかな生活を送っていたころ、離婚前のジンジャーとオーギーがニューヨークに遊びに来るというだけで、ジャスミンは彼女たちを嫌悪します。それでも表面的には彼女たちを歓迎し、友好的にふるまうジャスミンでした。
ジンジャーたちがニューヨークに来た理由は、宝くじで20万ドル当たりそれを元手に、建設会社を設立しようと、資産家のハルに意見を聞きにきたのです。
ジャスミンはハルにまかせれば、何十倍も資産を増やせると言い、20万ドルを全て投資するよう強く勧めます。しかし、ジャスミンはハルの仕事には興味はなく、書類の内容も理解しないまま、サインするよう言われてすぐにしてしまうような状態でした。
ジンジャー達を疎ましく思うジャスミンは、リムジンを手配しニューヨーク観光をさせますが、ジンジャーは街角でハルが別の女性とキスし、親しそうにしてるのを見てしまいます。
ジャスミンの誕生日パーティーで、その女性をみつけたジンジャーは、それが誰なのか聞くとジャスミンの友達レイリーンでした。
ジンジャーはそのことをオーギーに話しながら、ジャスミンは昔から知りたくないことには、“見てみぬふり”をする質だと言います。
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映画『ブルージャスミン』の感想と評価
Photograph by Jessica Miglio (C)2013 Gravier Productions, Inc
映画『ブルージャスミン』で主演のケイト・ブランシェットがアカデミー賞にて、オスカーを受賞しましたが、彼女の鬼気迫る演技で納得です。
しかも、痛々しくも落ちぶれていくジャスミンを観ながら、視聴後はなんともいえぬ清々しさにも似た感情が湧きました。
これはジャスミンに対して“いい気味”という感情ではなく、ケイト・ブランシェットに対する潔い演技への喝采と、自分への戒めとも取れたからです。
すでに女優としてのキャリアがあり、“華麗”そのもののイメージのあるケイトの、ジャスミン役は“はまり役”ともいえるでしょう。
ウッディ・アレンの目に彼女がどう映ったのかはわかりません。しかし、この映画の彼女を演じられるのはケイト・ブランシェット!という確信にはさすがといわざるを得ません。
“ブルージャスミン”と“ブルームーン”
植物学的に“ブルージャスミン”という、ジャスミンは存在せず、天文学的に“ブルームーン”という月もありません。
“ブルージャスミン”はジャスミンの花に“似ている”「ルリマツリ」という植物の通称で、ジャスミンのような芳醇な香りはしません。
面白いと思ったのは「ルリマツリ」の花言葉が、“密かな情熱”、“いつも明るい”、“心より同情します”であることです。作中のジャスミンそのものです。
本当の“ジャスミン”には誰にも逆らわず、やさしくておだやか、しかし、美しく好色という意味があり、これも主人公のイメージに重なります。
しかし彼女は似て異なる「ルリマツリ」つまり平凡なジャネットで、虚栄で作り上げた花です。「同情」されるような転落人生になりました。
“ブルームーン”は満月の周期に閏月(うるうつき)に出る月の呼称です。満月は年に12回見れますが、暦と地球・月の周期のズレを調整する1日がある年は、2回満月が見れる月もあります。
ブルームーンとはそんな滅多に見れない月のことを指します。ジャスミンは里親のもとで育っていますが、里親から特別視され大学までいきました。
里子として引き取られることも稀なことともいえますし、大学へ進学できたことも稀なケースかと思います。
ジンジャーは同じ里親でも早く家を出たいと思いますが、ジャスミンには生まれ持った“処世術”があり、里親から気に入られた感がありました。
そして、いつも心の中にセレブな夢を思い描き、シュミレーションできていたようにも見て取れます。
そこにリッチでハンサムな男性(ハル)が現れ、まるで“ブルームーン”のように滅多にない好機が彼女に巡ったという風です。
ジャスミンの思い出のジャズナンバー、『ブルームーン』の歌詞を読み解くと、さらに彼女の妄想が炸裂したことがわかります。
「心に夢もなく、愛する人もいない、独りぼっちの私の目の前に、あなたが現れて独りぼっちじゃなくなった」ざっくりこんな内容の歌詞です。
「私がいつまでも抱きしめておきたい、たった一人の人」と思った瞬間、月が黄金になるのですが・・・、ジャスミンにとってハルは黄金に輝くお金だったという意味なのかもしれません。
本来、この名曲は貧しい中でも、心の持ちようで世の中には夢も希望も溢れている。と励ましの意味が込められています。
この曲は多くの歌手に歌われてきました。ウッディ・アレンの元パートナーで、『ローズマリーの赤ちゃん』の主演を務めた、ミア・ファローが最初に結婚した歌手のフランク・シナトラも歌っています。
フランク・シナトラとミア・ファローの歳の差は29歳ありました。フランク・シナトラバージョンの歌詞は、ミア・ファローとの出会いを象徴しているようでもありました。
実話と私生活、ウッディ・アレンの伝説
ジャスミンの夫ハルにはモデルがいたとも噂されます。“バーナード・マドフ”という男が1960年代に犯した、米国史上最大の金融詐欺で逮捕後、加担していた息子が首吊り自殺をしています。
また、ミア・ファローとウッディ・アレンの間には泥沼劇もあります。ウッディがミアのでっちあげによる告発だと主張している、訴訟のごたごたです。
裁判はウッディ・アレンに無実という判断を下しましたが、2人の確執は根深く残りました。このブルー・ジャスミンはミア・ファローを揶揄しているようにも感じてきます。
ミアは多くの里子を育て、ウッディ・アレンとの共同でも複数名いました。2人の間の実子ローナン・ファローは名門大学出身の秀才です。
彼は弁護士であり国際関係の仕事から、国務省勤務などを経てジャーナリストとして、ハリウッド界の性的搾取を暴いた著書『キャッチ・アンド・キル』を出版しました。
彼の経歴はジャスミンが出会った、ドワイトに酷似しています。そして、彼が父ウッディの性的虐待疑惑の件で、離れていった部分はダニーとも重なります。
このように笑えないような実話を匂わしながらも、ウッディ・アレンは得意の自虐的ユーモアを交えることで、最後は爽快感すら与えました。
ウッディ・アレンの作品にはヒットするしない、またギャラも最低限しか出さないことで有名にも関わらず、出演したい女優が多くいると言われます。
なぜなら、彼の映画に出演した多くの女優がオスカーを手にしている・・・そんな伝説ができているからです。
ケイト・ブランシェットはすでに大女優として活躍していましたが、この作品で“初の最優秀女優賞”を受賞し、また伝説が1つ増えました。
まとめ
Photograph by Jessica Miglio (C)2013 Gravier Productions, Inc
映画『ブルージャスミン』は素の自分を愛せず、嘘を重ねてセレブへとなり上がった女性の転落を描いた作品です。
彼女は自分が里子であることを隠さず、進学した大学を中退しながらもステータスにし、自分は“特別”なんだと錯覚しました。
何も学ばず面倒くさいこと、知りたくないことは見てみぬふりして避けてきたことで転落の人生へと突き進みます。
また、ジャスミンは人の手を借りなければ、生きて行けないタイプにも関わらず、それを己の努力で手に入れたと勘違いし、搾取すらも正当化して生きていました。
そのことが因果応報、自業自得となって盛大なブーメラン返しとなりふりかかりました。
経験を重ねず自論の中で生きる人には、本当に大切な人や大切なことが定まらず、自分の保身のためなら“嘘”もつき、結果ろくな人生にはならないと、この映画は教えてくれました。