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Entry 2022/12/17
Update

【ネタバレ解説考察】ラーゲリより愛を込めて|結末/ラストシーン/最後で犬クロの実話と“脚色”×遺書の配達人が“4人”に変わった理由を探る

  • Writer :
  • 河合のび

映画版のオリジナル描写に込められた
史実に対する「わずかながらの心の救い」とは?

辺見じゅんのノンフィクション小説を原作に、第二世界大戦後にシベリアの強制収容所(ラーゲリ)に抑留された実在の日本人捕虜・山本幡男の人生を描いた映画『ラーゲリより愛を込めて』。

帰国(ダモイ)の日を信じ、同じく抑留された人々に希望を訴え続けた男の姿から「《人間が生きる》ということとは、どういうことなのか?」を2022年現在の人々に問い、語りかけます。

本記事では、映画『ラーゲリより愛を込めて』の終盤や結末・ラストで登場した、原作小説には存在しない映画オリジナル描写についてクローズアップ。

実際にラーゲリで飼われていた犬クロにまつわる「わずかながらの心の救い」としての映画での脚色山本の遺書を届ける者が史実と異なる「4人」へと変更された理由と「化身」との関わりなどを解説・考察していきます。

映画『ラーゲリより愛を込めて』の作品情報


(C)2022 映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会(C)1989清水香子

【公開】
2022年(日本映画)

【原作】
辺見じゅん『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』(文春文庫)

【監督】
瀬々敬久

【脚本】
林民夫

【キャスト】
二宮和也、北川景子、松坂桃李、中島健人、寺尾聰、桐谷健太、安田顕、奥野瑛太、金井勇太、中島歩、佐久本宝、山時聡真、奥智哉、渡辺真起子、三浦誠己、山中崇、朝加真由美、酒向芳、市毛良枝

【作品概要】
辺見じゅんのノンフィクション小説『収容所から来た遺書』を原作に、第二世界大戦後にシベリアの強制収容所(ラーゲリ)に抑留された実在の日本人捕虜・山本幡男の人生を描く。

監督は『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(2017)、『護られなかった者たちへ』(2021)、『』(2020)の瀬々敬久。

実在の人物である主人公・山本幡男を務めたのは、二宮和也。山本の妻モジミを北川景子、山本の捕虜仲間を松坂桃李・中島健人・桐谷健太・安田顕らが演じた他、幡男の長男・顕一(壮年期)をテレビドラマ『収容所から来た遺書』(1993)で山本幡男を演じた経験を持つ寺尾聰が務めた。

映画『ラーゲリより愛を込めて』のあらすじ


(C)2022 映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会(C)1989清水香子

第二次大戦後の1945年。そこは零下40度の厳冬の世界・シベリア……。

わずかな食料での過酷な労働が続く日々。死に逝く者が続出する地獄の強制収容所(ラーゲリ)に、その男・山本幡男は居た。「生きる希望を捨ててはいけません。帰国(ダモイ)の日は必ずやって来ます。」絶望する抑留者たちに、彼は訴え続けた……。

身に覚えのないスパイ容疑でラーゲリに収容された山本は、日本にいる妻・モジミや4人の子どもと一緒に過ごす日々が訪れることを信じ、耐えた。

劣悪な環境下では、誰もが心を閉ざしていた。戦争で心に傷を負い傍観者と決め込む松田。旧日本軍の階級を振りかざす軍曹の相沢。クロという子犬をかわいがる純朴な青年・新谷。過酷な状況で変わり果ててしまった同郷の先輩・原。

山本は分け隔てなく皆を励まし続けた。そんな彼の仲間想いの行動と信念は、凍っていた抑留者たちの心を次第に溶かしていく。

終戦から8年が経ち、山本に妻からの葉書が届く。厳しい検閲をくぐり抜けたその葉書には「あなたの帰りを待っています」と。たった一人で子どもたちを育てている妻を想い、山本は涙を流さずにはいられなかった。

誰もがダモイの日が近づいていると感じていたが、その頃には、彼の体は病魔に侵されていた……松田は、危険を顧みず山本を病院に連れて行って欲しいと決死の覚悟でストライキを始める。その輪はラーゲリ全体に広がり、ついに山本は病院で診断を受けることになった。

しかし、そこで告げられたのは「余命3ヶ月」……山本により生きる希望を取り戻した仲間たちに反して、山本の症状は重くなるばかりだった。それでも妻との再会を決してあきらめない山本だったが、彼を慕うラーゲリの仲間たちは、苦心の末、遺書を書くように進言する。

山本はその言葉を真摯に受け止め、震える手で家族への想いを込めた遺書を書き上げる。仲間に託されたその遺書は、帰国の時まで大切に保管されるはずだった。ところが、ラーゲリ内では、文字を残すことはスパイ行為とみなされ、山本の遺書は無残にも没収されてしまう。

死が迫る山本の願いを叶えようと、仲間たちは驚くべき行動に出る……。

映画『ラーゲリより愛を込めて』結末・ラストを考察・解説!


(C)2022 映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会(C)1989清水香子

犬クロに想像した「無情な史実」への救い

ラーゲリ内で飼われ、抑留者たちが草野球に興じた際、ボールがラーゲリを囲う鉄条網を越えてしまった時には代わりに拾いに行くなど、抑留者たちの心を癒してくれていた犬・クロ。

1956年の帰還船「興安丸」での抑留者たちの帰国時には、クロは氷海を渡って人々を追い続け、最後には抑留者たちに引き揚げられともに日本へと渡りましたが、それらはいずれも実話であり、映画の原作にあたるノンフィクション小説『収容所から来た遺書』作中でもクロは紹介されています。

映画『ラーゲリより愛を込めて』にも登場したクロ。ところが本作では、クロと抑留者たちをめぐる出来事に関して、原作小説には一切存在しない映画ならではの「脚色」が描かれています。

それが、主人公・山本幡男(二宮和也)が病床でこの世を去った瞬間を映した場面での、彼の死を看取ったクロの姿です。


(C)2022 映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会(C)1989清水香子

史実では1954年8月25日、ハバロフスクのラーゲリ内の病室で亡くなった山本。原作小説によると、ラーゲリ内の抑留者たちは作業中であったことから、山本は仲間たちの誰にも看取られることなく息を引き取ったとされています。

人間、死ぬ時は誰もが独り」……そんな言葉を連想してしまう最期は、絶望に喘ぐ抑留者たちに希望を説き続け、多くの者に生きる気力を与え続けていた山本に対して、あまりにも無情な仕打ちといえます。

クロもまた、ラーゲリの抑留者たちにとっては《仲間》であった」「たとえ、抑留者たちという《仲間》がその場に立ち会えなかったのが揺るぎない史実だったとしても、同じ《仲間》であったクロは、作業に務める者たち、そして山本よりも先に無念の死を遂げた者たち全員の代表として、山本を看取ってくれたかもしれない」……。

無情な史実に対する、想像の力という「希望」に基づく、わずかながらの心の救いとして、『ラーゲリより愛を込めて』は「クロが山本の死を看取る」という映画オリジナルの演出をとり入れたのではないでしょうか。

遺書の配達人はなぜ「4人」へ


(C)2022 映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会(C)1989清水香子

映画では山本の死後、同じ抑留者である松田研三(松坂桃李)、新谷武雄(中島健人)、相沢光男(桐谷健太)、原幸彦(安田顕)の4人は、山本に託された計4通の遺書を一人につき1通を担当する形で文面を暗記。ラーゲリ当局に没収される紙などではなく、「記憶」によって山本の遺書を日本へと持ち帰り、山本の妻モジミ(北川景子)や家族たちのもとに届けることにします。

しかし原作小説で語られる実話では、6名以上の抑留者たちが山本の遺書を手分けして暗記「保険」として同じ箇所を複数人が担当するケースもあったとされています。

暗記自体はしたものの、衣服に縫いつけたり糸巻きの中に隠し入れるなどをして遺書の写しを密かに持ち出した者。体力・気力の衰弱により記憶力の低下により、必死に暗記をしたのにその一部しか思い出せなかった者。遺書の内容は完全に復元できなかったが、山本が句会で詠んだ俳句や詩は見事に記憶していた者。

中には「母親宛ての遺書の暗記を担当していたが、いよいよ帰国という中で自身の母の顔が脳裏を横切り、船の甲板に足をつけ『とうとう生きて帰れるのだ』と安心した瞬間に、遺書の文面の記憶一切が飛んでしまった」という者もいたことが、小説では記されています。

4人の「化身」は山本幡男という「正体」へ


(C)2022 映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会(C)1989清水香子

なぜ映画は、山本の遺書を届ける配達人を原作小説とは異なる「4人」へと変更したのか。無論、「原作小説を2時間強の尺に収めて映画化する」という条件で作劇を行う上での都合も関わっているのは想像に難くないですが、「化身」という言葉を手にとった時、その変更の理由が異なる形として見えてくるはずです。

大乗仏教では「仏が衆生で迷い苦しむ人々を救うために現れる際にとる姿」、そこから「神や精霊など、この世ならざるものが人の形をとった状態」などの意味を持つ化身。

原作小説では病床の山本が「釈迦は世界最大のセンチメンタリスト」と語る様子なども描写されていますが、ラーゲリの凄惨な環境にあった人々にとって、生きることの価値を信じ生きることを訴え続けた山本が「仏が衆生で迷い苦しむ人々を救うために現れる際にとる姿」……化身に映る瞬間もあったのではないでしょうか。

そして、ラーゲリの抑留者たちの目には「化身」のように映っていた山本が亡くなった時、その遺言を託された仲間たちもまた、「神や精霊などこの世ならざるものが人の形をとった状態」……山本幡男という記憶、あるいは魂の「化身」となったのかもしれません。


(C)2022 映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会(C)1989清水香子

映画終盤では当局との交渉役として、抑留者たちの心をまとめていた原が「本文」を。愛する母との再会は叶わなかった松田が「お母さまへ」を。漁師の息子であり、山本に学びの大切さを教えてもらった新谷が「子供等へ」を。そして身重の妻を空襲で亡くし、一度は絶望に打ちひしがれながらも、それでも山本に「生きろ」と訴えられた相沢が「妻へ」を……。

遺書の1通ずつに込められた山本の記憶と自分自身の記憶が深く結びついたことで、4人は山本の4つに分けられた「化身」となったのではないか。

そして映画のラストにて、相沢が届けた「妻へ」の遺書を届け終え、全ての遺書が山本家に辿り着いた時、4つに分けられていた化身はようやく《山本幡男》という正体へと戻ったのではないか。だからこそ直後、モジミの前に、別れを告げに来た山本が姿を現したのではないか……。

記憶と魂は同一のものなのか」「もし異なるのだとしたら、その違いは何なのか」という問いに未だ納得のいく明確な答えを見出せない現代で、あえて「化身」を連想させる脚色を行なった理由。それを観る者に想像させることを通じて「魂」や「記憶」というものの意義について深く考える機会を作るのが、遺書の配達人を「4人」へと変更した最大の理由なのかもしれません。

まとめ/青空を覚え続ける限り


(C)2022 映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会(C)1989清水香子

国と国で隔てられた山本と妻モジミや家族、あるいはあの世とこの世で隔てられた山本とラーゲリの仲間たちの心をつなぐものとして描かれる「人々が空を見つめる姿」の光景

山本がラーゲリで密かに制作し仲間内で回覧した同人誌にて、「北溟子」という筆名で執筆した随筆『シベリアの青い空』をはじめ、シベリアでは夏にしか中々見られない青空の美しさを山本が語っていたという原作小説の描写に基づく、映画オリジナルの演出でもあります。

そしてラストシーン、年老いた山本家の長男・顕一が結婚する孫娘にその尊さを語った2022年の青空は、在りし日の父・山本幡男が同じことを幼い顕一に語ってくれた1945年の青空へとつながっていきます。


(C)2022 映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会(C)1989清水香子

「どれだけ時が経ち、その中で多くの悲しみや怒りを経験したとしても、人々のこれからの幸いを祝福する日にふさわしい、どこまでも美しく広がり続ける青空を見たあの日の記憶は消えない」「人々が青空を見つめ、その美しさを覚え続ける限り、人々は争いなどに陥ることなく、これからの時代の幸いを願い、祝福し続けることができる」……。

そう観る者に語りかけるかのような青空の演出は、映画『ラーゲリより愛を込めて』が原作小説をただ「かつて起こった悲劇の実話」として描いたのではなく、「2022年現在を生きる人々に観てほしい物語」として描いた証でもあるのです。

ライター:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。

2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。


photo by 田中舘裕介





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