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Entry 2023/11/21
Update

『花腐し』ネタバレあらすじ感想と結末の評価解説。雨月物語をやりたいと“さとうほなみ”に伝えた荒井晴彦の狙い

  • Writer :
  • からさわゆみこ

2人の男と一人の女が織り成す、せつない純愛物語

今回ご紹介する映画『花腐し』の荒井晴彦監督は、1977年より日活ロマンポルノで多くの脚本を手掛け、1997年『身も心も』で監督デビュー。

近年も『火口のふたり』(2019)など文芸作品の脚本・監督を務め、4作目監督作となる本作では、芥川賞を受賞した松浦寿輝の同名小説を映画化しました。

綾野剛を主演に迎え、柄本佑、さとうほなみが共演する本作。

原作小説の世界観に「ピンク映画へのレクイエム」という監督自身の想いも込め、荒井監督ならではの大胆な演出と新しい試みを盛り込み、ふたりの男とひとりの女が織りなす切なくも純粋な愛を描きました。

映画『花腐し』の作品情報


(C)2023「花腐し」製作委員会

【公開】
2023年(日本映画)

【監督】
荒井晴彦

【原作】
松浦寿輝

【脚本】
荒井晴彦、中野太

【キャスト】
綾野剛、柄本佑、さとうほなみ、吉岡睦雄、川瀬陽太、MINAMO、Nia、マキタスポーツ、山崎ハコ、赤座美代子、奥田瑛二

【作品概要】
ピンク映画監督・栩谷修一役の綾野剛は、『日本で一番悪い奴ら』(2016)『閉鎖病棟 それぞれの朝』(2019)などで日本アカデミー俳優賞にノミネートされ、テレビドラマ・映画に多数出演しています。

脚本家志望の井関隆久役は、荒井監督の前監督作『火口のふたり』にも出演し、『痛くない死に方』(2020)『シン・仮面ライダー』(2023)の柄本佑。

また栩谷と井関が愛した女優・桐岡祥子役には、ロックバンド「ゲスの極み乙女」のドラマーとして活動し、2017年から女優としても活躍の場を広げている、さとうほなみが務めます。

赤座美代子、奥田瑛士など大御所俳優の共演で脇を固める一方で、MINAMOとNiaの現役AV女優の出演で、作品にピンク映画へのこだわりを感じさせます。

映画『花腐し』のあらすじとネタバレ

(C)2023「花腐し」製作委員会

2012年12月、栩谷修一は通夜が営まれている家に向かいます。亡くなった恋人・祥子の弔問のため訪ねたのですが、彼女の両親からは拒絶され焼香もできず、香典も拒否されます。

両親は栩谷が祥子の恋人だと知りません。両親は祥子が女優になるため家を飛び出し、東京へ行ったきり音信不通となり、映画関係者と心中したことで栩谷を逆恨みしました。

栩谷は帰路につきますが、その足で桑山という栩谷の同業者の弔問に向かいます。祥子はこの桑山とともに海に身を投げ亡くなったのでした。

桑山と栩谷は友人同士であり、共にピンク映画を手がける監督でした。

祥子は女優として活動していましたが、栩谷と祥子が恋人関係だったにも関わらず、祥子がなぜ桑山と心中したのか誰も理由は分かりませんでした。

桑山の通夜会場には桑山を偲ぶ映画仲間が、現場の現状を語り合いますが、フィルムからデジタルに移行し、ピンク映画専門の劇場は次々に閉館。ピンク映画業界は斜陽の一途をたどっていました。

そんな中、桑山は祥子を主演にした新作の撮影を考えていたようでした。『くちびる』と題した、製本前の台本が残されていました。

栩谷は5年間、映画を撮っていませんでした。彼はアパートの家賃の支払いも滞り、映画製作会社の事務所に間借りさせてほしいと社長に頼みます。小倉社長は不振に陥ったピンク映画業界で、映画を作る意欲は残っていないと廃業を示唆しました。

栩谷はアパートの大家・金昌勇に家賃の遅延を願いに行きます。

金は所有する古いアパートを解体し新しいマンションを建てる計画と、そのアパートに立ち退きを拒否している入居者がいることを話しました。その住人に退去するよう説得し、部屋の様子も見てくれれば、家賃分に色を付けた経費を払うと持ちかけます。

条件をのんだ栩谷はアパートに向かいます。坂道の階段を上りきればその物件という途中、晴れているのに急に目の前だけ雨が降り出します。

彼はずぶ濡れになりながらも、アパートの入り口に到着します。築60年だという木造2階建てアパートの19号室が、入居者・伊関の部屋です。

階段を上り栩谷は伊関の部屋をノックしますが、応答がないので諦めようとした時、中から女性の笑い声を聞きます。彼は少し強めにドアをノックしました。

すると伊関が、ドアを開けて顔をのっそり出します。栩谷はオーナーの代わりに来たと、立ち退きの話を持ち出しますが、彼は「家賃は毎月払っている」ととり合いません。

二人は揉めますが、井関はとりあえず中に入るよう栩谷に言います。栩谷は金から中の様子を見てくるよう言われたのを思い出し、中に入ることにします。

部屋にはレコードプレーヤー、スチールの本棚には沢山の本やレコードが収納されています。そして、窓際に座卓の机とパソコンがありました。

伊関は「ここ何ヶ月か、入れ替わり立ち代わり若いのが来たが、あんたは感じが違うね」と言い、部屋の中へと招き入れます。

栩谷は女の声が聞こえたと言いますが、伊関は誰もいないと言って、缶ビールを差し出します。そして、かつて脚本家を目指していたと語り始めます。

しかし、書きたい仕事は入らず食いつなぎで請けた、アダルトビデオの脚本を書いていたことを話すと、栩谷にも縁のあった制作会社で、二人が打ち解け始めます。

空き缶の数が増える中で、伊関は唐突に初めて付き合った彼女の話をはじめます。

以下、『花腐し』ネタバレ・結末の記載がございます。『花腐し』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

(C)2023「花腐し」製作委員会

2000年の正月、学生だった伊関は居酒屋でアルバイトをしていて、そこで飲めない酒を飲まされ、男子トイレで吐いている女性と遭遇します。

トイレ掃除をする伊関に申し訳なさそうな女性は、店から出る際にお詫びの印にと、自分も出演しているという芝居のチケットとチラシを渡します。

伊関はチケットを売るノルマがあることを知っていて、お金を払おうとしますが、女性は仲間に呼ばれて店を出ていきました。

祥子と付き合うようになった伊関は、彼女が住んでいるアパートに転がり込みます。伊関は脚本家になるため、シナリオ大賞に応募するも結果は出ませんでした。

そんな二人で生活するために伊関は、依頼されたアダルトビデオのシナリオを書くことになりますが、伊関はまだ童貞でどう書いていいかわかりません。

また男性経験のなかった祥子も伊関に「セックスをすると人は動物になるの?」と聞き、「私、動物になってみたい」と言い、二人は初めて結ばれます。

祥子は新しい公演で役をもらい浮かれますが、シナリオが書けない伊関は苛立っていました。そんなある日、祥子は伊関の子どもを妊娠したことを知ります。

伊関は祥子の妊娠を機に脚本家の夢を捨て、違う道を模索しようとしますが、祥子は女優の夢を捨てきれず堕胎してしまいます。二人はこのことで関係がギクシャクし、別れてしまいました。

(C)2023「花腐し」製作委員会

ふと、隣りの部屋から女性の声が漏れだします。栩谷はやっぱり誰かいると、伊関に詰め寄り部屋を隔てた襖を開けさせました。

部屋には映画監督を目指しているという留学生がいて、彼女はベッドで全裸になり自慰行為をしていましたが、明らかに様子が変でした。同じ部屋でキノコが栽培されているのを見た栩谷は「マジックマッシュルームか?」と聞くと伊関は「彼女が国から持ってきた」と答えます。

栩谷は呆れて伊関の部屋を出ると、寂れた飲み屋街を歩き韓国人ママの店に入り飲み始めると、追いかけてきた伊関が入店します。

二人が飲み直し始めると、伊関は「彼女、どうしてるかなぁ」と言い、栩谷が女の名前を聞くと「桐岡祥子」と答えます。伊関が初めて付き合った女が祥子その人だと知った栩谷は、驚きながらも「祥子は死んだよ」と伊関に教え「あいつ、酒強かったなぁ」とつぶやきます。

2006年、栩谷は桑山と飲んでいた祥子と出会います。さして祥子に興味を示さなかった栩谷ですが、「俺はもう女とか嫌いだから」というと、祥子から「女嫌いでピンク映画なんて撮れるんですか?」と失笑されます。

二人は酔い潰れた桑山を残して店を出ると、降りやまぬ雨の中ふざけ合う中、祥子は何故かザリガニを拾い「一緒に連れてっていい?」とそのまま栩谷のアパートへ行き二人は結ばれます。

栩谷と祥子は同棲を始めますが、撮ろうと思えば借金でもすれば撮れたはず……と、ただ悶々と日々を過ごし、5年という歳月が過ぎていきました。

ある日、桑山からスナックに呼び出された祥子は、彼女を主役にした脚本を書いたと言います。祥子はまだ製本されていない台本を手に取り、浮かれながら目を通していました。

一緒に来ていた栩谷は気にする素振りもなく、淡々と酒を飲み煙草を燻らせています。祥子は機嫌よく「歌っちゃおうかな」と『さよならの向こう側』を歌い始めます。

後日、業界の有名脚本家・澤井と話す機会のあった栩谷は「映画もゴッコ、同棲もゴッコ……おまえのやってることは全てゴッコなんだよ……」と言われていまいます。

ぐうの音もでない栩谷でしたが、同席していた祥子はその言動に激怒し「サイテー!」と言って澤井の顔にコップの水を浴びせてしまいます。しかし澤井が栩谷に放った言葉は核心に迫っていたようでした。

しばらくして祥子は栩谷の子を身ごもります。すでに30歳を過ぎていた彼女は彼の子どもを生みたいと思い、その気持ちを栩谷に伝えますが、彼は「俺は家族みたいなものは持ちたくない……」と言い放ちます。

祥子は栩谷の言葉に落胆しますが、中絶するかどうか迷う間もなく流産をしてしまいます。そして流産したのは、過去に中絶したことが原因ではないかと気に病みます。

そんな傷心した祥子に栩谷は優しくするわけでも、労わるわけでもありませんでした。とうとう祥子は桑山と一線を越えてしまいます。相手を聞かれた祥子は「桑山さん……」と答えると、栩谷は「そう……」と言うだけで、責めたり怒って手をあげることもありませんでした。

伊関は「怒鳴り散らして、殴ってやればよかったと思ってる?」と聞くと、栩谷はそうしなかったことを悔やんでいました。

やがて栩谷と祥子は些細なことでいがみ合うようになり、祥子はしばらくすると「少し疲れたから10数年ぶりに実家に帰り、休んでくる」と言い残し、部屋をあとにしました。

それから数日後、海岸に祥子と桑山の遺体が打ち上げられたのです。

飲み屋を出た栩谷と伊関はまた、伊関のアパートへ戻ります。栩谷と伊関は祥子を幸せにできなかったことに、今さらながら打ちひしがれていました。

部屋に入ると留学生のリンリンは女友だちを呼び出し、二人はマジックマッシュルームに酔いながら戯れていました。

栩谷はアルコールとキノコの薬物作用でそのまま眠ってしまいます。そして、次に目を覚ました時には、ビデオカメラを手にしたリンリンが彼に馬乗りになっていました。幻覚の中にいるような栩谷はリンリンと性交して果てると、気を失うように再び眠ってしまいました。

目が覚めた時、部屋には伊関やリンリンたちはおらず、部屋は何事もなかったように、奇麗に片づけられていました。

窓辺の座卓に置かれた金魚鉢には、金魚が1匹揺蕩っていました。ふとパソコンのマウスに触れると、スリープ状態だった画面が開き『花腐し』と題されたシナリオが映し出されます。

そこには伊関と話していた祥子との記憶が綴られていました。栩谷は祥子が桑山とのことを告白された時の部分を、怒り狂って彼女の頬を激しく叩き、抱きしめたと打ち直します。

栩谷はアパートの部屋を出て階段を降り、踊り場に掛けられた鏡で自分の顔を見ていると、背後を白いワンピースを着た祥子が、スーッと通り過ぎていく姿のを目にしました。

彼女は栩谷を見ることなく、伊関の部屋の方へ進んでいきます。栩谷は彼女を追うように2階へ上ると、祥子は伊関の部屋に入っていきました。

栩谷は部屋の扉をそっと開け、室内を見つめます。しばらくすると、彼の目からは涙が一筋頬を伝いました。

『花腐し』の感想と評価

(C)2023「花腐し」製作委員会

荒井監督の描いた『雨月物語』

荒井晴彦監督は祥子役のさとうほなみに「『雨月物語』をやりたいんだよ」と語ったといいます。このエピソードをふまえて映画『花腐し』を振り返ると、確かにラストシーンで登場する、白いワンピースを着た祥子は幽霊だといえます。

荒井監督がいう『雨月物語』が江戸時代中期に書かれた上田秋成の怪談集を指すのか、溝口健二監督が撮った映画なのかは定かではありません。

映画に関していえば、貧しい農民の兄弟が陶芸で金持ちになる夢、侍になる夢をかなえるため、愛する家族を顧みず欲望のままに没入したことで、愛する者を傷つけ失うことで、真実の愛に気づく愚かしさが、本作に共通しているといえます。

栩谷が古びたアパートで見たモノは、現実のものだったのでしょうか?伊関は祥子と別れ脚本家の夢も破れ、どのような暮らしをしていたのでしょうか?アパートのオーナー・金は伊関の生存確認も兼ねて、様子を見に行かせたようにも思えます。

伊関が「俺もキノコと一緒に腐って死ぬだけだ」というシーンがあり、実はすでに死んでいて、栩谷が話していたのは亡霊だったのではないかとも思えてきます。

また映画『雨月物語』ではこの世にいない亡霊の女と、朽ち果てた屋敷で陶芸家として暮らす男が登場します。幽霊屋敷の噂通り、屋敷は既に朽ち果て女もいません。

祥子がなぜ伊関の部屋に消えていったのか?栩谷は何を見て涙を流したのでしょうか?荒井監督はラストシーンの意味を質問され、愕然としたと言います。

答えがないのが映画であり、何故泣いたのかも栩谷役の綾野剛が感じた感性であり、その理由は観客の感性と解釈に委ねられるものだからです。

例えば、伊関が荒れた部屋で孤独に死んでいたとすれば、祥子は亡霊となって栩谷に彼を発見させたと考えると、幸せにできなかった男にさえ、慈愛のある女性だと感じた涙なのだと思えます。

万葉集の和歌「卯の花腐し」とは?

伊関は万葉集の「春されば 卯の花腐たし 我が越えし 妹が垣間は 荒れにけるかも」という和歌を口ずさみます。

卯の花とは5月から6月にかけて咲く、白く可憐なウツギの花のことです。そして「卯の花腐たし」とは梅雨入り前の長雨のせいで、卯の花が腐り朽ちてしまう様を表します。

春に瑞々しく可憐に咲く花も、ジメジメした環境が長引けば腐ってしまう様を歌い、真実の愛に気づいた時にはもう遅いと言っているのでしょう。

まさに栩谷と祥子が付き合った時間が、「卯の花腐し」でした。何をどうしたいのかはっきりしない栩谷の生き方そのものが長雨であり、作中でも常に雨が降っているシーンがそれを示していました。

祥子は栩谷に「自分の映画を撮ってほしい」と願い、栩谷との間にできた子どもを喜んでくれることも期待し、桑原と浮気したことに嫉妬してほしいとさえ望んだと分かります。

祥子が栩谷のどこに惹かれていたのかはわかりません。才能のある映画監督であるのか、どんなビジョンを持っているのかも不明です。それでも祥子は、彼に何か期待があったことはわかりました。

栩谷はそんな彼女の思いにも気がつかず、長雨のように鬱陶しい時間を漫然と生きていました。祥子は桑山が彼女に気があることを知っていて、一緒に死んで欲しいと言えば、叶えてくれる男ということもわかっています。

ただ祥子は、海に飛び込む間際まで、栩谷が彼女の思いを悟り、見つけてくれることを期待していたのではないかと思います。

だとしたら祥子は亡霊となって、伊関の遺体を発見させようとしたのではなく、亡霊となって伊関と交わる様を見せていたのかもしれないと、女の怨念のようなものも連想させました

まとめ

(C)2023「花腐し」製作委員会

映画『花腐し』は、夢を叶えるため活き活きとしている時期をカラーで描き、夢破れていることにも気づかず、鬱々と生きている時期をモノクロで描いている作品でした。

栩谷には祥子を失った時から、晴天の中でさえも雨が降り注いでいます。雨は彼の心の中が鬱屈としている思考そのものでした。

エンドロールでは『さよならの向こう側』を唄う祥子を見つめる桑山に、自分の存在を示すように栩谷と祥子と一緒に歌うシーンが流れます。作中で栩谷がシーンの書き直したことによって、二人の未来も変わったことを表していたと分かります。

人生は書き直しはできませんが、彼の見たもの感じたことはスクリーンに描くことが可能です。栩谷は見失っていた可能性を見つけることができ、新たな生き方をするのではないでしょうか。

栩谷が見ていた現実とも幻影ともつかない、伊関と語った祥子との思い出はシナリオとなって、彼に映画監督としての扉を開く……。

『さよならの向こう側』の歌詞を鑑みた時、栩谷がこの曲を唄ったのは歩みだすきっかけを教えてくれたのが、祥子だとを示すためだと思えます。




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