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Entry 2020/08/25
Update

【宝田明インタビュー】映画『ドキュメンタリー沖縄戦』戦争という忘れ得ぬ記憶と向き合い続けてきた役者人生

  • Writer :
  • Cinemarche編集部

映画『ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶』は全国にて絶賛公開中!

太平洋戦争時に「日本で唯一の地上戦」となった沖縄戦を描いた『ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶』。戦争体験者や専門家の証言、アメリカ軍撮影の記録フィルムによって知られざる沖縄戦の真実に迫るドキュメンタリー作品です。


photo by 田中館裕介

戦後75周年を迎えた今日において、戦争を実際に体験した方やその事実を取り巻く人々の証言より当時の凄惨な出来事を探るとともに、これからの日本や世界の在り方を考えるためのヒントを示した本作。また幼少期を中国の旧・満州で過ごし、凄惨な戦争の現場を経験してきた俳優の宝田明がナレーションを務めています。

今回は宝田明さんにインタビューをおこない、本作に参加した印象や反戦への思いなどを、ご自身の経験を交えつつ語っていただきました。

ひとときも忘れられない「あの恐怖」

──宝田さんが本作のナレーションというお仕事を引き受けられた際には、ご自身の中でどのような思いを抱かれたのでしょうか。

宝田明(以下、宝田):僕は満州にいたころ、ソ連軍の銃弾を受けた過去があるんです。そのころは日本兵がどんどんソ連に抑留されていた時期で、私の住んでいた満州鉄道の社宅からも人が北の方へと運ばれて抑留され、シベリアでとても残酷で過酷な時を過ごしていました。

その後日本の地を踏み、役者という道をやっとの思いでつかみ今に至るわけですが、あの戦争の残酷さはひと時も脳裏から離れないんです。だから今改めて「やっぱり、戦争はしてはいけない」という思いを訴え続け、若い人たちに伝えていかなければいけないと思っています。

──完成された本作をご覧になった際のご感想、あるいは作中で映し出されていく沖縄戦の真実に対する思いを改めてお聞かせ願えませんか。

宝田:本作に登場する12人の証言者、実際に沖縄戦で被害に遭った高齢者の方々の証言はやはり生々しく、もう胸が痛くて喉を締めつけられる感覚がありました。

残酷な話ですが、当時の日本は沖縄とそこで生きる人々をある意味では防波堤のように扱ったんです。そのせいで、当時の沖縄の人口の3人に1人ほどの人々が亡くなったわけです。以前、私たちはひめゆり学徒隊の多くが亡くなったガマにも行ったことがあるんですが、そこで御霊の死を、霊気が押し寄せてくるような感触を覚えたことは今でも忘れられません。

また、とあるテレビ番組で沖縄戦が特集されていたのを見かけたんですが、その番組で印象的だったのは、当時5・6歳であろう沖縄の男の子が岩に座ってガタガタと震えている映像でした。彼は恐怖のあまりに震えているんですね。その映像から私は、満州にいた時……ある日の夕方に家で食事をしていた際に、二人のソ連兵が銃を構えてズカズカと入ってきた記憶を思い出しました。いくら頑張って歯を食いしばっても、歯が震えてガタガタと鳴る音だけは止められなかった、あの恐怖を思い出したんです。

今考えるべき「教育」の意味

──本作を観ていくと、かつての戦争の時代から変わることなく「弱い立場の人間が苦しむ社会」が続く2020年の現在にこそ観ることが重要な作品なのだと感じられました。

宝田:全く同意します。また現実的な問題としてそうだからこそ言わずにはいられないのですが、今の政治の中枢に座っている人々にはとにかくだらしない印象を感じてしまい、どうしようもない気持ちに陥ることがあります。

これは実に当たり前のことなんですが、「人に優しくする」「自分がされたら嫌がることを他人にしない」といった、人間として本当に基本的なことを今の「教育」は忘れているんじゃないかと思うんです。人間としての「原形」を作ることができたら、たとえ人生につまずいたとしてもそこに立ち帰ることができる。ですから、やっぱり教育というものはそうした人間としての「原形」、生き様や品格などをきちんと教えていかなければいけないんです。

戦後の日本社会では、民主主義が「社会における生存」の基本としてあっという間に反映されました。その変貌ぶりに慌てふためいた点もあるけれど、変化自体は良いことだったと思います。ですが一方で、その際に掲げられた「自由」をほとんどの人々が履き違えてしまい、現在に至っているのではと感じることがあります。

役者の仕事の中で思う戦争の記憶


photo by 田中館裕介

──宝田さんは終戦後に俳優として活躍されていく中でも『ゴジラ』『ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐』『世界大戦争』といった反戦のメッセージが込められた映画作品にも数多く出演されました。

宝田:『世界大戦争』ではフランキー堺、乙羽信子、星由里子らとともに出演しましたが、これは地球が核兵器によって消滅してしまうという危機に陥った中で、主人公たちが日本の現状を鑑み、「戦争とは何か」について対話するという物語でした。当時の僕は「若い人たちに伝えていきたいんだ」という思いから、台本に「こういう台詞を足してください」とお願いしたことがあります。そういった形で、仕事の中で自分自身の意志や思いを織り込んだこともありますし、その思いはいまだに僕の中で生き生きと残っています。

忘れてはいけないのは、日本は戦争によって悲惨な目に遭っただけではなく、自分たちもまた他国の人々を残虐で惨たらしい行為の犠牲者にしていたということです。たとえば中国大陸では、一般民衆を銃剣で突き刺して血祭りに上げたり、日中戦争での南京陥落後には捕虜を「試し斬り」と称して刀で斬殺していたという出来事もあったと知られています。また地域や時代が違えど、ベトナム戦争におけるソンミ事件のような事例は残念ながら多々あります。

理性も知性も、教養もどこかに吹っ飛んでしまい、「何もかも殺してしまえ」という方向に動いてしまう。そういった狂気の世界が戦争では生まれるんです。だからこそ、争ったもの同士が「自分たちがしていた戦争とはバカバカしく愚かなことだ」とお互いに反省しなければいけない。それは日本も例外ではないんです。

生き残り、生き続けてきて


photo by 田中館裕介

──宝田さんはミュージカル作品やアクション映画をはじめ、幅広い分野で役者として活躍されてきました。ご自身の戦後の活動を振り返って、今思われることはありますか。

宝田:「人生、どこにたどり着くかも分からないもんだな」と思いましたね。かつて引き揚げの最中にソ連の兵隊に鉄砲で撃たれ、激痛に唸りながら泣いていた少年が、なんとか初めて祖国へと帰った。やがてバイトに明け暮れて親に金もせびれない中で、わらをもつかむような思いで東宝を受験、なんと合格した。東宝さんはどう魔が差したのかと(笑)。

僕はその後、第6期の東宝ニューフェイスとして俳優の仕事を始め、ずっといろんな仕事をさせていただきました。中でもミュージカルは、いまだにやりたいと思っています。2012年の「ファンタスティックス」という作品ではプロデューサー・演出・出演までを自分で手がけたのですが、その作品制作ではかつての満州での記憶をよく思い出していました。「どうせ俺は、殺されて死んでいたはずの人間なんだから、やらないわけにはいかないんじゃないか」という覚悟が心の支えとなってくれましたし、それは役者としての自分を常に支えてくれるものでもあります。

また映画作品でも温めている良い企画があって、詳しいことはまだ発表できませんが、僕の体がまだ動かせたら1本映画を撮りたいと思っています。

役者/人間として「戦争の愚かさ」を伝え続ける


photo by 田中館裕介

──最後に、戦後75年を迎えた2020年現在において、戦争を知らない世代に向けて今後はどのようなメッセージを伝えたいとお考えなのでしょうか。

宝田:今、日本は憲法において「いかなる軍備も持たない」「軍隊は一切持たない」そして「それに付随するような、よその国の戦争にも加担しない」と宣言しています。この平和憲法が戦後の日本の誓いとして、七十数年もの間に渡って世界でも通じてきているわけです。

平和憲法という大事なものは、ウィスキーの原酒のようにしっかりと樽の中へおさめられ、長い間熟成されてきました。丈夫な「たが」をはめた、決して中身が漏れることのない樽にです。ところが今、丈夫なはずの「たが」が緩み外れてしまったことで、せっかく熟成されてきた原酒は漏れ出て、樽の中のウィスキーは大変希薄なものになってしまっている。それが一番怖いんです。だからこそ、戦争を知らない世代の人たちが、350万人以上の犠牲を出したあの戦争を、もう一度しっかり勉強しないといけないと思うんです。

若い人たちにこういった話をすると、時として「古い話だ」「今の社会に即していない」と一蹴してしまう人もいるでしょう。ですが、戦争の恐ろしさや愚かさはいつだって変わることはありません。また僕より上の世代の人々はどんどん亡くなられており、90代以上の方はあと数年でいなくなってしまう。僕自身も戦争について話をさせていただける機会があれば奮って参加するようにしていますし、そうした場を通じて、戦争に対する反省を次の世代に伝え続けなきゃいけないと思っています。

僕は役者という語り演じる職業を務める一方で、フィクションではない現実の中で戦争を体験してきた人間の一人として、まだまだ戦争の愚かさというものを若い人たちに説いていきたいと思っています。

インタビュー/河合のび
撮影/田中館裕介
構成/桂伸也

宝田明(たからだ あきら)プロフィール


photo by 田中館裕介

1934年生まれ、中国・ハルピン出身。1954年に東宝第6期生としてデビュー。その後、映画出演本数は200本以上にものぼります。また1964年には「アニーよ銃をとれ」でブロードウェイミュージカルに挑戦し芸術祭奨励賞を受賞、その後も「南太平洋」「サウンド・オブ・ミュージック」「風と共に去りぬ」「マイ・フェア・レディ」など数多くのミュージカル作品に出演を果たします。

そして第6回紀伊国屋演劇賞、1964年に文部省芸術祭奨励賞、1972年に第10回ゴールデンアロー賞、2012年に文化庁芸術祭大衆芸能部門大賞を受賞するなど、俳優として不動の地位を築いてきました。

映画『ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶』の作品情報

【公開】
2020年(日本映画)

【監督】
太田隆文

【撮影】
三本木久城、吉田良介

【ナレーション】
宝田明、斉藤とも子

【作品概要】
太平洋戦争時に日本で唯一の地上戦となった沖縄戦を、体験者や専門家の証言とアメリカ軍撮影の記録フィルムによって検証するドキュメンタリー。

作品は『朝日のあたる家』などを手がけ、本作が初の長編ドキュメンタリーとなる太田隆文、そして自身も戦時を生きた経験を持つ俳優の宝田明がナレーションを務めます。

映画『ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶』のあらすじ

太平洋戦争下の1945年、沖縄諸島にアメリカ軍を中心にした連合国軍が上陸しました。本土決戦準備の時間稼ぎのための捨て石ともされた状況で、不足する兵を補うため民間人も徴用・動員され、軍民合わせて12万人以上の沖縄県出身者が死亡したといいます。

この中では集団自決をおこなった者もいたといいます。さらには、日本軍の兵士が子供の殺害を母親に命じるなど、痛ましい惨事が積み重なりました。その凄惨な戦いを調査、時代の証言者らによるコメントとともに、真実を紐解きます。

映画『ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶』の劇場公開情報

【MOVIE ONやまがた(山形)】
2020年8月21日(金)~9月3日(木)/▶︎MOVIE ONやまがた公式サイト

【青森松竹アムゼ(青森)】
2020年8月21日(金)~9月3日(木)/▶︎青森松竹アムゼ公式サイト

【土浦セントラルシネマズ(茨城)】
2020年8月15日(土)~/▶︎土浦セントラルシネマズ公式サイト

【刈谷日劇(愛知)】
2020年8月21日(金)~9月3日(木)/▶︎刈谷日劇公式サイト

【千石劇場(長野)】
2020年8月14日(金)~8月27日(木)/▶︎千石劇場公式サイト

【藤枝シネ・プレーゴ(静岡)】
2020年8月14日(金)~8月27日(木)/▶︎藤枝シネ・プレーゴ公式サイト

【シアターセブン(大阪)】
2020年8月8日(土)~/▶︎シアターセブン公式サイト

【京都シネマ(京都)】
2020年8月28日(金)~9月3日(木)/▶︎京都シネマ公式サイト

【神戸映画資料館(兵庫)】
2020年8月21日(金)~8月25日(火) /▶︎神戸映画資料館公式サイト

【桜坂劇場(沖縄)】
2020年8月8日(土)~/▶︎桜坂劇場公式サイト

【中洲大洋映画劇場(福岡)】
2020年8月14日(金)~8月27日(木)/▶︎中洲大洋映画劇場公式サイト

【シネマ・ブルーバード(大分)】
2020年8月21日(金)~9月3日(木)/▶︎シネマ・ブルーバード公式サイト

【天文館シネマパラダイス(鹿児島)】
2020年8月14日(金)~8月27日(木)/▶︎天文館シネマパラダイス公式サイト

※実際の上映時間等の詳細は各公開劇場の公式サイトにてご確認ください。




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