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Entry 2022/07/25
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【工藤梨穂監督インタビュー】映画『裸足で鳴らしてみせろ』旅・愛情・音の3つを要に愛にまつわる矛盾を描く

  • Writer :
  • ほりきみき

映画『裸足で鳴らしてみせろ』は2022年8月6日(土)よりユーロスペースほかにて全国順次ロードショー!

寡黙な青年2人の間であふれ出る愛情や欲望の行方を、肉体のぶつかり合いと偽りの旅を通して描き出した映画『裸足で鳴らしてみせろ』は、PFF(ぴあフィルムフェスティバル)スカラシップ第27弾作品です。

監督は『オーファンズ・ブルース』にてPFFアワード2018グランプリ・ひかりTV賞のW受賞を果たした工藤梨穂。本作はその工藤監督の商業デビュー作品です。


(C)Cinemarche

『オーファンズ・ブルース』では青山真治監督や行定勲監督、俳優の永瀬正敏や生田斗真からも称賛のコメントが寄せられ、その瑞々しい感性と圧倒的な画力・構成力が絶賛された工藤監督に、このたびインタビューを敢行。

本作の制作においての2つのヒントやキャスティング秘話、映画ならびにロードムービーに対する想いなど、貴重なお話を伺いました。

心の根底にある「どこかへ行きたい」という想い


(C)2021 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

──前作にてPFFアワード2018グランプリとひかりTV賞をW受賞し、PFFスカラシップの権利を獲得した工藤監督。商業映画デビュー作となる映画『裸足で鳴らしてみせろ』への想い、また前作に続き本作でも「ロードムービー」を描かれた理由を改めてお聞かせください。

工藤梨穂監督(以下、工藤):日本映画を代表する監督の多くが、このスカラシップで商業デビューをされています。そのプレッシャーもありつつ、作品として観た人の記憶に残り続けるような映画にしなくてはという思いがありました。映画が完成した今も、不安と期待が入り混じっています。

また、小さいころから遊びの中で「旅ごっこ」をするのがすごく好きでしたから、きっと心の根底に「どこかへ行きたい」という想いがあるのでしょう。「“映画”を作る=“旅の物語”を作る」という意識があるような気がします。とはいえ「“旅の物語”を作る」というだけでは、なかなか脚本が書けませんでした。


(C)2021 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

工藤:今回の映画で、ヒントになったことは2つです。1つはフランソワ・トリュフォー監督の『隣の女』(1981)の「一緒では苦しすぎるが、ひとりでは生きていけない」というキャッチコピーです。実生活で人間関係のままならなさを実感し、愛情についての映画にしたいという想いが沸き上がっていた頃に『隣の女』のこの言葉に出会い、インスピレーションをもらいました。

もう1つは、前作の録音技師が口にした「音は映像よりも、その人の記憶が生々しい気がする」という言葉で、それをきっかけに“音”がストーリーの重要な要素となる映画にしたいということを思いました。映像に音を加えて、より効果的に表現することを「フォーリー」と言いますが、その技術はある意味、映画の中の嘘そのものと言えます。それをヒントに、音というモチーフを使って、誰かの願いを叶えるための偽りの旅を表現できないかと考えたのです。

それから間もなくして、「並走する別々の車に乗った、2人の人物の横顔」という映像が頭に浮かびました。そこでは大音量で、何かの音が流れている。それは音楽ではなく、2人の記憶を含んだ彼らにしかわからない、暗号のようなものでした。直感的にこれが映画のラストシーンだと感じとり、そこに至るまでの2人に何があったのかを考え始めたのです。

脚本を完成させるまでには1年ほどかかりましたが、旅と愛情、音の3つが要となって、この映画が形作られていきました。

内面から湧き出る感情が現れた時──佐々木詩音


(C)2021 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

──主人公・阿利直己役の佐々木詩音さんは、工藤監督の京都芸術大学・映画学科時代の同期であり、前作でも主人公たちが訪れるペンションに滞在する謎の浮浪人・アキ役を演じられていました。

工藤:今回は特別、誰かを思い浮かべながら脚本を書いたわけではなく、「候補を誰にしようか」という話になった時に、自然と佐々木さんの顔が浮かんだためオーディションに来てもらいました。

佐々木さんは「外側」で芝居をするのではなく、役を自分の中に入れ、内面から湧き出る感情が芝居に現れた時に威力を発揮する俳優さんだと感じています。「私が予想していた以上の芝居をこの人なら見せてくれる」という確信がありましたし、作品に真摯に向き合い、覚悟を持って演じてくれる気もしました。直己は、佐々木さんしかいなかったと思います。

また佐々木さんは、とにかくよく聞いてくれる人。伝えた演出を自分の中で理解し、監督の意図に対して忠実に芝居をする人です。前作では頻繁に意見を交わすことはあまりなかったのですが、今回の直己に関しては性格的に佐々木さん自身にも近い部分があるためか、「逆にどう作ったらいいか難しい」と相談もあり、現場で色々話し合いましたね。

撮影は順撮りではなくバラバラでしたが、大事な場面の撮影は後ろにスケジュールを組んでもらい、撮影の前半はとにかく細かくコミュニケーションをとり、一緒に直己という人物を作っていく感覚がありました。

でも、撮影後半の途中頃から役をつかんでくれたのか、言葉を多く交わさずとも、私の求める直己の在り方や感情の出し方などを彼はほとんど全てわかってくれていました。

「この人を映したい」と掻き立てられる──諏訪珠理


(C)2021 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

──直己とは対照的に天真爛漫で臆さない性格の柳瀬槙は、その一方で深い孤独を抱えています。そんな槙を、諏訪珠理さんを演じていただこうと思われた決め手とは何だったのでしょうか。

工藤:「この人を映したい」と掻き立てられる人がたまにいて、諏訪さんはまさにそのタイプでした。私は写真でしか諏訪さんしか知らなかったので、どんな芝居をするのかを知りたくてオーディションに来てもらったら、歩き方や話し方、その場での佇まいがイメージしていた槙とほとんど同じだったのです。そして脚本から読み取る力もまた彼から感じて、彼なら信頼を置いて映画が作れると思いました。

──諏訪さんとはどのように、槙というキャラクターを形作られていったのでしょうか。

工藤:槙は天真爛漫なキャラです。直己とは違って、特徴的な性格がありましたから、諏訪さんは槙としての居方や仕草はできあがっていました。そのため撮影現場では、細かい芝居の動作を話し合うことが多かったです。

諏訪さんは芝居に関して、いろいろな提案をしてくれました。例えばプールの場面、プールサイドで2人が話していると槙が監視台に上がるのですが、あれは諏訪さんがあの場で提案してくれました。そのおかげで、高いところにいる槙を直己が見上げるという芝居ができ、この場面で2人が同じ孤独を抱えていることを知って通じ合うということだけではなく、直己が槙に憧れていることをその位置関係で表すことができたのではないかと思います。

あの芝居を提案してもらえて本当に良かったです。

風吹ジュン・甲本雅裕の芝居から刺激を受ける


(C)2021 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

──本作では青年同士である直己・槙の関係性だけでなく、直己と父・保の親子関係の難しさも描かれていますね。

工藤:本作で初めて「親子関係」というものを描きましたが、私自身は親に対して葛藤のようなものを感じることが少なかったので、実はとても難しかったです。そのため「親」ではなく、「年上の人」に対して感じたことのある掴み所のない苦しさのようなものを作中の父親へ投影していきました。でも、絵に描いたような「悪い人」にはしたくなかった。ある側面から見ると優しい人でも、違う側面から見ると嫌なところがあったりする。この映画では、そういった人間の二面性的な部分に着目して保を描いたつもりです。

作中、保が息子の直己に対し「オレ、何か間違ってる?」というセリフがあります。息子からすれば威圧感を感じる言葉であるものの、でも父の言っていることは正しい。

だからこそ、直己は誰にも共感されず自分でも言い表せられないような苦しさを保に感じているということを表現できたらと思いました。保役を演じてくださった甲本雅裕さんは役者として振り幅が大きく、人情深い役も冷徹な役もできる方だと思っています。甲本さんなら、こうした二面性を繊細に表現してくれると思い、父親役をお願いしました。


(C)2021 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

──一方、槙は自身の養母を「みどりちゃん」と呼んでいます。その名に「緑」ではなく「美鳥」という漢字を当てられている点はもちろん、その養母役を風吹ジュンさんが演じられたことで、魅力的な人物に感じられました。

工藤:「「どこかに行きたい」と思っている人なので、羽ばたくイメージを名前にも取り込みたいと思って美鳥と名付けました。

風吹さんは本当に素敵な方でした。美鳥は槙・直己と3人の場面が多かったのですが、風吹さんは佐々木さんや諏訪さんに話しかけて、場を和ませてくださっていました。そうした風吹さんの振る舞いは、年上の方とお仕事をするのが初めてで少し緊張していた私にとっても、非常にありがたいものでした。

佐々木さんや諏訪さんも間近でベテランの方の芝居を見て、かなり刺激を受けたようでした。

2人の愛を「恋愛の成り行き」では表現したくない


(C)2021 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

──直己と槙の関係性を、工藤監督ご自身はどのように捉えられているのでしょうか。

工藤:直己と槙は同性愛の関係になっていきます。最初二人は、互いをバディとしての絆で結ばれていると思っていたけれど、「自分はもしかしたら、相手にそれ以上の感情を抱いているかもしれない」という感情の移ろいも描きたいと思っていました。

ただ2人の間で発生した愛を、セックスに向かっていくような一般的な恋愛の成り行きでは表現したくなかった。そういうことで語ることができない愛もあるはずで、自分が撮るならそれを捉えたい。それでも、2人の絆を唯一無二のものにしていた行為が、のちに2人を苦しめて破滅に向かわせてしまう。人を愛する上で起こってしまう矛盾、それを表すものがこの映画における格闘です。

──工藤監督は今後も、「ロードムービー」を撮られていくのでしょうか。

工藤:また、ロードムービーをやりたいですね。国内だったら北海道、もし海外で撮れるなら台湾かタイのようなアジア圏が頭に浮かんでいます。

また今までは同世代を主人公にしてきたので、思い切って年上の人を主人公にし、新しい領域に挑戦してみたいとも考えています。一方で、『オーファンズ・ブルース』で組んだ村上由規乃さんともう一度ともに映画を作りたいという想いもあります。

インタビュー/ほりきみき

工藤梨穂監督プロフィール

1995年生まれ、福岡県出身。西加奈子著書「さくら」を読んだことがきっかけで映画の道に進む。

京都芸術大学映画学科の卒業制作作品『オーファンズ・ブルース』(2018)が、第40回ぴあフィルムフェスティバル「PFFアワード2018」でグランプリ・ひかりTV賞を受賞し、最終審査員の生田斗真氏から絶賛を受ける。同作で、なら国際映画祭学生部門NARA-waveにてゴールデンKOJIKA賞、観客賞を受賞。その他、Japan Cuts~ジャパン・カッツ!(北米最大の日本映画祭)、フィルマドリッド/FILMADRID国際映画祭(スペイン)などに招待上映されるなど国内外でも注目を集め、2019年にはテアトル新宿ほか全国10館以上で劇場公開された。

本作『裸足で鳴らしてみせろ』でPFFスカラシップの権利を獲得し、商業映画デビューとなる。第51回ロッテルダム国際映画祭・ハーバー部門選出、世界最大級の子ども映画祭・ジッフォーニ映画祭(イタリア/2022年7月開催)に招待上映が決まっており、国内のみならず海外からも既に注目を集めている。

映画『裸足で鳴らしてみせろ』の作品情報

【公開】
2022年(日本映画)

【監督・脚本】
工藤梨穂

【キャスト】
佐々木詩音、諏訪珠理、伊藤歌歩、甲本雅裕、風吹ジュン

【作品概要】
日本映画を代表する監督たちの商業デビュー作を送り出してきたPFF(ぴあフィルムフェスティバル)スカラシップ第27弾作品。監督・脚本は、『オーファンズ・ブルース』でPFFアワード2018グランプリとひかりTV賞をW受賞した工藤梨穂。

直己役は『オーファンズ・ブルース』にも出演した佐々木詩音。槙役にはW主演作『蝸牛』でMOOSIC LAB 2019の最優秀男優賞を受賞した諏訪珠理。直己に影響を与えるヒロイン・朔子役に伊藤歌歩。直己の父・保役に甲本雅裕。そして槙の養母で、主人公二人が旅に出るきっかけを作る盲目の女性・美鳥役を風吹ジュンが演じる。

撮影は『ディストラクション・ベイビーズ』『寝ても覚めても』『あのこは貴族』の佐々木靖之。録音は『春原さんのうた』『リング・ワンダリング』の黄永昌。エンディング曲には、工藤監督が脚本執筆中から聴いていたsomaの「Primula Julian」を起用。なおsomaは劇中音楽も担当している。

映画『裸足で鳴らしてみせろ』のあらすじ


(C)2021 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

父の不用品回収会社で働く直己(佐々木詩音)と、盲目の養母・美鳥(風吹ジュン)と暮らす槙(諏訪珠理)。2人の青年は、「世界を見てきてほしい」という美鳥の願いを叶えるために、回収で手に入れたレコーダーを手に“世界の音”を求めて偽りの世界旅行を繰り広げていく。

サハラ砂漠を歩き、イグアスの滝に打たれ、カナダの草原で風に吹かれながら、同時に惹かれ合うも、互いを抱きしめることができない2人。

そんなある日、想いを募らせた直己は唐突に槙へ拳をぶつけてしまう。それをきっかけにして、二人は“互いへ触れる”ための格闘に自分たちだけの愛を見出していくが……。

堀木三紀プロフィール

日本映画ペンクラブ会員。2016年より映画テレビ技術協会発行の月刊誌「映画テレビ技術」にて監督インタビューの担当となり、以降映画の世界に足を踏み入れる。

これまでにインタビューした監督は三池崇史、是枝裕和、白石和彌、篠原哲雄、本広克行など100人を超える。海外の作品に関してもジョン・ウー、ミカ・カウリスマキ、アグニェシュカ・ホランドなど多数。




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