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村上由規乃映画『オーファンス・ブルース』感想と評価。工藤梨穂監督の描いた希望を与える光|銀幕の月光遊戯 32

  • Writer :
  • 西川ちょり

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第32回

終わらない夏、汗ばむ肌、記憶が抜け落ちていく中、彼女は幼馴染を探す旅へ出かける。

「ぴあフィルムフェスティバル2018」にてグランプリを受賞した『オーファンズ・ブルース』(工藤梨穂監督)が、5月31日(金)~6月6日(木)、テアトル新宿にて一週間限定ロードショーされます。

“夏は、終わったのではなくて、死んでしまったのではないだろうか?”

寺山修司の言葉から着想を得、工藤梨穂が京都造形芸術大学映画学科の卒業制作として監督・脚本・編集を手掛けた渾身のロードムービーです。

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映画『オーファンズ・ブルーズ』のあらすじ

連日の猛暑に汗ばみながら、紙になにかをせっせと書き付けている女性、エマ。

時々、古本を売って、生計をたてていますが、常連客のおじさんから「頼んでいた本どうなった?」と尋ねられ、驚きます。すっかり記憶から吹き飛んでいたからです。

家に戻って、すぐさま本のタイトルをメモに書きつけます。部屋の壁一面には、そんなメモがずらりと貼り付けられていました。メモをしておかなければ、忘れてしまうことが増えてきたのです。

ある日、エマの孤児院時代の幼馴染であるヤンから手紙が届きます。あけてみると、ヤンが描いた象の絵が出てきました。

エマは、彼を訪ねようとパスに乗りますが、手紙に書かれていた住所に人の気配はなく、仕方なく歩いていくうちに、中華街のような場所に出てしまいました。公衆電話から電話をかけ、「久しぶり。へんなところにでちゃったよ」と喋り始めたエマですが、突然電話を切ってしまいます。

買い物客で賑わう市の中で、すれ違った男性の後ろ姿をみつめるエマ。その男性を追うかのように、来た道を後戻りしていきます。

たどり着いたクラブで、ヤンと同じ孤児院時代の幼馴染である、バンと再会します。バンはユリという恋人を連れていました。

パンとユリはこれからタヒチ旅行に出かける予定らしく、あれもしたい、これもしたいと仲睦まじくしゃべっていました。しかし彼らは店の金を着服していたのです。

追っ手から逃げるパンとユリとともに、エマは、ヤンを探す旅を続けます。

エマ達は、ヤンの妻で、ペンションを経営しているルカを訪ねます。エマが「ヤンは?」と尋ねると、ルカは「そのうち戻ってくるかもしれない。なんにも言わないから」と応えました。

ペンションには休暇で来たという謎の男アキがいました。彼と行動をともにしながら、エマとパンとユリは、ヤンを待つためにペンションにとどまります。

しかし、やがてユリがその生活に退屈し始め、エマとの間に小さな亀裂が生じていきます。そんな中、何があったのか、突然パンが大声を上げ、暴れ始めました。

アキという男は何者なのでしょうか? エマはヤンに会うことができるのでしょうか?

エマの記憶が次第に薄れ始めます。

映画『オーファンズ・ブルース』の感想と評価

エマを演じる村上由規乃の魅力

序盤、カメラは主人公であるエマに密着して、彼女の日常生活を映し出します。淡々とした情景にもかかわらず、なんだか胸騒ぎさえ覚えてしまうのはなぜでしょうか。

何気ない日常にちょっとした違和感を滑り込ませる描写の巧みさもありますが、まず何よりもエマを演じる村上由規乃の一挙手一投足に目が離せなくなるのです。

村上由規乃は高橋伴明監督の『赤い玉、』(2015)でスクリーンデビューを果たし、いきなりキネマ旬報新人女優賞第7位にランクイン。『菊とギロチン』(2018/瀬々敬久)、『クマ・エロヒーム』(2018/坂田貴大),『雪子さんの足音』(2019/浜野佐知)などに出演している期待の新鋭です。

本作で彼女が見せる、タバコを吸う、水を飲む、立ったままラーメンを鍋からすする、食事のあとに口の周りを拭う、といった一つ一つの動作に漂う、シャープな精悍さに魅了されずにはいられません。

その精悍な佇まいが際立っているがゆえに、映画の終盤に見せるまったく違ったエマの姿に、深い悲しみと、不思議な安堵を覚えてしまうのです。

忘却と終わりの予感

日本だけれど、どこか別の国のようにも感じられる無国籍さと、現代の、今、この時のように見えるけれど、遠くはない近未来のようでもある時代背景。そこからは、そこはかとない終末感が漂っています。

ペンションで知り合った謎の男アキは、美しく煌めく海を眺めながら「もうこの海もだめらしい」と言い、自分はこのあとの準備をしていると述べています。

それがどんな準備なのか、彼は明らかにしませんし、会話した相手であるバンも、その話を追求することはありません。いつの日か終わりがやってくることだけは感じているけれど、まだもう少し先だろうと達観して生きている彼らの日常が見えてきます。

エマはたった今していたことも突如として忘れてしまい、ついこの間言ったことを繰り返して語るなどして、周りの人間を一瞬困惑させます。しかし、彼ら、彼女たちは、その困惑を飲み込み、何気ないふりをし続けます。

何かが失われていく様を直視し、指摘するのを畏れているようでもあり、ここでも人々は静かに沈黙するしかありません。

けれど、ヤンという一人の男性に対するそれぞれの激しい感情が爆発する時、人間性はむき出しになり、愛の深さと重さが立ち現れるのです。その対比が鮮やかに描かれています。

希望を与える光

本作には「光」が印象的に使われています。停電の中、懐中電灯をつけたり消したりする場面は、エドワード・ヤン作品を思い出させます。

ライトが当たるエマの方は、楽しげな笑顔ですが、カメラがライトを照らすバンの方を向くと、バンが「モールス信号」というように、ただ暗闇に丸い光が点滅しているだけの画面になり、その違いがユニークです。そして暗い画面の中、雨が降りしきる窓の向こうの緑の景色の美しさに思わず目を奪われてしまいます。

終盤にもエマとバンの間での光のやり取りがあります。エマを追いかける際、彼女が好きな8センチCDを失敬してきたバンはCDを介してエマの顔に光をあて、エマも同じように光を送ります。

これぞ8センチCDの正しい使い方だと思わず言いたくなってしまうほど、このシーンは幸福感に満ちていました。

夏の景色は瑞々しく青々としていて美しさに溢れています。しかし、そこには大きな悲しみがやどっているようにも見えます。

ただ、この光の交歓に、この世界を生きていく上でのわずかな希望が託されているのではないでしょうか。

まとめ

音楽の使い方も秀逸です。全体としては音楽がない場面の方が多いのですが、ここぞという時に、絶妙に鳴り出し、しかもどの音楽も最高にかっこいいのです。

音のならないCDや、壊れたラジカセから流れる壊れた音も、一つの音楽として重要な役割を果たしています。

村上由規乃については前述しましたが、バンを演じる上川拓郎、ユリ役の辻凪子、ルカ役の窪瀬環ら、役者たちも皆、いい顔立ちをしていて、久々に役者の”顔力“を感じることができました。

初長編にしてこれほどの作品を生み出した工藤梨穂監督の今後の活躍が楽しみであると同時に、彼ら、彼女たちとまたスクリーンで出会うのが楽しみでなりません。

映画『オーファンズ・ブルース』は、2019年5月31日(金) ~6月6日(木)、テアトル新宿にて一週間限定ロードショーされます。

次回の銀幕の月光遊戯は…


(C)2016 Opus Film, Telewizja Polska S.A., Instytucja Filmowa SILESIA FILMOWA, EC1 Lodz -Miasto Kultury w Lodzi

6月1日(土)より公開されるポーランド映画『メモリーズ・オブ・サマー』をお届けする予定です。

お楽しみに!

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