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Entry 2020/02/14
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映画『ファンシー』山本直樹×廣田正興監督インタビュー|現実と幻想、対極だからこそ“フィクション”は自由でいられる

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  • Cinemarche編集部

映画『ファンシー』はテアトル新宿ほか全国順次公開中!

人気漫画家・山本直樹の短編を原作に、国内外の映画作品にて圧倒的な存在感を放つ名優・永瀬正敏を主演に迎えた廣田正興監督の長編デビュー作『ファンシー』

時が止まったかのような温泉街で、永瀬演じる元・彫師の“郵便屋”、窪田正孝演じるロマンティストの詩人“ペンギン”、小西桜子演じる詩人のファン“月夜の星”……現実とファンタジーの狭間で揺らめく男女3人の関係性をスリリングに映し出した作品です。


photo by 田中舘裕介

このたび映画の公開を記念し、原作者である漫画家・山本直樹さん本作が初の商業長編作品となる廣田正興監督にインタビュー

漫画と映画、それぞれの作り手の視点からみたキャラクターたちの設定や関係性、人生における“現実”と“幻想”、そしてフィクションの意義など、たっぷりお話を伺いました。

それぞれの“イメージ”が生み出した漫画/映画

原作者の漫画家・山本直樹さん


photo by 田中舘裕介

──はじめに原作にあたる短編漫画についてお聞きしたいのですが、ペンギンというキャラクターは詩集『花守』などで当時人気を博した詩人・横瀬夜雨(1878〜1934)がモデルになっていると伺いました。

山本直樹(以下、山本):小説家・評論家として知られている伊藤整(1905〜1969)の『日本文壇史』が好きでずっと読んでいたんですが、その中で横瀬夜雨のことを知ったんです。純粋に「面白い人がいるなあ」と思い、そのまま漫画として描きたいと思いつきました。彼を“ペンギン”として描こうと決めた決定的な理由は、今では忘れてしまいましたが……。

僕は「漫画を描こう」と思った時、書きたい一場面を思い浮かべてから逆算して物語を組み立てていくことが多いんですが、当時は「ペンギンが血に染まりながら坂を歩いている画」が思い浮かび、そこから想像を膨らませていきました。

廣田正興監督(以下、廣田):想像を膨らませていく中で、郵便屋の鷹巣という登場人物を作られたのはなぜですか?

山本:ペンギンは外に出られないキャラクターですから、ファンレターを運んでくるには郵便屋さんが不可欠で、「じゃあ、その二人で関係性を作ろう」と思ったんです。

そのことに言及する描写として、漫画の作中「あなたは恋のメールマン」という詩が登場するんですが、個人的にはとても気に入っています(笑)。フラットコメディーのようなテイストの作品にしたかったので、漫画の作中で挿入される詩は大体ふざけたものにしているんです。

廣田:本作は詩を扱った作品であるため、映画でも詩のイメージを描き出そうと、劇中冒頭の詩を僕も山本先生のように書いてみたんですが……“詩を書く”という行為って、なんだか恥ずかしくて。ですが、自分の思いや言葉をさらけ出すことに対して嬉しさのような感情を抱いていることにも気づいて、改めて「詩って奥深いな」と感じられましたね。

廣田正興監督


photo by 田中舘裕介

──映画では、ペンギンは「詩」という言葉または文字、鷹巣は「刺青」という装飾画を介してそれぞれが“イメージ”に執着していますね。郵便屋・鷹巣に“彫師”というオリジナル設定を加えたのはなぜでしょうか?

廣田:原作を読んだ際、「鷹巣はペンギンに対して、“アーティスト”としてのシンパシーを感じているんじゃないか?」という想像が広がったんです。ですが、その想像に基づく脚色を進めるにあたって、“幻想”をゆくペンギンとの対比を強調するためにも、鷹巣にはもっと“現実”を背負わせたほうがいいだろうとも思いました。

また祖父が日本刀の鑑定士だったこともあり、僕自身の中に“美を追求する職人としてのアーティスト”の姿が原風景として存在していたんです。さらに鷹巣役の永瀬正敏さんは、俳優であると同時に写真家でもある。そうして“画というイメージに対して強い美意識を持つ、職人としてのアーティスト”の像が形作られていった時に、彫師という職業が出てきたわけです。

くわえて、「山本先生が漫画で描かれる人間の肌の質感を、どうすれば表現できるのか?」と考えた時に、刺青というモチーフを用いたらその質感、触感を映画として伝えることができるかもしれないとも感じられたのも理由の一つですね。

鷹巣とペンギンは“表裏一体”


(C)2019「ファンシー」製作委員会

──郵便屋・鷹巣と詩人・ペンギンの関係性は、形は違えど、原作漫画・映画それぞれに独特なものがありますよね。

山本:そもそも漫画だと、ペンギンは人間ではないですからね。

廣田:そうですね。原作ではペンギンとして描かれていた詩人を、映画では逆に人間へもどし「自分をペンギンだと思い込んでいる詩人」として描きました。

山本:漫画での鷹巣はペンギンに対して差別的な目線といいますか、どこか見下した感情を抱いています。詩に対しての畏敬の念もないし、「たかがペンギンなのに」という思いもある。それでも友達付き合いを続けているのは、ペンギンとの関係の中に“娑婆”にはないものを見出しているからです。そういう意味では、人でないものに対する蔑みと憧れがない交ぜになっている感情の様を描けたら面白いなと執筆当時は考えていました。

先ほど、廣田監督が映画化にあたって鷹巣のバックグラウンドを描こうとしたというお話がありましたが、「鷹巣は娑婆から逃げてペンギンのところに来た」という裏設定も漫画からは読み取れるのかと私も今になって気づきました。


photo by 田中舘裕介

──一方で映画では、鷹巣とペンギンを対照的なふたりとして描きつつも、“アーティストとしてのシンパシー”と廣田監督が言及されていたように「実は似たモノ同士なのではないか」と感じられる描写も見受けられました。

廣田:漫画でも描かれていますが、鷹巣はペンギンの書斎にいる時、すごくリラックスしていますよね。どこか波長が合うところがあるんだと思います。

山本:こういう関係性はほかの映画作品にも見出せるかもしれませんが、鷹巣は決してペンギンと“バディ”というわけではないんです。完全に信頼し合っている関係ではないけれど、どこか他人にとられたくない思いも抱いている。だからこそ月夜の星に対しても、「女の子にペンギンをとられた」という無意識的な嫉妬を抱いてしまうんです。

廣田:わかります。僕自身もバディものの作品が好きなことも相まって、原作を読んだ際に「こんなにも男同士ふたりの関係性がフューチャーされている作品に出会ったのは初めてだ」と感じました。表裏一体のような関係性に強く惹かれましたね。

鷹巣が背負う“男らしさ”


(C)2019「ファンシー」製作委員会

──男同士の関係性に注目してみると、『ファンシー』は漫画・映画ともにホモソーシャル、ひいては“男らしさ”と呼ばれることもある男性性についての物語でもあるのかもしれません。

廣田:そうですね。郵便屋と詩人というふたりの関係を描いた話ではありますが、鷹巣が“男らしさ”を背負っている面が漫画でもありますよね。

山本:わりと記号的なものではありますけどね。

廣田:記号的な“男らしさ”は時代が移っていくごとに少なからず変化するし、移ろいがあるからこそ“変わらない男らしさ”を押しつけられることもあるじゃないですか。そして男という存在はそういった移ろいのたびに、“男らしさ”に対する苦しみを感じていると思います。映画では、その苦しみも鷹巣に背負わせました。

山本:ペンギンという存在は、そういった“男らしさ”に対しても自由ですからね。

廣田:原作の漫画は短編にも関わらず、“男らしさ”の意義も、女性の強かさや逞しさも、さらには生や死についても描かれています。だからこそ漫画がもつ引力は物凄くて、その引力に僕だけでなくキャストも引き込まれた結果、面白い人々が集い、映画という形を成したんだと感じています。

現実と幻想の狭間で揺らぎ


(C)2019「ファンシー」製作委員会

──鷹巣とペンギン、月夜の星とペンギンの関係性など、作品全体を通じて現実と幻想の“温度差”とそれゆえに生まれる葛藤が描かれていますね。

山本:言葉の海、幻想を泳ぐことのできるペンギンは、現実から非常に自由な存在です。ですがその一方で、実は“地に足がついてないもの”の象徴でもあるんですよね。だからこそ、ひとたび現実に出ようとすると死にかけてしまうわけです。

廣田:死にかけてしまうことを知っているにも関わらず、月夜の星が現れたのをきっかけに、現実を求めていくようになる。ペンギンの心が揺れていく様がとても切ないですよね。ペンギン役の窪田正孝君はその揺らぎを見事に演じてくれました。

山本:そうなんです。ペンギンは月夜の星という女の子を当初は「ただのファン」と認識していたはずなのに、彼女から自身にとっての他者性を見出してしまい、やがて現実に触れざるを得なくなるんですよね。そしてそれに対して、現実と幻想を行き来できる鷹巣が、月夜の星が持ち込む現実からペンギンを守っていこうとするんです。

──そこで自由に泳ぐことはできないけれど、幻想の意味と価値を知っているからこそ、鷹巣はペンギンを守ろうとするわけですね。

廣田:映画劇中、鷹巣がペンギンに向かって「全部お前の時間だろ」と語る場面がありますが、実はあのセリフは、本作で鷹巣の父役を演じられた宇崎竜童さんが実際に僕へ投げかけてくださった言葉なんです。僕が仕事で忙しく苦しかった時、その言葉によって救われたので脚本でも使わせていただいたんです。

宇崎さんの言葉をはじめ、映画化に向けて『ファンシー』の世界をより自分へと近づけるためにも、永瀬さん演じる鷹巣に僕自身を投影した部分が大きかったのかもしれません。漫画を読んで感動した部分を描きつつも、自分にとっての現実と幻想への思いを織り交ぜていきました。

現実と幻想、そしてフィクションとは


photo by 田中舘裕介

──山本さんは漫画家、廣田監督は映画監督という作り手として“フィクション”という名の幻想を生み出し続けていますが、お二人にとっての現実と幻想、そしてフィクションとは何なのかを最後にお聞かせ願えませんか?

山本:生きて、暮らして、死ぬことが現実であり、それ以外は全部フィクションだと感じています。

僕にとっては、言葉もまた全てフィクションです。生きていくことにとって、つまり現実にとって大事な道具ではありますがそれ自体は“目的”ではない。あくまでも道具的存在ですから、道具と現実を一括りにしてしまうのはよくないですよね。

だからこそフィクションの中では何でもありで、ペンギンが詩人であっても構わない。現実と幻想は違う。だからこそ自由でいいと思っています。


photo by 田中舘裕介

廣田:山本先生が仰ったように、死と生が一直線上にあるとは僕も思っています。映画の劇中では様々な死の要素を描いていますが、それゆえに性的な要素が生きていることの象徴としてより一層輝いているはずです。

それと同様に、現実と幻想も対極にあるからこそ互いに輝くことができる。現実があるからこそ、幻想がみられるんだと思っているんです。どちらかの世界の中だけで生きようとすると、必ず限界が訪れて苦悶してしまう。それを避けるためにも、“狭間”にいようとすることも大事なんだと。

僕自身も若いころは「面白いことを考えなきゃ」と常に焦っていましたけど、そう感じる時ほど、創作の世界、幻想の世界だけに閉じ籠らない方がいいんですよね。日常の生活という現実があるからこそ、面白いことへの空想がより掻き立てられるいいますか。山本先生のようにテニスをしたり、おいしいものを食べたりする中で、いろいろな面白いことが浮かんでくるんだろうなと思います(笑)。

インタビュー/河合のび
撮影/田中舘裕介
構成/三島穂乃佳

山本直樹(やまもと・なおき)のプロフィール

北海道出身。1984年、『私の青空』でデビュー。ストーリー性のある青年漫画を描く一方で、大胆な性描写で成人向け漫画でも話題になる。

1991年に発表した『BLUE』ではその過激な描写が論争となるが、その後も作風は変えることはなく、1995年の『ありがとう』では「家族とは何か?」を問いかけたテーマ性も高く評価された。

『あさってDANCE』『君といつまでも』『bありがとう』など多くの作品が映画化。さらに2006年より連合赤軍事件を題材にした『レッド』(イブニング/講談社)を連載開始。同作は、2010年に第14回文化庁メディア芸術祭優秀賞を受賞した。

廣田正興(ひろた・まさおき)監督のプロフィール

岩手県出身。市川準監督、古厩智之監督作品などの助監督を経て、TV版『私立探偵濱マイク』のメイキング撮影をはじめ、庵野秀明、熊切和嘉、佐藤信介、三木聡、白石和彌、大根仁、三池崇史監督など数々の映画作品のメイキングドキュメントを演出。

そのほかにも、監督としては短編映画『個人』が東京国際ファンタスティック映画祭600秒、第二回仙台短篇映画祭など、多くの映画祭で入選。中編映画『代々木ブルース最終回・地図とミサイル』は仙台短篇映画祭、日米メディア協会、山形国際ムービーフェスティバルなどで招待上映されたのち、ユーロスペース2などで劇場公開された。さらに2012年には『P【ピー】』で第2回 O!!iDO短編映画祭優秀賞を受賞している。

本作は廣田監督にとって初の商業長編作品となる。

映画『ファンシー』の作品情報

【公開】
2020年2月7日(日本映画)

【原作】
山本直樹

【監督】
廣田正興

【脚本】
今奈良孝行、廣田正興

【キャスト】
永瀬正敏、窪田正孝、小西桜子、深水元基、長谷川朝晴、坂田聡、今奈良孝行、飯島大介、吉岡睦雄、澤真希、阿部英貴、ガンビーノ小林、つぼみ、尚玄、川口貴弘、榊英雄、佐藤江梨子、外波山文明、宇崎竜童、田口トモロヲ

【作品概要】
『あさってDANCE』『BLUE』『ありがとう』などで熱狂的なファンを獲得し、連合赤軍をモデルにした『レッド』では文化庁メディア芸術祭・漫画部門優秀賞を受賞した山本直樹の同名短編を、本作で長編デビューを飾る廣田正興監督が独自の脚色によって映画化。

彫師にして郵便屋の主人公・鷹巣明役を務めるのは、ジム・ジャームッシュ監督の作品などで世界的に活躍する映画俳優の永瀬正敏。そして原作漫画ではペンギンそのものとして描かれている人気の詩人・ペンギンを、映画やドラマに引っ張りだこの実力派俳優・窪田正孝が演じます。

また対照的なふたりの男の間で「少女」から「女」へと変貌してゆくヒロイン・月夜の星を、2019年の第72回カンヌ国際映画祭に出品された三池崇監督・窪田正孝主演のラブ・ストーリー『初恋』のヒロイン役にも抜擢された注目の女優・小西桜子が演じています。

さらに田口トモロヲ、宇崎竜童、佐藤江梨子といった個性豊かな俳優たちが脇を固め、泥船のごとき人生を生きる人間たちのおかしみと哀感に満ちた群像ドラマを彩ります。

映画『ファンシー』のあらすじ


(C)2019「ファンシー」製作委員会

とある地方の寂れた温泉街。時が止まったように昭和の面影を色濃く残すこの町で彫師稼業を営む鷹巣明(永瀬正敏)は、昼間は郵便配達員として働き、町外れの白い家に住む若き詩人にファンレターを届けています。

一日中サングラスをかけている謎めいた鷹巣と、ペンギン(窪田正孝)と呼ばれる浮世離れしたポエム作家はなぜかウマが合い、毎日たわいない雑談を交わしていました。

そんなある日、ペンギンのもとに彼の熱狂的なファンである月夜の星(小西桜子)という女子が「妻になりたい」と押しかけてきます。

折しも地元の町では、ヤクザの抗争など血生臭い出来事が続発。やがてニヒルで粗暴な鷹巣、ロマンティストで性的不能のペンギン、少女のように夢見がちな月夜の星が陥った奇妙な三角関係は、激しく危うげに捻れていくのでした……。

映画『ファンシー』はテアトル新宿ほか全国順次公開中!





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