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Entry 2023/12/30
Update

【太田真博監督インタビュー】映画『エス』周囲の人々への感謝によって“人間”になる×人と人の間に生まれる“気配”を映し出す

  • Writer :
  • 松野貴則

映画『エス』は2024年1月19日(金)よりアップリンク吉祥寺にて劇場公開!

太田真博監督が自身の逮捕体験から着想を得て構想を重ね、罪を犯した者と彼を応援する人々の友情の破壊と再生を描いたヒューマンドラマ映画『エス』が、2024年1月19日(金)よりアップリンク吉祥寺にて劇場公開されます。

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭・長編コンペティション部門にノミネートされた『園田という種目』(2016)から7年の時間を重ね、太田監督がさらなる深い構想の末に制作した長編映画です。


(C)藤咲千明/Cinemarche

このたびの劇場公開を記念し、太田真博監督にインタビューを敢行。

「自分は初めて『人間』になれた」と語った本作の制作・劇場公開に対する想い、映画制作時に大切にされている友人の言葉、映画を通じて切り取りたい「人と人の間にある気配」など、貴重なお話をお伺いしました。

上原拓治プロデューサーの言葉を信じて


(C)2023 上原商店

──ご自身の逮捕体験から着想を得た映画『エス』を制作するに至った経緯を改めてお聞かせください。

太田真博監督(以下、太田):2016年にSKIPシティ国際Dシネマ映画祭で『園田という種目』が上映された時、のちに『エス』のプロデューサーを務めてくださった上原拓治さんが、作品を観た上で私に声をかけてくれたんです。

「今だからこそ、『園田という種目』を再構成し映画として生み出す意味があるのではないか」という上原さんの言葉に背中を押され、その言葉を信じて動き始めました。

──ご自身の構想や想いを再構成する上で、どのようにして作品としての「アップデート」を試みたのでしょうか。

太田:実は、そこまで意識はしていないんです。「前作から7年」という時間の経過の中でも、映画監督として、一人の人間として年齢も思索も重ねてきました。自分自身で意図せずとも、自然と生まれる変化はあるだろうと感じていました。

とにかく上原さんの言葉を信じ、導かれるように構想や脚本を固めていきました。そのおかげで、自分自身が過去に犯してしまった罪を改めて見つめ直すことができましたし、また一歩踏み出していけるような気がしているんです。

感謝を実感し、初めて「人間」になれた


(C)2023 上原商店

──上原プロデューサーに導かれながらも完成された『エス』の劇場公開が決まった現在、どのような心境なのでしょうか。

太田:今まさに、色々な方に『エス』の劇場公開を宣伝しに行っている最中なんですが、そうして『エス』という作品の存在を伝えることは、自分自身がかつて犯した罪を広めることにもなります。

正直なところ、自分が過去に犯した罪を周りの人々がどれほど把握しているのか、私も一人一人に詳しく尋ねて聞いたわけではないので、分からない部分もあるんです。過去の罪を知った上で一緒にいてくれる人、それを知らない人、知っているのか知らないのかも把握できていない人など様々です。

10年以上経った今も、自分の犯してしまった過ちを反省しています。ただ、反省の想いだけではない、違った側面の想いも自分の中にはあるんです。言葉にするのは難しいですが、「それでも、一緒にいてくれたんだ」という周りの人々への感謝と言えるかもしれません。

また映画は、あくまでも「フィクション」です。だからこそ、作中の登場人物であり罪を犯した染田を、自分とは別人として捉えることで、私自身の過去に対して反省を抱きながらも、客観視もできたのではと思っています。いかに自分の行いが誰かを不快にさせ、軽率だったか。そのことを染田を通して、改めて見つめ直せました。

そして、映画を制作している時、宣伝をしている時それぞれの場面で、こんなことをしてしまった自分を周りのみんなは諦めないで居てくれたんだとも。

そう思うと、月並みな表現かもしれませんが、感謝の気持ちが湧き続けるんです。過去の過ちから10年以上が経ちましたが、自分は初めて「人間」になれたような心持ちでいます。

「演劇+テレビドラマ」が形つくる映画


(C)藤咲千明/Cinemarche

──ご自身の中で周りへの感謝や過去の自分への客観性が帯びていく中で、監督としては何を大切に、映画の撮影に臨まれたのでしょうか。

太田:本作を含め、私が演出をする時に大切にしていて、出演する俳優さんにも常にお伝えしていることが二つあります。

一つは、俳優さんにはあえてセリフを一字一句変えないようにしてもらうこと。そしてもう一つは、「自分のため」ではなく「相手のため」に演じてもらうことで、結果的にその俳優さん本人を輝かせられるということです。

例えば、脚本上、誰かが部屋を出ていく動きが指定されていたら、それを成立させるために周りの皆が演じなければならないんです。自分のセリフやキャラクターばかりに囚われるのではなく、他の俳優さんや役のために演技をすることが大事だと考えています。

本作に集まってくださったキャストの中で数人は、そのことをよく理解してくださっている方たちだったので、彼らに初参加の俳優さんたちをリードしてもらいつつも、リハーサルを重ね本番に臨みました。全員が全員、バトンを渡し合いながら個々のシークエンスを紡いでいくことで、結果的にそれぞれの役が輝く作品になったと感じています。

──本作におけるセリフや物語の展開は、非常に軽快でした。太田監督は舞台作品で俳優としても活動されていましたが、映画の撮影においても「舞台」の視点は意識されているのでしょうか。

太田:そう仰っていただけることが多いんですが、実は舞台というのは意識していないんです。

以前ある人に言われて「確かにそうかもしれない」と感じたのは、「太田君が制作する映画の世界は『演劇+テレビドラマ』なのに、なぜかちゃんと『映画』になっている」という言葉です。

実際、自分が思春期の頃に影響を受けたのは、テレビドラマなんです。中3の時には1クールで17本ドラマを観ているほど好きで、『東京ラブストーリー』(1991)や『愛という名のもとに』(1992)を手がけたフジテレビのプロデューサー・大多亮さんに「弟子にしてください!」と手紙を出そうとしたら、母親に全力で止められたこともあります(笑)。

今でも俳優の皆さんと自主的な稽古をすることがあるんですが、その際に使うのは向田邦子さんや山田太一さんの書かれた脚本なんです。ちなみに一番好きなのは野島伸司さん脚本の『未成年』(1995)ですが、同作に出演された河相我聞さんにも『エス』に出演していただけたことは、本当に心から感激しました。

自分の映画制作を含む創作活動は、「テレビドラマ」の視点が根底にあるのかもしれないです。「演劇+テレビドラマ」という言葉を伝えてくれた方は、私にとっては本当に大切な友だちでもあるので、今でも映画を制作する時はその言葉を大切にしています。

人と人の間に存在する気配を映す


(C)藤咲千明/Cinemarche

──「『演劇+テレビドラマ』が『映画』になる」は、太田監督独特の面白い方程式ですね。

太田:撮影の中で俳優さんたちの演技を写し取る時にも、この考え方は大切にしています。例えば、ワンシーンワンショットはなるべく避けるようにしているんです。

もちろん、その手法が映像効果として成功している作品も数多くありますが、今観客が観たい役の表情や雰囲気を切り取りきれない瞬間があるのも事実です。そういう意味ではテレビドラマとも共通する、観客にとっての見やすさや誘導はある程度必要だと思っているんです。

ただしこれは、ある意味「暴力性」を帯びています。観客の目線や視点を誘導することは、観ている人の選択肢を奪ってしまう可能性を常に孕みますから。映画を制作する時はいつも、そんな映像ならではの「暴力性」との葛藤があります。

私が映画で映し出したいのは「『人と人の間』にあるもの」であり、それは「気配」とも、人と人が織りなす化学反応ともいえるかもしれません。たとえばこれは、私自身、そして映画を生み出す者としてのテーマの一つでもあるのですが、「人間の正しさ」って複雑だと思うんです。

ある特定の出来事に対し、正しいか誤っているかは簡単に判断できるかもしれません。事実、私の犯してしまった罪は完全に人として誤っていましたし、弁明の余地もありません。

ただ一方で、誰かのデメリットは、他の誰かのメリットにもなることがあるのではないか。あるいは、人が一生懸命生きていくために動いたせいで、誰かが腹を立てたり、傷ついたりするのではないか。そして、それでも人は、生きていこうと思う生き物でもあるんだと思うんです。

他人のことを悪く言うのは、その人が生きていく上で仕方のないことかもしれません。ですが一方で、その行為は、他人が健やかに生きていける範囲に留めてほしいとも感じるんです。

そうした人間と人間の関わりから生まれる複雑で割り切れない善悪、そこから生まれる空気感を映画に収められればと、本作を通して改めて実感しました。

インタビュー/松野貴則
撮影/藤咲千明

太田真博監督プロフィール

1980年生まれ、東京都出身。小劇場を中心に俳優として活動後、2006年から自主映画制作を開始。2007年にはTVCMディレクターとしても活動を始め、滝藤賢一主演作『笑え』(2009)を名古屋・大阪で公開。続いて長編映画『LADY GO』(2010)が多くの映画祭に入選し、数々のグランプリに輝く。

2011年、不正アクセス禁止違反容疑などにより逮捕され、30日余りを留置場で過ごす。その後、2016年には自らの犯罪をモチーフとした作品『園田という種目』でSKIPシティ国際Dシネマ映画祭長編コンペティション部門にノミネート。福井映画祭長編部門ではグランプリを受賞する。

映像業界での活躍を期待されていた矢先の転落を生々しく描くことで、映画監督として新しい境地を確立することとなる。独特な演出法により、俳優陣からも厚い支持を受け、本作の劇場公開に至る。

映画『エス』の作品情報

【公開】
2023年(日本映画)

【監督・脚本】
太田真博

【プロデューサー】
上原拓治

【撮影監督】
芳賀俊

【キャスト】
松下倖子、青野竜平、後藤龍馬、安部康二郎、向有美、はしもとめい、大網亜矢乃、辻川幸代、坂口辰平、淡路優花、石神リョウ、河相我聞

【作品概要】
とある事件により逮捕され、拘留期間を経て釈放された染田を迎えた大学の演劇サークル時代の仲間たちの間での、友情の破壊と再生を描いたヒューマンドラマ映画。

監督は『園田という種目』(2016)でSKIPシティ国際Dシネマ映画祭・長編コンペティション部門にノミネートし、福井映画祭長編部門ではグランプリを受賞した太田真博。

染田の一番の理解者であり、想いを寄せる女性・千穂役を演じるのは松下倖子。絆の深い仲と自称する男性・鈴村役に後藤龍馬。さらに染田の新作で主演を張るはずだった、がけっぷち俳優・高野役に青野竜平。インディーズ映画に欠かせない実力派俳優たちが作品を彩る。

映画『エス』のあらすじ


(C)2023 上原商店

とある事件を起こし、逮捕されてしまった染田。

新進気鋭の若手映画監督として、まさに売れ始めた矢先のことでした。

染田の大学時代の仲の良い演劇仲間たちは、嘆願書を書く目的で久しぶりの再会を果たします。

釈放された染田に対してそれぞれの想いを抱きながらも、集まる飲み会の場。

仲の良い演劇サークルのみんなで染田を応援するはずだったのですが……。




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