映画『ザ・ヴィジル 夜伽』は、シッチェス映画祭 ファンタスティック・セレクション2020にて上映中!
世界で最も権威ある、SF・ホラー・スリラーサスペンス映画など、ファンタジー系作品の祭典として名高いシッチェス映画祭。
そこで上映された作品の中から、厳選された話題作を日本で上映する“シッチェス映画祭 ファンタスティック・セレクション2020”が、今年も実施されました。
中でも異色の作品というべき存在が、ユダヤ教とユダヤ人の歴史を背景にしたホラー映画『ザ・ヴィジル 夜伽』。
“超正統派”と呼ばれるユダヤ教の一派の人々の生活と慣習が、恐怖の背景になります。
馴染のない設定で描かれた恐怖の背景の正体を、あらゆるホラー映画に精通する高橋ヨシキ、てらさわホーク両氏が深く解説します。
CONTENTS
映画『ザ・ヴィジル 夜伽』の作品情報
【日本公開】
2020年(アメリカ映画)
【原題】
The Vigil
【監督・脚本】
キース・トーマス
【出演】
デイブ・デイヴィス、メナッシュ・ラスティグ、マルキー・ゴールドマン、フレッド・メラメッド、リン・コーエン
【作品概要】
ニューヨーク市のブルックリンにコミュニティを築き、閉鎖的な環境で暮らすユダヤ教「超正統派」の人々。
彼らには死者を偲ぶために、その棺を一晩見守る慣習がありました。その設定を生かして作られたホラー映画です。
監督はユダヤ教のラビの学校に通い、教師としての修士号を取得。その後10年医療分野の臨床研究に携わり、小児喘息やアルツハイマー病の患者に接したキース・トーマス。
若い頃から映画監督になりたかった彼は、回り道を歩んだ後に短編ホラー映画『Arkane』(2017)を製作、プロデューサーの知古を得て、本作で長編監督デビューしました。
『ゴースト・シャーク』(2013)に出演し、 『Bomb City』 (2017) に主演しナッジュビル映画祭・ルイビル国際国際映画祭で受賞した、デイブ・デイヴィスが主演を務めます。
映画『ザ・ヴィジル 夜伽』のあらすじ
ユダヤ教の信仰を棄てた青年ヤコブ(デイブ・デイヴィス)。彼は職も無く困窮していました。
そんな時彼は、ユダヤ教”超正統派”の教会に属するシュラム(メナッシュ・ラスティグ)から、死者の傍らで夜を過ごす「夜伽」の付添人を依頼されます。
亡くなったリトヴァク氏はホロコーストの生存者で、未亡人となったリトヴァク夫人(リン・コーエン)は、認知症を患っていました。
ヤコブは報酬目当てに「夜伽」を引き受けます。しかしリトヴァク夫人が、何かにひどく怯えていると気付きます。
やがて自らも、何か恐るべき存在と対峙していると気付いたヤコブ。果たして正体は何なのか…。
映画『ザ・ヴィジル 夜伽』トークショー
左から高橋ヨシキ氏、てらさわホーク氏
11月7日(土)、ヒューマントラストシネマ渋谷の『ザ・ヴィジル 夜伽』19:00の回終了後、高橋ヨシキ、てらさわホーク両氏のトークショーが実施されました。
ユダヤ教の”超正統派”とは
高橋ヨシキ氏:(以下、敬称略)どこから話していいか難しい映画なんですけど…。
チラシのコメントで書いた、Netflixのドキュメンタリー映画『ワン・オブ・アス』(2017)を見た人はいらっしゃいますか?
これをご覧になると”超正統派”と呼ばれるユダヤ教一派が、いかに「キモい」カルト、古いけど「キモい」カルトだと判ってくれると思います。
彼らは社会と隔絶して暮らし、主にブルックリンにいます。イスラエルにもいますが、イスラエルでは政府が”超正統派”のライフスタイルを貫く方に対し、生活費を支給するシステムもあります。
本作の最初で主人公は、この宗派の信仰を止めて、普通のアメリカの生活に馴染もうとしています。
しかし普通の人とのコミュニケーションもとれず、生活能力も無いように描かれていますが、将に『ワン・オブ・アス』で描かれた通りの事なんです。
てらさわホーク氏:(以下、敬称略)彼は”超正統派”から抜けてきた訳ですね。
高橋ヨシキ:“超正統派”の中で育つという事は、教科書も、学校もコミュニティで作った物だし、救急車や警察みたいな自警団含め、外の世界が無いんです。
“超正統派”の教義と言いますか、ユダヤ教は”律法主義”で「アレをするな、コレをするな」を、いっぱい書いてあるものが有り難い、と思っている人たちなんですよ。
「アレをするな、コレをするな」の教えに則った教育や、コミュニケーションしか教わらず普通の生活、おつりの計算とか出来ないんですよ。
その結果バイトも仕事にも就けず、自分たちで運営しているバスなど以外の交通機関も、どう使っていいのか判らない。日本のカルト集団の中で育った子供たちと基本的に一緒ですね。
てらさわホーク:“超正統派”のコミュニティの中で、閉じた生活をしているので、基本的に仕事をしていないのですか?
高橋ヨシキ:コミュニティの中の店とかで働いていたり、皆で融通し合って生活しています。そこから抜けようとすると、嫌がらせを受けるんです。
『ワン・オブ・アス』で描いていますが、”超正統派”のコミュニティから出て行った人は、大部分が戻ってきちゃう。
外の世界で人間関係を作るのに失敗するか、ドラック中毒になってリハビリに行くか、もしくは犯罪を犯して捕まる、その三択しか無いんですね。
てらさわホーク:確かに、ドキュメンタリーの中で言ってました。
高橋ヨシキ:そういった環境の中で、頑張っている主人公の話だ、それが『ザ・ヴィジル 夜伽』の前提にあります。
『ワン・オブ・アス』をご覧になると、これがどんな状況なのかより判る。
てらさわホーク:より腑に落ちる訳ですね。
コミュニティの中にいる人たちが使う言葉、あれはイディッシュ語でしょうか。
彼らは彼らの言葉を喋り、英語でやり取りをする必要はないという事ですね。
高橋ヨシキ:それ自体はチャイナタウンとか、移民の集まる地区の第1世代の人は、英語が出来なくても暮らせるコミュニティがあります。
それでも2代目、3代目になると段々英語になってくるけど、”超正統派”のコミュニティでは、それをやらないんです。
だから本作の中で、外に出ようとする子が頑張って英語勉強中、と言っていたでしょう。
それをもっと突っ込んで描いても良かったんですよ。何故かって言うと、どんな風に描こうが”超正統派”の人たちは、映画を見に来ないから(笑)。絶対大丈夫。
てらさわホーク:これを突っ込んで描くと、そっちの方が怖いよ、という話になるかもしれません。
新人監督が巧みに見せた怖さを分析
高橋ヨシキ:この映画の何が上手いかって言うと、ほとんど何も起きていないのに凄く怖い。見せる力がありますね。
てらさわホーク:何かガタガタ物音がする、誰かいたような気がするとかね。
高橋ヨシキ:あと『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(1999)もそうですけど、脱出しようと思って帰っても、元の場所に戻らなきゃいけない。これの新しいバージョンが描かれ、あれは面白かったですね。
あと「夜伽」と言いますか、死体の横で寝泊まりする。日本でも普通に、「お通夜」としてやりますよね。
普通のクリスチャンの家庭とか、現代的なアメリカ人はやらないカルチャーなんで、それが怖いってのもあるんでしょう。
てらさわホーク:でも全然知らない人の「夜伽」を、お金もらってやるのもなぁ…。
あ、そうか。それがコミュニティの、同族と呼ぶか家族と呼ぶか、知らない人とは言わない共生力でしょうか。
高橋ヨシキ:つながりの強い、ファミリー感の高いコミュニティには良い所もあって、風邪ひいて苦しい時に、回りの人が面倒見てくれるとか。旧来の村社会でもあったことだけど。
都会の個の生活に慣れると、他人とのつながりが足りなくて困る人がいっぱい出てくる。
てらさわホーク:知らない世界に映画で触れるのは、良いものだと改めて思いました。
本作のクライマックスで、主人公がカッコいいのが、腕にぐるぐる巻いて聖句箱を身に付ける姿。
高橋ヨシキ:あの箱にトーラー、ユダヤ教の律法の一部が入っているんですね。
てらさわホーク:急に山伏っぽい感じの、カッコいい姿になる。そういう新しさに触れました。
で、何するんだろうと思ったら、単に前に向かって歩いて行くだけでビックリしました。壁が忙しかったですけど(笑)。
高橋ヨシキ:あれはね、伝統的に。『反撥』(1965)とか…。
てらさわホーク:『エルム街の悪夢』(1984)とか。壁からにゅーっと出てくる。
知らないコミュニティの怖い話で始まり、主人公の彼がそこまで精神的に参っていたと、だんだん判ってくるじゃないですか。
最初は怖いな、怖いなと思うんだけど、主人公にはいつもの幻覚や幻聴がまた来ちゃった、という感じなんでしょうね。
高橋ヨシキ:彼はカウンセリングを受けていた、現実との折り合いが上手くいってない描写でしょう。
てらさわホーク:そこからの展開が新しいなあ、と思いました。カウンセラーの先生に電話して、というくだりが怖くて良かったです。
そういう新しい試みもありつつ、最終的には良い所に着地するじゃないですか。監督さんは、これがデビュー作の方ですね。
高橋ヨシキ:最後の所も、あの後ろのモノが、こっち来るんじゃないかって、ずっと見ちゃう。本当に憎い演出ですね。
ホラー映画を通し異文化を見る
てらさわホーク:知らない世界の、知らない文化が背景にあるから、何がどうなるか判らないし、そこに放り込まれる怖さもありました。
高橋ヨシキ:そう、奇怪な風習とかを、我々は外部から見ている訳だから。
映画って引っ越して始まるものが多いですね。まず主人公が知らない所に着いて、観客も主人公と同じ体験をする。
または主人公は知っているけど、観客は知らない所に戻ってくる。
てらさわホーク:田舎ホラーとかもそうですよね。知らない所に行ったら、右も左も判らない状況で。
そうか、この映画の主人公は知っている…。
高橋ヨシキ:前にも「夜伽」のバイトをやっている。
てらさわホーク:新しい構図ですね。
高橋ヨシキ:あと悪魔も、クライマックスのナチ絡みの所のシーンも。
言っちゃえば『ドミニオン』(2005)という、『エクソシスト4』のポール・シュレーダーの監督したバージョンの方ですね。
他に『ソフィーの選択』(1982)的な、いやみな感じを出したと思うんですけど、そこをグラマラスに描くと問題があると言うか…結構やってる方だと思いますけど。
それをあの様に描くのは、『サウルの息子』(2015)とか、それ以降の映画だなぁと感じます。
てらさわホーク:生き残った人が、罪悪感を引きずってしまうという話ですね。
高橋ヨシキ:スピルバークだったら、ナチの方が溶けて終わりですよ(笑)。
あれは神様がやった事で、こっちは悪魔ですから、話は別ですよ。
てらさわホーク:確かにスピルバークだったら、ここがパカーッと開いて、ピカーと光って…(笑)。
高橋ヨシキ:NYの人でないと、日常的に”超正統派”の人々を目にする機会は無いですが、この映画を見終わると、見る目が変わるというのは面白いです。
てらさわホーク:映画を見てても、あの恰好をした人出てきますよね。
高橋ヨシキ:『ゴーストバスターズ』(1984)にも出てきました。やっぱりNYの人、という印象がありますね。
高橋ヨシキ&てらさわホーク:本日はありがとうございました。
まとめ
ユダヤ教の”超正統派”とは何かを中心に、ホラー映画『ザ・ヴィジル 夜伽』について両氏が詳しく語ってくれました。
彼らが行う、日本の「お通夜」に似た「夜伽」。
滝田洋二郎監督の『おくりびと』(2008)のアカデミー外国語映画賞受賞も、ハリウッドのユダヤ系の人々の共感があったから、と言われています。
本作にはユダヤ文化の悪魔“マジキム”が登場します。害をなす精霊たちを意味する言葉で、悪魔というより悪霊、というべき性格を持つ存在です。
こういった人間に憑依する悪霊を、イディッシュ文化では“ディブク”と呼びます。この”ディブク”を扱ったホラー映画が『キラーソファ』(2019)でした。
ソファが人を襲うというトンデモ設定の、本作とは余りに性格の異なるホラー映画です。
しかしユダヤ文化の悪霊が登場する、意外な共通点が本作との間に存在しています。
ホラー映画を通して異文化に接し、未知の恐怖の対象を知る。これは楽しい体験でしょう。
本作はユダヤ教のラビの学校に通い、医療分野でアルツハイマー病患者に接した、キース・トーマス監督の体験が生かされた映画です。
映画に登場するアルツハイマー病の老婦人は、不気味で信用できない存在です。
しかし同時に、怖いお婆さんとは限らない、と語る監督。このキャラクターは、彼が接してきた患者から生み出されたものでした。
本作は記憶を巡る物語であり、精神疾患を扱ったホラー映画です。それらの問題を抱えた登場人物が、ある種の敬意を持ち描かれたのも、経験を積んだ監督ならではの姿勢です。
同時にキース・トーマス監督はホラー映画を愛する人物。ユダヤ人設定のホラー映画のアイデアはまだあるとの事。今後の作品にも注目です。
映画『ザ・ヴィジル 夜伽』は、シッチェス映画祭 ファンタスティック・セレクション2020にて上映中!