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Entry 2020/10/29
Update

映画『恐怖ノ黒電波』あらすじと感想考察レビュー。ガチ怖で日常が変わる不条理ホラーがやばい!【シッチェス映画祭2020】|SF恐怖映画という名の観覧車127

  • Writer :
  • 糸魚川悟

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile127

10月よりコラム内で5回に渡りご紹介させていただいた「シッチェス映画祭 ファンタスティック・セレクション2020」上映作品特集も遂に最終回を迎えます。

従来のスケジュールでは11月4日掲載予定の当コラムですが、10月30日より開催されるシッチェス映画祭を記念し繰り上げて掲載させていただきます。

と言うわけで、今回は「シッチェス映画祭 ファンタスティック・セレクション2020開催記念特集」最終回として、日常が未知の感覚に侵食される恐怖を描いた不条理ホラー映画『恐怖ノ黒電波』(2020)の魅力をご紹介させていただきます。

【連載コラム】『SF恐怖映画という名の観覧車』記事一覧はこちら

映画『恐怖ノ黒電波』の作品情報


(c)BINA

【原題】
Bina

【日本公開】
2020年(トルコ映画)

【監督】
オルチュン・ベフラム

【キャスト】
イーサン・オナル、ギュル・アリヂ、レベント・ウンサル、ウシュル・ゼイネップ

『恐怖ノ黒電波』のあらすじ


(c)BINA

住民一人一人の暮らしが完全に政府によって掌握されている管理社会となったトルコ。

空虚な団地の管理人であるメフメット(イーサン・オナル)は部屋で眠ることが出来ず、昼に居眠りをしてしまい上司から叱責される日々を過ごしていました。

ある日、通信省による放送を全世帯に伝えるためのアンテナを設置するために派遣されたエンジニアが謎の死を遂げたこと契機に団地で異変が起き始め…。

次に起こることが想像できない恐怖


(c)BINA

『悪魔のはらわた』(1974)や『悪魔のいけにえ』(1975)など一世を風靡した「ヘラルド悪魔シリーズ」の熱狂を再燃させるため、作品的な繋がりはないものの作風やセンスの似通う映画に「恐怖ノ」という頭言葉をつけた「松竹恐怖ノシリーズ」。

『恐怖ノ黒電話』(2011)、『恐怖ノ黒洋館』(2012)、『恐怖ノ黒鉄扉』(2013)、『恐怖ノ白魔人』(2014)に続くシリーズ最新作として日本に上陸したトルコ産の不条理ホラー映画こそが、本コラムの「シッチェス映画祭特集」の最終回を締めくくる映画『恐怖ノ黒電波』です。

『スキャナーズ』(1981)や『ザ・フライ』(1987)などを製作したデヴィッド・クローネンバーグの作風を引き合いに出し評価されたオルチュン・ベフラムが手掛けた本作は、その後の展開を全く想像することのできない「恐怖」が物語全編を支配しているだけでなく、静かな映像と空虚な風景からはイメージするものとは真逆の「圧迫感」を覚える作品となっていました。

空虚さと圧迫感


(c)BINA

本作の舞台となる団地は広々とした平原に建設されており、風景や背景と呼べるものがほとんど存在しません。

作中では「無」ともいえる空間にポツンと建っている団地を引きで撮影したカットが多用され、外の世界に娯楽の無い空虚なイメージが頭に残ります。

しかし、団地の内部が描かれるシーンでは、広々とした屋外とは対照的に各部屋も階段も廊下も狭い団地の構造から強い「圧迫感」を覚えることになります。

外に出れば何もかもを忘却させるような空虚さに支配され、団地に入れば逃げ出したくなるような圧迫感に襲われる世界。

主人公のメフメットが覚えることになる心理的な揺さぶりを、映像からも感じることが出来ます。

様々な考察を可能にする作品


(c)BINA

本作では団地の内部から流れ出る「黒い水」がメフメットを含む団地に住む人間を脅かします。

しかし、直接的あるいは間接的に人を殺めていく「黒い水」の正体は物語中ではっきりと明言されず、「黒い水」が何を意味しているかについては鑑賞者の考察に一任されます。

このように本作は世界観すら詳しく説明せず、団地内の人間関係や生い立ちに至るまで全てを考察させることで無限の解釈が可能になる作品構造になっています。

なぜアンテナを設置するエンジニアは死亡したのか、団地内から流れ出る「黒い水」の正体とは何なのか、団地を監視し支配する者はいったい誰なのか、メフメットの最後の行動の意味とは何なのか。

説明のない不気味さと、様々な考察を可能にする要素が本作の魅力を引き立てています。

トルコの「今」を風刺した世界観


(c)BINA

『恐怖ノ黒電波』の舞台となる、公共放送以外の番組が存在しないラジオとテレビのみが唯一の娯楽と言うディストピアなトルコは、現実のトルコを痛烈に風刺したものだと言われています。

2016年、クーデター未遂事件が発生し、実際に命を狙われたトルコのエルドアン大統領は、死刑制度の復活や大規模な言論弾圧を推し進め、インターネットの遮断や社会風刺画家の逮捕、テレビ局の閉鎖などを断行します。

事件に関わった人間の大規模な粛清をも主導するなど、クーデター未遂事件後のトルコはエルドアン政権による完全監視社会ともいわれ、国内外からも批判が相次ぎました。

本作は、そんな完全監視社会の「今」を徹底的に風刺しており、娯楽を奪われた民衆の覚える圧迫感を見事にあくまでも「映画」として映し出しています。

作中の様々なセリフが風刺の存在を裏付けており、トルコの「今」と重ね合わせて本作を鑑賞することを強くお勧めする映画です。

まとめ

独特な空気感と現実を風刺した鋭さを持つトルコ産不条理ホラー映画『恐怖ノ黒電波』。

本作は「シッチェス映画祭 ファンタスティック・セレクション2020」において劇場で公開予定。

「シッチェス映画祭 ファンタスティック・セレクション2020」はヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル梅田、シネマスコーレ(名古屋)の3劇場で開催予定。

日程をご確認の上、ぜひ会場に足を運んでみてください。

次回の「SF恐怖映画という名の観覧車」は…

いかがでしたか。

次回のprofile128では、『アクアマン』(2019)で主演を務め世界的に有名となった俳優ジェイソン・モモアが出演した世紀末SF映画『マッドタウン』(2017)を、ネタバレあらすじを含めご紹介させていただきます。

11月11日(水)の掲載をお楽しみに!

【連載コラム】『SF恐怖映画という名の観覧車』記事一覧はこちら

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