認知症の恐怖と喪失感の痛みを描写したホラー映画『レリック-遺物-』
映画『レリック-遺物-』は、日系オーストラリア人のナタリー・エリカ・ジェームズ監督の長編デビュー作。
田舎に住んでいる母親が行方不明になったという知らせを聞いて、駆け付けた娘と孫娘。不吉な予感に襲われながら来たことで、恐ろしい体験に出くわすホラー作品。
娘役に『ピンクパンサー』(2006)のエミリー・モーティマー、孫娘役に『ネオン・デーモン』(2016)のベラ・ヒースコート。また悲劇的な人生の過程によって認知症にかかった母親には『マトリックス リローデッド』(2003)のロビン・ネヴィンが熱演しています。
本作は、怪物、幽霊、殺人鬼というホラー要素とは異なり、老化、病気、寂しさから認知症にかかった人の体験する人生の真の悩みを描き出しています。
CONTENTS
映画『レリック-遺物-』の作品情報
【日本公開】
2021年公開(オーストラリア・アメリカ合作映画)
【原作】
Relic
【監督】
ナタリー・エリカ・ジェームズ
【キャスト】
ロビン・ネヴィン、エミリー・モーティマー、ベラ・ヒースコート、スティーヴ・ロジャース、クリス・バントン、ロビン・ノースオーバー、クリスティーナ・オニール、ジョン・ブラウニング、ジェレミー・スタンフォード、エリー・デューハースト、イザベラ・クレッグ
【作品概要】
祖母、母、娘の三世代に襲いかかる恐怖を描く『レリック-遺物-』は、認知症の老母によって母娘が恐怖の連鎖に巻き込まれていく姿を描いています。
『レリック-遺物-』は、俳優のジェイク·ギレンホールが製作、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)などを監督したアンソニー・ルッソ&ジョー・ルッソ兄弟が、製作総指揮として名乗りを上げ、2020年、アメリカのサンダンス映画祭で公開され好評を得ました。
認知症によって失われゆく記憶を発端とした悪夢のような恐怖の連鎖を中心に、家族の関係性やジェンダー問題などを、幽霊が出没する不気味な雰囲気やおびただしい衝撃と適切に混ぜ合わせた新しいタイプのホラー映画。
映画『レリック-遺物-』のあらすじとネタバレ
ある家の深夜でのこと。浴槽に入れていたお湯が溢れてしまい、お湯は床へと流れています。家主である老婆は、全裸の状態で居間に立ったまま、体を震わせて立っていました。
祖母エドナの姿を全く見かけなかったという隣人の話を聞いた警察から連絡を受けた娘のケイと孫娘のサム。2人は、車で森の中にあるエドナの家へ向かいました。
エドナの家に到着しますが、そこは長い間放置されていたかのような古い家の様相で、腐った果物ばかりが残っていました。エドナの姿は、家の中の何処にも見当たりません。そして、家のあちこちには、エドナの筆跡がある付箋メモが貼ってあります。
当分の間、エドナの家に泊まるため、荷解きをするサムに「警察署に行って来る」とケイは声を掛けました。その時ケイは、窓を向いて置かれている椅子に何か気配を感じて見つめましたが、サムの声に我にかえり、警察署に向かいます。
警察署では、捜索願いを申し出て、昨年のエドナの写真を渡します。ケイは、仕事が多忙なため、長い間母親であるエドナと連絡をしないまま、過ごしていました。
翌日は雨が降りました。悪天候の中、ケイとサムは警察や隣人たちと一緒に、エドナを捜し始めます。それでも、エドナは見つかりません。
その日の夜、ケイとサムは、家の壁に出来ているカビのような黒い染みを見て、気分が悪くなりました。
ベランダに出て煙草を吸うサム。そこに人の気配を感じたサムは、エドナかと思いますが、現れたのは隣人のジェイミーでした。ダウン症のジェイミーは、サムと幼馴染みであり、エドナの話し相手もしてくれていました。
最近のエドナの様子を尋ねるサムですが、ジェイミーは「最近は父親から、エドナの家に行かないよう言われているため分からない」と伝えます。
不思議に思うサムですが、気楽にジェイミーと会話をして、お休みの挨拶を交わしました。そして、リビングでピアノを弾くケイ。 一方で、サムはエドナの寝室に入ります。エドナのカーディガンを羽織ると、「don’t follow it」と書かれたメモを見つけます。
その時、リビングでドンドンと壁を叩くような音が聞こえて来ました。
壁を確認するケイですが、再びドンドンと音がします。音に驚いてリビングへ駆け付けて来たサム。見上げると、壁には大きな黒い染みがありました。それから、眠りに入ったケイとサム。すると、ケイの頭を誰かが撫でています。
夜が明けて、ケイはやかんの湯を沸かす音に目覚めました。音が聞こえて来るキッチンへ行くと、そこにはエドナがいました。
彼女は泥だらけの裸足で、髪の毛も洋服も汚れていました。ケイに続いて、起きたサムは「お祖母さん!!」と嬉しそうに、エドナに抱き付きます。
そして、エドナの健康状態を確認するために、医者に往診してもらいます。エドナの胸に黒い痣を見つけた医者に、「何処かにぶつけたの」と軽く答えたエドナ。
さらに、ケイが洗濯をしている時に、エドナが着ていた洋服から血痕を見つけました。何処へ行っていたのかエドナに尋ねますが、「ちょっと出掛けていただけ」としか答えてくれませんでした。
はっきりと答えてくれないエドナに、心配のあまりイライラが募るケイ。そんなケイをサムがなだめて、ケイはその場を離れました。
その日の夜、エドナの寝室に顔を出したサム。エドナは、サムに自分が大切にしていた指輪を贈ります。
一方で、ケイは忙しく、実家に来てまで仕事をしています。サムはそんなケイの傍に来て、その部屋に多く積み重ねてある本の中で、一冊のノートを見つけました。サムの中指には、エドナがくれた指輪があります。
そのノートには、ケイが幼少期に描いた多くの絵があり、曽祖父が住んでいた森の小屋の絵まで精細に描かれていました。曽祖父が住んでいた森の小屋について話し始めるケイ。
当時、その小屋を壊す時に、窓をいくつか取り出して、エドナの家を建築する時にその窓が再使用されました。そして、その後に、曽祖父は気がおかしくなったようです。
夜遅くに、奇妙な夢を見るケイ。曾祖父が住んでいた森の小屋で、その小屋の中に、曾祖父がベッドに腰かけています。すると、黒い染みが小屋を包み込み、曾祖父までもが黒く染み込まれていくという、そんな不気味な夢でした。
目が覚めたケイは一階に下りるのですが、玄関の前で一人で立って、独り言を言っているエドナを見つけます。大丈夫かと聞くケイですが、エドナは返事をしません。そんなエドナを寝室へ連れて行くケイ。
ベッドに入ったエドナは、体を震わせながら、何もないのに何かがいるかのように、あちこちを見回しています。
そして、「ベッドの下に誰かがいる」と言い出し、ベッドの下を確認するケイ。そこには、黒い影のようなものが横たわっているようで、目を凝らしてはっきり見ようとするケイ。すると、突然ケイの頭を叩くエドナ。怒ったケイですが、夜中で疲れていることもあり、そこから去ります。
次の日、エドナを入居させる老人ホームを見学するため、ケイは都市へ出発します。
一方で、エドナと共に時間を過ごしているサムは、エドナの世話をしながら、ここで一緒に住むことを考えています。そして、エドナの着ているカーディガンのボタンを閉めてあげますが、サムの指輪を見たエドナは、自分のものだと思って、力ずくで奪いました。
その夜、何日か前に見た奇妙な夢を再び見るケイ。曾祖父が住んでいた森の小屋の中には、エドナがベッドに腰かけていて、黒い染みが小屋を包み込むようになる、悍ましい夢でした。
映画『レリック-遺物-』の感想と評価
本作『レリック-遺物-は』、『ヘレディタリー/継承』(2018)のような雰囲気を漂わせており、『ババドック 暗闇の魔物』(2014)の老年版バージョンと言っても過言ではないでしょう。
また、『ヘレディタリー/継承』(2018)のように、物事の持つ象徴的な意味が多く含まれているため、集中して見ないと、ストーリーに追いつけないかも知れません。
物語前半は、ゆっくりと進行していきますが、後半に入るとオカルト的ジャンルの極致と魅力を見せ、緊張感をかなり強めていきます。
物語の終盤では多くの余韻を与えながら、ラストシーンの意味を自ら考えるよう解釈を観客に投げかけています。
ナタリー・エリカ・ジェームズ監督の功力
祖母エドナ、母ケイ、そして娘サムの3人の家族に焦点を当てている本作。このような限られた空間にある家族ドラマで、よく見られるような演劇的な要素は殆どありません。
このような状況で、映画の台詞も少ないため、家族の日常的な会話を除いては、音のない時間が緊張感を呼び起こします。
そして、裸のエドナがお風呂に入ろうと、浴槽にお湯を入れたまま呆然と立っている導入部分から、床に流れるお湯と共に、不安と焦燥感を呼び起こす低音の音楽や、クリスマスツリーが照らす電球の明るさに加えた陰惨極まる赤色の照明が、何処か日常的な雰囲気を醸し出し、ホラー要素を上手く活かしています。
あらゆる“比喩的な象徴”で埋め尽くされた芸術性の高い映画であり、その恐怖ムードを醸成する視点と映像技術なども優れているため、孤独と緊張がより深まります。
このように、家族とホラーが混ざった本作は、エッジの効いた演出力の発揮するナタリー・エリカ・ジェームズ監督の見事な長編デビュー作になったと言えるでしょう。
狭い通路と壁と壁の間の空間、エドナのベッドの下にあったのは腐った死体なのか、黒カビが生えた人体の正体は何なのか、それらのフラッシュバック、そして、エドナの胸に出来た真っ黒な痣を本人が痒いように掻く姿、エドナがロウソクを削って作る彫刻の姿、そして誰もいないのにドンドンと壁を叩くような音を出す家など…。
これらが描かれた本作は、『リング』(1998)のように長い髪の怨霊が襲って来るなど、よくあるホラー要素の想像力を排除して、現実的な日常生活に奇怪ながらも恐ろしい雰囲気を取り入れています。
これらのホラー的な効果を生み出すことは、一般的な芸術映画を撮るよりも高い演出力と技術が必要とされます。そういった才能をナタリー·エリカ·ジェームズ監督が持っていることを本作で示されたといえます。
認知症の恐ろしさ
この映画は、愛すべき祖母が見知らぬ人のように変化していく過程を、目の前で感じる娘と孫娘に焦点を置いています。
孫娘サムに愛情溢れる言葉と共に渡した指輪を、数日後には泥棒扱いしながら奪い返すという、エドナの行動。
独り言を言っているのか、または闇の中の存在と会話をしているのか見分けがつかない状態で、ずっと呟くエドナの姿。
これらの常軌を逸した状態で進展する過程から、老若問わず「自分も間違えれば、ああなるんじゃないか」と、認知症になった場合の先行きを考えさせてくれます。
愛する家族が正体の分からない何か、つまり認知症によって、変わってしまうことへの不安と恐怖を完全に克服することは出来ず、認知症に向き合う忍耐力が何よりも必要なことがわかるでしょう。
そして、恐怖よりはドラマ性を重視しており、認知症にかかった祖母とその祖母に対する娘と孫娘が取る行動から、人間の内面に隠された理性を、ホラーとして表現しています。
孤独と親子愛
『レリック-遺物-』の原題である‟Relic”は、‟遺物”という肯定性よりは“退いていく物”という否定的な要素に解釈されます。
一人残されたエドナの寂しさと薄れていく記憶が、家の中に伝染することによって、家の中の黒い染みが家だけでなく、エドナまで伝染するのです。つまり、映画の中でのエドナの家は、エドナ自身の孤独な内面を比喩しています。
「家に何か来た」を暗示するエドナのセリフに見られるように、これは単に、一人で寂しく残された祖母に訪れた認知症を意味する。最初、ケイが曽祖父の話をしている時に、後に精神がおかしくなったという話をしたことから、曽祖父もまた認知症の症状が酷くなっていることが分かります。
さらに、最後にサムが発見したケイのうなじに出来た痕は、エドナに続いて、ケイまでも認知症が続くことを暗示してくれます。
そして、夫を亡くして、一人で寂しく森の中の孤立した家に住むことを嫌がるエドナの姿や、多忙な仕事のため、頻繁に帰省出来ないケイとサムの姿から、彼女たちは1つの家族なのに、疎遠になって他人のように距離感のある家族に見えます。
ケイとサムは、自分たちが知っていたエドナではなく、見知らぬ人のように変わるエドナに、異様な感じを受けます。それでも自分が母親をおろそかにしていたという罪悪感から、ケイがエドナを抱き締めて、一緒に生きようとする思いが伝わって来ました。
親は子供たちの面倒を見て育てます。しかし、子供たちは成長するにつれ、誰もが訪れるであろう反抗期が始まり、親の傍にいることを嫌います。しかし親は、子供を非難するより庇って保護します。
子供が成人して独立すると同時に親と疎遠になってしまうと、親が寂しさに耐え切れずに認知症を発症します。そして、子供への恨みが表に出て、この映画のように恐ろしい現象になる可能性も否めまないのかもしれません。
まとめ
『レリック-遺物-』は、正常な社会生活をしながら生きていく人間なら、どの国、どの階層にいても、誰も避けることの出来ない普遍的な恐怖と悲しみをテーマにしました。
映画は題材となっている認知症を、幽霊に取り付かれた家のハウスホラー映画と結び付けて、奇妙で暗い雰囲気と共に、自分に潜められている心理的な恐怖心を誘発しています。
また、その様子を通じて、認知症が家族に与える破壊力の影響、ひいては人間の老化と死についても考えさせてくれます。そして、子供たちが大人になっても、親にとっては、いつまでも子供なのだということも。
親が注いでくれた愛情を受けるだけではなく、子供たちも親に愛情を注いであげることが最も大切なのです。どんなに多忙でもどんなに喧嘩しても、お互いがお互いを支え合う繋がりを持つ人々……。それが家族。
ホラー映画でありながらも、このような家族愛は、この世で一番美しいものだとこの映画が伝えてくたのかもしれません。