映画『哀愁しんでれら』は2021年2月5日(金)より全国ロードショー。
「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM FILM 2016」でグランプリを獲得した企画をもとに、『かしこい狗は、吠えずに笑う』の渡部亮平監督がオリジナル脚本で映画化した『哀愁しんでれら』。
土屋太鳳が、狂気に蝕まれていく主人公の小春を、彼女の夫となる開業医役を田中圭、彼の娘役は本作がスクリーンデビューとなるインスタグラマーのCOCOが演じます。
小春の境遇と同じように、観客の視点も振り回してくれる、スリル満点のジェットコースタームービーとなりました。
シンデレラストーリーのその後を描いた本作ですが、『シンデレラ』以外にも、有名なおとぎ話を象徴するものがいくつか登場します。
本記事では、映画『哀愁しんでれら』に登場するおとぎ話のモチーフから、本作を考察していきましょう。
映画『哀愁しんでれら』の作品情報
【日本公開】
2021年(日本映画)
【監督・脚本】
渡部亮平
【キャスト】
土屋太鳳、田中圭、COCO、山田杏奈、ティーチャ、安藤輪子、金澤美穂、中村靖日、正名僕蔵、銀粉蝶、石橋凌
【作品概要】
「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM FILM 2016」でグランプリを獲得した企画をもとに、『かしこい狗は、吠えずに笑う』(2012)の渡部亮平監督がオリジナル脚本で映画化。
主人公の小春を演じるのは、数々の青春映画のヒロインを演じてきた土屋太鳳。
彼女の夫となる大悟に扮するのは、「おっさんずラブ」で大ブレイク以降、最も忙しい俳優として走り続けている田中圭。
娘のヒカリ役でスクリーンデビューを飾るのは、8歳で63万人以上のフォロワーをもち、国内外から注目を集めるファッションインスタグラマーのCOCO。
小春の妹を山田杏奈が、父を石橋凌が演じ、大悟の母に銀粉蝶が扮しています。
映画『哀愁しんでれら』のあらすじ
児童相談所で働く26歳の福浦小春。彼女の母親は、彼女が幼い頃に家を出て行ったきり。小春はそれ以来、「母親である」ことへの責任を重く捉えるようになっていました。
自宅で自転車屋を営む父、祖父、高校生の妹と、4人で暮らしてきた小春でしたが、ある夜を境に、不幸のどん底に落ちてしまいます。
祖父が脳梗塞により風呂場で転倒。父が車を運転し、祖父を病院へと運ぼうとしたものの、自転車を避けようとして塀にぶつかってしまいます。しかも飲酒運転だったんです。
父は警察に連行され、小春と妹は祖父の乗った救急車に同乗。救急車の無線から、「福浦サイクル」が火災との情報が。小春は慌てて自宅に向かいます。
火の不始末で、一階の自転車屋の店舗部分が焼けてしまいました。小春は彼氏の家で夜を明かそうと、彼のアパートへ向かいます。
しかし、そこでは児童相談所の先輩職員が、彼氏の上で腰を振っている真っ最中。茫然自失になった小春は、夜道を徘徊します。
踏切に差し掛かった時、泥酔した男性が、線路の真ん中で転倒するのを目にした小春。小春は、男性を助け出し、介抱します。
彼の名前は泉澤大悟。病院の院長を務めながら、一人娘のヒカリを育てています。妻は数年前に、浮気相手といたところを、交通事故に遭って亡くなりました。
大悟は小春に礼を言い、名刺を渡して、タクシーに乗って去ります。
小春が職場に向かうと、小春が担当した子どもの保護者から、彼女の手荒い対応についてクレームが来ていました。職場には彼氏と浮気していた先輩もいるので、職場の空気も最悪です。
父はというと、自転車屋が焼失したため、再就職先を探していました。自転車屋一筋で働いてきた父の再就職は簡単なものではありません。
祖父の入院費、妹の大学受験と進学費用のことがあり、父も小春も働かなくてはなりませんでした。
後日、大悟は、助けてくれたお礼として、小春にお姫様のようなワンピースと靴をプレゼント。その後ふたりはファミレスで、自分たちの身の上を語り合います。
その晩、ヒカリと馬肉を食べに行く約束をしていた大悟は、小春も一緒に行かないかと誘いました。
はじめは人見知りしていたヒカリでしたが、徐々に打ち解けて、小春と楽しそうに話し出します。そんな娘の様子を、大悟は微笑ましく眺めていました。
大悟は、小春の祖父を医療の手厚い病院に移し、父には葬儀社での仕事を斡旋、妹の家庭教師も引き受けてくれました。小春はそんな彼に惹かれていきます。
小春に、クラスメイトのワタルが好きだと教えるヒカリ。パパには内緒にしてねと、ヒカリは小春に頼みました。
ヒカリの誕生日が来ました。小春と大悟は、ヒカリの後押しもあって結婚。三人は幸せな家庭を築きました……。
囚われのシンデレラとなったアリス
本作の主人公・小春は、不幸が押し寄せた後、遮断機が降りて踏切が鳴る線路で倒れていた大悟を助けました。
お金持ちでハンサムな大悟との結婚で、幸せを掴んだ小春。まさにシンデレラなんですが、大悟の家は、ちょっとおかしい。
次第に、優しい大悟と、可愛いヒカリの、得体の知れない顔が見えてきます。大悟への違和感を最初に抱くきっかけになるのが、剥製の白兎。
彼が小学生の頃に飼っていた兎が亡くなったため、その兎を剥製にしたというんです。
小春はシンデレラではなく、不思議の国に迷い込んだアリスでした。白兎ではなく大悟と一緒に穴に落ちてしまった小春。
しっかり自我を持って女王に抵抗したアリスと違って、小春は自分の居心地の良さを求め、大悟とヒカリの機嫌を伺います。
終盤、小春は剥製を誤って壊してしまい、そのせいで彼女は二度と現実には戻れなくなります。アリスは不思議の国に囚われたまま、不思議の国に染まってしまいました。
大悟との出会いの踏切の場面で、小春は彼を見捨てようとしています。
もしかしたら、本当は大悟を助けてはおらず、彼が亡くなるのをただ見ていたということも考えられるんじゃないでしょうか。
その後の彼との生活は、全て小春の夢だったのかもしれません。『不思議の国のアリス』はすべてアリスの夢だったんですから。
ヒカリの赤い靴
ヒカリは赤い靴がお気に入り。
小春と初めて出会った時は、キラキラしたスパンコールがついた赤いバレエシューズを履いていました。
学校にも、毎日赤いスニーカーで通うヒカリ。そして、クラスメイトの来実のお通夜にも、赤い靴を履いて参列します。
アンデルセンの童話『赤い靴』では、ヒロインの少女は赤い靴の美しさに魅了され、他人への恩を忘れたことで、踊り続けなければならない呪いを受けました。
その後、少女は改心し、足を切り落としたことで靴の呪いから解き放たれました。
しかし、本作でのヒカリは違います。元はワタルへの恋心や、小春への甘えだったものが、いつしかどす黒い嫉妬と嘘に変化してしまいます。
赤い靴の恐ろしさを知らないヒカリは、嘘を重ね続けるしかないんです。
大悟は『青ひげ』
ハンサムで頭が良く、気遣いもできてお金持ちという、完璧な王子様・大悟。ですが、彼にも裏の顔がありました。
彼は自分の正義を信じたいが故に、他人を追い詰め、自分が正しいのだと刷り込ませていきます。
そして、亡くなった前妻や実の母といった身近な女性へ、悪意のような眼差しを向けます。
彼の家には、鍵がかかった大悟だけの秘密の部屋がありました。まるでシャルル・ペローの童話『青ひげ』です。
『青ひげ』では、開けてはならない扉を開けてしまった新妻が、前妻たちの死体を発見します。
本作では、部屋の中にあったのは、大悟の「宝物」。前述の白兎の剥製や、前妻とヒカリのデッサンや、30年以上描き溜めたという大悟の自画像がありました。
さらには、小春らしき女性を描いたデッサンは、顔がぐちゃぐちゃに塗りつぶされており、大悟の明確な殺意が感じれます。
しかし小春は、大悟とヒカリとともに歩むことで、自らの死を免れることができました。
嫉妬の青い瞳
本作のティザービジュアルにもある、瞳が描かれていない家族の肖像画。これも、大悟が描いた作品です。
終盤で、大悟とヒカリの「本当の家族」になった小春は、大悟とふたりで瞳を描き入れていきます。
その色は「青」。なんとも違和感のある絵画に仕上がりました。
英語の慣用句で「Green-eyed monster」というものがあります。元々はシェイクスピアの戯曲『オセロー』で使われた台詞の一節で「嫉妬」を意味します。
日本では、信号機もそうですが、緑色のことを「青」とも表現しますから、肖像画に描かれたのは「嫉妬の魔物」たちとも考えられます。
クラスメイトの来実を妬んだヒカリ、いじめられていた過去もあり他者への劣等感が強い大悟、そしてかれらの悪意に飲み込まれた小春は、モンスターへと変化するしかありませんでした。
まとめ
裏おとぎ話サスペンスと謳われている映画『哀愁しんでれら』について、『シンデレラ』以外の童話から考察しました。
さまざまな解釈ができる味わい深い作品となっています。
リアルとファンタジーの狭間を不気味に漂う本作。
観てしまったら二度と現実には戻って来られないかもしれません。
映画『哀愁しんでれら』は2021年2月5日(金)より全国ロードショーです