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Entry 2018/11/22
Update

映画『鈴木家の嘘』ネタバレ感想レビュー。無力さを感じながらも支え合う家族の姿とは

  • Writer :
  • 田中比奈

野尻克己監督が長編デビュー作として選んだテーマは家族。

どこにでもある家庭に巻き起こった激流を、包み込むようなユーモアと冷静な筆致で描き出しました。

嘘によって再出発するヒューマンドラマ『鈴木家の嘘』をご紹介します。

映画『鈴木家の嘘』の作品情報


(C)松竹ブロードキャスティング

【公開】
2018年

【監督】
野尻克己

【キャスト】
岸部一徳、原日出子、木竜麻生、加瀬亮、吉本菜穂子、宇野祥平、山岸門人、川面千晶、島田桃依、金子岳憲、レベッカ・ヤマダ、政岡泰志、岸本加世子、大森南朋

【作品概要】
長男が亡くなり、倒れた母の心を守るため、残された家族はある優しい嘘をつきます。

いつかは終わる嘘の日々の中、悲喜こもごもを乗り越えていく家族のストーリーです。

監督、脚本は橋口亮輔、石井裕也、大森立嗣などの数多くの作品で助監督を務め、本作が劇場映画初監督作となる野尻克己。

俳優陣は岸部一徳、原日出子、大森南朋など実力派が揃う中、長女を演じる木竜麻生が瑞々しくも鋭い存在感を示しました。

映画『鈴木家の嘘』のあらすじとネタバレ


(C)松竹ブロードキャスティング

ある晴れた日、鈴木家の長男・浩一(加瀬亮)は突然自室で首を吊り自死。台所にいた母・悠子(原日出子)は、死体を発見したショックで昏倒してしまいました。

その後、帰宅した娘・富美(木竜麻生)によって助けられたものの、悠子は昏睡状態に陥ります。

悠子は気絶した時包丁を持ち、左手首を傷つけていたため、浩一の後を追おうとしたのだろうと考えられていました。

父・幸男(岸部一徳)以外は皆、もはや悠子は寝たきりだと諦めていました。

しかしちょうど浩一の四十九日となった時、悠子は奇跡的に目覚めます。

何の後遺症もなく目覚めたかと思われましたが、なんと悠子は浩一の死を忘れていました。

浩一はどこかと尋ねる悠子に、富美はとっさに嘘を吐きます。

浩一は悠子の入院費を稼ぐため、叔父・博(大森南朋)の仕事を手伝いにアルゼンチンに行った。

そんな嘘を幸男もフォローしたため、悠子はすっかり信じてしまいました。

大学を卒業後、何年も引きこもっていた浩一。それが立派に海外で働いているという事に悠子は感動し、退院に向けてリハビリに意欲を見せ始めます。

担当の医師は、しばらくは事実を告げない方が良いと幸男達に助言しました。

嘘のつじつまを合わせるため、幸男と富美は博も巻き込み、浩一からの手紙や贈り物をねつ造しながら“アルゼンチンで働く浩一”像を作り上げていきます。

悠子が元気を取り戻していくのとは裏腹に、浩一の自殺は確実に、鈴木家の中に暗い影を落としていました。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『鈴木家の嘘』ネタバレ・結末の記載がございます。『鈴木家の嘘』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。
幸男は車に乗るたび、精神科に連れて行こうとした浩一が、車から逃げ出した過去を思い起こします。

浩一に「俺は病気じゃない」と泣き叫ばれ、自分は何もできなかった強烈な体験が、“俺は浩一から逃げた”という後悔として幸男の中に残っていました。

彼は浩一の足跡を辿り、浩一が生前に会っていたソープ嬢・イブちゃんと接触しようとします。

一方の富美は、自殺者の遺族が集まるグループセラピーに参加しました。

セラピーでは、娘に自殺され「私に母親の資格はない」と苦しむ日比野(吉本菜穂子)、夫の自殺に巻き込まれて亡くなった人への賠償金で全財産を手放した米山(川面千晶)などと出会い、その苦しみに触れます。

しかし富美自身は、兄の自殺現場を目撃した記憶、兄への思いを整理できず、せっかくセラピーに参加しても何も言えずにいました。

浩一の遺骨も、四十九日が過ぎても墓に入れないままです。鈴木家の墓を請ける寺が、自殺は罪だとして埋葬を拒否したためでした。

そんな中で悠子はあっという間に回復し、笑顔で帰宅します。

浩一の自室を見ても何も思い出せず、相変わらず送られてくる浩一の手紙を喜びながら、元通りの生活を送っていました。

しかしもう事実を告げなくてはいけない、と幸男は富美に持ちかけ、浩一が生前、生命保険を残していたと打ち明けます。受取人は富美とイブちゃんです。

ちなみに、幸男は何度もイブちゃんの店に行きましたが、事情を話してもあしらわれるだけで全く浩一の話をできていませんでした。

生命保険の事を知らされた富美は、こんなものいらない、と激高しました。たしなめる幸男にも、もう元の生活には戻れない、私は絶対本当のことは言わない、と反論します。

にも関わらず、富美は浩一のふりをして手紙を書くことをやめてしまいました。

そして日を置かず、グループセラピーで初めて浩一への思いをぶちまけます。

それは兄への哀傷でも懺悔でもなく、怒りでした。

プライドが高いために引きこもった兄、身勝手に死に、母を傷つけた兄を責め、お兄ちゃんの事なんか忘れてやる、と富美は宣言します。

しかし、ある転機が訪れました。

叔父・博が結婚することとなり、それに伴ってアルゼンチンから事業の撤退が決まりました。

つまりもうアルゼンチンを介して手紙が送れなくなり、浩一についての嘘も体裁が保てなくなります。

しかしそれはそれとして、鈴木家は結婚を祝って、自宅で博の結婚パーティを開くことにしました。

パーティ当日は和やかな雰囲気で進みましたが、悠子がサプライズとしてその場でビデオを撮り始めたことで状況は変わります。

ビデオとは、一週間後に誕生日を控えた浩一へのバースデイメッセージでした。

悠子はパーティの参加者達に協力を願い、全員でハッピーバースデイの歌をうたいます。

富美は、この状況に耐えきれず、もはや母のようには振る舞えないと判断し、その場で真実を告げました。

そして嘘は連鎖的に暴かれていき、ついに悠子は全てを思い出しました。

首を吊った浩一を助けようと包丁を必死に振るった事、その時左手をひどく切ってしまった事、そんな生々しい、恐ろしい記憶が蘇ります。

しかしそのショックは激しく、悠子は自分を責め、その日を境に浩一の部屋に引きこもってしまいました。

真実を言って怒りが治まった富美は、お母さんは悪くない、と悠子に告げます。富美にはもう一つ秘密がありました。

昨年、悠子と富美は2人で浩一の誕生日を祝った事がありました。

支度を整えても浩一は部屋から出てこず、悠子は「歌えば出てくるかも」と提案し、ハッピーバースディの歌をうたいます。

富美はいくらうたおうと現れない浩一に苛立ち、ひとり浩一の部屋に乗り込むと、怒りのまま「生きてる意味ないじゃん。死ねば」と言い捨てました。

だから兄が死んだのは私のせいだ。浩一が死んでから、富美はずっとその罪悪感に苦しんでいました。

全てを打ち明けた富美は、浩一に謝るため衝動のまま川に身を投げようとします。

しかし悠子が身を挺して止めたことをきっかけに、鈴木家の空気は少しずつ変わり始めました。

浩一の霊を呼ぶためにイタコを依頼し、いざやってみるとインチキだった、と笑い飛ばせる程度の心の余裕が出てきました。

そして一家は思い切って引っ越しを決意します。幸男の姉・君子(岸本加世子)の計らいで浩一の墓も決まりました。

更に、店が気まぐれを起こしたのか「イブと会ってもいい」という電話が幸男のもとに来ます。

引っ越しの当日、イブちゃんの話を聞くため、一家は揃ってソープ店へ向かいました。

後には家だけが残りました。

映画『鈴木家の嘘』の感想と評価


(C)松竹ブロードキャスティング

『わたくしどもは』という、作家で詩人でもある宮沢賢治の詩があります。

一緒に暮らしていた女が死んでいくまでの様を、“わたくし”の視点で静かに見つめた詩です。

人の死に対する無力さ、どんなに親しい人だとしても理解できない無力さ、“わたくし”として生きていかなければいけない無力さ、そんな思いを圧縮したようなこの詩が、本作と重なりました。

父・幸男は、父親として息子を理解してやれなかった過去を悔い、それでも残った家族を守ろうとします。

娘・富美は、かつては背中を追い掛けていた兄を理解しようと空回り、怒り、気持ちを吐き出す場所を求めていました。

母・悠子は、お腹を痛めて産んだ母として息子を信じ続け、その強固な思いすらも届かなかったと打ちのめされます。

富美としては、母の庇護のもと引きこもり続けた兄の姿を見ていたので、母に対する不信感や見捨てられ不安があったのでしょう。

悠子が浩一の後を追おうとした(誤解でしたが)ことで見捨てられ不安は決定的なものとなります。

富美は悠子と浩一を逆に突き放し、心身の安定を図ろうとしたものの、うまくいきませんでした。

その怒りの元には、二人への罪悪感が横たわっているためです。

浩一の視点は自死の直前だけで、他の家族の目を通した断片的でしかない存在感が、いっそうやるせなさを感じさせます。

浩一に生きる意思さえあれば“本当”になったかもしれない“嘘”は、永遠に嘘のままです。

家族という不思議な共同体と、その危うさについて、本作は静かに語り掛けてきます。

一方でその構成は、鈴木家に罪があるとして追求するのではなく、彼らの苦痛と優しさにひたすら寄り添います。

義男や富美が努力して作り上げた“嘘”は、劇的な意味があったわけでもなく、富美のたった一言であっという間に崩れ去りました。

しかしそんな過程も無駄ではなかったと肯定し、様々なきっかけを通じて、ただ家族の死と向き合うよう促します。

富美にとってはその第一歩がグループセラピーでした。

浩一の死によって家族が信じられなくなった」と感じる自分を観察した富美は、怒りながらも決着を付けて進もうとあがきます。

そして最後には、同じ経験を共有する父母の痛みに気づきました。

こうやって笑おうが泣こうが、みっともなかろうが、生き延びようとする人々が少しずつ集まり、支え合っていくのもやはり家族の姿ではないでしょうか。

まとめ


(C)松竹ブロードキャスティング

野尻克己監督は、本作が初めての長編オリジナル作です。

監督は恐らく鈴木家の人々と同じように悩み抜いて、なぜ悩むのかを突き詰めながら脚本を書き上げたのではないでしょうか。

そんな真摯な姿勢が映画から伝わってきます。

「家族に自死された」という現実にえぐられた傷を探し出し、受容し、傷ついた自分を許そうとする優しくて痛い物語『鈴木家の嘘』。

ユーモラスなストーリーではありますが、その語り口は思いやりと包容力に溢れていました。

挫折した時、どうしようもなく自分を責めたくなる時は、本作を観る事で前を向くヒントがあるかもしれません。

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