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Entry 2020/10/17
Update

映画『生きちゃった』ネタバレ感想と結末ラスト考察。タイトルの意味に変化が起きて観客それぞれにメッセージは託される

  • Writer :
  • 金田まこちゃ

映画『生きちゃった』は人によって解釈の違うタイトル。

高校時代からの友人である3人の男女が、それぞれ複雑な感情を隠し、悲劇的とも言える運命に直面する映画『生きちゃった』

『川の底からこんにちは』(2009)で「第53回ブルーリボン賞」の監督賞を史上最年少で受賞後、『舟を編む』(2013)で「第37回日本アカデミー賞」最優秀作品賞など6部門を制覇し「第86回アカデミー賞」外国語映画部門の日本代表作品に史上最年少で選出されるなど、これまでさまざまな注目作を手掛けている石井裕也監督。

その石井裕也監督が、自身がプロデューサーも務め、短い制作期間で作り上げた本作は「本心を伝える事の怖さ」という、日本人であれば誰もが共感する感情に挑んだ作品です。

若い才能が結集し、それぞれが剥き出しの魂で挑んだ本作の魅力をご紹介します。

映画『生きちゃった』の作品情報


(C)B2B, A LOVE SUPREME & COPYRIGHT @HEAVEN PICTURES All Rights Reserved
【公開】
2020年(日本映画)

【監督・脚本・プロデューサー】
石井裕也

【キャスト】
仲野太賀、大島優子、パク・ジョンボム、毎熊克哉、太田結乃、柳生みゆ、芹澤興人、北村有起哉、原日出子、鶴見辰吾、伊佐山ひろ子、嶋田久作、若葉竜也、レ・ロマネスク

【作品概要】
2019年6月、上海国際映画祭で発表された「B2B(Back to Basics)A Love Supreme」=「原点回帰、至上の愛」プロジェクト。香港国際映画祭(HKIFFS)と中国の「Heaven Pictures」が共同出資する形で「至上の愛」をテーマに、同じ予算で映画製作を行い「原点回帰」を探求するという、まったく新しい試みに、アジアの名だたる監督が集結しました。

日本からは石井裕也監督が参加し、製作されたのが映画『生きちゃった』です。複雑な感情が錯綜する物語を描いた本作に、若い俳優が集結。

主人公の厚久を『50回目のファーストキス』(2018)『来る』(2018)の他、TVドラマも映画も大ヒットした『今日から俺は!!』などの、話題作に相次いで出演している仲野太賀。厚久の妻、奈津美を演じる大島優子は、「AKB48」を卒業後、『紙の月』(2011)で「日本アカデミー賞」優秀助演女優賞を受賞し、2015年には『ロマンス』に主演するなど、女優として高い評価を得ています。

厚久の親友、武田を『葛城事件』(2016)で注目され、『南瓜とマヨネーズ』(2017)などに出演している、実力派の若葉竜也。メインの3人を取り巻く人々を、毎熊克哉、嶋田久作、伊佐山ひろ子、原日出子などの実力派が演じている他、厚久の兄、透を韓国の俊英監督、パク・ジョンボムが演じています。

映画『生きちゃった』のあらすじとネタバレ


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本の配送業者で働く山田厚久は、高校時代から仲が良かった奈津美と結婚し、2人の間には5歳になる娘の鈴がいます。

厚久は、奈津美と鈴の為に、高校時代からの親友である武田と起業する事を考え、英語や中国語を学んでしました。

厚久は、自分の本心を伝える事が苦手で、奈津美の前でも口数が多くありません。

奈津美は、そんな厚久に不満を感じており、厚久の実家に帰った時も、厚久の兄、透が引きこもっている事や、厚久の両親が苦手な事から、奈津美は厚久に「あっちゃんの家族は壊れてる」と伝えます。

厚久は、そんな奈津美の不満に気付きながらも、何も語りません。奈津美と鈴が眠った後に、厚久は実家にいる透と再開します。

祖父の墓参りの為に、実家に戻っていた厚久は透に「あんなにお世話になったのに、爺ちゃんが生きていた実感が沸かない」と伝えます。

透は何も言わず、厚久に親指だけを立てて立ち去ります。

ある時、仕事先で体調を崩した厚久は、早退し自宅に戻ると、奈津美が洋介という男性と不倫をしている現場に遭遇します。

突然の事に感情が錯綜した厚久は、何事も無かったかのように鈴を幼稚園に迎えに行き、そのまま自宅で寝込みます。

目覚めた厚久に、奈津美は「この5年間、愛情を感じなかった」と、一方的に厚久へ離婚を突きつけます。

厚久は、遠い目をしたまま「分かった」とだけ答えます。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『生きちゃった』ネタバレ・結末の記載がございます。『生きちゃった』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


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厚久は、奈津美と鈴と住んでた家を出て、養育費だけを振り込むようになります。

ある時、武田の部屋を奈津美が訪ねて来ます。

突然、厚久と離婚した奈津美を武田は責めますが、奈津美は妊娠していた時に、厚久が自宅で、元婚約者の早智子という女性と一緒にいた所に遭遇していました。

早智子は、奈津美へ丁寧に頭を下げますが、奈津美は無言で2人を見つめるしか出来ませんでした。

また、奈津美は高校時代から武田の事が好きだった事を告げますが、武田は奈津美を突き放します。

厚久は、鈴の養育費の為に、英語と中国語のレッスンを辞めます。

そのまま武田の家に泊まった際、厚久は奈津美が忘れていったマフラーを見つけ、武田から「奈津美がここに来た」と知らされます。

厚久は「そうか」とだけ答えますが、厚久の本心が見えない事を、武田は責めます。

過去に厚久と武田は音楽でプロを目指していた事から、武田は厚久の気分を変える為に、音楽のライブへ誘います。

半年後、奈津美は鈴と一緒に、洋介との生活を始めていましたが、洋介は全く働かず、奈津美の収入だけを頼っており「デリヘルでもやって稼げ」と言い放ちます。

奈津美は、そんな洋介に「デリヘルでも何でもやる、あんたと別れる気持ちは無い」と逆に洋介へ詰め寄ります。

ですが、奈津美のパートの収入だけでは辛い為、厚久に生活費を振り込んでもらっていました。

厚久は実家に帰り、両親と透に、奈津美と離婚した事を伝えます。両親は奈津美の悪口を言いますが、透だけは黙って聞いていました。

透は、奈津美の住んでいるアパートを訪ねます。

ですが、再就職した洋介のお祝いを奈津美と鈴はしており、透は一度アパートを離れます。

洋介が、ジュースを買う為に外へ出た所、待ち構えていた透は、洋介の腕を掴み首を横に振ります。

ですが、逆上した洋介は、透を殴って振りほどきます。透は大麻を常習的に吸っており、情緒不安定な所がありました。

透は、洋介を追いかけて、石で頭部を殴り命を奪います。

半年後、刑務所に収監された透を、厚久は両親と訪ねていました。父親の提案で、久しぶりに厚久は家族との写真を撮ります。

一方、奈津美の方はというと、洋介が借金400万円を残していた事が発覚し、金融屋が自宅に押しかけてきました。

数日後、厚久が奈津美を訪ねますが、奈津美と鈴は実家に戻っていました。奈津美は実母に鈴を預け、歌舞伎町のデリヘルで働くようになります。

半年後、奈津美は、デリヘル嬢を狙った殺人鬼に遭遇してしまい、殺害されてしまいます。厚久の所にも刑事が現れ、奈津美が亡くなった事を聞かされます。

厚久は武田と奈津美の葬式に参列しますが、奈津美の母親に追い返されたうえに、鈴は奈津美の実家で育てる事を聞かされ「鈴の事は忘れてほしい」と伝えられます。

半年後、厚久は武田と、奈津美が殺害されたホテルを訪ね供養します。

厚久は「奈津美が生きていた実感が沸かない」とつぶやきますが、武田に「奈津美は生きていた」と諭されます。

厚久は、本当に大切な人に本心を伝える事が、昔から苦手で、早智子を自宅に入れた時も、その悩みを聞いてもらう為でした。

武田は、厚久を乗せて車を出し、奈津美の実家の前を通過します。

庭で遊ぶ鈴を見た厚久は、そのまま立ち去ろうとしますが、武田は「今の気持ちを、鈴に伝えろ」と涙を流しながら説得します。

武田から説得された厚久は「俺には出来ないかもしれない」と泣きながら、車を降り、鈴のもとへ走っていきます。

映画『生きちゃった』感想と評価


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高校時代からの友人である3人の男女の、複雑な思いが錯綜する人間ドラマ『生きちゃった』。

本作で語られているのは、大きな枠組みで言えば「愛の物語」なのですが、厚久と奈津美、武田がそれぞれの愛情を叫ぶ内容ではありません。

逆に、それぞれの愛情を押し殺し、複雑な感情を抱いている人達の物語になります。

まず、主人公である厚久は、奈津美への愛情を抱きながらも、本当に大切な人に本心を伝える事が出来ない性格です。

映画『生きちゃった』は、無駄な場面などを極力そぎ落とし、作中で語られていない部分は、鑑賞した人の想像力に委ねるという作品です。

その為、何故、厚久がそのような性格になったのか?は、作中で明確に語られません

厚久を演じた仲野太賀は「言いたい事も言えない、本音が言えない漠然とした気分が、現代を生きる人達にはあると思う、それを象徴したような役」と、厚久を捉えています。

作中で「英語なら、自然と言いたい事が言えるのに何故だろう」と悩む厚久の姿に、共感する人も多いのではないでしょうか?

厚久と結婚した奈津美は、そんな厚久に不満を覚えます。

奈津美は、愛情を感じない厚久に愛想を尽かし、洋介と不倫をし、それが発覚すると厚久との離婚を切り出し、厚久がアパートを出ていくうえに養育費は請求するという、一見するとかなり自分勝手でわがままな女性に見えます。

ですが、奈津美を演じた大島優子は「奈津美は誰よりも愛情を求めていた」と受け取り、5年間溜まっていた厚久への不満を見事に表現しています。

特に厚久へ別れを切り出す時の、奈津美が抱える複雑な感情を表情で表現しており、かなり印象深い場面になっています。

そして、2人の高校時代の友人である武田は「俺は忙しい」と、2人の問題に関わらないようなスタンスでありながら、常に2人を気にしているという、本当に優しい男です。

このように、3人がそれぞれ自身の本音を隠している、または隠してきた事から、小さなすれ違いが重なり、最終的には悲劇的な展開となっていきます。

そして、奈津美の死に直面した厚久は、ラストで鈴に自分の本心を伝える為に走り出します。

厚久は、大切な存在に本心を伝える恐怖から泣き叫ぶのですが、作品全般を通して、厚久が感情を爆発させるのは、この場面だけとなっています。

また、これまで武田は、どちらかと言うと誰かの話を聞かされる、受け身の状態が多かったのですが、鈴の所へ行く事を怖がる厚久を鼓舞し、泣きながら説得します。

厚久と武田のやりとりは、感情がぶつかり合う、かなり迫力のある場面です。

前述したように、『生きちゃった』は作中で語られていない部分が多い作品です。鈴の所に走って行った厚久が、どうなったかは分かりません。

ですが、大切な人に、自分の想いを伝える事の必要さに気付いた厚久は、確実に自分の殻を破り精神的に成長したと言えます

大切な言葉を伝える事に悩み、成長する厚久の姿を描いた本作は、SNSで言葉が溢れている現代の日本人へ「言葉の大切さ」を問いかける作品です。

まとめ


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映画『生きちゃった』は、石井監督が、脚本を3日で書き上げ、映画の製作を決めてから2カ月でクランクインし、短い撮影日数で完成させた作品です。

映画の内容は、厚久と奈津美、武田の複雑な内面を描いた作品ですが、出演俳優がそれぞれの役に正面からぶつかっており、剥き出しの部分を感じます。

監督、キャスト、スタッフが、一丸となり映画に挑んだと感じる本作には、間違いなく本気の魂が込められています。

それらの魂は作品に熱量となって現れており、本作を鑑賞後、作品に込められた熱量がこちらにも伝わり、本当に清々しい気持ちになりました。

また『生きちゃった』というタイトルは、作品の内容から考えると少しコミカルに感じますが、「生きちゃったから苦しむ」「生きちゃったから悩む」など、『生きちゃった』の後に、何か言葉が続くのではないかと感じています

本作は、映像で語られていない部分を、観客が想像しながら鑑賞していく作品の為、人によって捉え方が違うでしょう。

『生きちゃった』というタイトルも、人によって解釈が変わっていく、かなり意味深なメッセージを感じます。





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