愛と悲しみに満ちた家族の物語
『ノマドランド』(2020)でアカデミー監督賞を受賞したクロエ・ジャオ監督が、シェイクスピア作品「ハムレット」の誕生の背景にあった悲劇と愛の物語を、フィクションを交えながら描いたヒューマンドラマ『ハムネット』。
ウィリアム・シェイクスピアの妻の目を通して、不朽の名作「ハムレット」誕生の物語が紡がれます。原作はマギー・オファーレルの同名小説。脚本をオファーレルがジャオ監督と共同で務めています。
主演は『ウーマン・トーキング 私たちの選択』(2023)のジェシー・バックリーと『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』(2024)のポール・メスカル。
かわいい3人の子供に恵まれ、幸せに暮らしていた新進小説家シェイクスピアとアグネス。しかし、ペストによってすべてが一変してしまいます。深い家族愛を映し出す本作の魅力をご紹介します。
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映画『ハムネット』の作品情報

(C)2025 FOCUS FEATURES LLC.
【日本公開】
2026年(イギリス映画)
【原作】
マギー・オファーレル
【監督】
クロエ・ジャオ
【脚本】
クロエ・ジャオ、マギー・オファーレル
【編集】
クロエ・ジャオ、アフォンソ・ゴンサウベス
【キャスト】
ジェシー・バックリー、ポール・メスカル、エミリー・ワトソン、ジョー・アルウィン、デヴィッド・ウィルモット、ボディ・レイ・ブレスナック、オリビア・ライン、ジャコビ・ジュープ、ノア・ジュープ
【作品概要】
『ノマドランド』(2020)で、第93回アカデミー賞にて作品賞、監督賞を受賞したクロエ・ジャオ監督の最新作。
北アイルランドの作家マギー・オファーレルが2020年に発表し、英女性小説賞と全米批評家協会賞を受賞した同名小説を映画化しました。
ウィリアム・シェイクスピアと共に愛と悲劇を経験した妻アグネスの視点を通して、いかにして不朽の名戯曲「ハムレット」が誕生したかを繊細な観察眼で見事に描き出します。
脚本をジャオとオファーレルが共同で担当し、スティーヴン・スピルバーグとサム・メンデスが製作に名を連ねます。
『ウーマン・トーキング 私たちの選択』(2023)のジェシー・バックリーがアグネス、『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』(2024)のポール・メスカルがウィリアム・シェイクスピアを演じます。
『奇跡の海』(1996)のエミリー・ワトソン、『ブルータリスト』(2025)のジョー・アルウィンが共演。
第98回アカデミー賞では作品賞ほか計8部門にノミネートされ、ジェシー・バックリーが主演女優賞を受賞しました。
映画『ハムネット』のあらすじとネタバレ

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16世紀イングランドの小さな村。森と共に生きるアグネスは、代々受け継いだ不思議な力を持っています。亡くなった母は、彼女に予知能力や、薬草の知識を授けていました。
アグネスはウィリアム・シェイクスピアと恋に落ちて子を授かり、結婚して義母のメアリーらと同居を始めます。アグネスは森でひとりで娘スザンナを生みました。
父と不仲のウィリアムは精神的に追い詰められていきました。アグネスは作家を目指す夫の繊細な心が壊れてしまうことを心配し、ロンドンへと送り出します。彼女の胎内には新しい命が宿っていました。
大雨で堤防が決壊したため、森での出産を望むアグネスをメアリーは必死で引き留めます。難産の末にアグネスは自宅で男女の双子を出産し、ハムネットとジュディスと名付けました。
ウィリアムはロンドンで作家として活躍するようになり、村の自宅と行き来する生活を続けました。世の中はペストの黒い影に覆われていきました。
映画『ハムネット』の感想と評価

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現実の悲劇を舞台で昇華させるシェイクスピア
子供を喪った大きな悲しみと、名作戯曲「ハムレット」誕生の過程を繊細に描き出すヒューマンストーリーです。
予知能力など不思議な力を持つ、シェイクスピアの妻アグネス。彼女と森との濃密な関係性が前半部分で丁寧に描かれ、物語を形作る大切な背景となっていきます。
彼女にとって森は母の胎内のような場所でした。ひとりきりで体を横たえて休み、鷹を自在に飛ばし、ついには初めての子を一人きりで森で出産します。
大雨によって、次の子を自宅で出産しなければならなくなったアグネスは取り乱しますが、何とか無事ハムネットとジュディスという男女の双子を生みました。
しかしやがて、ジュディスがペストにかかり、回復した彼女と交代するようにハムネットが逝ってしまいます。
ハムネットが死に向かうシーンは深く印象に残ります。彼は「死神をだます」と言って、ジュディスが寝ていた場所に潜り込み、自分の命を差し出そうとするのです。
そして、翌日ハムネットだけが神に召されてしまいます。
突飛で現実味ない展開にとられかねないシーンですが、そうはなりません。その場面にたどり着くまでに、数々のエピソードが丁寧に積み重ねられているからです。
森と共に生きるアグネスの神秘性、亡き妻を追って黄泉を訪れたオルフェウスの神話、ハムネットとジュディが父親をだますために入れ替わるエピソード。そして、ロンドンに旅立つウィルから家族を守るよう託されたハムネットのまっすぐな思い。
何より、自らの半身であるジュディスを助けたいという切実な思いが、母から受け継いだハムネットの超自然的能力を呼び覚ましたように思えてくるのです。
悲嘆に暮れる自分を置いてロンドンに戻っていく夫を、アグネスは罵ります。息子を亡くしてさえも想像の世界に住み続けるウィルへの憤り。しかし、彼女はすぐにあきらめの表情を浮かべて夫を追い出します。
シェイクスピアが「ハムネット」という名の戯曲を書いたことを知って、アグネスは夫が家族を食い物にしたかのように感じたことでしょう。
しかし劇を観た彼女は、シェイクスピアが現実の苦しみを舞台で昇華させていたことを知ります。ウィルは現実と夢の橋渡しをする存在でした。
舞台で愛する息子が永遠に生き続けることを知り、アグネスは初めて笑顔で彼の死を迎え入れることができたのです。
神秘性と野生味を兼ね備えたアグネスの魅力

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本作でアカデミー最優秀主演女優賞を受賞したジェシー・バックリーの演技は、大きな見どころのひとつです。
神秘性と野生味を兼ね備えたアグネスを深く掘り下げ、希有な一人の女性の姿を立ち上がらせています。
森からやって来た一族の血を受け継いだアグネスは、予知能力を持ち、薬草の知識が豊かな女性です。相棒の鷹を自在に高く舞い上がらせる姿は、まるで自然と語り合うかのような神秘性を帯びています。
彼女が伴侶に選んだのは、想像の世界で生きる純粋な心を持つウィルでした。日常とは別の場所に心の拠り所を持つ者同士の親和性が2人を引き寄せたのでしょう。
一人目の娘を、彼女はたったひとりで森で生みます。どうしても母なる森で生みたいアグネスは、2度目の出産時、大雨で堤防が決壊して森に行けなくなり大きく取り乱します。
3人の子に恵まれた彼女でしたが、「自分を2人の人が看取る」というはっきりした予知をしていました。間もなくその理由が酷い形で示されます。11歳のかわいい息子ハムネットがペストで逝ってしまうのです。
ハムネットを失った時の悲しみの叫びと、陣痛の時に上げた叫び。そのどちらも、原始的な荒々しさを内包した動物的な咆哮でした。メスとしての本能を感じさせるバックリーの演技に震撼させられます。
バックリーはアグネスの思いを細やかに表現していきます。森での解放された表情、子を生む喜び、子を守る母としての逞しさ、子を喪う大きすぎる悲しみ。夫に対する憤りから諦めの思いまで、アグネスの感情が手に取るように伝わってきます。
圧巻はハムレット観劇シーンです。最初は夫への怒りを露わにしていたアグネスですが、母の教え「心を開く」を胸に芝居を見つめるうちに次第に魅了され、ついには舞台にかぶりつくように身を預けます。
死にゆくハムレットの手を思わず握るアグネス。大勢の観客も同じように彼に手を差し伸べます。アグネスは客席をぐるりと見回し、苦しみのしがらみから解放された表情へと変わっていきます。まるで世界中が去りゆくわが子を悼んでくれたかのように。
舞台であの子は生き続ける。人々に愛されながら。
夫の真の思いを知ったアグネスは、夫と笑顔を交わし、消えゆく息子の背中を温かく見送ります。救いを得た美しい表情に静かな感動がさざ波のように広がるラストシーンです。
まとめ

(C)2025 FOCUS FEATURES LLC.
名作悲劇「ハムレット」誕生の謎に迫るヒューマンドラマ『ハムネット』。
子を喪う親の悲しみだけではなく、去りゆく少年の悲しみも丁寧に映し出されます。双子の妹の命を救うために勇気を振り絞り、自らの命を差し出すハムネット。それでも「ママ、ママ」と呼び続けずにはいられない少年の恐怖と悲しみが、観る者の胸を抉ります。
ハムネットを演じるジャコビ・ジュプの切なく悲しみに澄んだ瞳が心から離れません。舞台上のハムレット役を演じる、彼の実の兄ノア・ジュプにもぜひご注目ください。


































