現金強奪計画から始まる、クセの強い脱落者たちが繰り広げる争いの行く末は?
お互いの素性も知らない5人組が、裏社会の現金を強奪したことから始まる、血みどろの戦いを描いた『グッバイ・クルエル・ワールド』。
登場人物全員がクセ者揃いの本作は、クライム・エンターテインメントでありながら、それぞれが「行き場の無い自分」に苦しむ群像劇で、ヒューマンドラマでもあります。
社会から外れてしまった者たちの、生き残りを賭けた戦いをエキサイティングに描く、本作の魅力をご紹介します。
映画『グッバイ・クルエル・ワールド』の作品情報
【公開】
2022年公開(日本映画)
【監督】
大森立嗣
【脚本】
高田亮
【キャスト】
西島秀俊、斎藤工、宮沢氷魚、玉城ティナ、宮川大輔、大森南朋、三浦友和、奥野瑛太、片岡礼子、螢雪次朗、モロ師岡、前田旺志郎、若林時英、青木柚、奥田瑛二、鶴見辰吾
【作品概要】
一晩の現金強奪計画から始まる、クセ者たちの血みどろの戦いを描いたクライムエンタテインメント。
主役の安西を『ドライブ・マイ・カー』(2021)の西島秀俊が演じる他、危険なヤクザの萩原を『シン・ウルトラマン』(2022)の斎藤工、現金強奪計画に巻き込まれる美流を『Dinerダイナー』(2019)『地獄少女』(2019)など話題作に多く出演している玉城ティナ。
悪徳刑事を大森南朋、美流と行動を共にする、元ラブホテルの店員を宮沢氷魚、強盗に加わる浜田を三浦友和が演じるなど、豪華キャストが集結。
『まともじゃないのは君も一緒』(2021)『死刑にいたる病』(2022)などの高田亮によるオリジナル脚本を『さよなら渓谷』(2013)『MOTHER マザー』(2020)など、社会派作品の評価が高い監督、大森立嗣が映像化。
映画『グッバイ・クルエル・ワールド』のあらすじとネタバレ
水色のアメ車「フォード・サンダーバード」に乗り込み、夜の街を走る、年齢も性別も違う5人組。
運転を担当する武藤は、後部座席に座るヤクザの萩原に、恋人の美流を人質に取られています。
助手席の安西は、武藤が目立つ車を選んだことに不満を抱ていますが、後部座席に座る浜田になだめられます。
5人が向かったのは、古いラブホテルで、そこではヤクザが裏に流す為の現金を回収する「資金洗浄現場」となっていました。
覆面を被った安西、萩原、美流、浜田は、資金洗浄現場に乗り込み、1億円近い現金を強奪することに成功します。
「フォード・サンダーバード」を乗り捨てた後、萩原は、武藤と美流に「さっさと消えろ」と現金を投げつけ立ち去りますが、美流は分け前の少なさに不満を感じていました。
数日後、武藤と美流は再び萩原の前に現れ、別の仕事を紹介してもらえるように頼みます。
萩原は、武藤と美流と共に深夜の宝石店を襲いますが、その場で美流に暴行を加え「お前は最初から数に入っていない」と言い放ちます。
武藤は、萩原の指示で美流を置いて車で逃走します。
次の日の朝、萩原に首を切られ死亡している、武藤の死体が見つかります。
一方、5人組に現金を奪われたヤクザ組織「杉山興行」は、刑事の蜂谷を呼び出します。
蜂谷は「杉山興行」の幹部、オガタと繋がりを持っており、オガタの命令を受けて5人組の所在を探り始めます。
映画『グッバイ・クルエル・ワールド』感想と評価
一夜の現金強奪計画から、思いもよらない戦いが巻き起こるクライム・エンタテインメント『グッバイ・クルエル・ワールド』。
冒頭からソウルミュージックが流れ、5人の男女が水色の「フォード・サンダーバード」に乗り、夜の街を疾走するという、なかなか気分が高揚する場面から始まります。
その後、ヤクザの資金洗浄現場となっているラブホテルに乗り込み、現金の強奪に成功し逃げ出すのですが、この時点で、この5人に関して一切の情報がありません。
だいたい、こういった犯罪映画は、現金強奪の数日前とかに戻り「この5人が何故集まり、こんな危険な計画を実行したか?」が語られるのですが、『グッバイ・クルエル・ワールド』は、そのような構成ではなく、ヤクザと繋がりのある汚職警官、蜂谷を通して、5人の素性が徐々に明らかになっていきます。
そして、浮き彫りになるのは、現代の日本の生きづらさです。
特に主人公の安西を通して「生きづらい日本」という目線は明確になっていきます。
安西は元ヤクザでしたが、妻のみどりとの出会いで更生して、普通の人生を送ることを目指します。
ですが、元ヤクザという過去は、安西が考えていた以上に問題で、新たな生活を望んでも、舎弟だった飯島に足を引っ張られ、結局上手くいきません。
過ちを犯したり、一度社会から外された者は、二度とやり直せない、特にコンプライアンス(法令遵守)が叫ばれ、潔癖になった今の日本では尚更でしょう。
安西自身も、やり直すことに諦めのような部分を感じており、何かを変える為には、とにかく現金が必要だったのです。
この安西に、裏の仕事をやらせているのが、浜田という元政治家秘書だった男です。
浜田は「政治家を引きずり下ろす」という信念を持っていますが、自分では一切手を出さない汚い男です。
浜田は、常に誰かを使い、自分の目的を果たそうとしますが、この「使う者」と「使われる者」の関係性も、本作の問題定義となっています。
この問題定義を象徴するのが、萩原のセリフ「お前は数に入っていない」です。
宝石強盗に加担させられた後に、分け前を欲しがる美流に、萩原が暴行を加える際に言い放つのですが、「用が済んだらお前は必要ない」ということで、美流は切り捨てられた訳ですね。
ただ『グッバイ・クルエル・ワールド』に登場する、メインのキャラクターは、全員が組織や社会に切り捨てられ、行き場所も居場所も失った人たちです。
その、似たような人間の集まりでも「使う者」と「使われる者」の関係性はあり、その関係性の一番下にいるのが、矢野と美流になります。
一度は用済みとなり殺されかけた矢野と美流は、感情を失い、淡々と人を殺し始めますが、これは切り捨てられた者、何も持たざる者の復讐と言えます。
ですが矢野と美流は、復讐のその先を何も考えていなかった為、結局は「杉山興行」に使われただけという、皮肉な結果となっています。
安西が矢野と美流に言う「結局、お前たちも一緒じゃないか、こんなところで血まみれになって」というセリフも、似た者同士の無益な争いを象徴するようで、非常に印象的です。
『グッバイ・クルエル・ワールド』は、現金強奪の場面から始まる、冒頭はエンタメ要素の強い作品ですが、それ以降は、現金強奪計画に関わった、さまざまな人達の群像劇で、全員が社会から「用済み」として切り捨てられながらも、生きる為にもがき苦しんでいる人たちです。
クセが強いキャラクター揃いですが、もがき苦しむその姿は、必ず誰かに共感できるのではないでしょうか?
個人的には、自身の望んだ静かな生活をぶち壊した、飯島にとどめの一撃を浴びせる安西の表情から、憎しみと絶望を感じ、かなり心に響きました。
まとめ
居場所を失った者達の、血みどろの戦いを描いた『グッバイ・クルエル・ワールド』。
ラストでは、疲れ切った安西と蜂谷が、橋の上で語り合うという感慨深い場面となります。
組の為に全てを注ぎ、最後は厄介者となった安西と、手柄の為にヤクザと繋がりを持ち、警察に居場所が無くなった蜂谷は、最初から通じるものがあったのかもしれません。
本作では「使う者」と「使われる者」への問題提起が込められていますが、安西が継いだホテルがある商店街の、それぞれが支え合って生きている住人の姿が、1つの答えのように感じます。
お互いが対等に、輪を大切に支え合っていくことが理想なのでしょうが、安西は最初から、この輪に入ることは出来なかったのです。
橋の上で安西と蜂谷が語る「こういう所に住みたかったよ」「俺もだよ」というやりとりから、お互いを利用し出し抜くのではなく、支え合って生きていくことへの憧れを感じます。
『グッバイ・クルエル・ワールド』は、現在の日本の空気を反映させたことで、他とはひと味違うクライム・エンタテインメント作品になっています。
出演している俳優も全員が実力派なので、演技を見ているだけも面白いですし、特に三浦友和演じる浜田のグダグダした感じは最高です。
本作の冒頭、裏金の強奪場面で、ずっと浜田がブツブツ言っている日本への愚痴は、実は本作のテーマに通じる部分ですので、聞き逃さないで下さいね。