「世界の終わり」と呼ばれた時代の“不条理”に少年は何を感じたのか
今回ご紹介する映画『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』は、『エヴァの告白』(2013)『アド・アストラ』(2019)のジェームズ・グレイが、自身の少年時代の実体験をもとに脚本を書き上げ、監督を務めた自伝的ヒューマンドラマです。
本作は第75回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品されました。
1980年、ニューヨークが舞台。白人の中流家庭で公立学校に通う12歳の少年ポールは、PTA会長を務め、教育熱心な母エスターと働き者でユーモアもあるが、厳格な父アーヴィング、私立学校に通う優秀な兄テッドと何不自由なく暮らしています。
ところがポールは家族に対して不満と居心地の悪さを感じており、祖父のアーロンだけが心を許せる存在でした。
想像力豊かで芸術に関心を持つポールは、クラスの担任と馬が合わず、留年した黒人のクラスメイトジョニーと打ち解け、友情を育むのですが・・・。
CONTENTS
映画『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』の作品情報
【公開】
2023年(アメリカ映画)
【原題】
Armageddon Time
【監督・脚本】
ジェームズ・グレイ
【キャスト】
アン・ハサウェイ、アンソニー・ホプキンス、ジェレミー・ストロング、バンクス・レペタ、ジャイリン・ウェッブ、トバ・フェルドシャー、ライアン・セル
【作品概要】
主人公ポールの母役に『レ・ミゼラブル』(2012)、『マイ・インターン』(2015)のアン・ハサウェイ、祖父役を認知症の父親役を演じた『ファーザー』(2020)で、2度目のアカデミー主演男優賞を受賞したアンソニー・ホプキンス、父を『シカゴ7裁判』(2020)のジェレミー・ストロングが演じました。
映画『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』のあらすじとネタバレ
1980年、ニューヨークのクイーンズ区。12歳のポール・グラフは6年生の新学期を迎えました。
新しい担任教師が新学期の挨拶をしてもポールは、話しに集中せずノートに何かを描いて、クラスメイトに回し始めます。
出欠をとる担任はそのノートが回っているのに気づき、取り上げると絵を見て「誰が描いたんだ?」と問い詰めます。
早く白状しないとクラスメイトが楽しみにしている、体育の授業はしないと告げカウントダウンし始めると、渋々ポールは挙手し「クラスメイトを笑わせたかった」と言います。
担任の似顔絵と揶揄する言葉を書いたポールは黒板の前に立たされる始末です。
出欠が再開し黒人の同級生ジョニー・デイヴィスが呼ばれると、彼は「ジェームズ・ボンドだ」と悪ふざけを言い、クラスに笑いを起こすとジョニーも黒板の前に立たされます。
ジョニーは留年し2度めの6年生で同じ担任です。担任教師はジョニーを目の敵にするように、辛くあたり彼の席を前方の隅に置き、授業を受けさせないようにしました。
授業が始まっても2人は黒板を綺麗にする罰が与えられます。しかし、担任が背を向けるとポールはふざけてクラスメイトを笑わせます。
担任はジョニーがふざけたのだと決めつけて、一方的に叱りつけました。結局、2人とも体育の授業に参加できず、教室の窓から眺めるしかできませんでした。
しかし、そこでポールとジョニーの交流が始まります。ジョニーが好きな音楽の話を始めると、ポールは「家にはビートルズのアルバムがあるよ」と話し、2人は打ち解け合いました。
下校も一緒にしながらジョニーには母親違いの兄がいて、NASAで働いているとステッカーを見せて自慢をします。ジョニーは宇宙飛行士になるのが夢でした。
そして課外授業の美術館見学の話になりますが、ジョニーには両親がおらず認知症の祖母と暮らしているので、経済的に無理だと言います。
するとポールは自分の家は裕福で、母親はPTA会長をしていると言います。そして、お金を出してあげるから一緒に行こうと約束します。
ジョニーはスクールバスで、ポールは歩いて家に帰ります。帰宅すると家の中は暗く、誰もいませんでした。ポールは両親の部屋へ行き、母親のアクセサリーケースから、ヘソクリをくすねます。
しばらくすると母方の祖父のアーロンが訪ねてきました。ポールは祖父のことが大好きで、大喜びしながら自分の描いた絵を見せると、アーロンは絵を見て褒めます。
ポールには有名な画家になる夢があり、アーロンはその夢を応援してくれる善き理解者です。アーロンはポールにロケットの組み立てキットをお土産にくれました。
その日は安息日の夕食会をポールの家で行う日でした。ポールの家族は母エスターと父アーヴィング、私立学校に通う兄テッドです。エスターは家計の中でやりくりをし堅実的で、無駄な出費や好き嫌いには厳しい母です。
しかしポールは母の手作り料理が好きではなく、スパゲッティなどの軽食やデリバリーの餃子やチャーハンを食べたがりました。
夕食会には母方の祖母ミッキー、父方の祖父母も出席します。食事をしながらミッキーは骨董店で買った食器が、ウクライナ製だったことに驚いたと話題にします。
また、エスターは教育委員に立候補すると宣言しますが、ミッキーはポールが通う公立学校に不満を言い、黒人も通っていると批判します。
エスターは自分の母が“差別的”な発言をすることに、困惑しますが教育委員会への立候補に決意は固く、家族の協力が不可欠だと言います。
ところがポールやテッドは母の話を真面目に聞かず、好き勝手なことを言って騒ぎます。そしてしまいには中華料理をデリバリーし始め、場の収拾がつかずアーヴィングが怒鳴ります。
夕食会が終わるとアーロンがポールの部屋に来ます。ポールは祖父の家系のルーツについて聞きます。
アーロンは自分の母親の話をはじめます。アーロンの母親はユダヤ人の両親(アーロンの祖父母)と、ウクライナの町で商店を営み暮らしていました。
近くにはロシア兵の兵舎があり、兵士が街中をうろついていて、ある日ロシア兵が店に押し入り、理由もなく母の両親は殺されたと話します。
アーロンの母は「奴らはまた必ず来る・・・」と予見し、ユダヤ人への迫害を逃れるため、ロンドンに逃げイギリスで結婚し、アーロンが生まれるとアメリカに渡航したと教えます。
そして、アーロンは祖母のミッキーと出会い結婚したと話します。ポールにはその苦労に想像もつきませんが、アーロンは差別された者の記憶はいつまでも残ると諭します。
翌日、クラスでは課外授業の承諾書が回収されます。ジョニーはお金がないので行けないとポールに言いますが、ポールは「うちは金持ちだから」とくすねてきたお金を渡します。
ジョニーは自分で承諾書にサインしますが、担任は疑い親に確認すると言います。しかし、家には祖母しかおらず、電話もないと言い課外授業に行くことができます。
『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』の感想と評価
『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』はジェームズ・グレイ監督の子供の頃の体験や社会的背景などをできるだけ忠実に再現することで、“虚飾”を排除し普遍的な核心に迫っています。
監督が描きたかった普遍的な核心とは一体何なのでしょう?それはずばり“人類差別”や経済的“格差”による差別社会です。
舞台となった1980年のアメリカ合衆国は、高い失業率とインフレーションから脱却し「アメリカを再び偉大な国にしよう」を掲げた、ロナルド・レーガンの大統領選挙が背景にあります。
「強いアメリカ」=「外国への武力侵攻」という印象を与えていたため、エスターは「また、戦争が起こる」と落胆しました。
ところがポールの暮らしていたニューヨーク市クイーンズ区は、他民族が多く暮らす街であり、80年代には作中に登場するトランプ一族の本拠地でもありました。
トランプ一族とは不動産業の富豪で、第45代アメリカ大統領のドナルド・トランプの一族のことで、ポールが通った私立校でスピーチしたマリアン・トランプは姉で、フレッド・トランプは父です。
グレイ監督が通っていた私立校で実際にあった出来事で、当時のスピーチをマリアン本人に取材し、お互いの記憶を照合しながら再現されました。
フレッド・トランプ自身もドイツからの移民者で、一代で財を成した実業家です。移民であっても成功できるというイメージがありますが、富裕層による社会的な権威を誇張する要因でもあります。
レーガンが打ち出した経済政策に富裕層への減税で、労働意欲を高める・・・とあり、まさにフレッド・トランプにとって富を増やす好都合な政策であり、学校をあげてレーガンを応援していた理由も明白です。
あのマリアン・トランプのスピーチシーンは、富に囲まれた人種の“非凡”さがいかに無神経であるかを表現していました。
グレイ監督が子供ながらにマリアン・トランプのスピーチから感じとった、恐怖心を描くことで“格差”が生む“不平等”を訴えています。
『アルマゲドン・タイム』とは
『アルマゲドン・タイム』とは1979年のイギリスパンクバンド、“ザ・クラッシュ”がカバーしたウィリー・ウイリアムズのレゲエ『Armageddon Time』から由来しています。
「大勢の人が食べ物にありつけず、正義を得られず苦しむことになる・・・でも、戦うために立ち上がらなければならない・・・」という階級闘争をアルマゲドン(終末論)に例えた歌です。
「強いアメリカ」とは世界戦争の勃発、すなわちアルマゲドンに繋がることを意味しますが、本作の主人公ポールの視点でみると、興味関心が共通で話の合う友達ジョニーとの別離そのものが、この世の終わりに思えるほどのできごとでした。
ポールの先祖はユダヤ人として迫害を受け、ポールの父は裕福になったユダヤ人から侮辱され、白人は黒人を蔑むことで自分の自尊心を確立する・・・。かくも愚かしい“階級格差”による差別です。
また、公立学校の校長とアーヴィングがポールを“鈍い子”と評したのは、「発達障害」のことなのでしょう。
単に支援学級に入れるだけでは差別がある以上、将来に不安があります。しかし、アーロンのようにポールの芸術的な才能を認め、伸ばしてあげれば将来成功するともとれます。
世の中の不条理とはこんな身近なところから派生しています。もし、人種や格差を越え平和的な価値観で、互いに尊重し合えれば“階級闘争”など起きないことを伝えた物語でした。
トランプ大統領が誕生して以降、ロシアのウクライナ侵攻など、まさに今も“アルマゲドン・タイム”だとも言えるのではないでしょうか。
まとめ
映画『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』は、12歳のポール少年がいくつかの過ちを犯し、失敗の中から“階級的格差”や“人種差別”という社会の不条理に否応なく向き合わされる物語です。
自らの軽はずみな行動は自身や家族を傷つけながら、それでも現実社会は不確かな道に進んでいき、ポールには暗中模索の未来が待っていることを予想させます。
それは、ポールがアーロンから諭された「高潔であれ」という言葉の意味を理解できるまで続くことでしょう。
本作はジェームズ・グレイ監督の少年時代の記憶と経験を誠実に脚本に反映させた映画です。同様の映画監督の自伝的作品でも、スティーブン・スピルバーグ監督の『フェイブルマンズ』のように映画制作に情熱を込めた、ポジティブな作品とは対照的です。
グレイ監督は社会的成功を描くのではなく、本作を現実的で忠実に描くことで、非凡な人種に翻弄されてしまう、多くの庶民に普遍的な意識の転換に期待を寄せています。
『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』は失敗を徹底的に分析して学ぶことが、正しい道へと導く最大の方法だと教えているようでした。