連載コラム『仮面の男の名はシン』第5回
『シン・ゴジラ』『シン・エヴァンゲリオン劇場版』『シン・ウルトラマン』に続く新たな“シン”映画『シン・仮面ライダー』。
原作・石ノ森章太郎の特撮テレビドラマ『仮面ライダー』(1971〜1973)及び関連作品群を基に、庵野秀明が監督・脚本を手がけた作品です。
本記事では、緑川ルリ子の兄にして、「仮面ライダー第0号」と自ら名乗った緑川イチロー/チョウオーグについてクローズアップ。
仮面ライダー第0号/チョウオーグの各“元ネタ”解説はもちろん、「ハビタット世界」という名の由来から見えてくるイチローが夢見た“安息の地”の全容などを考察していきます。
CONTENTS
映画『シン・仮面ライダー』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【原作】
石ノ森章太郎
【脚本・監督】
庵野秀明
【キャスト】
池松壮亮、浜辺美波、柄本佑、西野七瀬、本郷奏多、塚本晋也、手塚とおる、松尾スズキ、仲村トオル、安田顕、市川実日子、松坂桃李、大森南朋、竹野内豊、斎藤工、森山未來
【作品概要】
1971年4月に第1作目『仮面ライダー』の放送が開始され、今年2021年で50周年を迎える「仮面ライダー」シリーズの生誕50周年作品として企画された映画作品。
脚本・監督は『シン・ゴジラ』(2016)と『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(2021)にて総監督を、『シン・ウルトラマン』にて脚本・総監修を務めた庵野秀明。
主人公の本郷猛/仮面ライダーを池松壮亮、ヒロイン・緑川ルリ子を浜辺美波、一文字隼人/仮面ライダー第2号を柄本佑が演じる。
“仮面ライダー第0号”緑川イチロー/チョウオーグを考察・解説!
映画『シン・仮面ライダー』追告動画
仮面ライダー第0号/チョウオーグの元ネタは?
『シン・仮面ライダー』作中に登場する最強のオーグメントにして、スピンオフ漫画『真の安らぎはこの世になく シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE』の主人公でもある緑川博士の息子・イチロー/チョウオーグ。
スピンオフ漫画を通じて映画本編への登場自体は誰もが予想していたものの、『仮面ライダーBLACK』(1987〜1988)のシャドームーンを彷彿とさせるチョウオーグの外観デザインには誰もが驚かされたのではないでしょうか。
映画作中で描かれた「“蛹”の形態から“羽化”し完全体へと覚醒する」というチョウオーグの2段階変身。その描写からは、テレビドラマ版『仮面ライダー』登場の怪人ドクガンダーだけでなく、同じく石ノ森章太郎原作のテレビドラマ『イナズマン』……「蝶」をモチーフとしたデザインであり、「サナギマンから羽化し新たな変身へと至る」だけでなく「“超能力”によって戦う」という設定も持つヒーロー・イナズマンを連想したはずです。
またチョウオーグの「二つの風車」が埋め込まれた変身ベルトやマスクのデザイン、そして「白いマフラー」というトレードマークからは、テレビドラマ版『仮面ライダー』の次作として1973〜1974年に放送された『仮面ライダーV3』の主人公にして“3人目の仮面ライダー”こと仮面ライダーV3を彷彿とさせます。
そして決して忘れてはならないのが、本郷・一文字に対してイチローが自ら名乗った「仮面ライダー第0号」という呼称。
それもまた、東映テレビ部のプロデューサーとしてテレビドラマ『仮面ライダー』の誕生に尽力した一人・平山亨がかつて執筆した短編小説『二人ライダー・秘話』内における「緑川博士は本郷の改造手術以前、“仮面ライダー0号”ともいえるバッタ男を作り出すも、その被験体は体力が保たずに悲壮な最期を遂げた」が“元ネタ”と考えられています。
“安息の地”を求め、夢現を迷い続ける蝶
チョウオーグの「生命の“全てのプラーナ”=“魂”を強奪可能」という父・緑川博士が開発したプラーナシステムの究極形ともいえる能力によって、人類の全ての魂の現実とは異なる別空間……全ての心が共有され嘘偽りが存在し得ない「ハビタット世界」への葬送を計画したイチロー。
人類の全ての心が共有された時点で「理解」という概念、そして「他者」という概念は人類から消え去る……「全人類の魂の同一化」ととも解釈可能なイチローの計画には、『シン・仮面ライダー』の脚本・監督を手がけた庵野秀明が『新世紀エヴァンゲリオン』(1995〜1996)及びシリーズ作品でかつて描いた「人類補完計画」を思い出した方も多いはずです。
なおハビタット世界の「ハビタット(habitat)」とは、英語で「住まい、住居」「生息地」を意味する語。「生息地」という意味からは、映画作中では「生命を構成するエネルギー」として設定され、サンスクリット語で「呼吸、息吹」を意味する語に由来するプラーナに対応した名といえます。
また「住まい、住居」という意味からも、イチローが何よりも取り戻したいと願っていたのは「何があったとしても自身のことを優しく受け入れてくれる母が、自身の帰りを待っていてくれる家」であったことは、スピンオフ漫画・第1話の内容をふまえると想像に難くありません。
「住まい、住居」「生息地」を冠するハビタット世界と、スピンオフ漫画のタイトル『真の安らぎはこの世になく』……両者を組み合わせて見えてくるのは「安息の地」という言葉であり、イチローはハビタット世界にその言葉を見出していたのは明白といえます。
また映画作中、蝶について「“復活”や“不死”を象徴する存在」「中でも青い蝶は“神の使い”とされる」と語っていたイチローですが、彼の心中には、“夢見る世界”の真実を蝶と人の関係性によって語ろうとした説話「胡蝶の夢」も秘められていたはずです。
「真の安らぎはこの世になく」……“真の安らぎ”がそこにあるであろう安息の地を求めて、“この世”でないハビタット世界へと飛び立とうとしたイチロー。しかし彼の異母妹・ルリ子はハビタット世界を「地獄」と評するようになったことからも、イチローは自らの幸福を見失い、夢現を迷わざるを得なくなった哀しき“一頭”の蝶だっただけだったともいえるのです。
まとめ/“真の安らぎ”へ誘う救世主の“実態/素顔”
コラム第2回でも言及した通り、スピンオフ漫画のタイトル『真の安らぎはこの世になく』の“元ネタ”は、音楽家アントニオ・ヴィヴァルディによるクラシック曲『真の安らぎはこの世にはなく』と考えられています。
「真の安らぎはこの世になく、苦痛なき真の安らぎは、慈愛に満ちた救世主の御身の中にこそ在る」……。
そんな『真の安らぎはこの世にはなく』の歌詞の一節からも、スピンオフ漫画の主人公・イチローは自らが“救世主”となって人類を“真の安らぎ”へと導こうとしていたと想像するのは、映画作中のイチローが宗教の教祖じみた格好をし、救世主イエスを彷彿とさせる長髪であったことからも容易なはずです。
しかしその実態は、“血”そして“生”を象徴する「赤いマフラー」を巻いた本郷猛/仮面ライダーと一文字隼人/仮面ライダー第2号とは対照的に、「白いマフラー」「青い蝶がモチーフの外見」という“死”を暗示させる色を全身に纏った、神の使いならぬ“死神の使い”でしかありませんでした。
そして、一文字の全身全霊・渾身の頭突きによって砕かれた“死神の使い”のマスクの下にあったのは、何よりも「亡き母も、父も、妹も心安らかに自身を受け入れてくれる住み処」を手に入れたかった、幸福を見失ってしまった少年の素顔だけだったのです。
ライター:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。