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平成の宮崎駿と令和の新海誠。倫理観から恋愛観へ|新海誠から考える令和の想像力3

  • Writer :
  • 森田悠介

連載コラム「新海誠から考える令和の想像力」第4回

新海誠監督の過去作をたどることで、「ぼく」が「きみ」との関係を保つために、他者を征服しない“弱さ”が土台になっていることがわかりました。


(C)Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

今回は“ポスト宮崎駿”と目される監督たちとの比較から、新海監督独自の「倫理観」を浮かびあがらせ、そのうちもっとも身近な二者関係である「恋愛観」にせまっていきます。

【連載コラム】『新海誠から考える令和の想像力』記事一覧はこちら

宮崎駿と新海誠

新潮社/2017

まず『君の名は。』の大ヒット後、興行収入ベースにおいては、宮崎駿と新海誠が並び称されるようになりました。

宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』(2001)は歴代興収第1位の308億円を記録していますが、つづく第2位に『君の名は。』の250億円が躍りでました。

もちろん立てつづけにヒットを飛ばしてきた宮崎駿と同列に扱うことはできませんが、長山靖生著『「ポスト宮崎駿」論 日本アニメの天才たち』(新潮新書、2017年)を参考に、最初に両者の比較からはじめます。

本書でも新海誠が第1章に位置づけられており、彼の大きくなった存在感を示しています。

著者は新海の作風をこのように述べます。

物語の雰囲気も独特で、繊細な孤高感が漂っていた。その孤独は社会的批判ではなく、諦念と暖かさを湛えている。P26

この“諦念と暖かさ”は、“他者を征服しない弱さ”の要素としてとらえることができます。

その要素には、つづいて言及される“受身性”も入るでしょう。

新海作品の引用には衒いがない。新海監督にとって、先行作品は自然のようなもので、自分より前に既にそこにあり、美しい景色と同様に、自分に取り込んで活用できる素敵な素材だ。(…)その受身性が新海作品を味わう心地良さのひとつだ。P44

新海作品で必ずといっていいほど語られる背景の美しさ。これは「与えられた世界を享受する姿勢」をあらわしていると考えられます。

宮崎の「愛」と新海の「恋」


(C)1986 Studio Ghibli

一方で、宮崎作品の世界はどうなっているでしょうか。引用をつづけます。

私は宮崎駿を「愛」を描く人だと思っている。親子の愛や友情や男女のほのかな愛を描かせれば、宮崎駿はトップのアニメ作家だ。その一方、新海誠は「恋」を描くのに巧みだ。「恋」は周囲にすれば恥ずかしく、滑稽ですらあり、あまりに真っ直ぐだと大人はつい説教したくなるような情動である。P30

“愛”と“恋”の定義はひとまず置き、スタジオジブリ代表取締役プロデューサーの鈴木敏夫氏も、インタビュー集『風に吹かれてⅠ』(中公文庫、2019)でこのようなことを語っています。


(C)2010 Studio Ghibli・NDHDMTW

鈴木:(『借りぐらしのアリエッティ』の)恋愛の部分についてはねえ、ほんと感心した。あのー、宮崎駿の場合はね、もう会った瞬間、お互い100パーセント好き同士なんですよ。普通だったら起こり得る、自分はそう思うけど相手はどう思ってるんだろうかとか、そういういわゆる駆け引き、打算の部分ね、普通はそのやり取りを描くものが恋愛でしょ? ところがそれが一切ない。それは宮さんの大きな特徴ですね。P241

たしかに、空から少女が降ってきたり(『天空の城ラピュタ』)、人語を解さぬ少女といつの間にか心を交わしていたり(『もののけ姫』)と、宮崎作品には他者とつながるための過程が往々にして省略されています。

“会った瞬間、100パーセント好き同士”とは、別の言い方をすれば、「会った瞬間に他者を自己のうちに取りこんでしまっている」といえます。

その点、「恋」を描く新海は、他者という存在に注意深すぎるくらいに慎重に向きあっています。

これはある意味、倫理的ともみれる姿勢ですが、すれ違いで終わってしまっては、他者との関係を築くまでには至りません。

宮崎的な「愛の押しつけ」を避けつつ、「淡い恋」から弱いもの同士つながるにはどうすればいいのか。

そのひとつの回答が『君の名は。』であり、著者もその時点でこう認めています。

だが新たな展開のためには、新海作品は「愛」の広がりを必要とした。恋なしでも社会は成立するが、愛の物語がなければ社会は描けない。P31

「愛」をもって「きみとぼく」のあいだに「社会」を埋めこんだ、というわけです。

宮崎の「強さ」と新海の「弱さ」

(C)2001 Studio Ghibli・NDDTM

しかしこれでは堂々めぐりになります。すなわち、ただの「遠回りな宮崎映画」になってしまう可能性があります。

わたしたちがここで模索しているのは、人間的な弱さから出発し、社会に開かれた他者との関係を築く術です。

宮崎映画のおもな少女たちは「強くあれ」のメッセージを背負っています。

具体例を挙げましょう。

平成の邦画史に燦然と輝く『千と千尋の神隠し』は、両親を取りもどすために「銭湯で働きながら強くなれ」です。

その『千と千尋』で作画監督を務めた高坂希太郎監督の映画『若おかみは小学生!』(2018)は、両親を亡くした少女が「旅館で修行しながら強くなれ」です。

もちろん努力は大事ですが、昭和の「強くあれ」は「戦い」を生み、平成の「強くあれ」は「報われなさ」を人々に感じさせるに終わりました。

令和という時代では、その前提となるメッセージを見直さざるをえません。

だからこそ、新海映画の登場人物の「弱いままでいるぼく」や、作品世界の「受身性」に着目する価値があるのです。

新たな問いはこうです。

セカイ系を一概に否定するのではなく、弱さを認めたまま、発展的に社会に開いていくことはできるか?

その際に、都合のいい道具として「愛」を持ちだしてはならない。

『「ポスト宮崎駿」論』から、新海誠監督の発言をふくめた箇所を引用します。

『雲のむこう、約束の場所』の時点で新海は、プロットを考え始めた頃はセカイ系の先に踏み出したいと意識していたが、やがて〈コミュニケーションの最小単位はやはり「君と僕」だし、そのまわりには世界が広がっているわけで、その意味では「セカイ系」といわれるような物語の運びというのは普遍性があると思うし、力もあると思うんです〉(「『強度ある物語』を求めて」、「ユリイカ」2004年12月号)と語っていた。P47

コミュニケーションの最小単位がやはり「君と僕」であるとすれば、それをどのように、またどこに開いていくべきでしょうか。

“ポスト宮崎駿”のひとりと目され、『ハウルの動く城』の監督を降板した過去をもつ細田守監督は、それを「家族」の物語に回収していきました。

細田守と「家族」

日本を代表する漫画家、イラストレーター、アニメーター、そしてアニメ監督である安彦良和氏は、『新海 誠Walker』(KADOKAWA、2016)内のインタビューで『君の名は。』をこう評しています。

こんな言い方をしたらマズイのかもしれないけど、細田守さんに似てきたなと(笑)。細田さんは信州の人で(新海さんと)同じような空気感を出せる人ですから。P81

これはただ「大衆的になった」という意味だけではありません。

長野県上田市が舞台となった『サマーウォーズ』(2009)では、ネット上の仮想世界をハッキングした人工知能・ラブマシーンが、小惑星探査機の再突入体を核施設に落とそうとするものの、主人公一家の「大家族」が力をあわせ、自宅の脇に落下させるという物語です。

宇宙からの落下物と攻防する点では『君の名は。』を十分に想起させ、そこでの細田監督の“セカイ”の守り方は「家族の力」を総動員することでした。

人工知能の名前に「ラブ」があること思えば、それは「愛の力」かもしれません。

2019年現在の最新作『未来のミライ』(2018)は、幼児の前に未来からの妹があらわれ、過去と未来を行き来することで、「家族の歴史」に刻まれている命のつながりを大事にしよう、と説くものです。

そのような物語自体は否定しようもありませんが、「令和の想像力」の観点からすると、家族がないものはどうすればいいのか、貧しい家庭でもおなじことがいえるのかなど、時代にそぐわない設定が目につきます。

これは現代の日本映画全体の特徴かもしれませんが、世界でも社会でもなく「家族」に落ち着く話が宿命のごとくつきまとっています。

実写の場合は、カンヌ映画祭のパルムドールを受賞した『万引き家族』(2018)のように“疑似家族”ものが多く制作され、「家族の再考」がおこなわれていますが、アニメーションの分野ではどれほど進んでいるでしょう。

アニメこそファミリー層をターゲットとすることもあり、「家族の呪縛」から解かれていない作品が多いのはたしかです。

原恵一監督の新作『バースデー・ワンダーランド』(2019)も少女が異世界に行って帰ってくることで「家族のつながり」を再認識するものでありましたし、橋本昌和監督の『クレヨンしんちゃん 新婚旅行ハリケーン 〜失われたひろし〜』(2019)も「春日部に住まう中産階級の4人家族」というイメージを払拭するほどではありませんでした。

繰りかえして言いますが、大家族や子どもがいる家庭はもう「当たり前」ではなく、またそれを見て救われる層も昔ほど多くはありません。

安彦良和氏が新海誠を「細田守さんに似てきたな」と言うのは、それまでの新海作品がもっていたアクチュアリティが失われないかを危惧する発言と受け止めることもできるはずです。

庵野秀明と「破壊」

引きつづき、“ポスト宮崎駿”の線で監督名を挙げてゆけば、『風の谷のナウシカ』で巨神兵の原画を担当し、『風立ちぬ』では主人公の声として参加した庵野秀明は外せないでしょう。いわば師匠と弟子の関係です。

またこれまで説明してきたように、庵野監督はセカイ系の生みの親とも呼んでいい『新世紀エヴァンゲリオン』を手がけています。

新海監督は、コミュニケーションの最小単位は「君と僕」であると言いました。

では、その本家ともいえる庵野監督は、その後それをどのように開いていったのでしょうか。

先述した鈴木敏夫プロデューサーは、特撮博物館の開催にあたり、庵野秀明の作品についてこう語っています。

やっぱり庵野研究をしないとだめだなあって。それで、あらためて『序』と『破』を見て。それと、実は、『トップをねらえ!』。これも見ました。基本は同じでしたねえ。だから今のみんなの気分の中にある、全部なくしちゃいたいっていう、ある種の破壊願望。それをちゃんと満たしていますよね。(『風に吹かれてⅡ』、中公文庫、P150)

ズバリ指摘された「破壊願望」という言葉は、『シン・ゴジラ』(2016)まで貫くモチーフとなっています。

自分が生きる「世界」をどうするか。また自分がつくった「セカイ」をどうするべきか。

庵野監督は「愛」や「家族」を持ちだすことはせずに、「破壊」を選びつづけています。

社会学者の宮台真司氏が喝破したように、『シン・ゴジラ』で人々は「破壊の享楽」を味わい、それがヒットにつながりました。

しかし、弱い者同士が、痛みを抱えたまま再び関係を築くのがいかに難しいとはいえ、セカイをひっくり返してしまっては、元も子もありません。

平成最後の問い『もののけ姫』

人々の「破壊願望」が無意識にもあらわになった年は、「エヴァンゲリオン」の放映がはじまった1995年でしょう。

この年は「阪神淡路大震災」と「地下鉄サリン事件」が起き、文字どおり時代の裂け目となりました。

ここまでの論旨に沿って言えば、「強くあれ」のメッセージが限界を超えたときです。

つまり宮崎駿的な世界観に亀裂が入り、人々の心が「エヴァ」はもとより、新海誠的な倫理観あるいは恋愛観に移行してゆくことになるターニングポイントとしてとらえられます。

それは、鈴木敏夫プロデューサーが『もののけ姫』に取りくむ宮崎駿をこのようにみていたことからもうかがえます。

『もののけ姫』は本当、繰り返しいいますけれど集大成じゃない。あれは、とてつもないテーマを抱えて、それを具体化できない新人監督のあがきみたいなものがそのまま映画になって、それを観客が共有してくれた、そんな映画じゃないかなっていう気がしています。(『風に吹かれてⅡ』、中公文庫、P45)

『もののけ姫』は1995年以降の混乱を写しとったような作品ですが、その後つくられた『千と千尋の神隠し』では再び宮崎駿の得意分野である冒険活劇(「少女よ、強くあれ」)に回帰します。

平成の問いは、その時点でつぎの世代に託されたといっても過言ではないでしょう。

「きみとぼく」のコミュニケーションが、セカイそのものを破壊することなく、家族の物語を拒否し、無条件な愛に疑念を差しはさみながら、成就=成立するにはどうすればよいのか。

第2章第2節にあたる次回も、新海誠の恋愛観(コミュニケーションの最小単位)を参照しつつ、その問いを掘り下げていきます。

【連載コラム】『新海誠から考える令和の想像力──セカイからレイワへ──』記事一覧はこちら



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