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映画『阿吽』あらすじと感想レビュー。吸血鬼ノスフェラトゥにリスペクトさせながら3.11の見えざる恐怖を描く|シニンは映画に生かされて2

  • Writer :
  • 河合のび

連載コラム『シニンは映画に生かされて』第2回

はじめましての方は、はじめまして。河合のびです。

今日も今日とて、映画に生かされているシニンです。

第2回でご紹介する作品は、「大災害を経た後の社会」という名の「呪い」に囚われた男の末路を描いた、楫野裕監督のホラー映画『阿吽』。

現在も、そしてこれからも残り続ける恐怖の映像化を試みた野心作です。

【連載コラム】『シニンは映画に生かされて』記事一覧はこちら

映画『阿吽』の作品情報


(C)2018yukajino

【公開】
2019年(日本映画)

【監督・脚本】
楫野裕

【キャスト】
渡邊邦彦、堀井綾香、佐伯美波、篠原寛作、宮内杏子、松竹史桜、上埜すみれ、板倉武志

【作品概要】
都内の電力会社に勤めていた男が、ある一本の電話によってもたらされた「呪い」に囚われてゆく様を描く。

全編が8ミリモノクロフィルムで撮影された、楫野裕監督の長編デビュー作です。

主人公の岩田寛治を演じたのは、本作が映画初主演である俳優の渡邊邦彦。

また、『あの娘が海辺で踊ってる』で知られる女優の上埜すみれも出演しています。

本作はカナザワ映画祭2018で入選し、同映画祭の「期待の新人監督」部門オープニングにて上映されました。

映画『阿吽』のあらすじ


(C)2018yukajino

都内大手電力会社に勤めている岩田寛治は、その日の晩、会社にかかってきた電話の応対をしていました。

電話口の声は、彼に「ひとごろし」という言葉を浴びせます。

それ以来、寛治の精神は次第に衰弱し始め、日常生活を送ることすらままならなくなってゆきました。

救いを求め、街を、森を、廃墟を彷徨い歩く寛治。

そして、正体不明の巨大な影に遭遇したことで、彼は「何か」へと変貌します。

映画『阿吽』の感想と評価

ドイツ表現主義映画・吸血鬼映画を彷彿とさせる映像


(C)2018yukajino

本作は全編8ミリモノクロフィルムで撮影されており、その映像はF・W・ムルナウ、F・ラングの作品といったドイツ表現主義映画を彷彿とさせます。

特に本作において最も印象的である影の演出を観て、ムルナウの『吸血鬼ノスフェラトゥ』、C・T・ドライヤーの『吸血鬼』といった古典的な吸血鬼映画を思い出す方もいるでしょう。

「人間の血を吸う不死の怪物」というのが一般的なイメージとしてある吸血鬼ですが、西ヨーロッパ世界では、吸血鬼は「疫病を運んでくる者」としても信じられていました。

「疫病を運んでくる者」。そのイメージは、映画『阿吽』が描く恐怖の一性質と重なります。

それは、疫病のように認識することが非常に困難な「見えざる恐怖」という性質です。

3・11以降に立ち現れた恐怖


(C)2018yukajino

主人公の岩田寛治が電力会社に勤めていること、そして劇中にて何度か地震の話題が上がることから考えると、本作の物語は2011年3月11日に発生した東日本大震災、通称「3・11」以降の日本を舞台にしていることがわかります。

2019年時点で、3・11の発生から8年もの月日が経過しました。しかしながら、誰も、少なくとも日本で暮らす人々は、その記憶から「3・11」という言葉が消えたことはないでしょう。

未曾有の大災害によって、あらゆる生命、あらゆる文明が破壊され蹂躙されてゆく瞬間を、情報メディア、或いはその眼球で目の当たりにし、その瞬間が、再び、今何事もなく暮らしている自分たちにも訪れるのではないのかという恐怖。

放射能という「見えざる」、しかし人体に有害な恐ろしいものが拡散され、今も自身の体を蝕んでいるのではないか。例え今は大丈夫だったとしても、同じような事故がこれからも起きるのではないかという恐怖。

時間の経過によって多少風化しつつあるものの、その恐怖たちは現在も、まるで疫病のように、空気中に蔓延し続けています。

3・11という大災害以降に現れ、空気中に蔓延し続ける恐怖。それこそが「見えざる恐怖」という性質を持つ恐怖であり、映画『阿吽』が映像として捉えようと試みた恐怖なのです。

「モノクロの東京」が接続する二つのカタストロフ


(C)2018yukajino

また、本作の劇中にて映し出される東京の工事現場の風景は、モノクロの映像であることも相まって、戦後まもなくの、高度経済成長期の東京を想起させます。

戦後間もなくの、高度経済成長期の東京。それは3・11とは形の異なるカタストロフ、「戦争」というカタストロフを経た東京でもあります。

カタストロフによって物質的・精神的にあらゆるものが破壊されてしまった日本。その後再生へと向かいながらも、再び訪れるかもしれない破壊に漠然とした恐怖を抱き続ける日本。

それは、3・11以降に現れた恐怖が蔓延する2010年代の日本と酷似しています。

形は違えど、戦後日本とリンクできてしまう程のカタストロフが発生し、破壊と恐怖がもたらされてしまった。

本作はモノクロの映像によって、最早過去となってしまった戦後日本の風景と2010年代の日本の風景を接続し、二つのカタストロフと、そこから立ち現れた恐怖の性質を紐解くヒントを与えてくれているのです。

楫野裕監督とは


©︎Cinemarche

1978年生まれ、神奈川県平塚市出身。

高校を卒業した後、ビデオカメラとiMacを用いて地元の仲間たちと映像制作を始めます。

大学卒業後はNCW(ニューシネマワークショップ)の16ミリフィルム実習に参加し、その時に出会った盟友たちと「キャタピラフィルム」を結成。自主映画制作を本格的に開始します。

2006年に『胸騒ぎを鎮めろ』がPFFアワードで入選を獲得。その後も『SayGoodbye』(2009)、『同僚の女』(2009)、『世界に一つだけの花』(2013)といった短編・中編作品を制作し、監督として高い評価を得ます。

やがて創作グループ「第七詩社」と出会い、そこで8ミリフィルムの撮影現場を経験したことで、全編8ミリモノクロフィルムの長編映画『阿吽』の制作へと至りました。

まとめ


(C)2018yukajino

映画『阿吽』は、8ミリモノクロフィルムで作られた映像を通して、3・11という誰もが知る大災害、そしてそこから立ち現れた恐怖を捉えようとしました。

誰もがかつて経験し、誰もが現在まで怯え続けていながらも、誰もがその姿形を捉え切ることができない恐怖を描こうとした本作は、まさに楫野監督にとっての野心作と言えるでしょう。

映画『阿吽』は、2019年4月13日(土)から4月26日(金)にかけて、アップリンク吉祥寺にてレイトショー公開されます。

次回の『シニンは映画に生かされて』は…

次回の『シニンは映画に生かされて』は、2019年4月13日(土)より公開の映画『老人ファーム』をご紹介します。

もう少しだけ映画に生かされたいと感じている方は、ぜひお待ち下さい。

【連載コラム】『シニンは映画に生かされて』記事一覧はこちら


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