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Entry 2019/07/28
Update

映画『よこがお』ネタバレ解説と考察。深田晃司は“真のカタルシス”をどのように描いて見せたか|シニンは映画に生かされて12

  • Writer :
  • 河合のび

連載コラム『シニンは映画に生かされて』第12回

はじめましての方は、はじめまして。河合のびです。

今日も今日とて、映画に生かされているシニンです。

第12回にてご紹介する作品は、『ほとりの朔子』『淵に立つ』など、日本国内外の映画祭にて高い評価を得てきた深田晃司監督の最新作『よこがお』。

『淵に立つ』にてその名演が評価された女優・筒井真理子を主演に迎えて挑んだ、不条理な現実に巻き込まれたひとりの女性の絶望と希望を描いたヒューマン・サスペンス映画です。

【連載コラム】『シニンは映画に生かされて』記事一覧はこちら

映画『よこがお』の作品情報


(C)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

【公開】
2019年7月26日(日本・フランス合作)

【原案】
Kaz

【脚本・監督】
深田晃司

【キャスト】
筒井真理子、市川実日子、池松壮亮、須藤蓮、小川未祐、吹越満

【作品概要】
『ほとりの朔子』『淵に立つ』で知られる深田晃司監督が、『淵に立つ』にてその名演が評価された筒井真理子を主演に迎えた最新作。

突然不条理な現実に巻き込まれ、その日常が瓦解してゆくひとりの女性の絶望と希望を描いたヒューマン・サスペンスドラマです。

キャストには主演の筒井真理子をはじめ、近年『シン・ゴジラ』にて注目を集めた市川実日子、『万引き家族』『斬、』など国内外における話題作への出演が続く池松壮亮、ベテラン俳優である吹越満が脇を固めます。

映画『よこがお』のあらすじ


(C)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

訪問看護師の市子は、その献身的な仕事ぶりで周囲から厚く信頼されていました。中でも訪問先の一つである大石家の長女・基子には、介護福祉士になるための勉強を見てやっている程でした。

基子が市子に対して、密かに憧れ以上の感情を抱き始めていたとは思いもせず。

ある日、基子の妹・サキが行方不明になってしまいます。一週間後、彼女は無事保護されますが、逮捕された犯人は市子がよく知る意外な人物でした。

この事件との関与を疑われた市子は、捻じ曲げられていく真実と予期せぬ裏切りにより、築き上げた生活のすべてが音を立てて崩れてゆきます。

全てを失った市子は葛藤の末、自らの運命へと復讐するかのように、“リサ”という偽名を名乗ってある男の前に現れます…。

《過ち》と《罪》の境界線


(C)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

本作において、筒井真理子演じる主人公・市子は突然訪れた不条理に飲み込まれ、やがて幸せへと向かいつつあったはずの彼女の生活はすべて崩壊してゆきます。

その過程の中で、市子は自身が過去に犯してしまった《過ち》を周囲から糾弾され、それが心の拠りどころを完全に失う原因の一つになります。

しかし市子自身は、不条理が訪れるきっかけとなった事件が起きるまで、そして周囲の人々から「それが事件の原因となったのではないか」「貴方がかつて犯したその行為は《罪》である」と糾弾されるまでは、その《過ち》を「今では思い出として、笑い話として話せる出来事」と認識していました。

そして、彼女がその《過ち》を打ち明けた“ある人物”もまた、事件が起きるまではそれが《罪》であるとは認識していなかったのも、劇中での描写を見れば明らかです。

それでは、《過ち》と《罪》の違いとは一体何でしょう。


(C)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

「若い頃はヤンチャをしたもんだ」「あの時、そんなことをしなければ」「何であんなことしちゃったんだろう」…ニンゲンと呼ばれる社会的動物として生き続ける限り、誰もが《過ち》を犯したことがあるでしょう。

けれども、その《過ち》が必ずしも《罪》とイコールで結ばれるわけではありません。そうでなければ、様々な宗教が説く通り、すべての生者が罪人であるということになります。

そもそも、《過ち》と《罪》の定義、そしてその相違点とは何でしょう。

“ある人物”や事件を嗅ぎ付けたマスコミは、市子の《過ち》を事件へと結び付け、彼女の《過ち》を《罪》として認識・糾弾しました。しかし、そのような形で市子を攻撃し、彼女の人生を破壊することを躊躇わない人々の中に、《過ち》と《罪》の定義は存在するのでしょうか。

もし存在しないのだとすれば、何故市子を攻撃し、彼女の人生を破壊できるのでしょうか。そして、定義すら存在しない人々にとっての《過ち》と《罪》によって、呆気なく破壊されてしまう市子という一人のニンゲンの生とは、一体何なんでしょうか。

定義すら存在しない《過ち》と《罪》に振り回され、滅ぼされる。それは宗教や法律をはじめ、“規律”を用いることでそれを維持しようと試みてきたあらゆる社会あるいはコミュニティにおいて、幾度となく繰り返されてきたことです。

本作では、主人公・市子に訪れる不条理を通じて、ニンゲンが《過ち》と《罪》に振り回され、滅ぼされる姿を描きます。そしてその姿から、《過ち》と《罪》とは一体何なのか、そもそもそれらが果たして存在するのかという問いを観る者に対して投げかけるのです。

カタルシスなき人生と感情を描く


(C)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

また、映画『よこがお』を最後まで鑑賞された方々の中には、ある疑問を抱かれるかもしれません。

それは、「何故主人公・市子は叫ぶことができなかったのか?」という疑問です。

劇中、市子は子どもたちと遊ぶボランティア活動に参加していた公園で、自身の人生をメチャクチャにした“ある人物”の幻影に遭遇します。そしてそのショックにより、彼女は過呼吸状態に陥りその場に倒れてしまいます。

そして、その終盤。空き家となっていた大石家から甥・辰男とともに帰る途中、赤信号により車を停めた際、介護福祉士となった“ある人物”が横断歩道上で物を拾っている姿に市子は出くわします。

市子は“ある人物”を自身が運転する車で轢くことができたものの、それを実行に移すことはせず、ただ車のクラクションをけたたましく鳴らし続けるだけでした。

「もう物語の終盤だというのに、何故市子は叫ばないんだ?」…映画という技法によって描かれたドラマからカタルシスを得たいニンゲンからすれば、この場面に不満に近い疑問を抱かれるのも当然でしょう。

しかし、その疑問は本当に当然のことなのでしょうか。

フィクションを通じて描かれる感情を“鑑賞”によって擬似的に体験することで、日常の鬱憤を解放し、“浄化”と称されるほどの快感を得る。そのようなカタルシスを観客にもたらす作品もまた、娯楽メディアとしての映画のあるべき姿でしょう。

ただここで重要なのは、映画の鑑賞によって生じたカタルシスが、映画の作り手によって“もたらされた”ものではなく“与えられた”ものである可能性、すなわち“餌としてのカタルシス” である可能性が少なからず存在するということです。


(C)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

深田監督はインタビューにて、以下のような言葉を述べています。

ただ、皆が同じように感動し、同じように泣くことのできる分かりやすいエンターテインメント映画の中には、人生の苦しさを単純化し、本来は中々解決しないことをあたかも映画内では解決したかように見せ、それに伴う表面的なカタルシスを与えて物語を締めくくる作品が存在します。そのような状況には、危険を感じているのも確かです。
(Cinemarche編集部によるインタビューより抜粋)

人々の目を自身の抱える問題から逸らさせかねない、危険なカタルシスを与える映画が存在する。そして何よりも注意したいのは、その“問題”が人生における苦痛のみならず、社会が抱える矛盾や恐怖もまた含まれているという点です。

社会にまつわる問題から目を逸らさせるために、映画というメディアを通じて“餌としてのカタルシス”を撒く。それは深田監督が「感情のプロパガンダ」(同インタビューより)と表現した通り、これまでの歴史が散々と繰り返してきたメディアの悪用そのものです。

映画というメディアから、ひたすらにカタルシスを欲し続ける。それは危険な行為であり、映画というメディアが「感情のプロパガンダ」に用いられ始める原因にもなりかねないのです。

では、映画『よこがお』という作品は“餌としてのカタルシス”の代わりに何を描こうとしたのでしょうか。

それに対し、深田監督は以下のように語っています。

そもそも、何らかの暴力性を伴う形で、自身の感情を外部に向けられる人間は、非常に限られた存在です。私たちは、自身の感情をそう簡単には外部に向けられません。事物や他者にぶつけることも、叫ぶことも中々できません。

映画やドラマといったフィクションは、ついついそのドラマチックな瞬間、叫ぶことができた瞬間にフォーカスし、それを物語のクライマックスに持っていきがちです。

ですがそういった瞬間は、人生という時間におけるほんの数パーセントにしかあたらず、殆どの時間は叫ぶこともできず、ただ鬱々とした時間を過ごす日常でしかないんです。

そして、私は後者の方にフォーカスして物語を構築し、登場人物たちの外部に向けることのできない複雑な感情をお客さんに想像してもらいたいんです。
(同インタビューより抜粋)

カタルシスなど通用しない、そもそも存在するのかも疑わしい現実における人生。そして、そのような人生の中で生じる「外部に向けることのできない複雑な感情」。

それこそが、深田監督がこれまでに制作してきた作品、ひいては自身の最新作である映画『よこがお』で描こうと試みてきたものなのです。

深田晃司監督のプロフィール

インタビュー時の深田晃司監督


(C)Cinemarche

1980年生まれ、東京都小金井市出身。大正大学文学部卒業。

1999年に映画美学校フィクションコースに入学。習作長編『椅子』などを自主制作したのち、2005年に平田オリザが主宰する劇団「青年団」に演出部として入団します。

2006年、19世紀フランスの小説家バルザックの小説を深澤研のテンペラ画でアニメーション化した『ざくろ屋敷 バルザック「人間喜劇」より』を監督。2008年には、青年団の劇団員をキャストにオムニバス長編映画『東京人間喜劇』を公開しました。

2010年に『歓待』を発表。同作は東京国際映画祭の日本映画「ある視点」部門にて作品賞を受賞しました。

2014年には『ほとりの朔子』を発表。フランス・ナント三大陸映画祭にて、最高賞である金の気球賞と若い審査員賞をダブル受賞し、国外での注目を集めました。

2015年、平田オリザ原作にして、世界初の“人間とアンドロイドの共演”で話題となった『さようなら』を経た後、2016年に公開した『淵に立つ』が第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査委員賞を受賞しました。

2018年にはインドネシアを舞台にした『海を駆ける』を公開。同年、フランスにおける芸術文化勲章「シュバリエ」を受勲しました。

まとめ


(C)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

現実の人生において、カタルシスは本当に成立・通用しないのか。それほどまでに、現実の人生とは救いも希望も存在しないものなのか。

その問いに対し、映画『よこがお』は「NO」と答えるでしょう。

何故そう言えるのか。その答えもまた、深田監督の以下の言葉に含まれています。

例えば、主人公・市子は自身の感情や本音を中々外部に出そうとしないし、ましてや叫ぶこともしない。けれども、市子の置かれている状況などを緻密に、丁寧に描き込んでいくことで、お客さんは“余白”から想像力を働かせることができるわけです。
(同インタビューより抜粋)

本作は安直に求められ過ぎているカタルシスとその意義に対し、劇中での描写によって揺さぶりをかけ、「それが本当に正しいことなのか」と観客に問います。

しかし一方で、カタルシスなど通用しない、そもそも存在するのかも疑わしい現実における人生の中にもまた、“希望”あるいは“救い”と呼ばれることが多々ある、“真のカタルシス”が存在するのではないかと提示します。

そして、「その“真のカタルシス”とはどのようなものか」という問いへの答えを、深田監督は自身が登場人物たちの「状況などを緻密に、丁寧に描き込んで」いった映画『よこがお』から生じるであろう、観客の想像力に委ねているのです。

果たして、深田監督による描写と観客の想像力が融合することによって、主人公・市子はどのような“真のカタルシス”を迎えたのか。

それは、本記事を読んだだけでは決して知ることのできない、映画を観なければ決して知ることのできないものです。

映画『よこがお』は2019年7月26日(金)より全国ロードショー公開中です。

次回の『シニンは映画に生かされて』は…


(C)2018 Lotus Production e 3 Marys Entertainment

次回の『シニンは映画に生かされて』は、2019年6月21日(金)より絶賛公開中の映画『家族にサルーテ! イスキア島は大騒動』をご紹介します。

もう少しだけ映画に生かされたいと感じている方は、ぜひお待ち下さい。

【連載コラム】『シニンは映画に生かされて』記事一覧はこちら





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