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Entry 2019/07/27
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【深田晃司監督インタビュー】映画『よこがお』女優・筒井真理子と観客の想像力を対峙させたい

  • Writer :
  • 河合のび

映画『よこがお』は角川シネマ有楽町・テアトル新宿ほか全国順次公開中

ほとりの朔子』『淵に立つ』など、日本国内外の映画祭にて高い評価を得てきた映画監督・深田晃司

そして、『淵に立つ』にてその名演が評価された女優・筒井真理子を主演に迎えて挑んだ深田監督の最新作が、不条理な現実に巻き込まれたひとりの女性の絶望と希望を描いたサスペンス『よこがお』です。


©︎Cinemarche

本作の公開を記念し、深田晃司監督へのインタビューを行いました

主演・筒井真理子への信頼が生んだ物語をはじめ、自身が映画制作を続ける理由やその作品を鑑賞する観客との向き合い方など、貴重なお話を伺いました。

“分からない”によって生まれる映画


(C)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

──筒井真理子さんが演じられた本作の主人公・市子をはじめ、深田監督の作品には男性よりも女性の人物が多く登場するように感じられました。その理由やきっかけはあるのでしょうか。

深田晃司監督(以下、深田):脚本を執筆する際にはいつも、女性・男性という性別を意識せず、できる限りそのことを忘れようと思いながら登場人物を書いています。

ただ思い返してみると、確かに自身の監督作における登場人物は比較的に女性が多いです。そして、その理由について考えてみた時、映画は結局、分からないものを分かろうとするから作るのだと気づいたんです。

映画を制作している人間に対して、「人間のことをよく分かっている」「人間のことをよく分かっていないと映画は作れない」とおっしゃる方が多いんですが、むしろ正反対です。「人間のことを分かっていたら、こんなもの作っていない」「よく分かっていないから、映画を作るんだよ」というわけです。

そう考えると、結果的に女性を描くことが多いのは、やはり自分が男性であり、自分が女性のことをよく分かっていないが故に、女性を分かりたいが故に女性を描こうと試み続けている。だからこそ、登場人物に女性が多いのではないかと捉えています。

筒井真理子だから描けた主人公


(C)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

──『淵に立つ』にも出演された筒井真理子さんが最新作『よこがお』にて主演を務められたわけですが、そこにも「“未知の存在”としての女性」が出演オファーの理由に関わっているのでしょうか。

深田:確かに「分からないものを分かろうとしたい」と思いは映画制作の目的に深く繋がっていますが、筒井さんとお仕事をしたいと感じられた時に、「女性だから」という理由は特に考えていません。

本作の脚本執筆でも、偶然登場人物は「市子」という名前になっただけで、別に「市男」という名前でも良かった程に、女性か男性かを意識せずに書くようにしていました。

ですから、筒井さんに出演オファーをさせていただいたのも、ただただ「筒井さんとお仕事がしたい」と感じられたからです。

メイキング画像:深田晃司監督(左)と筒井真理子(右)


(C)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

──女性か否かではなく、ご自身が監督する映画の中で、筒井真理子さんという“ひとりの人間”を描きたかったということでしょうか。

深田:そもそも、脚本が固まっていない段階で筒井さんにオファーをさせていただいたため、本作においては「筒井さんだったらどこまでできるのだろう」と考えながら脚本を執筆しました。つまり、筒井真理子という“ひとりの役者”に合うイメージを膨らませていくことで、本作の物語を構築していったんです。

また、筒井さんのイメージを感じ取るために続けた彼女との対話の中で、筒井さんが経験してきた出来事や幼少期の思い出の一部を本作の物語に反映させたりしました。

脚本執筆前にキャストが決まっていたことは、“そのキャストのイメージに基づいて登場人物を描ける”という点においてはとてもありがたかったです。

映画は小説や漫画などとは異なり、キャスト・スタッフによる集団創作です。そのため映画制作は、監督である自分も含め、各々が持つ個性や能力などのせめぎ合いとなるんです。

本作では、筒井さんに主人公・市子を演じてもらえること、彼女の“ひとりの人間”としての個性や“ひとりの役者”としての能力などを知ることができたからこそ、二面性のあるキャラクターをはじめ、「筒井さんならここまでできるだろう」と安心して主人公のキャラクターを描くことができるという安心感がありました。

ただ、演技経験の少ない役者さん、そもそも演技が苦手な役者さんの場合だと、むしろ「これもできないから書かないでおこう」と制限がかかってしまいます。筒井さんだからこそ、「大抵のことを書いても、筒井さんならやってくれるだろう」と思えたんです。


(C)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

──ちなみに、その筒井さんが経験してきた出来事や幼少期の思い出が描かれているのはどの場面でしょうか。

深田:基子が動物園で市子に語った、押入れに関する思い出の場面です。

その場面の全容については本作を観て確認していただきたいのですが、あくまで筒井さんは、押入れの襖を開けてしまった妹側の立場でした。

あくまでフィクションなのでそのままではありませんが、そのお話を参考にして、脚本にも反映させていただきました。

「無実の加害者」は存在するのか


©︎Cinemarche

──筒井さんのみならず、監督ご自身が経験した出来事や思い出も劇中では描かれているのでしょうか。

深田:筒井さんのように、純粋に幼少期の思い出というわけではないのですが、あるにはあります。

私は映画『よこがお』の物語の前提として、“本作の登場人物たちはみな道徳的に正しい人たちではない”と捉えているんです。

特に、主人公・市子はパンフレットなどでは“無実の加害者”として紹介されていますが、私自身は彼女を“無実の加害者”と言い切れない存在、「本当に“無実の加害者”なのか」と疑問を抱けてしまう存在として描こうとしたんです。

真実を早急に告白していたら、市子の状況はもっと良い方向に進んでいったかもしれない。けれども、彼女は「このことを告白したら、自分の生活は大変なことになる」と自身の保身を考えてしまい、沈黙を続けてしまいました。それが、彼女が被った不条理をより悪化させたのかもしれないんです。

ただ、そのような保身によって真実が明かせなくなるという状況は、自分も幼少期のみならず大人となった現在でも経験し続けていることでしょうし、誰もが経験し続けていることではないかと感じているんです。

単純化されていく感情


(C)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

──本作の物語において、主人公・市子はどれ程の不条理に晒されながらも、決して“叫ぶ”といった明確な感情の発露を行うことはありませんでした。その理由は何故でしょう。

深田:市子という人物のキャラクターや『よこがお』という作品に限らず、私が作りたい物語は、“できうる限りお客さんに人物の感情を想像してもらいたい”という思いによって構成されています。

人物の感情を演出するにおいて、叫ばせたり、感情をそのまま事物や他者にぶつけさせることは一番楽であり、ベタな手法です。けれども、余りにも多くの作品がそれを用いてしまっているんです。

人物の心中には、複数の感情が混ざり合ったドロついた何かが生じているはずなのに、それを視聴覚的に分かりやすく、単純化して表現してしまう。そうすれば、確かにお客さんは「ああ、怒っているんだ」といった風に状況理解がしやすくなりますが、本来その状況において描かれるはずの複雑な感情を単純化してしまうのは非常に勿体無いし、創作者として楽をしているのではないかと感じてしまうんです。

そもそも、何らかの暴力性を伴う形で、自身の感情を外部に向けられる人間は、非常に限られた存在です。私たちは、自身の感情をそう簡単には外部に向けられません。事物や他者にぶつけることも、叫ぶことも中々できません。

映画やドラマといったフィクションは、ついついそのドラマチックな瞬間、叫ぶことができた瞬間にフォーカスし、それを物語のクライマックスに持っていきがちです。

ですがそういった瞬間は、人生という時間におけるほんの数パーセントにしかあたらず、殆どの時間は叫ぶこともできず、ただ鬱々とした時間を過ごす日常でしかないんです。

そして、私は後者の方にフォーカスして物語を構築し、登場人物たちの外部に向けることのできない複雑な感情をお客さんに想像してもらいたいんです。

観客の想像力と向き合い続ける


©︎Cinemarche

──近年の日本映画では、分かりやすく単純化された感情表現によって構成された“手っ取り早いカタルシス”へと観客を導く作品、そしてそのような作品に疑問を抱き、敢えて“アンチ・カタルシス”を観客に提示する作品との二極化が顕著といえます。深田監督はそのような現状をどうお考えでしょうか。

深田:あまり豊かな状況ではないとは感じています。ただ、それはあくまで映画という作品の多様性の問題であり、様々なタイプの映画があっても別に良いのではとも感じています。

ただ、皆が同じように感動し、同じように泣くことのできる分かりやすいエンターテインメント映画の中には、人生の苦しさを単純化し、本来は中々解決しないことをあたかも映画内では解決したかように見せ、それに伴う表面的なカタルシスを与えて物語を締めくくる作品が存在します。そのような状況には、危険を感じているのも確かです。

“感情のプロパガンダ”と言えば良いんでしょうか。やはり、映画の歴史はプロパガンダの歴史だと私は捉えているんです。人心を一気に巻き込み得る強大な力を持っているからこそ、戦時中にはナチスもアメリカも日本も、自国における思想のプロパガンダのために映画を利用したわけです。

そのような歴史を経た現在、映画・映像におけるプロパガンダはより“見えにくい”形態をとるようになり、私たちや映画・映像がそのプロパガンダに利用されてしまう危険性はより一層高まっています。そういったものと距離を取っていくためにも、私は自身が監督する作品を、理想としては百人のお客さんが観たら百通りの解釈が生まれる映画にしたいと考えています。

ただ難しいのは、映画においてプロパガンダを行う目的となる思想も何も入れなければ良いというわけではないという点です。映画のみならず何かを創作する際には、やはり作り手の視点や世界観は非常に重要です。ですから、そのさじ加減なんです。


(C)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

それが作品ごとに成功しているのかはともかく、私は映画において“余白”をどう作っていくかを重視しています。その“余白”こそが、お客さんの想像が膨らんでゆく場となるためです。

ただ、そこで真っ白なキャンバスだけを見せて「想像してください」と言っても、それは出来の悪い現代美術じみたものでしかない。「想像しろと言われても無理だよ」とお客さんに言われておしまいです。そうではなく、“余白”を想像するために、その周囲を緻密に描き込んでいくことが必要なんです。

例えば、主人公・市子は自身の感情や本音を中々外部に出そうとしないし、ましてや叫ぶこともしない。けれども、市子の置かれている状況などを緻密に、丁寧に描き込んでいくことで、お客さんは“余白”から想像力を働かせることができるわけです。

そのためにも、お客さんの想像力を信頼しつつも、お客さんの想像力を信頼し過ぎないことを心がけています。

お客さんの想像力を全く信頼しないと、思考停止したまま楽しませる作品が生まれてしまうし、お客さんの想像力を信頼し過ぎると、何も理解できない作品が生まれてしまう。それが二極化の原因の一つなのではないでしょうか。


©︎Cinemarche

──芸術としての映画と、エンターテインメントとしての映画。その狭間で映画を制作されているということでしょうか。

深田:いわゆるアート・シネマとエンタメ映画の“中間”を取ろうとしているわけではありません。自分が観たいもの、撮りたいものを追求し続けた中で、現在の形になったと言いますか。それに、“中間”を取ろうとすれば、中途半端な映画にしかならないですから。

自分が観たいもの、撮りたいものを作ること、自分の世界観に嘘のないものを作ることが重要であり、常に映画監督として、正直であり続けたいと考えています。

インタビュー/河合のび
撮影/出町光識

深田晃司監督プロフィール


©︎Cinemarche

1980年生まれ、東京都小金井市出身。大正大学文学部卒業。

1999年に映画美学校フィクションコースに入学。習作長編『椅子』などを自主制作したのち、2005年に平田オリザが主宰する劇団「青年団」に演出部として入団します。

2006年、19世紀フランスの小説家バルザックの小説を深澤研のテンペラ画でアニメーション化した『ざくろ屋敷 バルザック「人間喜劇」より』を監督。2008年には、青年団の劇団員をキャストにオムニバス長編映画『東京人間喜劇』を公開しました。

2010年に『歓待』を発表。同作は東京国際映画祭の日本映画「ある視点」部門にて作品賞を受賞しました。

2014年には『ほとりの朔子』を発表。フランス・ナント三大陸映画祭にて、最高賞である金の気球賞と若い審査員賞をダブル受賞し、国外での注目を集めました。

2015年、平田オリザ原作にして、世界初の“人間とアンドロイドの共演”で話題となった『さようなら』を経た後、2016年に公開した『淵に立つ』が第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査委員賞を受賞しました。

2018年にはインドネシアを舞台にした『海を駆ける』を公開。同年、フランスにおける芸術文化勲章「シュバリエ」を受勲しました。

映画『よこがお』の作品情報

【公開】
2019年(日本・フランス合作)

【原作】
『よこがお』深田晃司著(KADOKAWA刊)

【脚本・監督】
深田晃司

【キャスト】
筒井真理子、市川実日子、池松壮亮、吹越満、須藤蓮、小川未裕

【作品概要】
『ほとりの朔子』『淵に立つ』で知られる深田晃司監督が、『淵に立つ』にてその名演が評価された筒井真理子を主演に迎えた最新作。

突然不条理な現実に巻き込まれ、その日常が瓦解してゆくひとりの女性の絶望と希望を描いたヒューマン・サスペンスドラマです。

キャストには主演の筒井真理子をはじめ、近年『シン・ゴジラ』にて注目を集めた市川実日子、『万引き家族』『斬、』など国内外における話題作への出演が続く池松壮亮、ベテラン俳優である吹越満が脇を固めます。

映画『よこがお』のあらすじ


(C)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

訪問看護師の市子は、その献身的な仕事ぶりで周囲から厚く信頼されていました。中でも訪問先の一つである大石家の長女・基子には、介護福祉士になるための勉強を見てやっている程でした。

基子が市子に対して、密かに憧れ以上の感情を抱き始めていたとは思いもせず。

ある日、基子の妹・サキが行方不明になってしまいます。一週間後、彼女は無事保護されますが、逮捕された犯人は市子がよく知る意外な人物でした。

この事件との関与を疑われた市子は、捻じ曲げられていく真実と予期せぬ裏切りにより、築き上げた生活のすべてが音を立てて崩れてゆきます。

全てを失った市子は葛藤の末、自らの運命へと復讐するかのように、“リサ”という偽名を名乗ってある男の前に現れます…。




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