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Entry 2022/03/19
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映画『野蛮人入侵』あらすじ感想と評価解説。アクションに垣間見た“母”であり社会人である「ひとりの女性」の生き様|大阪アジアン映画祭2022見聞録3

  • Writer :
  • 西川ちょり

2022年開催、第17回大阪アジアン映画祭上映作品『野蛮人入侵』

毎年3月に開催される大阪アジアン映画祭も2022年で17回目。3月10日(木)から3月20日(日)までの10日間にわたってアジア全域から選りすぐった多彩な作品が上映されます。

さらに、過去の大阪アジアン映画祭で上映された作品から選出された10作品が「大阪アジアン・オンライン座」として2022年3月03日(木)から3月21日(月)の期間、開催されます。

今回はその中から、コンペティション部門にエントリーされたマレーシア・香港合作映画『野蛮人入侵』(2021)をご紹介します。

【連載コラム】『大阪アジアン映画祭2022見聞録』記事一覧はこちら

映画『野蛮人入侵』の作品情報


(C)OAFF2022

【日本公開】
2022年(香港、マレーシア合作映画)

【原題】
野蠻人入侵(英題:Barbarian Invasion)

【監督・脚本】
タン・チュイムイ(陳翠梅)

【キャスト】
タン・チュイムイ(陳翠梅)、ピート・テオ(張子夫)、ブロント・パララエ(柏榮・裴拉勒)、ジェームス・リー(李添興)、ジニー・ウーイ(黃之豫)

【作品概要】
国際的に評価の高いマレーシアの映画監督・俳優のタン・チュイムイが10年ぶりに撮った監督作。脚本と主演も彼女が務めています。

幼い息子を連れて避暑地にやってきたかつての名女優は、旧知の映画監督からアクション映画の出演を依頼され、特訓に励みますが、思わぬことが起こり窮地に立たされます。

マーシャルアーツ映画であり、メタフィクション的な要素もある複雑な構成が魅力の作品です。

映画『野蛮人入侵』のあらすじ


(C)OAFF2022

出産と離婚を経て、引退したかつての名女優ムーン・リー。

以前ムーンと組んでいたロジャー・ウー監督は、『ボーン・アイデンティティー』(2003)東南アジア版のアクション映画を企画していて、再び主演してほしいと彼女に依頼します。

ムーンは子どもに手がかかるからと断りますが、ロジャーの熱意に押され、1カ月の武術訓練を受けることに同意。そんな中、ロジャーから、資金提供者の介入により、ムーンの元夫ジュリアードを相手役として起用することを告げられます。

ムーンは映画出演を断り、息子を連れて帰路につきました。その途中、何者かによって息子が連れ去られてしまいます。

誘拐犯を見つけ出し、激しいバトルを繰り広げますが、相手は強く、ムーンは海に投げ落とされてしまいました。気がついた時、ムーンは記憶を失っていました……。

映画『野蛮人入侵』の感想と評価


(C)OAFF2022

タン・チュイムイは、長編映画デビュー作『愛は一切に勝つ』(2006)でロッテルダム国際映画祭タイガー・アワードと釜山国際映画祭ニューカレンツアワードを連続受賞し、マレーシア映画界にニューウェーブを巻き起こしたパイオニアのひとりです。

『野蛮人入侵』は、2010年に『夏のない年』を発表して以来10年ぶりとなる監督作品で、主演も兼ねています。

映画は元女優の女性ムーン・リーが幼い息子を連れて海を渡り、避暑地にやって来るところから始まります。

タン・チュイムイ自身、監督をしていなかった10年間のうちに、出産、子育てを経験していて、ムーン・リーは、タン・チュイムイ自身が投影されたキャクラターと言って良いでしょう。

やんちゃな息子は甘えん坊でひどく手がかかり、母親は少々お疲れ気味です。

そんな彼女に旧知の映画監督ロジャーがマレーシア版『ボーン・アイデンティティー』(2003)のようなアクション映画を作りたいので出演してほしいと依頼してきます。

当初は無理だと断っていましたが、子どもは信頼できる人が見てくれるということで、彼女は1カ月の武術訓練を受けることに同意します。

最初はまったく動けなかった彼女が、次第に動きを獲得していく様は実に爽快で、育児に専念していた女性の社会復帰的なテーマに映画作りを絡めた物語かと興味深く観ていると、中盤がらりとスタイルを変えて驚かされます。

子どもが何者かに誘拐され、まさに『ボーン・アイデンティティー』(2003)のような怒涛の展開へと転じるのです。

本作は非常に凝った構造を持った作品です。タン・チュイムイが体を張るマーシャルアーツ映画として十分な迫力とエンターティンメント要素を爆発させると同時に、タン・チュイムイ自身の非常に個人的な(しかし普遍的な)問いかけに満ちた作品になっていると言えます。

ムーン・リーは『ボーン・アイデンティティー』(2003)の主人公と同じように記憶を失くしてしまい、「私は一体誰か?」と問いかけることとなります。

しかし、この問いかけは武術を習っている時から始まっていて、その際、彼女は「自分って何?」と何度も口走り、師匠からその答えとして手痛い手解きを受けています。

母親であり、女優であり監督でもあるというタン・チュイムイ自身のアイデンティティーへの追求が一つのテーマとなっていることは明らかで、それは本作で監督復帰するまでの10年間の経験によるところが大きいでしょう。

映画界に復帰する際、容易ならぬ様々な出来事があったことは想像にかたくありません。

本作は本格的なアクション映画であるとともに、母であり社会人である一人の女性の内面や生き様を映す鏡のような作品ともいえ、その複雑な構成がなんとも魅力的です。

まとめ


(C)OAFF2022

劇中、ムーン・リーとロジャーが交わす印象的な台詞があります。ロジャーは宮本武蔵に言及し、彼と対戦した相手は「剣が全てだった」が、武蔵は「全てが剣だった」と述べます。

さらに、映画監督である自身について「若いころは映画が全てだったが、年をとってからは全てが映画だ」と続けます。

それに対してムーン・リーは冗談っぽく「ホン・サンスのような映画を撮るつもり?」と対応しています。

上映会場ではこの台詞に笑いが起きていましたが、映画を観終えたあとは、この台詞がただのジョークには思えなくなってしまいます。

本作には映画監督として復帰したタン・チュイムイ自身の人生が色濃く反映されています。人生にこそ映画の全てがあるといわんばかりに人生と映画がシンクロし、交錯しあっているのです。

【連載コラム】『大阪アジアン映画祭2022見聞録』記事一覧はこちら




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