Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2022/03/15
Update

韓国映画『ブルドーザー少女』あらすじ感想と評価解説。キャストのキム・ヘユンが演技力を魅せた“大人になる”ことへの不安と決断に刮目せよ|大阪アジアン映画祭2022見聞録1

  • Writer :
  • 西川ちょり

2022年開催、第17回大阪アジアン映画祭上映作品『ブルドーザー少女』

毎年3月に開催される大阪アジアン映画祭も、2022年で17回目。今年は3月10日(木)から3月20日(日)までの10日間にわたってアジア全域から選りすぐった多彩な作品が上映されます。

さらに、過去の大阪アジアン映画祭で上映された作品から選出された10作品が「大阪アジアン・オンライン座」として2022年3月3日(木)から3月21日(月)の期間、開催されます。

今回はその中から、コンペティション部門にエントリーされた韓国映画『ブルドーザー少女』(2021)をご紹介します。

【連載コラム】『大阪アジアン映画祭2022見聞録』記事一覧はこちら

映画『ブルドーザー少女』の作品情報


(C)OAFF2022

【日本公開】
2022年(韓国映画)

【原題】
불도저에 탄 소녀(英題:The Girl on a Bulldozer)

【監督・脚本】
パク・イウン(박이웅)

【キャスト】
キム・ヘユン、パク・ヒョックォン、イェソン、オ・マンソク

【作品概要】
パク・イウン監督の長編デビュー作。『殺人鬼から逃げる夜』(2021)で殺人鬼に襲われる被害者を演じたキム・ヘユンが主演し、鬼気迫る演技を見せています。

ヒロインの父親の事故を担当する刑事に「SUPER JUNIOR」のイェソンが扮しているのにも注目です。

第26回釜山国際映画祭で初上映されて好評を博し、2022年4月より韓国にてロードショー公開が予定されています。

映画『ブルドーザー少女』のあらすじ


(C)OAFF2022

左腕にばっちり龍のタトゥーを入れたヘヨンは19歳。喧嘩早く、トラブルに巻き込まれた際に奮った暴力のせいで、裁判所から職業訓練と奉仕活動を言い渡されてしまいます。

父は中華料理店を営んでいますが、ギャンブル中毒で頼りにならず、母が亡くなってからはヘヨンが幼い弟の面倒を見ていました。

ある日、父は厨房でやけどをして、病院で治療を受けました。ヘヨンが治療費を払おうとすると、保険は切れていて、カードも使用できません。

父は保険に入るから金をたて替えておいてくれとヘヨンに頼み、ヘヨンはなんでお金がないのよと文句を言いながら保険料金を支払いました。

ある朝、父は包丁を包装紙で包み、意を決したように家を出ていきました。父の留守中に、叔父が訪ねてきたり、見知らぬ人からヘヨンに電話がかかってきたりと皆、父となんとか連絡をとろうとやっきになっています。

その夜、父は帰ってこず、不信に思っているヘヨンのもとに警察が訪ねてきました。

父が盗んだ車で人身事故を起こし、病院に運ばれたというのです。あわてて病院に駆けつけますが、父は意識不明の重体でした。

怪我を負った相手は早々に退院したようでしたが、保険の代理人から示談金についての電話が頻繁にかかってくるようになります。

警察は父親が保険に入ったばかりであることに注目し、子どもたちに保険金を受け取らせるために自殺を図ったのではないかと疑っていました。

しかし、ヘヨンは事故の裏側に虚偽と不正を嗅ぎ取り、怒りを爆発させます・・・。

映画『ブルドーザー少女』の感想と評価


(C)OAFF2022

大人になることへの不安と決断

主人公のヘヨンは腕に入れ墨を入れ、暴力的な諍いも度々起こす典型的な不良少女として登場しますが、パク・イウン監督は、彼女が直面している様々な事柄を丁寧に描写し、ひとりの少女が抱える多くの複雑な問題を提示してみせます。

彼女が19歳であることが映画のひとつの核となっています。年齢的にはもう大人と言える一方、まだまだ子どもの部分を多く残している年頃でもあります。

ヘヨンも亡くなった母親に変わって弟の面倒を見ている点では大人ですが、経済的に自立しているとはいえません。

父親はギャンブル依存の傾向があり頼りなく、父が病院で怪我の治療を受けた際には、思っていた以上に一家が経済的に困窮していることを突きつけられます。

父が交通事故を起こし意識不明で運ばれた病院で、ヘヨンは保護者としての役割を求められ、保険会社とも対応しなければなりません。

一家の長としての負担が突然一気にやってきて、生活の危機に見舞われた彼女は、乱暴な受け答えと態度を見せ、大人たちの顔をしかめさせますが、映画を見ている私たちには彼女を責めることはできません。

少女が直面していることは、ふとしたはずみで日常を失った時に誰にでも起こりうることですし、乱暴に振る舞うことで少女は辛うじて精神の均衡を保っていることが見えてくるからです。

全編にヘヨンの激しい怒りが渦巻いていますが、そこには子供時代の終焉、大人になることへの不安が存在しています。本作はそうしたひとりの女性が、恐れ戸惑いながらも責任を担っていく成長物語でもあるのです。

理不尽なものに声を上げ続けること


(C)OAFF2022

ヘヨンが父の事故の背景に気付いていく過程はスリリングであると同時に、父への愛と信頼を強く感じさせます。

卑怯でずる賢く嘘つきな大人たちに対して彼女は激しく怒り、父の名誉のために、守るべき家族のために、猪突猛進で突き進みます。闘っては敗れ、さらに挑んでまた敗れ、傷つきながらもそのたびに立ち上がり、抗議の手を緩めません。

その行動はまさにブルドーザーの如くまっすぐで重々しく激烈です。しかし、「ブルドーザー少女」というタイトルは比喩的なものではありません。実際に彼女はブルドーザーに乗り、憎むべき存在へと突き進んでいきます。

なぜ、彼女がブルドーザーに乗るのかという点は、巧みな伏線がはられていて、ストーリーテリングの旨さを感じさせます。

伏線のひとつとなるヘヨンが職業訓練の講師に「重機を扱うのは女性には向かない職業」と絡まれるエピソードは、社会が女性の選択を狭めている一つの例でしょう。

ヘヨンの闘いは、「身の丈にあったことをしておとなしく従順に生きていろ」という外圧との闘いでもあります。

彼女の諦めずに闘い続ける姿は、欲深く卑怯な権力者や理不尽な物事が横行する今の社会において、大いに共感を呼ぶもので、作品のエンターティンメント性も相まって、エキサイティングに心に響いてきます。

まとめ

パク・イウン監督は、一人の少女の生き様をパワフルかつ繊細に描き、これが長編デビュー作とは思えないほどの演出力を見せています。

また、『殺人鬼から逃げる夜』では、なすすべもない被害者役を演じたキム・ヘユンが、まったく真逆のヒロインを演じていて圧巻です。

実際のところ、ヘヨンが取る行動にはこれはどうかと思わせるようなものもあるのですが、キム・ヘユンの、全身から怒りの熱量が伝わってくる演技には思わず引き込まれてしまいます。彼女がキャスティングされなければ、これほどの共鳴は生まれなかったかもしれません。

また、男性アイドルグループ「SUPER JUNIOR」のイェソンの出演も話題で、非常にリアリティのある刑事役を自然な演技でこなし、強い印象を与えています。

『ブルドーザー少女』は2022年3月18日(金)13::00よりABCホールで上映されます。

【連載コラム】『大阪アジアン映画祭2022見聞録』記事一覧はこちら




関連記事

連載コラム

映画『バニシング』ネタバレ感想と考察レビュー。実際の失踪事件をサスペンスを2重構造へ!|サスペンスの神様の鼓動28

こんにちは、映画ライターの金田まこちゃです。 このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。 今回ご紹介する作品は、孤島を舞台に、3人の灯台守が狂気に …

連載コラム

『キャプテンマーベル』ネタバレ感想。 エンドゲームへと続く最強系女子を見よ|最強アメコミ番付評28

連載コラム「最強アメコミ番付評」第28回戦 こんにちは、野洲川亮です。 今回は予定を変更して、3月15日に公開された『キャプテン・マーベル』を考察していきます。 MCUシリーズ第21作目にして、初の女 …

連載コラム

『ポライト・ソサエティ』あらすじ感想と評価考察。カンフー✕ボリウッドが融合したムスリエ女性の爽快ポップアクション【すべての映画はアクションから始まる47】

連載コラム『すべての映画はアクションから始まる』第47回 日本公開を控える新作から、カルト的に評価された知る人ぞ知る旧作といったアクション映画を時おり網羅してピックアップする連載コラム『すべての映画は …

連載コラム

映画『ベイマックス』ネタバレあらすじとラスト結末の感想。ヒロとかわいいロボットがヒーローとしての友情を育む|SF恐怖映画という名の観覧車144

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile144 2020年9月、東京ディズニーランド内のエリア「トゥモローランド」にアトラクション「ベイマックスのハッピーライド」が新設されました。 ベ …

連載コラム

映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』感想と評価。タイジ役の太賀とその原作者本人とは|銀幕の月光遊戯8

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第8回 こんにちは、西川ちょりです。 今回取り上げる作品は、2018年11月16日(金)より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、イオンシネマほかにて全国公開の映画『母さんがど …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学